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51話 シェリー・ダンス

2017.01.29

投稿間隔が空いてしまったので、前回のあらすじをば。


おかみさんがハクリから復活し、職場復帰。

ポルカは天井に向かおうとしてノエルとごっつんこ。

そこにやってきたのが、ノエルの妹シェリーだった。

「それで、これが手紙に書いてあったポルカってマジックアイテム?」


「そうそう! 私がヒカリゴケを採っている最中に拾ったんだよ!」


「ふーん、初めましてポルカ。何となくわかると思うけど、ノエルの妹のシェリーです」


 衝撃的な登場をしてもらったけど、シェリーとは初対面だ。それは相手にとっても同じ。俺のことは知らないだろうと思っていた。

 だけどその口ぶりから見るに、俺のことは手紙で知らされていたみたいだ。ノエル、妹に手紙を送っていたんだな。

 手紙には俺のイラストもついていたみたいで、俺がノエルと一緒に暮らしていることは知っていたみたいだ。

 よそ者の多くは俺を見ると『なんじゃこりゃ』って感じで驚くか首をかしげるかするんだけどな。その反応の薄さ、ちょっと寂しい。


『ピンポン♪』


「えーっと、さっきもそんな音鳴らしてたね、それが『はい』って意味?」


「そうだよ、はいはピンポン、いいえはペポー、何か疑問に思ったことがあったらヘンテコな音。時々ソデウム語も話すけど、あんまり色々なことはしゃべれないかな」


「そーなんだ。セントラルでもそんなマジックアイテム見たことないよ。……売ったら金貨何枚分の価値があるんだろう」


「えっ、ポルカくんは売らないよ!」


「いやいや、ただ気になっただけだから。お姉ちゃんのものを勝手に売るわけがないから」


 『売る』という言葉が出てきて思わず身構えてしまったが、そんなことを心配することが馬鹿らしくなる程の力強い否定だったな。

 考えてみれば、家を建て替えるお金の足しにするという手もあるだろうに、今まで俺を手放そう、売ろうだなんて話が全く出ていないのだ。

 この世界で身寄りのない自分にとっては、ノエルとおかみさんがいるところが俺の居場所だ。それを守ってくれる二人には、いつも感謝しかない。


「そういえばお母さんは?」


「えーっと、この時間は、宿屋の足りなくなったものを買いに行ってるのかな。しばらく待っていれば来ると思うよ」


 あぁそうか、ノエルの妹だってことは、当たり前だけどおかみさんの子どもか。

 二人のお父さんは……そういえば全く話題に出てこないな。どこか遠くにいるのか、あるいは…… まあ、考えても仕方ないことだ。

 触れられたくない過去だったら悪いし、そもそも自分から質問できないし。気にするのはやめよう。


「それじゃあ、仕事のじゃまにならないようにそのへんで待ってるから」


 シェリーはそう言うと、扉の方へ向かい、部屋の外へと出ていってしまった。

 なんというか、予想外のクール妹だったな。ノエルとは外見が多少似ているところはあるが、性格は反対だ。


「あぁ、せっかくだしポルカくんが掃除するところを見てもらえばよかったかな」


『ピンポン♪』


「ポルカくんもそう思うんだね、それじゃあシェリーを呼んでくる……」


 喋りながら、ノエルが部屋を出ていった妹を追おうと足を動かしだしたときだった。

 玄関の方から、聞き慣れた声が聴こえてくる。


「只今もどりましたー」


 あ、おかみさんちょうど戻ってきたんだな。ノエルもそのことに気づいたのか、タイミング悪そうな感じで俺に対してペロリと舌を出した。

 まあこんなこともあるだろう。ノエルも二人の元へ行けばいいと思うよ。その間俺は予定通りに掃除をしておくからさ。

 そんな俺の考えを汲み取ってくれた……わけではないだろうけど、ノエルはそのままパタパタと廊下を渡り、入り口へと向かっていった。

 今はあまりうるさくならないように、粘着ローラーでの掃除を中心にしようか。



 午前の仕事が終わり、一旦キアレおばさんの家にまで戻ることになった。

 シェリーが久々に顔を見せに来たということで、おかみさん、ノエル、シェリー、キアレおばさんによる家族団らんが始まった……っておい、キアレおばさん邪魔。


「まぁー、この前会ったときより大分おしゃれになったものねェ! セントラルで踊りの腕を磨いているって聞いたけど、今はどんな感じなんだい?」


 しかもこの中で一番喋っているのがキアレおばさんだったりする。次にシェリー、そしておかみさん。ノエルはほとんど喋れてないな。俺? ノーカンで。

 こういう場で盗み聞きするのはマナーが良くないかもしれないけれど、俺はシェリーの事何も知らないんだもんな。せめてそれぐらいは許してほしい。


「王都なだけあって本当にいろいろなものと人があります。 それと、セントラルの先輩たちはすごく踊りがうまくて、動きの一つ一つにキレがあるんです! ウチも参考にしなきゃ」


 今までに聞いた話を簡単にまとめると、こんな感じになるのかな。

 小さい頃から踊りの才能があると言われていたシェリーは、家族の元を離れてセントラルで踊り子として活動を始める。

 それ以来は、仕事の合間、年に2,3回トスネに戻っているみたいだ。

 

 セントラルというのは、この世界でも有数の大きな街ということぐらいしかわからないな。聞き出したい気持ちもあるけど、一応は部外者である自分があんまり割り込むものではないと思うからおとなしくしていよう。


「まさか帰ったら家が焼けてなくなっているとは思ってなかったけど」


 ちなみに、シェリーが今回帰ってきたのは、おかみさんがハクリにかかったという情報を聞いてである。ノエルが送った手紙で知らされたみたいなのだが、大きな問題があった。


「お姉ちゃん、なにも聞いてないのに自宅に戻ったら家が焼け落ちてたんだけど、せめて教えてほしかったなー」


「あっ……ゴメン!」


 家が焼けて無くなっていることが全く知らされていなかったのだ。

 家族がどこにいるかわからないまま、近隣に住んでいる人に色々聞いて周り、なんとか居候先と職場までたどり着いたらしい。お疲れ様。

 当然ながら、ノエルがちゃんとしていれば防げた悲劇である。弁解の余地はなかった。


「『急いで帰ってきて』って内容の手紙だったのに、まさか引越ししているなんて誰が想像するのよ、お姉ちゃんはそこんところが相変わらず抜けているっていうか」


「で、でもさ、家を燃やしちゃったなんてバレたくなかったから……」


「ちょっと待って、『家を燃やしちゃった?』」


「……あ。 い、いや違うよ! そんなこと言ってないから!」


 慌てて弁明をするも、もはやバレバレのようである。

 シェリーは深くため息を付いて、憐れむような目線でノエルのことを見た。姉の威厳なんて一欠片もない。


「お姉ちゃん、後でいろいろ聞きたいことがあるからね」


「うん……」


 厳しい声に気圧されて、ノエルはシュンとうなだれてしまった。やっぱりこの姉妹は生まれてくる順番が逆だったと思うんだ。

 そんなノエルのことを放っておいて、シェリーは彼女の母親、つまりはおかみさんと会話を交わし始めた。


「ハクリに罹ったって聞いてたけど、お母さんはもう大丈夫みたいだね」


「うんうん、ハクリだって知らされたときは困ったものだけどね、今回の流行はもうほとんど終わっているらしいのよ」


「へぇ~、ハクリってそんなに早く終わるものだったっけ? なんかこう、どんなに短くても100日以上は流行が続くような病気だって聞いてたんだけど」


「まあ色々あったのよ。そのあたりはノエルのほうが詳しいから、あとで聞いてみるといいわ」


 その言葉を聞いたノエルの目に、鋭い光が宿る。自分がハクリを止めたのだということを伝えたいのだろうか。

 やめといたほうがいいよ。井戸の中に魔法を打ち込んで枯らしてしまったことがバレたら、もっと怒られるぞー。

 ……まあ、それを指示したのは俺なんだけどね。シェリーにバレないことを祈ろう。


 シェリーがトスネに帰ってきた理由がハクリだったのだが、既におかみさんが回復している以上、その話題が長く続くことはなかった。

 代わって、シェリーのセントラルでの様子が話の中心になってくる。


「セントラルは治安あんまりよくないって聞くけど、実際どうなの?」


「まあここよりは悪いけどさ、気をつけていれば厄介事に巻き込まれはしないかな」


「前よりも体ほっそいみたいだけど、ちゃんと食べているの?」


「食べてるって。踊り子は体力勝負なんだから」


「やっぱりあれだけ激しく動くと、お腹もすくんだね」


「うん、特に通し練習の日なんかすごい動くから……」


 踊りの話になると、少しだけ口調が弾んだ感じになるな。心なしか話の内容を、踊りの方へ、踊りの方へと誘導しているようにも見える。

 シェリーは踊りが好きなんだろうな。どんな踊りをするんだろうか?

 そんなことを思っていたら、タイミングよくおかみさんがシェリーにこんなことを聞いてくれた。


「踊りの方の調子はどうなの?もしよかったら見せてくれない?」


「え~、なんか家族に踊りを見せるのって恥ずかしい……」


 と、シェリーはそんなことを言いながらも、机から立ち上がって靴(室内でも土足だ)や服の状態をチェックし始める。なんだかんだで踊る気はあるのだろう。

 ノエルの妹はどんな踊りを見せるのだろうか。フラメンコ?ベリーダンス?サンバ? ……サンバは踊りじゃなくて音楽ジャンルだったっけ?

 踊りのことを全く知らないことが露呈してしまったが、とにかく外へと向かっていったシェリーに続いて玄関から外に出る。シェリーはというと、小さな庭の開いているスペースを平らにならしていた。



 家族に注目された状態で、ノエルの妹シェリーが、こちらに向かって軽く手を振る。


「それじゃあ始めるね、本当は音楽が流れるんだけど、それが見たいならセントラルまで来てちょーだいっと」


 その言葉を言い終わった彼女は、服のポケットに手を入れ、中から2本の短剣を取り出す。

 なんで? と思う暇もなく、その片方の短剣が空中に放り出された。理解が追いつかない俺とは対象的に、ノエルは期待を込めた目で、おかみさんはちょっと心配そうに、シェリーの様子を見守っていた。


 その場でくるくると周り、足でステップを取り始める。

 放り投げた短剣が落ちてくる前に、手に持っていたもう片方の短剣を上空に投げ、落ちてきた短剣をきれいにキャッチした。

 落ちてきた短剣の勢いを殺さず、かつ流れるように短剣を振る。戦いに疎い俺でもその剣筋は美しいと感じた。

 一回の振りはわずかに1秒もない。振り終わった短剣はまた上に放り投げ、ちょうど落ちてきた短剣が握りしめられる。

 二本目の短剣を握りしめたシェリーは、今度は荒々しく短剣を振り回す。その鋭さからは、まるで今にも切りつけられるかのような錯覚をした。

 そんな時間もほんの一瞬で終わり、再び短剣を交換して、また流れるような美しい振りを披露。かと思えばまた一瞬にして剣が入れ替わり、屈強な剣士と見まごうほどの強烈な振りを披露。


 ダンスとジャグリングが混ざったような独特な踊りだけど、踊りのことを全く知らない俺でも引き込まれてしまう、想像以上の魅力があった。たまたま通りかかった人が何人かうちの庭の前で立ち止まり、シェリーの踊りを鑑賞し始めている。

 なんかこう、うまく言い表せないけど、まるでシェリーが二人いるみたいにも思える。美麗なシェリーと獰猛なシェリー。その二人が時にぶつかり合い、ときに混ざり合い、一軒家の庭を中心に不思議な空間を生み出している。


 不意に、シェリーがポケットから新しいナイフを取り出す。それも2本だ。回りにいる人から『おぉ』というどよめきが上がる。

 追加した短剣も踊りの中に組み込まれ、荒々しい二刀流と美しい二刀流が生まれる。踊っている彼女に短剣が刺さるんじゃないかというハラハラ感でさえも、この踊りの魅力を上げる一つの要因になっていた。


 だが、どれだけ濃密に引き伸ばされた時間にも、やがて終わりがやってくる。

 2本の短剣を追加してから十数秒後ぐらいだろうか、放り投げた短剣が、ちょうど落ちてきた短剣とぶつかってしまった。カンという乾いた音が小さな庭に響く。

 一瞬、演出かとも思ったが、周りの人からは『あぁ~』という声が聞こえてきたのだから、単なるミスだろうか。

 シェリーはというと、慌てて地面に落ちた短剣を拾ってポケットにしまうと、最後は2本の短剣を両手に持ってピシッとポーズを取ってくれた。

 周りの人の拍手を受けながらも、シェリーはちょっと悔しそうだ。やっぱり最後のはミスだったみたいだな。



「やっぱりシェリーの踊りはかっこいいよね!見とれちゃったよ!」


「うーん、でもまだまだ。最後に失敗しちゃったし、細かい修正点だってたくさんあるし」


「へえ、それじゃあ次のシェリーの踊りはもっとすごいのが見られるんだ!? 楽しみにしているよ!」


「……お姉ちゃんのそのポジティブなところは、単純にうらやましいかな」


 ストレートに賞賛する姉の言葉に対して、軽く汗を拭ってから苦笑を浮かべるシェリー。

 姉妹として中身はあんまり似ていないけれど、仲は悪くないことが伺える一幕だった。



 ちなみにその直後、シェリーの使っていた短剣が、見世物用の全く切れ味のない代物だということを教えてもらった。少しホッとしたのは内緒である。

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