52話 ロボット掃除機は楽器ではない
「あ、そういえば、ポルカくんって音楽を流すこともできるんだっけ?」
『ピンポン♪』
ノエルからのわざとらしい質問に、俺もわざとらしく返してみる。
もちろん、その質問と回答が、妹のシェリーに聴こえるように。
昔のことで若干忘れかけてたけど、ノエルと初めて会ったとき、シェリーに音楽を流してあげると喜ぶと教えてもらった。
そこから実際にシェリーに会うまでが非常に長かったのだが……とにかく、ノエルは俺の機能をシェリーに見せびらかしたいんだな。
「へえ? ポルカってそんなこともできるの?」
「そうそう! もしよかったら、ポルカくんの音楽に合わせて踊ってみてくれない?」
「ちょっと面白そうじゃん。じゃあ、試しに何か演奏してみてよ」
期待通りというかあっさりと言うか、食いついてきたシェリーに対してどんな音楽を流すか考えてみる……どんな曲を流せばいいんだ?
こう言っては何だけど、俺は口笛レベルの演奏しかできないのだ。和音もビブラートも使えない。どう考えてもシェリーの踊りのレベルに合ってない。
ちょっと悩んだけど、いいアイディアは思い浮かばなかった。もうこれでいいや。
『ピーロ ピッ ピッ ピーロ ピーロ ピッ ピッ ピ♪』
俺が中学でやったフォークダンスの曲だ。タイトルは知らん。
ダメ元で流し始めてみたけど、意外にもシェリーはちゃんと音楽に合わせて踊ってくれた。スルーされなかったみたいで一安心する。
まあ、もともとが異世界の音楽だ。シェリーは簡単なステップでリズムをとったり跳ねたりしているけど、探り探りって感じだな。 初めて聞く音楽に合わせて即興でダンスを踊るということがどれほど難しいことなのか、俺にはわからないけれど、少なくとも簡単ってことはないだろう。
「あー、うん、なるほどね」
曲が終わったところで、シェリーが何とも言えないって顔で頭をポリポリとかいた。
そんなところに、ノエルが尋ねてくる。
「ポルカくんの演奏はどうだった? 踊りで使えそう?」
「使えなさそう」
あまりにも端的な否定の言葉だった。そうですか。
「色々問題はあるけど、とりあえずリズムやテンポがよく狂うのは踊りの曲として致命的すぎる」
そ、そうですか。
「それにさ、一個一個の音が軽すぎるよ。しっかりしたステップを踏みたいのに上手くいかない」
せっかく演奏したのに酷い言われようだった。別に演奏は自分の本職ではないし、当然といえば当然なのかもしれないが。
「えー? それぐらいどうにかならないの?」
ノエルはどうにかして俺とシェリーのコラボを実現させたがっているみたいだけど、こればっかりは俺もシェリーもノリ気じゃない。スマンな、潔く諦めてくれ。
少しだけ申し訳ない気持ちにもなるけれど、演奏を特訓する気はなかった。そんな暇あったらゴミ拾いに費やすから。
結局、シェリーが無理だと断言したので、俺の演奏付きダンスは実現することなく、ノエルの野望は立ち消えとなった。
シェリーの踊りを音楽付きで見るためには、シェリーの言うとおりに王都セントラルに行かなければ、か……うん。機会があればいいな。
「まあ、演奏はオマケみたいなものだよ! ポルカくんは掃除するマジックアイテムなんだから、掃除するところを見てよ」
ちょっとがっかりしつつも、ノエルが気を取り直してシェリーに話しかける。
そういえば掃除しているところは見せてなかったな。よし、掃除機の本職としてを見せてやろうじゃないか。
そんなわけで、俺の実力を見せるためにやってきたのは、俺たちが使わせてもらっている部屋だ。今はそんなに汚れてないけど……
「ほら! ポルカくんのお陰で、部屋はいつでもピカピカ!」
「おー、確かにきれいだね」
掃除しているところを見せるというのに、この部屋を選んだということは……ちょっと嫌な予感がする。
「こんなにきれいな部屋を見ると、はしゃぎたくならない?」
「いや、それはお姉ちゃんだけだよ」
「そんなわけではしゃいでいると……あー! 床が砂まみれ!」
おい、ノエルがポケットから砂を一握り、床に叩きつけたぞ。何してくれとんじゃ。
「だけどそんなときにはこれ! ポルカくん!」
テレビショッピング並みな茶番にため息の一つもつきたかったけれど、とりあえず付き合うことにしよう。
ノエルが撒き散らした砂に向かって進み、いつも通りに掃除機として動きだした。30にまで高めた吸引力は、もはや多少の砂ぐらいなら一瞬で吸い込める。
『グォーーー!』
モーター音が鳴ってわずかに数秒、バラまかれた砂を全て消してからノエルのもとに戻った。
今だけは大目に見るけど、せっかく掃除した部屋に砂をまくとか、二度とやらないでほしい。
「どう? すごいでしょ、他にも……」
「あの! 今の音もう一回やってもらってもいいかな!? ガーーっての!」
「え? う、うん」
つい先程まではわりと冷めたような目で見ていたシェリーが、俺が掃除をするや興奮しだす。
いきなりの謎の要求にとまどいつつも、ノエルはシェリーの剣幕に押されて砂をもう一握り床にまいた。
俺もわけがわからないけど、とにかくシェリーが見たがっているなら掃除することにしようか。
『グォーーー!』
モーター音を鳴らしつつ、シェリーの様子を見てみる。彼女はというと、まるで長年探していたものが見つかったかのようなはしゃぎ方を見せてくれていた。
「その音! 神の怒りを表現するのにピッタリ! ちょっと待って、団長に相談しなきゃ……あ、ここセントラルじゃなかった!」
「うわ、なにがあったのシェリー?」
何故か音に注目されているみたいだ。確かに掃除機の音はこの世界では珍しいかもしれないけれど、だからといってそこまで興奮するものか?
シェリーは少し落ち着いてから、なお若干の紅潮をもって説明をしてくれた。
「今、団の中で神の争いを表現した踊りを練習しているんだけどね、このポルカが出す音が途中のシーンにピッタリなんだ!」
「どういうこと?」
「風の神がすべてを吹き飛ばそうとする場面があってさ……」
掃除していたはずなのに、あっという間に踊りの話に持っていかれてしまったんだけど。俺はどうすればいいんだ。
シェリーが言うことを簡単にまとめると、とある演目で、俺のモーター音が使えそうなシーンがあるらしい。
暴風がすべてを吹き飛ばすシーンなら、たしかに掃除機の音は場面にあっているといえるのか……な?
「風魔法よりも音の迫力があるしさ、何より音から怒りの感情がひしひしと伝わってくるよ!これよりぴったりな音はないって断言できる!」
あの、怒りの感情なんてもってませんが。
そんなツッコミもできず、話の流れをただ見守ることしかできない。
「それでポルカくんをセントラルに連れて行こうとか? 団で働いてもらいたいとか?」
当然ながら生じる疑問を、ノエルがぶつけてくれた。セントラルは面白そうではあるけれど、効果音目的で雇われるのは掃除機としてどうなんだ。
「ん、公演はまだけっこう先の話だからね、今すぐどうこうってことはないかな」
今すぐセントラルに連れて行かれることはないと。ホッとしたような、残念なような。
「でももしかしたら、シェリーとポルカくんが一緒の舞台に立っているのが見られるとか!?」
「可能性はあるね」
あんまり嬉しくない可能性を提示されたけど、セントラルに対する興味はちょっとだけ出てきた。
ノエルの妹が暮らしている王都、どんなところなんだろうなあ。行くチャンスが有るのならば、行ってみたいな。