緋色の箱庭
注意!!
本作はBL(ML)要素が入ってます。苦手な方はお気をつけ下さい。
BL好きな方も、BL要素は薄めなので、濃厚なのをお求めなら、ご期待には添えません。
わたしは、裕福な家に生まれた。
けど、多忙な父親と、わたしに関心のない母親。そして、何処かよそよそしい使用人に囲まれ、孤独な幼少期を過ごしていた。
―――いや、本当に孤独だった訳ではない。
そのひとは、わたしたち家族が暮らす母屋から、ずっと遠い場所にある、小さな離れで暮らしていた。
長い間病を患っているそのひとは、雪のように白い肌に、黒檀のような瞳と髪の毛、紅を刷いたような唇をした、お伽噺のお姫様のように美しいひとだった。
「翠子ちゃん。また来たの?」
病で痩せた身体に単衣だけ身に付けたそのひとは、行儀悪く生け垣の隙間から顔を出したわたしを見付けて、ふんわりと笑った。
その笑顔を見たわたしは、生け垣の葉っぱを頭に付けたまま、そのひと―――清彦さんの元に走り寄った。
「清彦さん!!お話して!!」
縁側に座る清彦さんに抱き着き、話を強請る。
そうすると、優しい清彦さんはわたしを抱き締めて頭を撫でてくれる。
親の愛情に飢えていたわたしにとって、清彦さんの冷たい手のひらと、痩せた身体から伝わる温もりは、とても大事なものだったのだ。
「仕方ないなぁ~。じゃあちょっとだけだよ?」
「やったぁ!!清彦さんだいすき!!」
「ふふふ、僕も翠子ちゃんの事大好きだよ」
ぎゅっと抱き着き、素直に好意を口にすれば、綺麗な顔を綻ばせて頭を撫でてくれる。
清彦さんは、病気になる前までは大学で研究をしていたらしい。小さなわたしにとっては、何を研究していたのかは教えてもらっていても理解出来なかったと思う。
彼はとても博識だった。わたしが質問したら、直ぐに子どもにも分かりやすい説明をしてくれる。子どもだからと言って、適当にあしらわないひとだったのだ。わたしが彼に懐くのは当たり前だった。
「清彦さんすごい!!学者さまみたい」
今日は庭先に来ていた見たことのない鳥について話してもらった。
小春日和の縁側で、清彦さんに後ろから抱き抱えてもらないながら、澄んだ声音で語られた見知らぬ鳥の生態の説明に、耳を傾けた。
「清彦?……誰かいるのか?」
清彦さんの滑らかに紡がれる言葉を遮るように、低い男の声と、不恰好な足音が近付いてきた。
「蒼真様」
「……おとうさま」
縁側に繋がる部屋に入ってきたのは、わたしのおとうさまだった。
おとうさまは、元は軍人で先の戦争で足を負傷してしまい、軍籍を離れた。その後は、亡くなったおじいさまが遺した会社を、弟の橙眞叔父さまと共に経営している。
杖がないとおとうさまは歩けない。かつん、かつん、と不恰好な音を立てて、縁側の所までやって来た。
「……翠子か」
清彦さんに抱かれているわたしを見て、おとうさまは僅かに目を見開き、驚きを露にした。
軍人時代の名残で短く刈った髪の毛、鋭く整った容貌は、柔らかい雰囲気の清彦さんとは真反対の印象を受けた。
「ごめんなさい。清彦さんご病気なのに無理を言ってお話してもらってたの」
海老茶色の着物の上から羽織っていた羽織を、単衣姿の清彦さんに掛けるおとうさま。着物の上からでも元軍人と判る逞しい身体付きをしている。目元に傷痕が残る顔で、わたしをじっと見つめてくる。
「蒼真様、翠子ちゃんは僕が一人で寂しそうだから、遊びに来てくれてたんです。ね、翠子ちゃん」
固まってしまったわたしに助け船を出してくれた清彦さんは、直ぐに嘘と分かるような言い訳をする。
にこにこ笑いながらおとうさまを見ている清彦さんに、おとうさまは深い溜め息を吐き、難しそうに私たちの横に座った。
「翠子」
おとうさまがわたしの名前を呼ぶ。びくりと身体を揺らしたわたしに、清彦さんはくすくすと笑う。
「清彦、何故笑う?」
「蒼真様のお顔が怖いから、翠子ちゃんが萎縮してしまってるんですよ。もっと優しいお顔をしてあげて下さいな」
笑う清彦さんに、難しい顔をするおとうさま。
わたしの知っているおとうさまは、いつも怖いお顔をしていて、みんなビクビクしていたのに、清彦さんは全然怖がっていない。
わたしはそんな二人をポカンと呆けた顔で見ているしかなかった。
「翠子」
おとうさまがまたわたしの名前を呼ぶ。
「翠子、いくつになった?大きくなったな」
かさついていてごつごつの手のひらで、頬を撫でられる。
「……5さい」
「そうか。お姉さんになったな。清彦の相手をしてくれてありがとうな」
切り揃えた髪の毛を梳るように、清彦さんとは違う荒れた太い指が滑っていく。
……おとうさまに頭を撫でてもらったのは、初めてだった。
ぎこちなくわたしを慈しむおとうさまと、戸惑ったようにおとうさまを見上げるわたしを、清彦さんは穏やかに見つめていた。
その日から、わたしの暮らしは一変した。
母屋から清彦さんが暮らす離れに、わたしの生活基盤は移された。
その事によって、わたしは清彦さんと寝食を共にするようなり、母屋で夜中に一人、寂しくて泣いてしまう事もなくなった。
そして、わたしと清彦さんが暮らす離れに、おとうさまが帰って来るようになった。
帰って来てはわたしにお土産と称して、お菓子やおもちゃを買ってくるおとうさまを、『何でも買い与えるのは、教育に良くない!!』と、眦を吊り上げた清彦さんが叱る。
そうすると、おとうさまはわたしを抱き上げて、そそくさと退散するのだ。
今まで多忙なおとうさまだから、家に帰って来れなかったのではなくて、家に帰って来たくなかったのだと、幼いわたしにも朧気に理解出来た。
母屋はおかあさまの天下で、使用人を手足のように扱い、少しでも気に入らない事があれば怒鳴り散らす。おとうさまが家に帰らないのを良いことに、沢山の愛人を家に招き享楽に耽っていた。
おとうさまとおかあさまは、家同士が決めた結婚で夫婦になったふたりで、愛などひと欠片もない。
おかあさまは、ひとりの男性に愛されるのではなく、複数の男性に愛される自分が好きだったのだ。
―――そして、おとうさまは。
ある夏の夕暮れ、太陽が沈み出してから涼しい風が入って来て、縁側の風鈴を軽やかに鳴らした。
遠くの山でひぐらしがカナカナと鳴くのを聞きながら、わたしは夢と現を彷徨っていた。
おとうさまに買ってもらったお人形を抱いたまま、わたしはとろとろと微睡んでいた。夏でも夜は冷えると言って、わたしの身体には清彦さんが薄手の布団を掛けてくれていた。
不恰好な足音が響き、おとうさまが帰って来た事を知らせるが、眠くて堪らないわたしは、瞼を必死に開けようと努力していた。
『ただいま、翠子は寝ているのか?』
『おかえりなさい。今日は暑かったから、庭で行水をしたから疲れちゃって……お夕飯まで時間があるから寝かしてあげてるんです』
『ああ、だから庭の土が濡れているのか』
ふたりが縁側に移動したのだろう、声が少し遠くなる。
『あの、蒼真様、ありがとうございます。僕に翠子ちゃんを預けてくれて』
『あの母屋にいるより、懐いているお前の側の方が、翠子は嬉しいだろう……しかし、翠子には悪い事をしてしまった。あれも母親だ。娘は可愛いかろうと思っていたのだが……』
ちりん……と風鈴が鳴り、縁側から涼しい風が入り、わたしの前髪を揺らす。
『奥様がああなってしまったのは、僕の所為でしょう。蒼真様だけが悪い訳ではないです』
『私とあれの関係に、お前は関係ない。……どの道、破綻していた』
ちりん、ちりん。
カナカナカナカナ……。
夕暮れに静かな音が広がる。
『清彦』
おとうさまの静かな声と布擦れの音に、瞼をゆっくり開く。
茜色に沈む縁側に並んで腰掛けていた二人の、姿が重なる。
―――おとうさまと清彦さんは接吻していたのだ。
『蒼真様……』
『私がお前を攫って来たのだ。病を患い大学を辞めるしかなかったお前を、この箱庭に閉じ込めたのは私。だから……』
どうか側に居てくれ―――そう呟いた声は、夕闇に溶けて消えた。
おとうさまと清彦さんの関係を、疑問に思わなかったわけではない。
年齢を重ねる内に、その関係が人には言えない秘する関係だと、誰にも教えてもらえなくとも理解した。
清彦さんはおとうさまの愛人。
そう理解した時、わたしの淡い淡い初恋は、溶けて消えた。
わたしは清彦に幼い恋をしていたのだ。
だけど、哀しくはあったけど、寂しくはなかった。
二人はわたしを慈しんでくれたし、邪魔に思われた事もなかったからだ。
おかあさまよりも優しい愛情で、清彦さんがわたしを包み込んでくれてたから。おかあさまよりも清彦さんの方が、おかあさまっぽかった。
決して褒められた関係ではないけど、わたしは幸せだったのだ。
しかし、穏やかな時間は終わりを告げたのだ。
小学校に上がって暫くしてから、清彦さんの病状は悪化した。
清彦さんの病は、じわじわと身体を蝕む恐ろしい病だったのだ。
冬になると、遂に床から出れなくなってしまった。
「翠子ちゃん、縁側の障子開けてくれない?」
室内は火鉢によって暖かく保たれている。
今日は雪が降っていて、外はしんしんと冷えきっていて、身体の弱った清彦さんには、厳しい日だ。
なのに清彦さんは、頻りに障子を開けて欲しいと頼んでくる。
「でも清彦さん、お身体がまた悪くなるわ。春になってからにした方がいいわよ」
最近は食も細くなり、益々痩せてしまった清彦さんは、青白い美しい顔で弱々しく笑う。
「春になっても、ここには花を植えてないから、何にも変わり映えしないじゃないか。……こんな事なら花でも植えてれば良かった」
本当に残念そうに言う清彦さんに、わたしは厚手の布団を掛けなおしてあげながら、去年の春に紫叔母さまと碧斗と行った、お花見の光景を思い出した。
あの日はおとうさまも橙眞叔父さまも仕事で、清彦さんは今よりは元気だったが遠出は出来ず、三人で行ったのだ。
「青空と桜と菜の花と……綺麗だったなぁ~。清彦さんが元気になったら、おとうさまと三人で行こうね。あっ、でも、今年の春はおとうさまが駄目って言いそうだから、わたしがお庭に花を植えるから、それで我慢してね」
「そうだね。……楽しみにしているよ」
そう言って清彦さんは、力なく寂しそうに笑った。
もしかしたら清彦さんは、悟っていたのかもしれない。
清彦さんは、お花見どころか庭に花を植える前に、春を待たずにおとうさまと二人で逝ってしまった。
「翠子……!!見るんじゃない!!」
慌てて伸びてきた腕で視界を遮られたが、わたしの目にはしっかりと映っていた。
冬の終わり、花の蕾が膨らんで来たというのに、凍えそうな寒い寒い日。
ここ数日清彦さんの病状が悪化して、おとうさまが付きっきりで看病をする為、わたしは母屋で過ごすように言われた。
その日は慌ただしい気配でわたしは目を覚ました。
何時もは陰鬱な表情で無口な使用人たちが、顔を引き攣らせながら右往左往している。頻りに離れを口にしていた事から、もしかしたら清彦さんに何かあったんじゃないかと思い、わたしは布団から飛び出し、離れに向かった。
指先からしんしんと冷えていく感覚を振り払い、離れに到着して見たのは、鮮やかな緋い 緋い花だった。
何時もは閉じている縁側の雨戸とその奥の障子が開け放たれていて、布団の上に清彦さんとおとうさまが折り重なるようにして眠っていた。
二人の身体や周りには緋い花が沢山咲き乱れ、部屋を彩っていた。
花は二人の周りだけでなく、部屋中に咲いており、一足先に春が訪れているかのようだった。
花に囲まれて眠る二人は、真っ白な顔で穏やかに微笑みながら眠っていた。
「おとうさま……清彦さん……」
二人を遠巻きにするように、使用人と一緒にいた橙眞叔父さまが、わたしの声に気付いて顔を青くしながら、こちらに向かってきた。
「翠子……!!見るんじゃない!!」
大きな腕に囚われて、二人を視界から消されてしまう。
橙眞叔父さまの声は震えていて、泣いているように聞こえた。
「何で……何でだよ、兄貴……翠子を置いて、何でそいつと逝っちまうんだよ!!」
わたし、置いて行かれたんだ。
後から分かった事だが、清彦さんが病死したその日、おとうさまは喉を刀で切り裂いて後を追った。おとうさまは、清彦さんを喪う事を何よりも恐れていたのだ。だから、後を追ったのだ。
おとうさま亡き後、おかあさまはわたしを置いて実家に帰った。実子であるわたしを見捨てたおかあさまに、橙眞叔父さまは憤慨していたが、わたしを汚らわしいものを見るような目で見てから、
『あの悍ましい男の子どもなど、あたくしはいりませんわ』
心底嫌だと言わんばかりの言い様が、わたしとおかあさまの最後の場面だった。
主人の居なくなった家に、新たに橙眞叔父さまの家族が移り住み、わたしを引き取ってくれた。
橙眞叔父さまも紫叔母さまも、わたしと碧斗を平等に慈しんでくれた。
あの事件の後、離れは取り壊されて更地になった。
わたしは叔父さまにお願いして、あの場所に花を植える事にした。
……清彦さんと約束をした数年後の事だった。
その春。わたしの植えた花は満開に咲き乱れた。
あの冬の終わりの寒い日に咲いていた、緋い花のように。
『これ翠子ちゃんが植えたのかな?』
『ああ、綺麗だ。翠子、ありがとうな』
ふいに、後ろから懐かしい声が聞こえた。
慌てて後ろを振り返ると……何もない。
あの日緋色の花を咲かせていた小さな箱庭は、何処にもない。
どうして、
どうして、
どうして、二人だけで、逝ってしまったの?
どうして、
どうして、
どうして、わたしも一緒に連れて行ってくれなかったの?
寂しいよ。寂しいよ。
春になると思い出す。
置いて逝かれた幼いわたしと、緋い花に囲まれ幸せそうな二人の姿を。
その箱庭の周りは、一年中様々な色の花が咲き乱れていた。
かつて愛しい子どもと三人で暮らした離れに酷似したこの箱庭には、愛しいひとと二人だけで暮らしている。
どのくらい経ったかは曖昧なのは、ここが常に春の陽気に包まれているからだ。
愛しいひとの腕に抱かれながら、僕は目を覚ました。そして腕の主を起こさないように抜け出し、庭を見渡せる障子を開け放った。
視界には目が眩むような緋い花。
何時かの約束を思い出す。
あの可愛い翠子の、ささやかな約束を守ってやれなかった。
「これ翠子ちゃんが植えたのかな?」
床板が軋む音と共に、背後から包み込まれる。
耳許に、優しく切ない声が響く。
「ああ、綺麗だ。翠子、ありがとうな」
暖かな風が見事に咲いた花を揺らす。
「翠子ちゃん……怒ってるだろうな」
僕の呟きに、背後から覗き込んでいた愛しいひと……蒼真様が不思議そうに目を瞬かせた。その仕草が可愛らしくて、僕は口許が緩むのが止められなかった。
蒼真様と初めて会ったのは先の戦争の終わり。
大学病院に来ていた僕は、片足を負傷して入院していた蒼真様と、偶然に出会い……恋に落ちた。
僕も蒼真様も男性しか愛せない人間で、それを隠して生きていかなければならなかったのだ。しかも、蒼真様は名家の長男。家を存続させる為に、女性と婚姻しなければならない宿命にあった。
燃え上がった気持ちは抑えられず、僕は蒼真様に身体を許した。
愚かにもその数ヵ月後に、蒼真様に子どもが生まれると知っていたのにも関わらずだ。
その所為で、蒼真様は奥方様に嫌われてしまい、生まれてきた翠子に不幸を背負わせてしまったのだ。
蒼真様はきっと知らないだろうけど、奥方様は最初は蒼真様が好きだったのだ。
子を成せない嫉妬心と、愛される優越感。僕が奥方様に抱いた感情は酷く汚い感情ばかりだった。
そんな僕に罰が当たったのだろう。不治の病に倒れて大学を辞めなければならなくなったのだ。
身寄りのない途方に暮れた僕を、攫うように連れて来られたのは、この箱庭によく似た蒼真様の屋敷の離れだった。
蒼真様の娘の翠子と会ったのは、半年程過ぎた時だった。
丸い目をくるくると動かし、小さな口は僕への質問でいっぱいだった。
……あんなにも懐かれて、可愛く思わない訳がない。
蒼真様と翠子と家族のように過ごした数年は、未だ色褪せずに記憶の中にある。
「翠子ちゃんから大事なおとうさまを奪ったんだ。きっとすごく怒って、泣いている」
翠子は僕の所為で、運命を変えられてしまった。
その上、父親を奪って連れて来てしまった。
よく我慢する子だったのだ。きっと今も我慢しているんだろう。
「……それを言うなら、私に腹を立ててるだろうな。何せ翠子を置いて清彦と一緒に行ったんだからな」
「それだったら僕にも怒ってるのでは?何故蒼真様だけ?」
「翠子は清彦が初恋だからな。私は惚れた男を奪った憎い恋敵だ」
頭に顎を乗せられて、ふて腐れたように言われた言葉に、今度は僕が目を瞬かせる。
「え?そうなの?」
懐かれてはいると思ったけど、そんなふうに思われているとは知らなかった。
「そうだ!!お陰で私は複雑な気持ちだったぞ。可愛い娘の初恋の相手が、自分の最愛の男だったんだからな」
本当に複雑そうな声音だから、思わず声を上げて笑ってしまった。
暫く笑っていたら、急にきつく抱き締められて、肩口に顔を伏せてきた蒼真様が弱々しく言った。
「私はいつも翠子を不幸にする……父親失格だ」
「そんな事は……」
「生まれてからろくに顔を見せず、男の愛人を囲い、そして最期は心中だ……本当は、ずっと側にいて成長を見ていたかった」
チクリと心が痛む。この期に及んで、このひとに慈しまれる翠子に嫉妬をしている自分に、嫌気がさす。
「翠子は愛しい。だけど、連れては来れなかった」
「どうしてですか?」
「幸せに天寿を全うしてほしいからだ。だけど……お前は駄目だ」
遠くで鳥が鳴いている。僕は、その鳥を見たことがない。
風が吹く度に、僕と蒼真様の髪を揺らしていく。
「翠子は遠くでも幸せを願う事が出来る……でもお前は無理だ。私の側以外の所で、幸せにならないで欲しい」
ああ、なんて浅ましいのだろう。
誰よりもこのひとに愛される事に、僕は耽溺する。
「お前がいないと寂しい。……だから側にいて欲しい」
逞しい腕をほどいて、僕は正面から抱き締めた。
「僕も貴方がいないと寂しい……貴方が後を追ってくれて、すごく嬉しかった」
「そうか……」
「僕たち、二人とも自分勝手だよね」
「そうだな」
身体を離され、唇に熱を感じる。
甘やかで満たされた、二人だけの箱庭。
「おばあちゃんになった翠子ちゃんが、ここに怒鳴り込んで来たら、一緒に怒られましょう」
「そうだな、それまで言い訳を考えなければな」
密やかに笑い合い、唇を重ね合う。
その箱庭の周りには色とりどりの花が咲き乱れて、小さな庭にはいつまでも緋い花が咲き誇っていた―――。
―――了―――
メリーバッドエンド。
因みに翠子ちゃんは幸せに天寿を全うします。
叔父夫妻がきちんと育て上げました。
時代のイメージは大戦前くらいです。
……感想のお返事をしながら考えてた話です。
また父親が怒られそうな展開を……(笑)
翠子と清彦の名前が、気に入っています。