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やってしまった。
まずそう思った。
この世界にはこの世界のルールがある。
そしてそのルールにのっとって試合は行われていた。
わかっていた。それを勝手な情動で割り込むなど行儀がよくないなど。
あっ、と思った瞬間には体が勝手に動いていた。
結果、窓ガラスを破るのをいとわず乱入。
いやいや、いくら多対一で女の子が痛い目にあっていたからと言って、この自制心のなさはないだろう。故郷の紳士仲間が見たらどういうか。
「し、師匠!?」
「だ、誰ですか。あなたは!」
「なにこれ……知らんおっさんが入ってきた……?」
「お、おっさんではない。まだ二十二だ。僕は見ての通り通りすがりの紳士だ。日々の鍛錬まことに結構と思っていたが、よくよくみればあまりの多勢に無勢。紳士として見過ごせないと思い参上した」
頭の上にのったガラスの破片を払い落として、それらしい顔を作る。
「何を訳の分からないことを……」
大きな音につられて教師がやってくる。
「えっと? ああ、そうだね……すまないけど、あなたはいったい何者ですか? いえ、あの、控室でお話をね、聞かせてもらえれば。すぐ警備の人が来ると思うので」
大人しそうな教師はまだ事態を呑み込めていないのか、おどおどとした態度で迫ってきた。
無理やりとらえるべきなのか、刺激せずに話し合いで追い出すべきなのか決めかねているのだ。
「ちょっと待ってください先生。私たちはこの男に模擬戦の邪魔をされたんです。しかも、聞きましたか? まるで私たちが義に劣る戦い方をしているかのような物言い。我慢できません。ねえそこの通りすがりさん。あなた、ハルの師匠なんでしょう?」
アーリンが油断ならない目でハルと僕を交互に見つめる。
ハルが咄嗟につぶやいた、師匠という言葉を聞き逃さなかったのか。
「いや、違う。彼女はただの小間使いだ」
「まあどうでもいいわ。あなたも魔法使いならちょっと混ざっていきなさいよ。三対一が見過ごせないっというなら、五人の乱戦でどう?」
「あの、アーリンさん。勝手に話をね? 進めてもらっちゃ困るんだけど……ほら、一応僕も教師だから……いろいろ責任問題とかあるから……」
「ご心配なく先生、こんな不審者など一撃です」
「心配なんだよなぁ……そういう問題じゃないし……」
ハルの師匠というのがそんなに気に障るのか、バチバチと火花を散らすアーリン。その後ろでにやにや笑う男子二人。まごつく教師。
妙な具合になってきたな。僕は魔法が使えないというのに。
そもそもこの世界の決闘作法が分からないぞ。
僕が恥をかかないようにするのは前提で、相手にも恥をかかせてはいけないのに。
平然を装いながらも、僕は非常に困惑していた。
乱入した後のことを考えていなかったのだ。
でも、仕方ないだろう。この場合。勝手に飛び出してしまったのだから。
そうしていると背後から高らかな声が聞こえてきた。
「その勝負、この私が見届けましょう」
ホールの入り口に一人の女性が立っている。
セリアだ。彼女は今までの覗き見などなかったかのような優雅な足取りで、こちらまでやってくる。
そして何もかも初見ですよとでもいいたげに、辺りを見回すと、にっこりと笑っていった。
「面白そうではないですか。やらせてみましょう。問題はありません。責任は私が持ちます」
「ま、まあ会長がそうおっしゃるなら」
教師は面食らったような顔で、頷いた。