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「ハル。あんた寮を追い出されたって本当?」
「アーリンちゃん。追い出されたんじゃないですよ。師匠のところに引越ししたんです」
聞こえる聞こえる。
僕は改めて、紳士の視力と聴力を張り巡らせる。
「師匠? 嘘つかないで。誰が好き好んであんたみたいなのの師匠になるっていうのよ」
女子生徒の顔がぐにゃりと歪む。
綺麗な顔立ちに憐憫と嫌悪が折り重なっていく。そして両隣の男子生徒も、それに倣うようにくすくす笑いを漏らす。
どうやら三人組は少女……アーリンが中心となっているグループらしい
「ふむ……これは仲の良いお友達の挨拶。というわけではなさそうだな」
「嘘じゃないです。師匠は私の師匠になってくれるって言いました。私を紳士にしてくれるって」
大嘘である。
「しんし? なにそれ。だから、何の実績もないただの小娘を誰が物教えたがるのよ。聞いたわよ。あんたスナーク討伐でも一番足を引っ張ってたらしいじゃない。いい? 魔獣と魔法使いには大きな力の差があるの。蓄えられる魔力の差が主。魔獣が持つ魔力に比べたら、人間の持てる魔力には限りがある。だから私たちは組んで戦う。一対一じゃかなわないからね」
女子生徒は得意げに話し続ける。演説したがりな性格をしているのか。両隣も感心したようにうなづく。
しかし待てよ。今の話が本当であれば、僕はだいぶ不味いことをしでかした。
スナークを相手に一対一は常識外れの行動だったらしい。もしかしたらあの瞬間僕の異世界めぐりは終わりを迎えていたのかもしれない。知らなかったこととはいえ恐ろしい。
臆病なスナークの性質に感謝といったところか。
そう一人冷や汗を流す。
「それなのに、あんたはスナークに襲われた時一人逃げ遅れた。戦果を残せとは言わないけど、他のみんなの足を引っ張るなら、討伐は辞退しなさいよ」
逃げ遅れた? 僕の見た事実とは違う情報だ。
ハルはスナークの出現に戸惑い、逃げ遅れたのではなく、ほかの生徒を身を挺して守ろうとしたはずだ。状況を見るに正しい選択ではなかったのかもしれないが、勇気ある選択だったと思う。事情を知らない僕ならいざ知らず、魔獣の恐ろしさを知ってなお、誰かのために立てるというのは立派な行為だ。
さあ、言い返してやり給え。ハル。
しかし、ハルはアーリンの言葉を訂正しなかった。
裾を握りしめて押し黙っている。
「で、でもねアーリンちゃん。あの時はみんな混乱してて、だから私がみんなを守らないとって……」
「一人で? だから、それが思い上がりだっていうのよ。そういうことを言っていいのはそれだけの実力があるやつだけ。あんたにはその資格はないの」
「アーリンちゃんは気丈な子なのよね。格式高い魔道の家柄に生まれついたのもあって、勉強熱心で真面目、でもそれが高じて他人に強く当たっちゃうのが玉に瑕なの」
いつの間にか聞き耳を立てていたセリアがなぜか嬉しそうにつぶやく。
この女、自分の生徒は本当にみな可愛いらしい。
「だ、だったら資格を得ます。私だって師匠の下で頑張って頑張って、うんと頑張って、今年の大魔道祭で優勝して」
言葉を遮るようにしてアーリンが噴き出す。
周囲にとっても予想外の言葉だったようで、小さいながらも笑い声があちらこちらから聞こえてくる。
「本気? 優勝者はもう決まってるの。知ってるでしょう?」
「はい。本気です。それに優勝するのが誰かはまだ決まっていません。可能性は誰にだってあります」
目の端に涙を浮かべるアーリンを正面から見据え、ハルは堂々と言い切った。これまでのビクビクとした言動からは考えられないくらいまっすぐな顔だった。
その祭りがなんだか知らないが、心の底から思っているのだろう。今まで笑っていた周囲の中から「おぉ……」と感心するような声がわずかだが上がった。
「つっても無理があるよな」
「いい子なんだけどね。スナーク戦での失敗はねー」
「いや、俺は応援するね。一回戦くらい突破できるかもよ」
「わかる。そのくらいやってくれそうハルちゃん」
ぽつぽつと声が聞こえてくる。
「ハルちゃんは気合十分って感じね。何か心境の変化でもあったのかしら。何か新しい出会いとか……ああ、張りきった顔も可愛い」
「こちらをちらちらと見るのはやめたまえ」
ハルの宣言を聞いたアーリンの眼の奥に火花が散る。
「威勢のいいこと言うじゃない。じゃあ、今日の模擬戦付き合いなさいよ。大魔道祭で優勝するくらいなら私なんて相手じゃない……わよね?」
「わかりました。お相手します」




