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ハルとアーリン、そして左右の二人はホールに一角に場所を移した。それぞれが四方に散りながら模擬戦の準備を進めていく。
「おい、どういうことだ。男子生徒とも同じ土俵で戦うのか? これは危な……見ろ、二人は剣を持っているぞ。危なくないのか? いや、危ないだろう。模擬刀だろうが、まともに当たればハルが危な……」
「落ち着いてください。何回危ないって言うんですか」
セリアに呆れたように言われた。
「意外と親バカなんですね」
「なんだと、僕は断じてハルに情が移ったりなどしていない。ただ紳士としてだな……」
「そう嫌がることもないと思いますけど、それに見ててください。あの子も学園に選ばれた私の生徒です。やりますよ」
「土と鐘の神ヨルバ・マシュマに連なる血族アーリン。この勝利を我が主に捧げます」
「か、回転と目の神セマ・ホルトに連なる血族ハル。この勝利を我が主にささげます」
戦前の作法なのだろうか、アーリンは堂々と、ハルはそれに続くように宣言した。続けて残りの二人も。
ただそれだけのことで、四人を囲む空気が一気に引き締まった。
「ヨルバの名において命じる。生まれよ命」
誰よりも早くアーリンが唱える。
すると何もないつるりとしているばかりの床から、土が盛り上がってきた。土はその場を渦巻いたかと思うと、やがて人の形になる。
僕は二度目の魔法に感動のため息をついた。
「ほぉ……何度見ても不思議だ。何もない所から土人形が現れた。なんと面白い。どうやっているんだ? ああ、持ち帰りたい。持ち帰りたいぞ」
「魔法をそんな風に珍しがる人のほうが不思議ですが……、一つお話をいたしましょう。私たちの技術は外なる神から成り立っているというのは聞きましたか?」
「いや、外なる神?」
「ええ。昔のことです。この世界にはまだ魔法というものが存在せず、人は自分の力だけで生きていかなければなりませんでした。しかし、初まりの旅行者アリスがワンダーランドに、神との交流、そのすべを伝えてくれたのです。彼女によると世界の外には途方もなく強力な神々がいて、みな、自分の血を広めたがっているのだとか。人が子孫繁栄や領土拡大を願うのと同じですね。とにかくアリスに導かれたいくらかの人々は神々から血を受け取り、その血を広めていく代わりに、魔法と呼ばれる力を貸してもらっているんです」
生徒たちに繰り返し伝えている話なのだろうか。ゆったりとした、聞きとりやすい口調でセリアは語る。
「これは歴史に残らない神話時代のお話ですから、どこまで本当かはわかりません。ですが、似たような何かが起こったことは間違いないでしょう」
「なるほど。僕ら紳士が女王陛下の深い愛情を受けて、バリツを使いこなすようなものか」
「バリツ、ですか。それが私の生徒たちやスナークを退けた力ですか? いったいどのようなものなんですか?」
「そうだな。お礼にこちらも答えよ……」
答えようとして開いた口がそのまま固まる。
窓の向こうを見ればハルが土人形、そして二人の男子生徒に苦戦を強いられているではないか。
男子二人はなにか魔法のかかった剣を器用に操り、ハルを追い詰めていく。
ハルも機敏に立ち回るのだが、なにせん三対一では分が悪すぎる。
彼女は迫る土人形の拳をかわそうと跳ぶが、間合いを見誤った。直前でぐんと伸びた土の腕が彼女の右腕をしたたかに打ち付ける。
「がうっ……さ、さすがです。アーリンちゃん。以前よりゴーレムの質が上がってますねっ」
床を転がりながら、熱い息を吐いてすぐさま立ち上がるハル。
「なに敵をほめてるのよ」
「アハハ……だって、思っちゃったんですもん」
自然にほほ笑むハル。相変わらず毒気を抜かれる笑顔だ。
だが、アーリンは愉快には思ってくれないようだ。眉間にしわを寄せる。
「アーリンちゃんも笑ってください。こんなすごい魔法は、怒った顔で使うべきじゃないですよ」
「別に……普通の努力よ」
「ふふふ、でも、私だって負けませんよ」
「さっきも言ったわよね。威勢のいいセリフをはいていいのは力を持つものだけだって。せめて私のゴーレムの一体くらい倒して見せなさいよ」
「言われなくとも! セマさん、力を貸してください!」
ハルはその身に似合わない跳躍力でその場を飛び上がる。
常人と比べ、異常な脚力。
よく見れば彼女の脚部周辺で、色のついた風が吹き去ったことが分かる。
ハルの連なる神々の力、これが彼女の魔法か。
ハルは空中で体全体をひねった。目を見開き相手との距離を見計らい、最大のインパクトを狙っている。
そして、ゴーレムに向けて上空から飛び掛かるよう体当たりを仕掛けた。よろけて逃げようとするゴーレムの腕をつかんで無理やり巻き込む。
ホール全体に衝撃と土ぼこりが舞う。
中心部分を破壊され、崩れ落ちるゴーレムを見て、ハルは会心の笑みを浮かべた。
「よしっ」
「まさか硬度十ゴーレムが破壊されるなんて」
「アーリンさんのゴーレムはすごいです。とってもとっても硬い。ですけど……でも、柔らかい可動域を無理やり引きちぎれば」
「可動域? こんなせめぎあいの中でそんな器用な真似が……」
そういってアーリンは悔しそうに下唇をかみしめる。
「そういえばあなたの魔法は観察の力を押し上げるんだったわね。忌まわしい」
ハルの瞳の奥で、なにやら得体のしれない輝きが力を増した。




