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(エリオット・アゲイン)
ごきげんよう親愛なる読者の諸君、そう、僕である。英国の紳士にして稀代の探検家エリオット・アゲインだ。
あなたたちはいったいどこでこの話を読んでいるだろうか?
自宅の書斎? 暖炉の前? それとも寒空の下だったり独房の隅だったりするのだろうか。
どれにせよ、あなたたちは世にも奇妙な話を耳にするだろう。
僕がこのたび遭遇したのは、これまでの冒険譚の中でもとびきりの奇譚だ。
さて、それではどこから話し始めたらいいものか。
始まりはほんの数十分前のことだ。
僕は別件である悪漢を追いかけていた。
そいつは紳士にあるまじき男で、あるレディから宝石を奪って逃げている最中だった。そうなると当然この僕、紳士の中の紳士であるエリオットがそんなやつを見逃すはずがない。
僕はそいつを探し出し、ロンドンの北の外れ、そのまた端にある滝に追い込むことに成功したのだ。
悪漢は今まで逃げ回っていたのが嘘のように、堂々としたしぐさで僕に向かってきた。といっても追い詰めたのは僕自身だったので逃げ道はこちらにしかなかったのだが。
さて、諸君は事の顛末を推測できるだろうか?
今まで僕の冒険譚を読んでくださっているなら、簡単だ。
つまり、バリツである。
このエリオット・アゲインは巧みなバリツで紳士らしく、悪漢を見事倒してみせた……こうだ。これ以外の回答はあり得ない。
だが……この日は少し星のめぐりが悪かったんだ。うん。
ちょっとした隙を突かれ、しまった。というより早く、僕は悪漢と共に滝底にまっしぐら。
なかなかの高度だったが、そんなことで死ぬような鍛え方はしていない。僕はすぐさま陸に上がった。
すると、だ。
自分でも信じられないのだが……そこは見渡す限りの木々が広がっていた。穏やかな風、温かい木漏れ日、耳に心地よい鳥のさえずり。
どこをどう切り取っても、我が故郷、麗しきロンドンではない。
そもそも僕が落ちたはずの滝はどこだ?
どれだけ辺りを見渡しても見えるのは森、森、森。
人の気配もない。
一緒に落ちたはずの悪漢の気配もない。
ただ木々を揺らすザアザアという風の音だけ。
白昼夢だろうか。
僕はパニックに陥った。
わが身に起こった事態に、そしてそれに比べてあまりの静かさに、そっと言葉にならない声を上げた。
返事はない。
こうも無反応ならば仕方がない。僕は紳士的に思考を切り替えて辺りを調べてみることにした。
するとどうだろう。滝底にあった不思議な森には、これまた不思議な植物や動物が育っていたのだ。
ねじれた紫色の花。針金のような毛を持つ子ウサギ。玉虫色に輝く木の実。
異世界――という言葉が脳裏に浮かんだ。
その言葉は探検家としてのエリオットをたちまち目覚めさせ、僕はこうして手記を取ったのだが……ああ、読者諸君に直接見せられないのが残念で仕方ない。しかし、このエリオット、誓って嘘は書かない。以上のことはすべて真実である。
見知らぬ境地に不安もあるが、それ以上に心が躍る。僕はそのまま探検を続けることにした。
読者諸君はこう思うだろうか?
エリオットは不思議な探検を終えて、どこかゆっくりできるところでこの文章を書いているのだろう、と。
残念ながら違う。
僕の探検はまだ途中、この記録も今まさに書いている最中なのだ。
その後起こったことを綴ろう。これはちょっとばかり困ったイベントである。




