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「師匠……私、感激です。こんな不詳の弟子を助けてくれるなんて。やっぱり私の目に狂いはありませんでした」


「ええい、泣くのをやめたまえ。たまたま通りかかったところを見かけただけだ。君のためじゃない……と言うか、今気づいたよ! ハルだったのか、僕はてっきりどこかの小娘が虐められているのかと。ああ、そうだったのか、ははぁ、なるほど」


「おぉぉ……私こんな下手な嘘はじめてみました。でも、うれしいです。そんな見え見えの嘘をついてまで来てくれるなんて……」


「こほん、とにかく怪我はいいのかね? 一足先にリタイアしても構わないよ」


「師匠が来てくれたから元気いっぱいです。それに、こんなすっきりしない終わり方アーリンちゃんが認めてくれません」


「だろうな……あと、誤解されるからやめたまえ。僕は君の師匠ではない」


「またまた」


「いや、なんだねその顔は。おい、待ちたまえっ」


 五人はめいめいに散らばっていく。遠目でハルをみるが、やはり万全とはいかないようだ。だが、それでも気力に満ちた構え方だ。

 悪くない。

 三人相手は厳しいが、そのうち二人を僕が引き付けられれば何とかなるかもしれない。


「おい、不審者。あんた素手が武器か?」


 対面する男子生徒に話しかけられた。


「ああ、そうだ。何か問題があるかね?」


「いや、別に。たださ、俺たちは剣を使うから、ちょっと不平等かなってな。誰だって平等な状態で勝ちたい、だろ?」


 ハルを三対一で追い詰めておいて、どの口で言うかとも思ったが、頷いておく。


「それを使いなよ。予備の模造刀だ」


 山なりに飛んできたそれを受け取る。彼らが使っていたのと同じタイプの刀だ。


「剣か……ほとんど使ったことがないんだが、やるしかないか」


 恐る恐る構えると同時に、二人も構えて唱える。


「刃と歯の神シユウ・レイに連なる血族コウ。この勝利を我が主に捧げる」


「同じく血族ロウ。この勝利を我が主へ」


 二人が飛び掛かってくる。

 ネズミのようにすばしっこい動き。

 たまらず剣で受け止めると、衝撃が伝わって腕がビリリと痛んだ。


「うおおぉ……!」


 二人は僕をターゲットに選んだようだった。それはこちらにとってもありがたいことだ。

 ちらりとハルを横目で見る。

 アーリンの展開した魔法――あれはいったい何だろう。土でできた障壁に見える―― に動きを邪魔されつつも善戦をしている。


「ええと……僕はワンダーランドの神に連なってはいないが、だが君たちの流儀に合わせて言わせてもらおう。イギリスの紳士エリオット・アゲイン。この勝利を我が女王へささげる」


「連なっていない?」


「魔法が使えないってことか?」


 戦いが始まって数秒、早くも戦場は二つに分かれていた。

 アーリンとハルがぶつかり合う場と、男子生徒と僕とが切り結ぶ場。


 右に左に襲い来る剣圧を捌ききることができずに、傷を受けてしまう。


「この剣筋……どこか奇妙だ。避けたと思えば触れ、受けたと思えば沈む。君たちの魔法か?」


「まあな」


 剣の重さに僕がよろけたところに体重の乗った一撃。

 僕はそれを正面から受け止める。

 受け止めたはずだった。しかし、直後肩口に一線の傷口ができる。

 まるで見えない剣閃に襲われているみたいだ。その後攻撃を受ければ受けるほど、細かいダメージが蓄積されていく。


「俺の魔法は剣筋の増加。一振りで二度、三度の剣撃が可能になるっていうわけ。驚いたか? 俺はこの魔法で今度の大会も勝ち進む」


 男子コウ、あるいはロウが会心の笑みを浮かべる。

 そのすきを狙って突きを放つが、あっさりと避けられてしまう。


「鈍い鈍い、ほら、後ろからも来てるぜ」


「うおぉっ」


 間一髪のところで避けるも、魔法の余波まではよけきれなかった。


「ぬぅ……! 見慣れないというのはそれだけで不利だな」


「師匠!」


「僕を心配してどうする! 自分の勝負に集中したまえ。それっ」


 我ながらへっぴり腰で剣を振り回す。というより振り回されているといったほうが適切だ。


「ぐぬぬ……イギリス流の勝負ならこんなことには……」


「あはは、負け惜しみかよ。かっこよく乱入してきたくせに情けないな」


「情けない弟子には、情けない師匠だ」


「ぐぬぬ……」


 言い返せなかった。何を言ったとしても、今の状態は負け惜しみ以外の何物でもない。


 どうにかして活路を開かねば。いくら異世界で慣れない戦いだからと言って、こうも惨敗してしまっては申し訳が立たない。


 とにかく調子を整えなければ。

 そう思い距離を取る。相手の剣の間合いに入らないように慎重に。

 しばらくそうしていると、相手はしびれを切らしたように言う。


「もういいだろ。さっさと終わらせてあっちの加勢に行こう」


「そうだな。シユウの名において命じる。はばたけ!」


 彼が唱えると室内に突風が巻き起こった。

 風にあおられ、一瞬目まいを起こす。

 そのすきを狙って彼らは動いた。

 予想外の動きに固まってしまう。


 なんと彼らは自らの武器、模造刀をその場に投げ捨てたのだ。

 そして二人で同時に新しい呪文を唱える。


「待て、君たち、いったい何のつもりだ」


「待たねえよ!――命じる。切りさけ!」


 巻き起こるのはどす黒い色をした巨大な竜巻。周囲にいた観客が驚きざわめく。


「な、なんという真似をするんだ」


「はぁ? ……なんだ? まさか剣術だけで勝負すると思っていたのか?」


「ち、違うのか?」


「馬鹿め、何でもありに決まってるだろ。俺たちの奥義だ。喰らえ!」


 竜巻がすぐ目の前まで迫る。

 しまった。僕は後悔する。

 僕はとんだ思い違いをしていた。

 彼らの戦い方を、この勝負の本質を読み違えていた。

 ああ、間合いを間違えた。自分が恥ずかしい。


「そうか。勘違いをしていたよ。何でもありなのか――」


 一瞬の静寂


「――ならば、僕の勝ちだ」


「え?」


 瞬き一度の間に竜巻が掻き消えた。

 彼は自分の身に何が起こったのかすら理解できなかっただろう。

 ポカンと口を開けて天井を見上げている。


 正確に言えば、天井に突き刺さった相棒の下半身を。

 なぜ、男子生徒が天井に刺さっているのか。


「は?」


 答えは簡単だ。

 僕がやった。バリツで軽く蹴り飛ばしたのだ。


「いや、許したまえ。僕はてっきり、剣と剣で行う誇りある決闘だと勘違いしてしまったのだ。女王の手前、勝負をつけるのは剣でしか許されないとな。まさか何でもありの戦いだとは」


 剣の戦いなら勝ち目は薄かったが、バリツを使ってもよいなら負ける気はしない。


「さて、一人脱落だ。勝負を続けようか」


「え、ちょ、ま、待って――」


 言い終わるより先に天井に突き立てる。

 ホールの天井に二人の男子生徒のオブジェクトが仲良く並んで誕生した。

 ぷらーん、ぷらーんと二人分。


「安心したまえ。この程度で人は死なない。そのうち落ちてくるだろうさ。さて、ではこの勝負。僕の勝ち。ということでよろしいかな?」


 スーツの乱れを直し、髪の乱れを直し、セリアに向かって僕は言った。

 セリアは見届け人としての役目も忘れ、ポカンとした顔で天井を見上げていた。

 周囲の観客もみな自分の戦いを忘れ、天井を見上げていた。

 誰も何も言わなかった。

 ただただ無言で天井を見上げていた。


「え?」


 セリアの声がホールにむなしく響く。


「え?」


 僕の声も同じだった。


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