8話 ゴミ拾イストのプライドにかけて
門番のルイスさんとの会話が終わって、俺とノエルは街の中に足を踏み入れた。
街についたということは、そこら中のゴミを安全に吸い込みまくれるのだろう。
そう考えると、これ以上ノエルについていく意味はあまりないようにも感じるが……
ま、まあ、ノエルにはお世話になったし、何かお礼をしたいという気持ちもあるんだよな。俺にできることといったら掃除ぐらいだし。まずはノエルの家の周りから掃除をしてあげようと思う。
そんな言い訳がましいことを思いながら、ノエルの後をついていく。こうしてみると、かなり大量の火山灰だな。ノエルの足跡がくっきりと残っており、外に洗濯物を干している家はどこにも存在しない。
今もまだ火山灰が降っているのかは不明だけど……道行く人々の顔がどこか暗いのは、きっとこの火山灰と無関係じゃないだろう。
俺にできることは……そうだよな。掃除ぐらいしかできない、じゃない。
掃除が、できるんだ。なら、しない道理はないだろう。
「グォオーーーー!」
モーターを全力で回す。何事かとわざわざ窓を開けて確認する人もいた。
「私はポルカ、床の掃除はまかせてください!!」
みんなからの注目を浴びるのは少し気恥ずかしいが、前世で何度も通った道じゃないか。
前世でやっていたゴミ拾い、今やっている火山灰の掃除、そのどちらにも一切の恥じる要素はない。
ゴミ拾いはみんなのために!掃除はみんなのために!
吸引力、全開でいきます!
ただの円盤がどんどん火山灰を吸収していく様子を目の当たりにした住人たちは、驚愕に目を見張っていた。
俺の体積を優に超えて、大量の火山灰が吸収されていく。
マッピング機能のおかげで、どこを掃除して、どこを掃除していないかも一目瞭然だ。本来のポルカにデフォルトで備え付けられている機能が、ここまで役立ってくれるとは思わなかった。
俺の前を歩くノエルに、一人の女の子が話しかける。
「ノエルちゃん?この……この白黒、何?」
「ポルカっていうんだよ。火山灰を掃除してくれるらしいんだ!」
ノエルの友達と思われる女の子は、そんな俺の説明に驚き……そして、確かにその目に歓喜の色を浮かべた。
「ほんと!?この火山灰を全部掃除してくれるの!?」
「ピンポン♪」
「うわっ、何今の音!?」
「あははは、ポルカくんの返事だよ。任せろってさ」
「そ、そうなの?ありがとう」
女の子はおっかなびっくりという感じで俺にお辞儀をしてくれた。
おお、他人に感謝されながらやる掃除がここまで充実したものだとは。
半分は自分のためでもあるのだが、それでも残り半分は他人のためである。その行動が労われて、嬉しくないわけがなかった。
ノエルの後に続きながら、全力で火山灰を吸い込み続ける。俺の通った後には、本来の地面の色が一本の道を作っていた。
ノエルが立ち止まったのは、とある大きな建物だった。ここがノエルの家だろうか。
あれ、ノエルって実は結構なお嬢様なのか?
「あー、それで、ここが私の家……というか宿屋……なんだけど、ポルカくんはどうする?まだ掃除続ける?」
「ピンポン♪」
宿屋だったか。でも、言っちゃ悪いけど何だかボロそうな宿屋だな。
大きさは十分だが、管理が行き届いてないような印象を受ける。
あと、これは単なる発見だが、俺、文字が読めない。マルチリンガルLv1の場合ソデウム語は聞き取れるけど、文字を読むことは不可能みたいだ。
多言語話者というスキルを持っているのに自由にしゃべれない事と合わせて、マルチリンガルのLvを上げることで問題解消されないだろうか……自分の意志で喋る機能が切実にほしい……
「掃除続けるなら、街の案内をするね?」
「ペポー」
「遠慮しなくていいから。この街に始めて来るんでしょ?案内がないと迷うよ?」
うーん、マッピング機能があることはどうにも伝えようがないよな。
街にまで連れてきてくれただけで十分にありがたいし、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないという気分もある。
それに、最初はこの近辺から掃除をするつもりだしな。
そのことが何となく伝わるように、宿屋の入り口から半径3mぐらいを徹底的に掃除してみた。
「ん、どうしたの?もしかして宿屋の入り口、そんなに汚れてる!?」
「ペポー」
どんな勘違いだよ。
火山灰はどこだろうと均一に降り積もっております。
「あ、それじゃあ、最初はウチの宿屋周辺から掃除してくれるってことかな?」
「ピンポン♪」
「ありがとうね。もし宿屋に入りたかったら、ノックしてくれれば入れてあげるから」
「ピンポン♪」
「よろしく。頑張ってね」
そういって、ノエルは宿の中へ入っていった。
よし、まずは宿屋周辺の掃除だ。灰も残さないぐらいにきれいにしてやるぜ!文字通りな!
「~♪」
ただ掃除するだけじゃつまらない。音楽を流しながらの掃除である。
掃除によってこの街の人たちを明るくしたい。そのためにはまずは自分が明るくないと。
時折俺の姿を見て驚く人もいるが、そのたびに周りの人が俺が掃除中だということを教えてくれる。
疑り深そうな目で睨んできた人たちもいたが、あくまで楽しそうに掃除することだ。そうしていれば、どんな人でもやがて根負けするかのように笑い始める。
この街を暗く覆いつくす悲しみも、火山灰も、俺が全部吹き飛ばす……違うな、吸い込んでやるんだ。それがロボット掃除機として生まれ変わった俺にできること。
よし、まだまだ吸い込めるな。本当に吸い込める量に限界はないみたいだ。疲れも眠さも感じないし、いつまでも掃除していられる気がする。とりあえず、暗くなるまでは火山灰を処理し続けることにするか。
そして、かなり長い間掃除をしていた気がする。気が付けば日はもう地平線に吸い込まれようとしていた。
ふう、結構な範囲を掃除したな。距離にして宿屋の扉から半径100mぐらいの領域の火山灰は、大方片付いたと思う。
現在のゴミの量を見てみると……おおっ、16kgもたまってる。エネルギー問題、一気に解決だ。
エネルギーはというと67にまで減少していたので、3kgのゴミを消費して97にまで回復しておく。それでも残りは13kgもある。少しぐらいは自己性能のアップに回してもバチは当たらないよな?
……でも、それでも13kgだもんな。今までだと考えられないぐらいの量だったが、潤沢からは程遠い。取得できる新機能はどれぐらいあるんだろう。
まあ、後でじっくり考えるか。掃除は一度切り上げて、ノエルの宿屋に向かおう。
宿屋の扉に体ごと体当たりをする。ゴン、ゴン。
痛くはないけど、なんか間抜けだな。
すぐさま、「開いてますよー」という声が響く……いやいや、鍵が開いてても、この体じゃ扉を開けられないんだ。
「ピンポン♪」
「あっ、ポルカくん?今空けるから待っててねー!」
そンな声が聞こえてから、扉が開く。先ほどの魔法使いっぽい服装ではない、いかにも宿屋の娘って服装をしたノエルが俺を出迎えてくれた。
丈の長いスカートに、白いエプロン。その手には黒く汚れた雑巾を持っている。掃除中だったのだろうか。
それと、ノエル以外にもう一人、カウンターに妙齢の女性が座っていた。
「ノエル?なにそれ?」
「さっきも言ったポルカくんだよ。お母さん」
ノエルのお母さんでしたか。
よく見ると……つーかよく見なくても、遺伝が色濃く受け継がれているな。
特に髪の毛。色もツヤも、毛先の跳ね具合も、まるっきり一緒である。髪の毛だけ見せられたらどっちがどっちか区別がつかないだろうか。
「私はポルカ、床の掃除はまかせてください」
とりあえず自己紹介をする。自己紹介の文としてはへんてこだと思うが、これしか喋れないのだから仕方ない。
「え?もしかしてウチで働きたいの?」
なんでそうなる……って思ったけど、『床の掃除はまかせてください』っていったら、そりゃそんな勘違いしても仕方ないか。
どうしようか。ノエルにはあの洞窟から引っ張り上げてもらったり、この街まで案内してくれた恩があるしな。さらには出会ったばかりなのに俺の事を信頼して宿にあげてくれている。
その優しさに少しでも応えてあげたいものだ。
「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えないのならば、行動で示すしかないのだから。
「ピンポン♪」
「え、本当に掃除してくれるんだ?お母さん、ポルカくんは絶対雇ったほうがいいって。あの洞窟を隅々まできれいにしたぐらいなんだから!」
「うーん、人じゃないものを雇うのはなかなか勇気がいるけど……人手不足なのは確かだしね。よし。それじゃあまずはお試しとして、3号室の床を掃除しておいてくれるかい?」
「ピンポン♪」
「ポルカくんありがとう!それじゃあ、3号室まで案内するね」
そういったノエルに連れられて、3号室へと向かう。
さてさて、どんな部屋が来るかな。