表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/76

50話 ノエルの妹

この前、水魔法がある世界になんで井戸があるんだって文章を見かけました。

それに対してはこう返しましょう。

「蛇口がある世界に、なんでミネラルウォーターがあるんだ?」

「長らく休んでしまって申し訳ありません、また今日からよろしくお願いします」


 おかみさんは早くも職場に復帰しようとしていた。まだ隔離所から出てきて1日しか経っていないのに、大丈夫だろうか。

 もうちょっと休んだほうがいいんじゃないかとも思ったけれど、おかみさん自身が問題ないと言っていたので、とりあえずはその言葉を信じることにしよう。

 ハクリの症状が収まってから数日は経っているわけだし、その間は本当に退屈そうにしていたからな。それこそ俺の仕事を手伝おうとするぐらいには。一応病み上がりなんだから安静にしてなさいとは思ったが、結局押し切られてしまったこともある。

 まあ、そんなわけで働いてないおかみさんなんて想像もできない。こうなることはある意味予測できたともいえるだろう。


 ちなみに現在の俺はというと、まだ2時間に1回は隔離所に戻って掃除をする仕事が残っている。あの隔離所からハクリ患者がいなくなるまでは頑張らないと。

 それに加えて、念のために公衆トイレの消毒も1日に4,5回は行っている。ちょっと用心しすぎな気もするが、せっかく大本の感染源(井戸)を潰したのにまた新たな感染源(トイレ)ができては面倒だからね。

 少しずつだが、俺にも時間的な余裕が戻ってきているのだ。ゴミ拾いに使える時間も復活したし、こうやってドグ主人の宿屋にも顔を出せるようになった。


「いやあ、戻ってきてくれてほんとうに助かるよ。あなたとポルカがいればもう、掃除してない部屋に客を通すこともないし、用意する料理の数を間違えることもないし、なぜか回収したお金が少ないなんてこともなくなるな」


 なんか疲れたような風体でドグ主人がおかみさんにグチっている。

 客が増えて俺とおかみさんが抜けた穴は、ほかの優秀な人に任せたりドグ主人が自ら埋めようとしたりしていたそうだ。

 その試みもあんまりうまくいってなかったのか。本格的にこの宿屋がおかみさんにのっとられているみたいだが……なんか、『それでもいいか』と考えてそうだな。

 どっちにせよ、ドグ主人へのあいさつも終わって、おかみさんは再びこの宿屋の従業員として働くことになった。俺もそのサポートとして頑張らないといけないかな。

 まずは、新機能というわけでもないけれど、この前にできるようになったアレを活用して部屋の掃除をすることにしようか。



 部屋の中に入って、掃除のお供である重曹と水拭きの黄金コンボを発動させる。巣ごもり亭の油汚れを落とすときには役に立ったな。

 さあ、これで部屋の汚れを落とせるか試してみることにしよう。


 ……うーん。エネルギー消費が半端ないな。毎日できるような掃除法じゃない。やるんだとしたら間隔あけてやるべきかもな。

 こんな掃除をしているところ、ノエルが見たら驚くだろうなあ。


「ポルカくん、なんかいつもよりうるさいけど、どうかした、の…… って何してんのポルカくん!?」


 噂をすればノエルだ。

 何してるのって、タバコのヤニを落とせないか試しているところだよ。壁に吸い付いた状態でだけどな!

 壁走りを習得したあの日から、ロボット掃除機でも壁をきれいにできるのではないかという発想が自分の中にあった。

 で、本当にやってみたのはいいものの、あんまりいい結果ではなかったな。

 [静音]を使っても抑えきれない吸引音。まるで壁に張り付いた虫のような見た目。

 [重曹]と[水拭き]を並行して発動し、さらに壁に吸い付くだけにかなりのエネルギーを消費している。


 やっぱりロボット掃除機が壁を掃除するのは無理があったな。この宿屋のすべての壁を磨いたら、それだけでエネルギーが0になりそうだ。

 仕方ない。壁に張り付いたヤニの掃除はまた別の方法を考えておこう。今は壁の吸い付きを解除して、床に降りることにしよう。

 以前は登るのも降りるのもぎこちなかったけれど、今では結構スムーズに床と壁の切り替えができるようになった。

 このまま上達すれば、そのうちハーフパイプを作らないで壁に張り付くこともできるようになるかもな。


「いやいやいや!なんでもないって感じで止めないでよ!どうやって壁に立ってたの!?なんであんなことできたの!?もっかい見せて!」


 えっと…… ノエルがすっごいキラキラした目で俺のことを見てくるんだけど。

 これ、もう一回やったほうがいいのかな? やらないとダメな雰囲気だよな。


『ピンポン♪』


 まあ、ちょっと見せるぐらいならエネルギーもメチャクチャ減るってことはないから大丈夫だろう。

 いつもやっているように助走をつけて重曹の坂を駆け上がり、壁に吸い付いてみる。

 俺の視界が90°曲がっている中、ノエルは一人で大興奮していた。


「全然わかんないけどすごいよポルカくん!」


 わからないってのは俺が壁に吸い付いている仕組みのことだろう。ぶっちゃけ言うと俺もあんまりわかってないけど、多分気圧が関係しているんじゃないかな。

 仕組みを知りたがったってことは、もしかしてノエルも壁を歩けるようになりたいとか考えてるんじゃなかろうな。悪いけど、限りなく不可能ですよ。


「あ! もしかして天井も移動できるのかな!?」


 て、天井か……さすがにその発想はなかった。

 だけど言われてみれば、床は俺、壁はノエルとかが掃除しているけど、天井は掃除されているのを見たことない。ということは、もし天井を歩くことができるようになれば、天井を掃除することも可能になり、さらに部屋を綺麗にできる……うん、挑戦しない道理はないな!


 よし、そうと決まれば早速試してみることにしよう。目指せ、天井歩行!

 壁を這うように走り、天井との境目まで上ってみる。ノエルが期待に満ちた目で見てくるけど、俺自身も初の試みだからな。失敗してもがっかりしないでね。

 天井に重曹の坂を用意するのは難しいので、坂に頼らないで向きを変えなければならない。

 何をやってるのか疑問に思ったら負けだ。

 さあ、いざ進めや天井! 吸引力とタイヤの動きを厳密にコントロールすれば不可能ではない! はず!




「お、ノエルくん、ちょっとアンタに用があるって人がいたから連れてきたぞ……何かあったのか?」


「お姉ちゃん、久しぶり……何してんのお姉ちゃん?」


 天井歩行計画は見事に失敗、しかもバランスを崩した俺がノエルの頭の上に落っこちるという痛いオチまでついてしまった。

 天井の高さから3.8kgの物体が落ちてきて頭にぶつかればどうなるか、床にうずくまって頭をかかえるノエルがそのことをよく表していた。

 ……本当にゴメン! 血が出てないのは不幸中の幸いか。天パのおかげでわずかながらも衝撃が吸収されたのならいいなあ。

 そんな涙目のノエルだったが、扉の方に顔を向けて誰が来たのかを確かめる。


「大丈夫……あ、シェリー! いつの間にトスネに来てたの!?」


 どう見ても大丈夫そうな声じゃなかったのに、来客の姿を見るや一瞬で元気さを取り戻すノエル。この子すごい回復力しているな。

 立ち上がって扉のところまで走り寄り、やってきた女の子の手を取り、久々の再開を喜び合うようにいろいろなことを話し始めていた。


 ドグ主人に連れられてやってきたのは、ノエルのことをお姉ちゃんと呼んでいた女の子だ。そしてシェリーという名前。髪型はストレートだが、目元のあたりはノエルとかなり似ているな。

 首からぶら下げているネックレスは、俺がノエルにはじめてあった時に彼女が探していたのと同じ形だ。うん、もう間違いないだろう。


「お、アンタさんはノエルくんの妹だったのか」


「はい、姉がいつもお世話になっております」


 ノエルの妹、シェリー。えーっと、確か踊りが得意だって情報があったような気もするけど、だいぶ昔にちらりと聞いただけだからな。全然覚えてないや。


「それで、お姉ちゃん、さっきは何があったの? 頭痛かったの?」


「それがさぁ、そこにいるのがポルカくんなんだけどね、天井から私の頭に落っこちてきたんだよ。痛いのなんのって」


 その言葉を聞いた瞬間、シェリーの目つきが鋭いものに変化し、おれを睨みつける。


「お姉ちゃんに何をしてくれたの?」


 やたらとドスの利いた声が俺をえぐる。

 言うが早いか、シェリーは両の手を服のポケットに突っ込むと、素早く引き抜いてこちらに拳を向けた。

 両手に一本ずつ握られているのは、刃渡り15センチほどの短剣……ちょっと待って! 待って!

 心の声は届かず、一瞬にして俺との距離がゼロにまで詰められ、短剣を振りかざされた。突然のこと過ぎて何も反応ができない。反応できたとしても避けることなんて不可能だろうけど。

 ダメージを受けるものだと覚悟して身構えた……が、いつまで経っても俺の体に短剣が突き刺さると言ったことはない。

 見ると、シェリーのナイフは俺の機体からわずかに数ミリ離れたところできれいに止まっている。これは、カンペキな寸止めを披露してくれているのだろう。


「ちょ、ちょっとシェリー! ポルカくんは悪くないよ! 別に私のことを攻撃したとかそういうわけじゃなくて」


 ノエルの制止を振り払って、シェリーは俺に言い聞かせるように話しかけてきた。


「ただでさえお姉ちゃんはあんまり頭良くないんだから、これ以上お姉ちゃんをアホな子にするようなことは絶対にしないで。わかった?」


『ピンポン♪』


「ひ、酷いよふたりとも! ってそうじゃなくて!シェリーはナイフをしまって!」



 ノエルの言葉を受け取ったシェリーは、両手に持っていた短剣をスッとポケットの中に戻した。


「お姉ちゃんも気をつけてね。あんまりバカなことしないようにね」


 笑顔で忠告するシェリー。この子、姉に対する評価が低すぎるような気がする。もはやどっちが姉なのか。


 短剣がしまわれた後も、存在しないはずの俺の心臓がバクバク鳴り続けていた。顔は可愛いのに、服の中に武器を忍ばせてるってだけでここまで怖くなるのか。

 そうだな、ノエルの妹が普通の人間なわけもないか。ここはそう思いこんでおくことにしないと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ