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「そういえばあなたの魔法は観察の力を押し上げるんだったわね。忌まわしい」
ハルの瞳の奥で、なにやら得体のしれない輝きが力を増した。
「えへへ……」
大した魔法だ。さきほどの運動能力上昇の魔法との相性もいい。
頷かされるとともに、疑問にも思わされる。
ハルの今の一撃はきれいなものだった。
しかし、先のアーリンの話を聞くと、そのハルですらこの学園では大した実績を持たないらしい。
どういうことかと考える時間はなかった。
「くっ……愚か者めハル、後ろを見ろ」
油断した彼女の背後から男子生徒が迫る。その手には怪しく光る模造刀。
「うっし、もらいだハル! 俺の評価点になれ!」
彼が振り下ろすよりも早くハルは危険に気付くが、遅い。
鮮血が舞い散り、その肩口にぱっくりと大きな傷が……傷が!?
「せ、せ、せ、セリア! 大変だ。ハルが怪我をした!」
「落ち着いてください。模擬戦での怪我はよくあることです。後で治療専門の魔法使いが傷を癒します。後に残るようなこともありませんし、当然命を落とすようなこともありません」
そういえば彼女に連なる神は治療を司っていたような……
「いや、しかし痛みはあるんだろう? 大丈夫か? ハルはまだ子供だ。泣いたりしないか?」
窓の向こうのハルは勇敢にも戦い続けていた。
受けた傷などものともせず、魔法の力を加えた脚力で距離を取る。
ぜえぜえと肩で息をしながら汗と土ぼこりをぬぐった。
「卑怯……といっても良いんだぜ? ハル」
「それもそうだな。どうしてお前三対一の状況に黙っていられる? 俺なら抗議の一つくらいするが」
追撃のタイミングを逃さぬように、しかし、嬲るように二人は言う。
ハルはそっと二振りの刀を目をやると、予想外なことに嬉しそうに笑った。
「卑怯なんてとんでもない! 全力を尽くすのに、卑怯もなにもありませんよ。力に頼るのも、技を尽くすのも、数を生かすのも全てひっくるめてその人の実力です。私はそれを否定したくありません」
「健気だなぁ」
「良いカモだなぁ」
「二人ともお喋りをしないで。真面目にやりなさい
」
男子二人は顔を見合わせた。
「ったく、どうしてそうのんびりとした顔ができるのよ。私たちは魔法使いよ? いずれワンダーランドを背負って魔獣と戦う戦士なのに」
そして、その間に再びゴーレムが生れ出る。アーリンにとってゴーレム撃破の一度や二度は問題にならないらしい。
「ヨルバの名において命じる。穿て!」
アーリンが腕を振るとゴーレムが突然破裂した。自爆ではない。ハルに向かった方向性を持った破裂弾だ。
ハルの目が見開かれ、瞳に魔的な光が宿る。一呼吸の間。彼女は体をそらし致命的な弾丸を回避してみせた。しかし、全てはよけきれない。腿に弾丸を受け、その場にうずくまる。
隙を見逃さず、左右から襲い掛かる男子たち。
その攻撃を転がりながら避けていく。
しかしその回避は全てギリギリだ。魔法のかかった腕や首を使って器用に転がっていく。その姿を見てアーリンが吠えた。
「転がりまわって、情けない。情けない。それでも魔法使い? そんなざまで皆を守るとか言えるわね。周りを見てみなさいよ。この中のどこにあんたに守られたいってやつがいるの」
ハルの動きが一瞬止まった。
「とどめ!」
「手こずらせやがって!」
そして、その状態では左右から迫る男子生徒に対応することはできない。
「あ」
セリアが言った。
そのつぶやきを置き去りに、景色はスローもションに流れる。
窓ガラスが割れ、視線が集まる。
僕は男子生徒の刀をつかみ、静かに言った。
「この勝負。待ちたまえ」