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63話 城塞ビーバーとの戦い3

 屋根の上から、この街が受けている被害を見通す。この家は2階のない平屋で、川の近くの低地に存在しているという悪条件もあるが、もう屋根の近くにまで水が迫ってきていた。

 周り一面水浸しだ。ここも含めて、土手の決壊部位に近いところにある家はほとんど全滅しているようなものである。

 俺たちは天井を破壊することでなんとか脱出に成功したけれど、誰もがそんなことできるわけではない。この大災害は、死人が出ないほうがおかしいレベルだ。

 現状を理解したところで、ただ今敵対しているあのバケモノを観察しよう。


「あれは!?」


「魔物に決まってんだろ! いきなり現れたってことは、この前の騒動と同じだ!」


 カワウソかラッコのような見た目だが、それにしては前歯が長過ぎるような気がする。

 昔、動物園でコイツと似たような生き物を見たことがあるな。テレビや図鑑でも見たことがある。この生き物が作ったダムが、時として周りの環境を大きく変えるということも知っている。


「……キキキ……城塞ビーバー……本能に……従え……」


 水滴に覆い尽くされた世界の中で、ここにいない人魚の声だけがやけにハッキリと響いた。

 城塞ビーバーといっていたな。やっぱりあいつはビーバーか!

 前々から小出しに召喚されていたのだろう、小さい方のビーバーが大雨に合わせてダムを作り、川の水かさを不自然なまでに上昇させる。

 準備が整ったところで、アクアコンタムは災害級に大きなビーバーを召喚した。土手を決壊させることでトスネの町を水攻めする計画だったのだと、今更気づいても遅い。

 全ては既に始まり、そして終わっている。どうしようもないぐらいに手遅れだった。


手始めに(ギュ)てめえらを(ギュ)ダムにしてやるか(ギュー)


 このでかいやつは城塞ビーバーって名前、いや今はそれどころじゃない。明らかにこっちを向いて物騒なことを言ったぞコイツ、何をするつもりなんだ。

 見通しの悪い世界の中で、城塞ビーバーの一挙一動を見逃さないように凝視する。さっき崩したばかりの土手に半身を乗り上げたたかと思うと、大きく息を吸い込むようにのけぞった。


「スウウゥゥゥッ…… ギュアァァァァ!!」


 吸い込んだ息をすべて吐き出す強烈な雄叫びとともに、その口からは消防車もかくやと言うぐらいの強烈な水流が吹き出てきた。


「きゃあぁぁぁっ!?」


[エネルギーが20減少しました]


 ぐっ、俺って水に弱すぎだろ! 俺を抱えていたノエルが回避行動を取る暇もなく、一緒に水流を食らってしまった。ただの水なんだろうけれど、量が半端ないし屋根の上では避けるスペースもほとんど無いようなものだ。


「うわっ!」


 屋根の上でノエルが転ぶも、水流は止まってはくれない。中には既に屋根から転がり落ちた人もいるみたいだ。

 落ちるのだけは避けたい。俺が水中ではかなりのダメージを受けてしまうということもあるけれど……なにより、屋根の下では小さいビーバーがスイスイと水面を泳いでいる。アイツらが危険かどうかを見極めるまではノエルを落とす訳にはいかない。

 転がされるノエルの服をも巻き込んで、屋根に吸い付いた。なんとか屋根の上にとどまることはできたけど、このままじゃ一方的ななぶり殺しだ。

 城塞ビーバーの口からほとばしる水流が、屋根の上に残っている俺たちを執拗に狙う。一人、また一人と屋根の上から転がり落ちていく。


 「ポルカくん! アイツの魔法、吸い込めないの!?」


 ノエルがなにか言っているけど、この水流って魔法なのか? いや、考えてるときじゃない。ここはノエルの提案を信じないと。

 極悪食ピグから吸い取った能力[魔法吸引]を発動する。この状況を少しでもいい方向に転回させることを祈って、周囲にある魔法を吸い込み始めた。


なんだ(ギュ)? 激流が消された(ギャギュ)


 ビンゴ。 あいつの水流は魔法によるものなのか。

 相手の攻撃が止んだスキを見て、ノエルが右手を掲げて詠唱を開始する。


「鋭き炎よ敵を穿て 炎矢ファイアアロー!」


 ノエルのやりたいことを理解して、慌てて[魔法吸引]の発動を止めた。

 ノエルの手からは、炎でできた矢が発せられる。一つの井戸を枯らしたという曰く付きの技だ。

 当然ながらその矢は、城塞ビーバーの方へと向かって飛んでいく。特訓の成果なのかただのラッキーなのかはわからないけれど、こんな状況で使ったというのに、その炎矢はたしかに城塞ビーバーを貫こうとしていた。


うお()ふんっ(ギュ)! なにしやがんだ(ギュギャ)!」


「防がれた!?」


 確実なダメージを与えると確信した一撃は、しかしながら城塞ビーバーに届くことはなかった。

 今度は水流ではない。水でできた、無数の太い鞭がいくつも重なり、炎の矢を消し止めた。その鞭はというと、今は城塞ビーバーの周りでウネウネしている。

 まるで生きているみたいな気持ち悪い動きだけど、あれは太い鞭だ。太い鞭だということにさせてもらおう。

 おそらくは魔法だろう。アレがこっちに向かって襲い掛かってきたときは[魔法吸引]っ!


ちっ()あのアマ(ギュゥ)変な技使いやがる(ギュュグ)


「あ、ありがとうポルカくん!」


 こっちが考えているときに早くも攻撃されたんだけど。引き伸ばされた水の鞭が、ノエルをはたき落とそうと襲い掛かってきた。

 水の鞭も[魔法吸引]でなんとか防ぐことはできる。ということはやっぱり魔法みたいだな。魔法を使う敵なら、どうやら相性は悪くないかもしれない。

 城塞ビーバーはというと、魔法が消されるのはノエルの力だと思っている様子だ。実際は俺の機能なんだけれど、そんなことを丁寧に教えてやる義理はない。

 わずかながら余裕ができた。城塞ビーバーの動きには注意をしなければいけないが、ひとまず屋根から落ちた人たちを引き上げておきたいところだ。


「お姉ちゃん! ウチはお母さんを安全なところまで運ぶから!」


「騎士団の建物から救援を呼んできます!」


 しかしそんな俺の思いとは裏腹に、シェリーみたいに屋根から落ちた人たちは、一刻も早くこの場を離れようと足をばたつかせていた。

 無事に逃げられるのならばそれで問題ない。だけど、アクアコンタムが召喚した魔物がそんなことを許してくれるのだろうか?

 その答えは、水中に落ちていた一人の男の叫び声として俺達の耳に響いた。


「イタァ! イ゛タイイタイ! なにしやが……!」


 俺もノエルも、泳いでいた人たちも、その声がした方向に思わず目線を向ける。

 激痛に苦しむ声を上げた直後に、男は水の中へと沈んでしまった。

 沈む直前にちらりと見えたのが、男の足のあたりに噛み付くビーバー、そいつが水中へと引きずりこむ行動。

 さらに一匹のビーバーが加勢すると、今度は男の喉元に噛み付いたのか、水中に鮮やかな色をした血が流れ出てくる。その一帯は赤く染まってしまい、すでに男が息絶えていることは間違いない。

 ノエルにもその光景は見えてしまったようで、顔面を蒼白に染めながら泳ぐ人達に向かって声を張り上げる。


「急いで逃げて!捕まったら沈められる!」


 土砂降りの音にかき消されぬよう、全力で出した声はシェリーたちに届いたみたいである。

 みんな大慌てで、川から少しでも離れようと必死に泳ぎだした。シェリーもおかみさんを担いだ状態とは思えないほど、力強く水をかいて進んでいく。

 よく見ると、その右手にはレプリカの短剣が握られていた。小さい方のビーバーに襲われたらあの短剣で撃退でもするつもりなのだろうか。

 無事に逃げ切れることを祈るしかないが、そのために俺らがすべきことがある。


「ポルカくん……あのでっかいの、川からこっちに移動しようとしているの、気のせいじゃないよね?」


『ピンポン♪』


「だよね。 うぅ、なんで私がこんな目に合わなくちゃいけないの」


 土手の上をのそのそと歩き、町の中へと向かってくる城塞ビーバー。

 これ以上の被害を防ぐためにも、俺とノエルはこの化物をここで食い止めなければならないようだ。

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