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73話 謎の手紙

 英語で書かれた手紙が、この世界に存在した。

 その送り主と思われるAerocotam、おそらくこいつの読み方はエアロコンタムだ。

 城塞ビーバーを倒した直後のソイルコンタムから、俺を召喚した厄神の名前がエアロコンタムだという話を聞いている。召喚した生みの親という意味でfatherという英単語を使ったというのなら、まあそれはわからんでもない。

 手紙の中身を読んでない以上、この手紙の最初の一文が真実かどうかは判断できないけれど、おそらくは本物なんじゃないかと考えている。

 この世界にはないはずのアルファベットで、明らかに俺に向けて文章を書いてきた。この手紙を書いたのは、少なくとも俺が元いた世界のことや、このロボット掃除機の中に人間の心が入っているということを知っている存在だ。

 俺をロボット掃除機にしてこの世界にへと送り込んだ主犯に対してどんな感情を抱けばいいのかはわからないけれど……少なくとも、会ってみたいという気持ちは心のどこかにある。

 そうであれば、せっかく手に入ったこの手がかりを活用しない手はないよな。まあロボット掃除機には最初から手はないけどな。


「それじゃあ、その手紙はポルカに差し上げます。もしなにかわかったことがあれば教えてくださいね」


『ピンポン♪』


 一応返事はしたが、ロボット掃除機の身で研究者に何を教えられるというのだろうか。まあルーカスもジョークで言っているのだろうけど。

 受け取った英語の手紙を大事に[ゴミ箱]へと放り込んで……これだけを文字通りに受け取ると普通に捨てているみたいだけど、とにかく大事に保存しておいた。

 ルーカスとの交流もほどほどのところで終わり、お互いにやるべきことを思い出したかのように別れる。帰って類似する古代文字が存在するかどうか調べると言ってたけど、その努力はおそらく徒労に終わるであろうことが容易に想像できた。

 古代文字どころか異世界文字なんて、どうやって解読しろという話だ。ロゼッタストーンでもない限り読み解くのは不可能なんじゃないかな。

 とにかく、この件に関しては彼の助力は期待しない方がいい。転生後初の英文読解問題、覚悟を決めてやってやろうじゃないか。

 ……なんで異世界に来てまで、英語を読まなきゃいけないのだろうな。気にしたら負けなんだ。うん。



 [ホームベース]を起動してキアレおばさんの家へととんぼ返りする。

 街中の排水が終わってはいないけれど、夜になる前に読み進めないと間に合わないだろう。俺の体についているLEDの光は、闇の中で手紙を照らすには弱すぎるのだ。

 ちなみに帰ってきたはいいものの、ノエルもおかみさんもシェリーもキアレおばさんも見当たらない。みんなしてどこかに外出しているのだろうか?

 ちょっと気にはなったが、それよりも今は手紙を読みすすめることにする。壁にはめ込まれた窓のすぐそばまで移動し、入ってくる光を照明にして英語の手紙を読み始めた。



「……ポルカくん、ポルカくん。なんかすごい考え込んでいるみたいだけど、大丈夫?」


『ピンポン♪』


 読み始めてから数十分が経過したというところだろうか。いつの間にか部屋に入っていたノエルが俺に話しかけてくる。

 読み解くのに集中しすぎて、ノエルが帰ってきていたことに全く気が付かなかった。

 ノエルには悪いけれど、今めっちゃ集中してんだ。中高6年プラス大学で1年ちょい学んだ英語力を駆使して翻訳しているんだ。できることなら邪魔をしないでほしい。


「せっかくシェリーのお見送りをしたのに、ポルカくんはどこにいるのかと思ったら」


『ペポン?』


「シェリーはセントラルに戻っていったよ。出発ギリギリまでポルカくんを探していたのに、結局見つからなかったんだから」


 そういうノエルは、わかりやすく残念そうな顔をしていた。

 ノエルの妹であるシェリーがセントラルに戻るんだったら、呼んでくれればお見送りぐらいしたのに……と思ったけれど、ノエルの言った通り朝から街中をうろつきまわっていたのは俺のほうである。

 

 シェリーが知らない間に帰っていってしまったのは確かに若干寂しいものがあるが、これが今際の別れというわけでもないはずだ。

 またいつか会える日がくるだろうと考え、意識を手紙の方へと引き戻す。羅列されたアルファベットに目を走らせていくこと2周目、なんとなく全体像がつかめてきた感じだ。


「んー……?」


 ノエルも何これといった様子で手紙を覗き込んだが、軽く首を傾げただけで、すぐに興味をなくしどこかへ行ってしまった。

 この隙に一気に読み進めさせてもらおう。ちょくちょく理解できない単語が飛び出てくるせいでなかなか解読が進まないが、前後の文脈と合わせてそれっぽい翻訳を考える。

 それほど長いわけでもない英文に、1時間近く集中力を注いで、ようやく大体の内容を理解することができた。


『ピー……』


 翻訳を終えた開放感と、得られた情報の少なさに、もらしたため息が物寂しい電子音となって部屋の中で反響した。

 手紙を全部読んでも、ろくな情報が書かれていなかったのだ。俺がロボット掃除機にされた理由とか、俺の知らない機能の紹介とか、もしくは厄神に出会った時の対処法とか……最後のは冗談としても、そういった今の俺に役立つ情報がほぼ何一つとして書かれていなかった。

 例えば基本的な機能説明の項目があったのだが、基本的すぎて全く目新しさがない。

 ゴミを無限に吸い込めることとか、吸い込んだゴミをエネルギーに変換して活動できるということとか、そんなこと教えてもらわなくとも転生初日に理解しているっつーの。わざわざこの手紙で教えることじゃねーだろ。

 しかしこれもまだマシな方である。他の情報はさらにロクでもないものばっかりだ。例えば、俺が最初に閉じ込められていた洞窟は一年を通じて気温と湿度が一定に保たれているため、中に住んでいるコウモリは冬眠することがないらしい。 どうでもいいわ。コウモリって普通冬眠するのかどうかも知らないし。

 他には、この地域に住んでいるコウモリの見分け方についての説明があった。妙に長いしっぽを持った吸血コウモリがかなり獰猛だから、襲われないように気をつけろだとか。あのさ、お前本当にロボット掃除機の召喚者か?

 あと、『コウモリの格好をした人間が戦う作品をお前の世界で見かけたんだが、機会があったら詳しく教えてくれ』という一文を翻訳した時にはマジでこの手紙破り捨ててやろうかと思った。アメコミのアイツのことだろうか? すまん、俺は詳しくないんだ。


 そんな感じで、9割9分が不必要な情報で埋め尽くされた手紙だったけど、最後の最後にだけ、今の俺に意味のある文章がひとつ書かれていた。


(……Come Central and let's talk only you and me…… 『セントラルに来なさい。あなたと私だけで話しましょう』……)


 エアロコンタムにつながりうる情報を得るも、そのタイミングの悪さに歯噛みする。

 今さっき出ていったシェリーの向かった先がセントラルだったよな。シェリーが普段の生活を送る場がセントラルなら、彼女についていけばセントラルに行けただろうに。

 今から街の外に出てシェリーを探そうにも、そもそもセントラルがどっちの方向にあるのかさえわからない。運良く見つけられたとしても、連れて行ってほしいと表現することも難しい。

 結局のところ、今の俺がエアロコンタムに直接会いに行くための手段はなさそうだ。

 仕方ない。ひとまず今すぐに会いに向かうというのは諦めるとしよう。でも、いつかセントラルに行けるように情報を集めておくというのは大事だよな。

 自分の中で新しい目標を定めて、読み終わった手紙を再び[ゴミ箱]の中へとしまう。

 窓の外を眺めると、日没まではもう少し時間がありそうであった。

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