42話 ミアズマ2 ハクリ
「単刀直入に聞こう。ポルカ、お前はミアズマを掃除することが出来るか?」
『プゥン?』
「……ミアズマが何なのかわからないのか、すまん、気にしないでくれ。」
おかみさんが来られない職場は、結構面倒なことになっていた。
一応、おかみさんがこの宿屋で働き始めてから半月も経っていないはずなのに、早くも仕事の中枢を担っていたぐらいだ。
ただガムシャラに働いていただけでなく、以前のスキルを活かして仕事の効率化までしていたのだ。おかげで客は増えたのに従業員の仕量はそれほど変えていないという快挙も成し遂げている。
とにかく、ある意味ではかなりの化け物と表現しても差し支えないおかみさんが休んで、従業員はみんなテンヤワンヤしているのだ。
「……で、なんで俺までシーツの洗濯を手伝わなきゃならないんだ」
そんなクソ忙しい時に、客でもないのにやってきたのが騎士団長のボズである。どうやら俺に用事があったようだけど、なんでシーツの洗濯をしてるんだろう……助かるけどね。
それで、シーツの洗濯をしながら交わしたのが冒頭の会話である。ミアズマ……聞いたことあるようなないような。
「ハクリだ。今はまだこのへんでくすぶってるぐらいだけど、放っておくわけにいかねえ」
む、また変な単語が出てきたぞ。ハクリ?人の名前かな?
「ハ、ハクリ!? それホントですか!?」
うぇっ、ちょうど廊下を通りかかったノエルが俺を弾き飛ばさんばかりの勢いで走り寄ってきたんだけど。
ノエルの動揺をなだめるでもなく、ボズは淡々と喋り続けた。
「残念だけど、ほぼ間違いなくハクリだ。お嬢さんも気をつけろよ。」
「そんな! あの、私のお母さんが昨日の夜から熱を出してお腹壊しているんですけど、大丈夫なんですか!? 大丈夫ですよね!? ハクリじゃないですよね!?」
「すまんが俺に聞かれてもわからんぞ。医者に見てもらえ」
「ポルカくん、私早退するからよろしく伝えといて!」
うおい待て!ただでさえ人手足りてないのに、更に少なくなるのか!
あと、よろしく伝えられねえぞ!
抗議する間もなく消えてしまったノエルに、ため息の一つでもつきたかったけど、ボズの言葉が意識を引き戻す。
「まさかポルカの持ち主がハクリにかかっていたとはな。知らんかったとはいえ、配慮のないこと言ってしまったようですまん」
さっきは医者に見てもらえとか言ってたくせに、まるでおかみさんがその病気に罹っていることを確信しているかのようなもの言い。
俺が「ハクリ」の存在を知ったのが、この時であった。
「とはいってもよ、俺もそんなに詳しい訳じゃねえよ。熱が出て……あとはゲロと下痢がとまらなくなるとは聞いたけどなあ。それ以外はほとんど何も知らないようなもんだ。でも恐ろしい病気なことは確かだ」
『ピンポン……』
「絶対に死ぬ病気とかじゃねえんだ。お前の持ち主もきっと助かるさ」
何とかハクリの情報を得ようと『プゥン?』を連発してみたものの、ボズからはこれといって役に立ちそうな情報は得られなかった
というよりは、そもそもこの世界の病気に対する知識が大したことないのかもしれない。
細菌とかウイルスとか、そのあたりの知識がないような世界だったら、内政チートを発揮できそうなものだけど……俺、掃除機でしかもしゃべれないんだよな……どうしろと。
よく考えたら病気の原因が細菌だと教えたところで、だからなんだって話になりそうだけど。俺は薬が作れるわけでもないし、病気が治せるわけでもない。手洗いうがいを呼びかけることさえできない。こういう時には掃除機の無力さを思い知らされる。
「この辺りに住む人が何人か、ハクリだと診断された。実際の病人は何人いるかわかんねえけど、早いうちにそいつらを全員隔離しねえとマズイんだ」
病気の知識はなくとも、病気への対応策はあるか。
俺だって専門家じゃないけど、ハクリとやらが流行病だってことはわかる。病気が治るまで誰とも会わせないようにするのは、原始的だけど正しい対処法だなと、ひとまず感心した。
「だけどそこで問題となるのが施設の職員だ。だれもハクリ患者を詰め込んだ施設に入りたがらねぇ。結果として施設は汚くなっちまう……このあたりの不衛生さが、ハクリの死亡率が高い原因かもしれんがな」
あー、なんか話が見えてきたぞ。
「貧乏くじを引かせてしまったようで悪いけど、ポルカ、施設の掃除を引き受けてくれないか?」
予想通りのオファーだ。答えることに、一瞬の迷いもない。
『ピンポン♪』
「ありがとうよ。お前の持ち主も早く治るといいな」
たしかにロボット掃除機の俺なら流行病なんて何も関係ない。その施設の職員としてこれほどうってつけな存在もないだろう。
ましてや、そこにおかみさんが入るかもしれないのだ。断れるはずもなかった。
病気は治せないけど、治すための環境を整えることはできる。任せとけ。次亜塩素酸ナトリウムを振りまいて施設を殺菌消毒してやろうじゃないか。
話がまとまって一軒落着、これから施設の清掃員として働くためにもいろいろやらなきゃな……うん、なんか忘れているような……
「ミアズマが掃除できたら最高だったんだが、そこまで上手くはいかねえか」
『プゥン?』
そうだ。ミアズマのことすっかり忘れていた。
いや、べつに分からないなら分からないで問題はないが、なんか聞き覚えあるけど意味がよくわからないというこの感覚、わかってくれるよね?
「どうした?まだなんか聞きたいことがあるのか?」
『ピンポン♪』
「施設のことか?」
『ペポー』
「ハクリのことか?」
『ペポー』
「他になんか……ミアズマ?」
『ピンポン♪』
なんか遠回りだったけど、ようやくミアズマについて聞けるぞ。
ボズは例によって『俺もあんまり知らないんだけどなぁ』と断りをいれてから、ミアズマについて簡単に説明してくれた。
「ハクリの特徴なんだが、まず狭い地域で前触れ無く何人もの病人が発生する。どっかのお偉いさんが言うには、その地域には目に見えない病気の素『ミアズマ』が蔓延しているらしい」
はあ、なるほど。この世界の病気に対する認識はそんな感じか。
病気の素、目には見えない……ああ、思い出した。
かなり昔にやったゲームで、なんちゃらミアズマって技を使う敵がいたな。病気を操る程度の能力を持つキャラだったような。
思い出してみれば、全ッ然必要ない情報だった。まあモヤモヤがスッキリしたし良しとしよう。
「このミアズマだが、どうにも病人を通じて広がる性質があるらしい。それを防ぐために、病人を一箇所に集めて健康な人と触れさせないようにする対策がとられてんだ」
なるほどなあ、ミアズマ=病原菌と考えてみると、当たらずといえども遠からずって感じがするな。
あ、大したことじゃないけどミアズマについてもう一つ思い出した。そのなんちゃらミアズマは初級技で、そのキャラのレベルが上がると上位技に変化するんだよな、上位技の名前は確か……
「もしポルカがミアズマを掃除できるんなら、そんな面倒なことをしなくともハクリを封じ込めることができると思ったんだけどな。流石に目に見えないものを掃除するのはポルカにも難しいか……っておい、聞いてるか?お前の質問だろ?」
正体不明の熱病 だ。




