入城(荷下ろし)
ひ…ぎ…
鳥羽の表情筋が悲鳴を上げる
トラックを取り囲むように立つ男達は金属製の鎧を身に着けて弓だのやりだの剣だので武装していたのだ。
さらには全員が全員、血まみれで目がギョロつき、泣いてるのだか怒っているのだか分からない壮絶な表情で運転席の鳥羽を睨みつけている。
あ…あかん…これ死んだかも…
ああ、さっき女神が言ってた轢き潰した軍勢の皆さん…
そちゃあ怒るわ。ぶっ殺されるわ…
一瞬トラックを動かして逃げようかとも思ったが、取り囲む人々を改めて轢き殺す事は鳥羽の精神では困難であった。
ガロンガロンガロンガロン…
トラックの野太いアイドリング音だけが周囲に響いている。
何度も深呼吸を繰り返した鳥羽が震える手でキーを捻りエンジンを止めると…
ザザカッ!!!
鎧の男達が一斉に跪いた
武器を地面に置き、胸に手を当てて頭を垂れている
えっと…これは…
シィーンと静まり返る中、外の様子を伺う鳥羽だが
見た感じ襲われそうな雰囲気でもないのか?
このままでは埒が開かなさそうなので腹をくくる。
ガチャ、キィイイ
ゆっくりとドアを開けて地面に降り立つ
その時、一際豪華な飾りのついた兜を被った男がガバっ!と顔を上げた
びくっ!と身を震わせながらも見詰め合う
「…し…」
「し?」
「し…使徒様が光臨なされたぞぉぉおおおおおおお!!!」
「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
「うわーーーーっ!!」
その後はもうもみくちゃだった
ひげもじゃの男どもに抱きつかれ、涙を流しながら手に足にすがりつかれ、何度も何度もお礼を言われ、跪き拝み奉られた。
「うわ、ちょ、まって、あの、うぉ血まみれ!?まって、誰か、あぶぐふっ」
ひとしきりの喧騒が落ち着き、フラフラになりながらもようやく開放された鳥羽の前に
さっきの偉いさん?と思しき男が立つ
「改めて使徒様、我らの窮状、お救い頂き真にありがとうございます。」
「ファルン王国軍パウル、部下と国民を代表して御礼申し上げます。」
「この場は魔の者どもの死骸等で穢れておりますのでひとまずは我らが砦へご案内したく思いますがいかがでしょうか?」
良かった、どうやら助けた側の人達らしい
すると魔の者どもというのは…
見回すとトラックの下、後方に夥しい数の死体が転がっていた。
一部はまだ息があるのかかすかに動いているものもいる。
正直グロいものだが存外に平静を保てたのは彼らの血が赤くなく、汚い青緑色であったことと、
見た目がそもそもツノや牙が生えた浅黒い肌のクリーチャーだったからだろうか。
その血肉がべったりとまとわりついた愛車を見ると絶望的な気分になる
これ誰が洗うんだよ…というか死んだ魔の者どもって埋葬とか葬儀とかするんだろうか…
「使徒様、 使徒様?」
呼ばれたようなので振り返る
「えと、私ですか?その使徒様というのは」
「はい、女神アリア様のお遣わしになられた使徒様でございます」
「女神アリア様て…ああ、あの金髪美人の」
「おぉ、やはり使徒様、直接女神のご尊顔を」
「ええまあご尊顔といいますか」
初めて見た彼女は土下座せんばかりの最敬礼だったのは言わないほうが良いだろう。
「ただ、私はたまたま呼ばれただけでして、そんな使徒様とか大それた者では」
「いえそんな。貴方様は確かに女神アリア様の使徒様、日輪の勇者様にございます」
「日輪…の?」
するとパウロは右手をすっと上げ、トラックの側面を指差した
「太陽と生命の女神アリア様の聖印をあれほどまでに美しく雄雄しく掲げた物を、私は神殿ですら見た事がございません」
「聖…印…?」
鳥羽の目の前にはでかでかと書かれた『旭日冷蔵運輸』の文字。
そしてそのバックには某半島の皆様が毛嫌いする旭日旗の意匠が車体側面の半ば以上を使ってでかでかと描かれていた。
「使徒様の聖衣の胸元にも同様に聖印が縫われておられます」
見下ろせば会社指定の作業着の胸元に社章でもある旭日マーク、そして漢字で鳥羽のネーム
「真、我らの救い主、女神の使徒様に相違ありません」
「そ、そうですか…」
「ではご案内いたしますが、その、こちらはいかがなさいますか?」
「こちらというと?」
パウロは身振りでトラックを示した
「この、巨大な箱馬車のような…聖なる乗り物、でしょうか」
「ああ、箱馬車というか物を運ぶための乗り物という見方でよろしいかと」
「おお、やはり」
「私自身よりもこのトラックの方が女神の奇跡というか力を授かっておりますね」
「なんと!」
「今はだいぶ汚れてしまってますが」
その時、ポン、という軽い音と共に電子音声的な物が聞こえた
《車体外装を自動洗浄いたしますか?》
「へ、あれ?今なんて?」
戸惑う鳥羽に、パウロは首をかしげる
「どうなさいました?使徒様」
「今何か声が聞こえませんでした?」
「いえ、われわれに話しかける声は特にはなかったかと」
んんんー?
何だったんだ今の声は?それも何か聞き覚えあるような声で…
あ!カーナビの声じゃないか!?
《お呼びですか?》
うわきた!
お前カーナビか?
何で会話できるの?
《はい、女神アリアのもたらしました様々な権能に対しまして、管理と補助の役割を必要と致しましたのでカーナビゲーションシステムを大幅に強化、簡単な会話ができるようになりました》
《車両の能力に関しては秘密にすべき事もあろうかと専属運転手鳥羽啓一との間に念動会話ラインを設けております》
えっとその念動なんたらってのは、今やってるみたいに考えるだけで話できるということ?
《そうです。ご理解が早くて助かります》
じゃあそのカーナビさんがいろいろ助けてくれるわけね。
ちなみに何ができるの?
《はい、まずは先ほども申し出ました車体外装の洗浄をお勧めいたします》
いやこんだけ汚れてるとトラック用の洗車機か、少なくとも高圧放水機とかないと辛いよ?
《大丈夫です。絶対不壊の機能を拡大解釈した現状復元機能を使って"汚れる前に戻します"》
それって何もしなくていいの?
《はい、お待ちくださいませ》
え、ちょ、と思う間もなく
いきなりトラック全体が光りだす
周りの兵たちは驚いて後ずさりするが中には拝みだす者も居た
数秒後光が収まると、そこには新品かと思えるほどピカピカに輝くトラックがあった
「おお、こりゃあ便利だ」
関心しながら、ふと周りを見渡すと
「「「おぉ…おお…奇跡だ」」」
涙を流すおっさん達が居た
その後何とか周りをどいてもらい、ゆっくりとトラックを砦に向かわせる
ガロンガロンガロンと以前に増して野太く力強くなったエンジン音を響かせながら、前後を兵たちに守られて進む
幸いにして砦は立派な防壁があり、その門はぎりぎりではあるがトラックが通り抜ける事ができた
砦の中には大勢の村人的な人達が待っており、
勇者様!神の使徒様!女神アリアよ!ありがとうござます!ありがとうございます!!
第弐回もみくちゃ大会が開催されるのであった。
その後、何とか落ち着いたとこでで白いローブ?を着た男女数名が目の前に跪いた
掲げる杖の先にはあからさまに太陽の意匠が取り付けられており、女神アリアの信者であることが察せられる
「使徒様、ああ、使徒様、私共の祈りがアリア様に届いたのですねっ…」
「私めはジュリア、この地方の巡礼隊の長を勤めております、アリア様の僕でございます」
「神の御業を、奇跡の顕現をこの目にできましたこと、喜びと感謝にこの身の震えが止まりません」
ああ、そりゃあ信奉する神様が命の危機を救ってくれたんだから信者としてはこの上ない感激だろうなあ…
割とあの女神へっぽこっぽかったけども…
「え、と、これも何かのご縁です。非力な身ではありますができるだけお役に立てればと思います」
「ああ、ああ、何と慈悲深く謙虚なお方でしょう、今日この場に居合わせた幸運を感謝いたします」
「えーと、では、現状どんな感じなのででしょうか?」
見回すと周りの人々、武装した兵士も村人も疲れ果て、やつれた状態のようだ。
半数以上が何等かの怪我を負い、血のにじんだ包帯を巻かれたりしている。
そこにパウロが近付いてきた
「使徒様、簡潔に説明いたします」
「この砦は兵民合わせて千名ほどおります。」
「永らくの包囲に食料も底をつき、もはやこれまでと覚悟をしておりました所に使徒様が光臨なさいました」
「虚を突かれた敵は一旦退却いたしましたが遠からず再編成して攻め寄せてまいりましょう」
「今のこのチャンスを逃さず、動ける者だけでも後方に脱出するのが最善かと」
「動ける者って、みんなで逃げないんですか?」
鳥羽がたずねるとシン、と静まり返った中辛そうな表情でパウロが応える
「食料が無いのです。今この瞬間は使徒様の御光臨で沸き立っておりますが、いざ脱出行となりますと道中で力尽きる者が出てまいりましょう」
「なれば、重症の者、体力の落ちた者等は砦に残していく他ないのです…」
「食料、ですか。食料があればいいのですか?」
「はい、しかし数名分は捻出できたとしても全員にいきわたりますには…」
くるりと振り返りトラックに歩み寄る鳥羽
何を?といぶかしげに見守る皆に少し離れる様に言いながら側面のウイングのロックをバチンバチンと外して行く
「使徒様?何をなさって…おいでで?」
急に大きな箱が開くかのごとくプシューとウイングが持ち上がっていく
「「お、おおおお、開いたぞ!?」」
ふわりと冷気が漏れ出して積荷が姿を現す
「パウロさん、食料があればいいんですよね?」
「し、使徒様、まさか…」
鳥羽は笑顔を浮かべながら荷台を埋め尽くす積荷のダンボールをバンッ!と叩いた
「どうぞ、食料です」
「「「お、お、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
本日最大の雄たけびが城壁を振るわせた
次から次へと兵士達の手によって下ろされて行くダンボール箱
中身は肉の塊や野菜、魚等である
幸いにして水も火も困る事は無かったようなので砦の中あらゆるスペースで煮炊きが始まった
「おいしい!おいしいよ!こんな肉食べた事ない!」「急いで食べるな、胃が悪くなるぞ」「おかわり!おかわり!」「こっちにも肉回してくれ!」
難民キャンプの炊き出しってこんな感じなのかなとぼけっと見守る鳥羽であったが、みなの笑顔に自然と鳥羽の頬も緩むのであった。
社長…積荷全部食べちゃう勢いですけども良いですよね。
アリアが言うにはもう一人のおれがちゃんと納品してるらしいですし。
久し振りの食事に沸き立つ人々
さすがに12t近い積荷を一度に食べることはできないが、残りは各自に分配して自分の分を担いでもらう。
そして歩けない者たちに荷台に乗ってもらえば簡易ではあるが乗り合い馬車が仕立てあがる
パウロが近付いてきたと重うとがっしと手を握ってきた
「使徒様、どんな言葉を尽くしても感謝のし様が無い。これで皆が助かる」
「お役に立てれたようでしたら、幸いです」
「今夜はゆっくりお休みください、明日の朝、さっそくですが」
「ええ、明日の朝」
「砦を放棄し、脱出します」