39話 ポルカの魂
俺としてはすぐにでも実験とやらを行ってほしいと思っているのに、結局掃除することになってしまうのはなんの宿命なのか。
掃除は好きだけど、今は一刻でも早く喋れるようになりたいのだ。
「玄関にまとめといたので、外出する時に運び出して捨ててくださいね」
「いやあ、すみませんね」
『どういたしまして』
語彙が貧弱すぎるのだが、辛うじてこれくらいは言える。言うというよりは脳内でその言葉を言おうとすると、体内から勝手に合成音声が流れるという感じだけど。
「ん!? 今ポルカ喋りました!?」
あ、そういえばルーカスにはそのことを伝えてなかったか。
驚いてもらったところ申し訳ないけど、ほとんど喋れないんですよ。
『こんにちは』『おはようございます』『こんばんは』『ありがとうございます』『どういたしまして』『ねむいです』『つかれました』『おなかがすきました』『おなかいっぱいです』『たすけてください』
10個の定型文を一通り唱えて、ルーカスの反応を見てみる。意味のない文章の羅列に首をひねっていたルーカスだったが、何度かその言葉を唱えたおかげか、俺がそれだけしか喋ることができないことを理解してくれたようだ。
「ふう、実験をやる前から失敗かと思っちゃったじゃないですか。驚かせないでくださいよ」
知るかい。そもそも実験とは聞いてたけど詳しいことは何も聞いてないからな。
それで、どんな実験なんだろうか。
「まずはこれを見てください」
そういったルーカスが、何かを持ち上げて机の上に置く。ついでに俺も机の上に置かれた。
見てくださいと言われても、なんだろうかこれ。
俺とほとんど同じ大きさで、形は円盤で、体からはみ出したところに端っこのゴミを掻き出すためのブラシがあって……
「ってこれ、ポルカくんを真似して作ったマジックアイテムですか?」
「大正解!その名もポルーカス1号です!」
ほう、俺を真似してマジックアイテムを作ったのか。純粋にすごいな。名前がややこしいが。
俺の機能をどれくらい再現できているのだろう。洗剤を出すとかは流石に無理だろうけど、自動で動いてゴミを吸い取るぐらいはできるかな?
「見ててくださいね、では、あなたはポルーカス1号ですか?」
『------ピンポン♪』
尋ねられたポルーカス1号が、少し間を空けて『はい』の意味を持つ電子音を鳴らした。へえ、そこまで再現するなんて。
「あなたは猫ですか?」
『------ペポー』
「マジックアイテムですか?」
『------ピンポン♪』
「とまあ、こんな感じで簡単な質問には応えられるようにしましたよ」
ほうほう、面白いところを再現してもらったな。それで、掃除の方はどんな感じだろう。
「今はまだこれしかできませんが」
終わりかいっ!? 掃除機なんだから掃除してくれ!
ノエルも同じことを思っていただろうけど、得意気にしているルーカスに野暮なことは言えなかったのか、半笑いを浮かべていた。
まあ、よく考えてみれば俺が喋れるようになるための実験のはずだしな。掃除機能なんてどうでも良かったのかもしれない。
で、このポルーカス1号が俺が喋ることにどうつながっていくのだろうか。
「魔道を組んで生命を作り出すシステムの解析が僕の今の研究でしてね。早い話が、ポルカのようにマジックアイテムに魂をもたせられないかどうか調べていたんですよ」
「魂って作れるものなんですか?」
「実際にポルカはほとんど魂を持っているようなもんじゃないですか」
「ああ、そういえばそんなことも言ってましたね」
俺の中身が人間だと知ってもらえた時の話か。あの時のルーカスの話、正直に言うとさっぱり理解できていないんだよな。あまり真面目に聞いていなかった自分にも責任はあるけれど。
しかし、日本で死んで、異世界に生まれ変わった……俺の魂って何なのだろうか。
普通に人間、せめて生き物として生まれ変わったならまだわかる。なんでロボット掃除機なのか。
根本的すぎる疑問だが、この世界に来てからずっと考え続けていることだ。そこに誰かの意志が関与しているのだろうか。
「今のポルカがほとんどしゃべれないのは、人間で言うところのノドがないからかと思ってましたけど、以前から自己紹介はできるんですよね」
『ピンポン♪ 私はポルカ、床の掃除は任せてください』
いっけね。素で忘れてた。
今の俺が喋れるのは11個の定型文。それ以外は電子音やモーター音が鳴らせるのみ。
「おそらくは、ポルカの体は喋れるようにはできているんですよ。ポルカの中にある魂が不十分だから、自由に喋ることができないのだと僕は考えてるんです」
うーん。いきなり話が飛躍したな。なんでそうなるのかの説明がほしいような、説明してもらったところで理解できないような。
ルーカスの言うことを信じるとすると、俺が自由にしゃべれないことには原因があって、それさえ解決できれば喋ることができるようになるらしい。
そしてその原因は俺の魂の中にあるようだ。
「今見てもらったように、ポルカの体を再現するのはできます。そこにポルカの魂……もとい、魔道プログラムをコピーできれば、何が悪いのかいろいろ確かめることができるかもしれません」
専門家であるルーカスに任せれば、喋るのに足りない成分を見つけて魂に書き加えることができるかもしれないらしい。なるほど、理論的には筋が通っているのかもしれない。
「それで、実験に協力してくれますか?」
ルーカスは最終確認を取るように、俺に訊いてきた。それに対する俺の返答は決まっている。
『ペポー』
「うーん、残念です」
「え、なんでポルカくん!? 喋れるようにならなくていいの?」
いや、だってさ、その話の通りに行くとしたら早い話、俺の魂がルーカスによって改造されるってことだろ?
ルーカスにそんな絶大な信頼を持ってるわけじゃないし、なにより……
「まあ、予想はしていましたけどね。ポルカの魂はポルカのものです。彼が望まないのなら、僕がどうこうするわけにもいきません」
「う~……でも、しょうがないか」
機械の体だとはいえ、他人にいじられてもいいような安い魂は持っていない。
前世でゴミ拾イストとして十何年も生きてきた証を、この世界で培ったロボット掃除機としての信念を、そんな簡単に預けられるかっての。
ここでルーカスに頼まなくとも、[マルチリンガル]のランク上げで普通に喋ることができるようになるかもしれないしな。ここは断っておくことにしよう。
「それじゃあ、この話はなかったということで」
『ありがとうございます』
「ところで、ポルーカス2号を作成する計画もあるんですけれど、どんな機能があればいいと思います?」
「掃除機能……じゃあないかな」
『ピンポン♪』
むしろそこを一番に実装すべきだろう。なんで受け応え機能をつけたんだ?
ルーカスの実験計画が一旦まっ白になったところで、ミニ集会は終了した。
「うーむ、ポルカには時々お世話になっていることだし、何かお礼をしたい気持ちはあるんですけどね」
お礼よりも、部屋を片付けられるようになって欲しいんですけどね。
結局、俺が喋れるようになるのはまだだいぶ先のことになりそうだけど、ルーカスの厚意はありがたい。
彼もけっこう義理堅い性格をしているし、マジックアイテムについての詳しい知識の持ち主みたいだし。仲良くしておいて損することはないかなと、最近では思えるようになってきた。
「それじゃあ今日はどうも、また何かあったらよろしくお願いします」
そう言うと、ルーカスはポルーカス1号を……マジ名前ややこしいな。ともかく、ポルーカス1号を持ち上げて、部屋の中をグルグル回っている。あれはどこに置けばいいか迷っている顔だな。こいつホント片付けの才能ないのな。
そんなルーカスを尻目に、ノエルが俺の耳元に……間違えた。マイク穴に口を近づけ、ヒソヒソ声で話す。
「ポルカくん、図々しいかもしれないけど、いいかな?」
『プゥン?』
ルーカスはこちらの様子に気がついていない。一応こちらも音量を可能な限り小さくして返事をし、ノエルの話を聞いてみる。
「私がポルカくんの代わりにルーカスさんからお礼受け取っても大丈夫かな?」
「……ピンポン」
「ありがとね、ポルカくん。今からお願いするけど、協力してくれたら助かるよ」
変なところで抜け目ないのは、おかみさんの遺伝か?
ちょっと迷ったけど、ノエルがルーカスになんのお願いをするのかが気になって、承諾してしまった。どうなるんだろう。
その時ちょうど、ルーカスが(悪い意味で)適当なところにポルーカス1号を置き、俺たちを見送ろうと戻ってきた。そのタイミングを逃さずに、ノエルが頼み事を仕掛ける。
「あのルーカスさん、魔法を使うときのコツを教えて下さい!というか、魔法を指導してくれませんか!?」
「うわっと、どうしました?」
「私の魔法が使い物になってくれるのがポルカくんの望みらしいんで!お礼だと思って!よろしくお願いします!」
「えっと、そうなんですか、ポルカ?」
『ピ ン ポ ン』
これ、まだ帰れそうにないな。今日の分のゴミ拾いは明日に回すことにするか。
本編に関係ある? 筆者の考え
人間の3要素が 肉体・精神・魂 だとしたら、それに対応するロボットの3要素は 機体・電気信号・プログラムだと考えています。
人間でいうところの魂は、ロボットでいうところのプログラムである……という設定がこの先重要になるかもしれませんし、ならないかもしれません。今のところはする気でいますが。