53話 シェリーとボズとモモちゃんと
『ガーーー』
今日も今日とてゴミ拾い。一日2度のゴミ拾い。
最近では落ちているゴミも少なくなっていた。自分の成果によるものも大きいが、住人の意識も少し変わってきたのかもしれない。
きれいな場所にポイ捨てするのと、ゴミだらけの場所にポイ捨てするのでは、どちらのほうが心理的な障壁が大きいか? 多分前者だろう。
きれいな場所にはポイ捨てする人が少なくなり、もとから汚い場所にはどんどん捨てられたゴミが溜まっていく。
小学校の自由研究で題材にしたなあ。ポイ捨てされる場所には非常に偏りがあって、特に草が生い茂っているところや、後はなぜか橋の上によくゴミが落ちていた。
担任の先生がえらく俺の自由研究を気に入って、オリジナルの賞状をくれたんだっけ。懐かしいなあ。
で、トスネの街がかなりキレイになったことで、ゴミをポイ捨てする人も激減した……とまではいかないかもしれないが、とりあえず減少しているようには思える。
ただ、ゴミ税を払うことを嫌がってこっそり捨てる住人もまだまだいるからなあ。俺のゴミ拾いが必要なくなる日は来ないのかもしれないな。俺としてはそれはそれで楽しめるんだけど。
シェリーは、何日かトスネに滞在してからまたセントラルに戻ると言っていた。
おかみさんがハクリにかかったからできた臨時休暇だが、おかみさんの無事が確認できたからって急いで戻る必要はない。しばらくはのんびり過ごすみたいだ。
その一方で、ノエルにおかみさんはいつも通りに仕事だ。俺もちゃっちゃと掃除を終えて、現在は趣味のゴミ拾いをしている。
その間シェリーはキアレおばさんと話すぐらいしかすることはないのか……ガンバレ。
俺だったら、キアレおばさんと話すよりゴミ拾いを優先するだろうけど、シェリーの場合はどうかな。
「あー、ネコちゃん! なでなで~」
「みゃー」
……曲がり角の先でシェリーを発見。俺、この子のキャラが微妙につかめないんだけど。
顔全体で喜色を表現しながら猫をなでているシェリーがそこにいた。ついでにいうと、あの猫はこの前"仲良く"遊んだモモちゃんだ。
シェリーがキアレおばさんの家から抜け出しているのはまあ予想通りだけど、シェリーももしかして猫派なのか……うん、仲良くなれそうだ!
「あ~、このネコちゃんは毛がふわっふわ!うらやましい!」
「にゃおナゴニュー」
「どうすればこんなふわふわヘアーになれるのかなぁ、おしえてネコちゃん~」
「ニニャアニュニァン」
あの、あなた達は会話できないですよね? なんだか話の内容が微妙に噛み合っているんだけれど……まあ、偶然だろう。
そういえばコトラはいないのかな。モモちゃんの近くにいればそのうち来るかな? 別に用事があるわけではないけど、最近会っていないし久しぶりに顔を見たい気分になってきた。
どこかにいることを期待して周りを見渡してみると、コトラではなかったが人間の知り合いを一人発見した。
「よっ、ポルカ。今日も精が出るな」
屈強な体とスキンヘッド、騎士団長のボズだ。
今日は休みの日なのだろうか、いつもの騎士団の格好をしていない……が、汗をかいているところから見るにジョギングでもしていたのだろう。休みの日でも鍛錬を怠らないとはさすが騎士団の長というべきか。
「うん? あ、ポルカ、それと騎士団長さんですか」
こちらの会話に気づいたシェリー。俺達の姿を見ると少し驚き、慌てて猫から離れて声のトーンを冷静モードにして話しかけてきた。
「お、あんたは……んー、昔見た記憶はあるんだけどな、忘れちまったよ、ポルカの友だちか?」
「ポルカの持ち主の妹です」
スラスラと淀みなく応えるシェリー。猫をなでていたときとはうって変わってキリリとした顔つきをしている。
「ベネッタさんの子でノエルの妹か」
「そうです……え、よくご存知ですね」
「まあ色々あってな、覚えちまったよ」
簡単そうに言うけど、ボズとの接点といえば、悪食ピグ騒動の時とハクリの話をしたときぐらいしかない。俺はともかくノエルやおかみさんの名前までちゃんと覚えてくれるとは、意外であった。
……今のところ、ボズに会ったときは大体厄介事を頼まれている気がするんだが。今回もなんか変なことを頼まれるんじゃないだろうな。
「ポルカに用事でもあるんですか?」
「今日はないけどな。猫をかわいがっていたみたいだけど、ちょっと邪魔するよ」
「あっいえ、そんなことは全然」
否定するシェリーをよそに、ボズはモモちゃんの近くにしゃがんで喉のあたりを撫で始める。
「おー、毛並みがフサフサした立派な猫だなー」
「ニャーニャー」
ぶっ! おいモモちゃん! 言葉が通じなくても言っていいことと悪いことがあるぞ!
「ほら、よしよーし」
「ニャー」
「猫は首あたりを優しく撫でてあげるといいって聞いたことあるな、どうだ?」
「ニャーー」
モモちゃん? 君、人間の言葉わからないんだよね? あと、ニャーの一言に本当にそれだけの意味が詰まっているの?
「しかし、野良ネコにしては立派だなー、それともちょっと汚れてるけど飼い猫か? どう思うお嬢さん?」
「うーん、私にもわからないですけど」
野良ネコにしては気品があり、飼い猫にしてはちょっぴりみすぼらしい。どっち付かずのモモちゃんに首を傾げるボズ。
モモちゃんは、今は間違いなく野良ネコだ。だけど捨てられたと言っていたし、以前は飼い猫だったのだろう。
こんなかわいい猫を捨てるとは、おまえら人間じゃねえ! と思ったけど、これはただの自虐ネタだった。
「ちょっと持ち上げてみるか、飼い猫なら重そうだし、野良ネコなら痩せて軽い気がする」
ボズはそんなことを言ってモモちゃんの脇に手を通し、グッと持ち上げてしまった。あー、そんなことしたら……
「ミッミミュ!?ミミィ!?ミィ!ミィ!」
「うっわ、すごい暴れっぷりだな。全然人に慣れていないってことは野良ネコか」
後ろ足から尻尾の先まで、ビッタンビッタンと暴れまくるモモちゃん。怖がり過ぎだって……何もされてないのに。
「いてて、引っかかれた。この野郎」
「ふふっ、騎士団長さんも猫には勝てないんですね」
抱きかかえ続けるのはやめとこうと判断したボズが、持ち上げた猫をそのまま優しく地面におろした。
モモちゃんはというと、そのまま俊敏な動きで逃げ去って、あっという間に見えなくなってしまう。なんだかボズのことが可哀想になってきた。
「……ネコに好かれるには、どうしたらいいかなぁ」
「餌でも上げてみたらどうでしょうか?」
そんな大したことのない会話を交わしていたが、ボズも鍛錬中だったことを思い出したのか、会話はそこでお開きになった。
ボズはジョギングを再開し、シェリーは特にすることもないのか、『ポルカの仕事っぷりでも観察しよう』と言っていた。
そんなじっと見て楽しいようなもんじゃないと思うけどなぁ……ゴミ拾いは見るものじゃなくてやるものだから。
まあいいか。とりあえず俺はゴミ拾いを再開することに……
「ナッ! ニャーゴ? ニャア、ニャア!?」
『ピンポン♪』
「ニュナニャ?」
『ピンポン♪』
おっと、コトラじゃないか。さてはさっきのモモちゃんの叫び声を聞いて駆けつけたってところかな。いやー、男だね。
モモちゃんは自力で逃げ出したわけだけど、コトラはすごい心配しているっぽいな。俺の知らない間に2匹の間に進展があったみたいで……くっ、リア獣め!
「ニャニャ、ニュミャニャア」
モモちゃんの逃げ去った方向に向かって動き出そうとすると、その動きを敏感に察知したコトラが先んじるように走り出した。今のコトラ、俺の全速力より速いんじゃないか?
ふぅむ、コトラに久々に会えたのにもうサヨナラか……ちょっと寂しいけど、それだけ2匹の親密度が上がっているってことだろうし、ここは暖かく見守ることにしようっと。




