7話 外の世界
「それじゃあ、運ぶことにするねー」
女の子の苔集めは終わったようで、俺は腕に抱きかかえられながら階段を上っていた。
ポルカには持ち上げる取っ手が存在するのだが、それを伝えるすべはないし、別にこれでもいいかという気持ちで身を任せている。
抱きしめられてふくらみの感触を楽しむ……なんてイベントは期待していない。ないったらない。
ついでに言うと、女の子の左手は鞄を抱えているので、いまの俺は右の脇腹に挟まれている状態だ。感触もなにも、ウエスト細いなーぐらいしか思うことがない。俺が脇フェチだったらまた話は違ったのだろうが。
「はい、外に出たよ」
そう言われて地面に下ろされる。やたら広い洞窟だったけど、階層は一つだけだったか。
外に出て、最初に目に入ったのは森である。青々とした木々が茂っているが……ん……なんか微妙に白っぽくないか?
雪が降ってるわけでもないだろうに、なんだか葉っぱや地面に白いものが付着している。なんだこれ?
疑問に思ったが、聞くことができないのがもどかしい。
まあ、異世界だし、このようなよくわからないこともあるかと無理矢理納得する。
「ポルカくん?ちゃん?えーと、どっちがいいかな?ポルカくんでいい?」
「ピンポン♪」
年下っぽい女の子から君づけされるのは正直嫌だが、拒否したらポルカちゃんになりそうなので肯定しておく。
「よし、ポルカくん、行きたいところとかあるのかな?」
「ペポー」
行きたい場所どころか、どこに何があるのかすら知らない。
この森はゴミの宝庫だろうけど、何だかヘビどころじゃない動物もいそうだし、ここでごみを集めるのは危険だ……と、生物としての直感がささやく。掃除機だけど。
「特に行く当てもないの?」
「ピンポン♪」
「そうなんだ。じゃあ、私の街に来ない?」
お、願ってもない申し建てだ。
街なら、洞窟よりも安全にゴミが集められるだろうし……なにより、この前も言った通り、ただ生きるためのゴミ拾いなんて俺はいやだ。どうせなら、ほかの人の役に立つゴミ拾いがしたいのだ。
ゴミ拾イストとしての信念である。ゴミ拾いはみんなのために。
「ピンポン♪ピンポン♪」
「そーか!よし、ついてきて!」
そういうと、女の子は森を抜けるため歩き始めた……足場が超悪いが、なんとかその後を追いかけていく。
あ、チョークの粉っぽいものは普通にゴミとして吸い込めた。やはり雪ではなさそうだな。
しかも割とゴミとして優秀で、そこら中にあるし、簡単に吸い込めるし、重さも申し分ない。この調子なら数日間洞窟で立ち往生していたロスもすぐに取り戻せそうだ。
洞窟の中にいたころには考えられなかったペースでゴミがたまっていく。
「そういえば、あんなところに何か用事があったの?」
「ペポー」
「あ、じゃあ迷い込んだのかな?」
一瞬、ペポーと鳴らしそうになったが、正直迷い込んでるのとほぼ変わらない状況だったよな。
ここはあの中で迷っていたということにしておこう。
「ピンポン♪」
「ふーん、ところで、ポルカくんって何者なのかな?生き物じゃないよね?」
「ピンポン♪」
「うーん、何物なのよ」
「私はポルカ、床の掃除はまかせてください」
「そればっかりね」
女の子はいろいろ話しかけてくれるが、こちらが「ピンポン♪」「ペポー」「私はポルカ、床の掃除はまかせてください」しか喋らないのでは、話題も尽きるというものだ。
森を抜けて草原を歩きだしてからほどなくして会話は止まり、沈黙が場を支配する……わけでもなく、モーター音が響き渡るだけになる。
このままじゃ寂しいな……よし、歌うとするか。
「ピーピーピーピッピピーピッピピー」
「え?何か言った?」
「ピーピーピーピッピピーピッピピー」
「ごめん、わかんないや」
いや、単なるダースベ〇ダーのテーマです。
そうだよな。こちらの人に通じるわけがないや。
エリーゼのために とか、 トルコ行進曲 とかいろいろ演奏してみた。これという反応はなかったので知ってる曲はなかったのだろうが、楽しんでくれたようである。パチパチと拍手を送ってくれた。
「演奏もできるなら、今度シェリーのダンスの伴奏をしてあげればあの子喜ぶんじゃないかな?シェリーってのは私の妹でね、踊りが得意なんだよ。あ、忘れてた。私の名前はノエルね。」
俺をあの洞窟から出してくれたのはノエル、と。覚えておこう。
それにしてもこの白い粉は優秀だ。このペースだと30分歩けば1kgのゴミが集まる計算だな。一日掃除し続けて4kgがやっとだったあの洞窟の日々は何だったんだ。
まあ、効率のいいゴミが見つかったなら文句はない。ガンガン吸い込んでいこう……
「ポルカくん?もしかしてあの線って、ポルカくんが通った後?」
ノエルも気づいたか。
今、俺の後ろには、白い粉が吸い取られて、草の緑色による一本線が走っている。
マッピングをするまでもなく、俺が掃除をした範囲が一目瞭然となっていた。
「ピンポン♪」
「火山灰を吸い取ってるの!?え、そんなことできるんだ!」
なんと。この白い粉は火山灰でしたか。
だけどこれはかなり好都合だな。火山灰ならそこら中に降り積もっているはずだ。そして、もしかしたら住人は火山灰の被害に遭っているのかもしれない。
俺は火山灰を吸い込むことでゴミを蓄える。それが街の住民の役に立つなら、よろこんでやってやろうじゃないか。
意気込む俺の前方に、何やら街らしきものが見えてくるのは、それからまた10分ほど歩いたころだった。
門番と思われる男が、街の入り口をふさいでいる。ノエルは迷うことなくその入り口に向かって歩き、男に向かって話しかけた。
「ルイスさん、ただいまもどりました」
「おっ、ノエルじゃないか。大丈夫だったか?」
「はい、無事にヒカリゴケを採取できました」
「そうか、そりゃあよかった。うちのスーが真っ暗闇を怖がるんでなあ。かわいそうだから」
「ルイスさん、スーちゃんを甘やかしすぎちゃだめですよ」
「そう言われてもなあ、嫁さん似でかわいいんだよ。それこそこの仕事ほっぽり出して一日中眺めてたいぐらいで。この前もご飯食べているときに飲み物こぼしちゃったんだけど、スーがなんて言ったと思う?『コップさん、たおれちゃだめですよ』って……くぅ~!」
おい、雑談が始まってるんだけど。俺はどうすればいいんだよ。
とりあえず、全力でモーター音を立てて雑談を妨害した。
「で、なんだ?この白と黒の円盤は?」
「あ、この子は洞窟の中で拾いました。ポルカって名前みたいです。見たことありますか?」
「うーん、ないな……生き物でもなさそうだし、どっかの魔導士が作ったマジックアイテムかもしれんな」
マジックアイテムなんて言葉が出てきたけど、多分違うだろうな。ロボット掃除機だし。
あれ?でも、電気は必要としない。ゴミ箱という名の収納術が使える。機能さえ充実すれば、水や火を出すことも可能……まずいぞ。マジックアイテムじゃないという自信もないや。
そもそもこんな機械に人の魂が宿っている時点でかなりファンタジーの産物なんだよな。
この世界にマジックアイテムなんてものがあるなら、自分はそれに分類されていた方が、ひとまずはスムーズに進むかもしれない。
まあ、それを自分の意志で決められるかは別の問題だけどな。
「持ってきたらマズかったでしょうか?」
「何とも言えないが、もし持ち主が現れたらすぐに返せるようにはしとけよ」
「ポルカくんには持ち主がいるの?」
おっと、いきなり話を振られた。
俺が意思疎通可能だということを隠すつもりはないようだな。別に構わないが。
「ペポー」
「あれ、いないのか」
「オイちょっと待てノエル、今このポルカと会話してなかったか?」
「え?うん。ピンポーンがはい。ペポーがいいえ。あとは自己紹介ができるぐらいだけど、ポルカくんは喋れるっぽいよ」
「ま、マジかよ……そんなすごいものがあの洞窟に落ちてたっていうのか?」
「それだけじゃないんですよ。このポルカくん、お掃除ができるんです。ほら、火山灰が吸い取られた跡が残っているでしょ?」
そういって俺たちが歩いてきた跡を見せるノエル。確かに、長々と続く緑色の線が道に沿って続いていた。
「火山灰が吸い取れると来たか……もしかしたら、この300年に1度の大噴火に合わせた神様からのプレゼントか?」
「なるほど、そうかもしれませんね」
ほう、この火山灰は300年に一度のレベルなのか。
なんてタイミングがいい……と思ったが、本当に神様がいるのなら、わざとこの時代に合わせて俺を転生させたんじゃないだろうなとか勘ぐってしまう。
とりあえず、火山灰を吸い込めるのは実験済み。
文脈から察するに、街の住民が火山灰に困っているのも確実なようだ。
よし。この街で行う最初の仕事は、火山灰の掃除に決定だ!