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「……僕は何故こんなところにいるのだろう。他に行くべきところはいくらでもあっただろうに」


 ひと気のない茂みに身をひそめ、特注スーツの裾に泥をつけながら、自分で自分の行動に疑問を持つ。


 足元の花を踏まないように気を配りながら、向こうにバレないように位置を調整。首を伸ばしつつ縮めつつ距離を測る。


「今の姿を父様に見られたら、雷が落ちるな」


 ここは通称『学園』ワンダーランドの若き魔法使いたちが集まる学び舎だ。

 本校舎は奥に堂々とそびえ立つ巨大神殿。ワンダーランド全域でも数か所にか建てられていない貴重な施設だけあって、離れた位置からでも時代がかった迫力を感じる。これも魔法の圧力なのだろうか。イギリスのそれとはやや毛並みが違った、古風で神秘的な趣だ。


 現時点での憶測だが……限られた才能を持つ生徒しか入学できない。そこで得た技術は外敵から町を守るのに重宝される。そのあたりを考えてみると、学校と言葉を同じくしても、広く門を開いているイギリスとはまた違ったものであるように思える。ワンダーランドの学校はどこか軍事的というか、国を守る城壁のような役割を果たしているようにも見えた。


 この時間はどうやら本校舎ではなく、離れのホールで授業を行うらしい。


 窓からそっと中を覗く。


 広々としたホールには、森で見た制服たちが何人も見える。その中にはあの時見た顔もちらほら。ハルも混じっている。


 そう、ハルだ。

 僕は彼女のために博物館や図書館見学などを後回しにしてまで、やってきたのだ。


 もし彼女が遅刻をして教師に叱られでもしたらここは一つ共に頭を下げてやろうと……そもそも彼女は僕の付き添いで遅れてしまったわけだし、責任の一端は僕にあるといってもよい気がするのだ。


 読者諸君に勘違いしないでもらいたいのは、僕は別に僕は彼女を弟子と認めたわけではないということだ。

 まあ、それでも召使いくらいには縁がある相手だと思っている。わずかだが縁はできてしまったのだ。そんなハルが学校をさぼったりなどして、教師に叱られていたりなどしたら、どうなるかお分かりだろう。そう。僕の心象までもが悪くなってしまうのだ。しいてはイギリスの、女王陛下にも傷がつきかねない。


 ええ~紳士っていうのはこんな小さな子供を自分の都合で引っ張りまわすんだ~、最低~。


 そんな幻聴が聞こえてくる。


「馬鹿を言うな馬鹿を……イギリスにそんな薄情な男はいない」


「薄情ではなくとも、不審ではありますよね」


 突然声がした。


「な、何者かね。名乗り……セリア女史か。驚かさないでくれたまえ」


 すぐ隣にセリアが立っていた。侵入者を罰するつもりではないらしく、ニコニコと柔和な笑みを携えている。


「驚かさないでって……エリオットさんは自分がどのように見えているかわかりますか? 学校の運動ホールをこっそりと覗いている変態ですよ」


「何を言う。僕がそんな非紳士的なことをするか。僕はただあの子が叱られないかとな」


「す、すごいですね。侵入を見とがめられて、うろたえるどころか弁明もしないなんて。まあ、良いですけど。変な暴走はしないでくださいね。多少はフォローできますけど私にとって一番大切なのは生徒たちなので」


 そういって彼女はすぐ横にくっついてくる。

 知り合いの顔が見えたので、ちょっと話しかけてみた程度の軽さ。


「わかっている。頃合いを見てすぐに立ち去る」


「そういえばハルちゃんの様子はどうですか? 上手くやれそうですか? 私的には高相性かなって思うんですけど」


「……待て、何故ハルがうちに来たことを知っている」


「あれ? 言ってませんでしたっけ。部屋を貸す代わりにうちの生徒を面倒見てほしいって」


 どこまで恍けているのかわからない顔で小首をかしげるセリア。


「あなたの仕業か……!」


「うふふ、ごめんなさい。私ったらいけませんね。久々の旅行者さんに緊張しちゃったみたいです」


 緊張感のまるでない顔で謝られても反応に困る。森で出会ったときもそうだったが、この人は自分で言っているほど表情が変わらないから、どこまで本気なのか測りかねないのだ。


「まあ、世話をかけているのは僕のほうだ。マダムの手前もあるし、水に流そう。それよりホールでは何をしているのかね」


「学園は魔法使い育成機関ですからね。当然魔法を使った訓練です。今回は模擬戦でしょう。何を隠そう私、この授業がすごい好きなんです。可愛い私の生徒たちがどんどん成長していくのが直に確認できて……もう、最高です」


 笑顔はそのままに鼻息が荒くなり、顔色が赤くなる。これはわかりやすい。


「子供たちを物陰から覗いて鼻息を荒くするとは、さてはセリアは変態か?」


 彼女にかまっている暇はない。

 僕は内側から見られぬように気を配りながら、窓ににじり寄った。


 生徒たちは散らばって何やら組を作り始めている。その流れの中にハルはおり、つまり遅刻のおとがめはなかったというわけだ。


「ふぅ……」


 懸念が晴れたならば、安心してどこかへ消えればいいではないかと思われるかもしれないが、僕は隠れ続けた。あの少女はどこか抜けているところがある。何かやらかす前に僕がフォローをしなければ。


 ハルの前に一人の女子生徒と二人の男子生徒が歩み寄ってくる。組を作るのだろうか。あの子にも友達がいたようで何より……いや、なにを安心することがある。あれはただの同居人。友人の有無など僕には関係のないことだ。


 しかし、何を話しているか気になるな。


「窓を、窓を少し開ければ……」


 音をたてないように慎重に窓を開く。

 紳士の聴覚があればほんのわずかなすき間で構わない。


「エリオットさん、今のしぐさ、一発アウトでしたよ」


「しっ、静かに」

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