38話 成長と目標
悪食ピグ騒動から数日が経ち、新しい生活にもそれなりに慣れてきた。
キアレおばさんの家に居候すると決まったときは色々と不安があったものの、今のところ大きな問題はない。
まあ、一つだけ、あまりにも予想通りなことが発生しているわけだが。
「アタシゃこれでも昔はトスネ一の美女だったのよ。どれぐらいかって? そりゃあもう、男が百人いれば百一人は振り返るほどのね。あらいやだ、上限超えちゃったじゃない。」
『ピンポン』
「アンタもお世辞がうまいねえポルカ。アタシがあと30歳ぐらい若くて、アンタが水も滴るいい男だったなら、相手をしてあげても良かったんだけどね。でも残念、今のアタシは人妻よ。」
『ピ ン ポ ン』
会話をするたびにこっちのエネルギーが吸い取られていくような錯覚さえおぼえる会話術。
もう延々と聞き流しているけど、全く飽きることもなく喋り続けていられることにはむしろ感心してしまう。
とはいっても、やりたいこと(ゴミ拾い)があるときに大したことのない長話をされると、さすがの俺もテンションが下がる。なんとかそれっぽい理由をつけて離脱したいところなんだけどなあ。
「ただいまー。あ、ポルカくん、ちょっといい?」
おっと、ノエルがお使いから帰ってきた。
このチャンスをどうにか活かしてゴミ拾いに向かいたいところだ。何か都合のいい話を頼みます、神様仏様ノエル様!
「さっき大通りで、たまたまルーカスさんと会ったんだけれどね。時間があったらポルカくんをルーカスさんの家に連れてきてほしいって」
おっと、なかなかタイミングのいい話だけど、ルーカスか。どうせまた部屋が散らかってきたから片付けてほしいとかそんな用事だろ?
そんなものに構ってられるかよ。俺はこれからゴミを拾うのに忙しくなるんです。
今はルーカスの家に向かうふりをして長話から抜け出し、ゴミ拾いに向かうことにしようか。
「なんだかよくわからないけど、実験がうまくいけばポルカくんが普通に喋れるようになれるかもって言ってたね」
よし、行こう。目的地はルーカスの家だ! え、ゴミ拾い? そんなもん後だ後!
未だに喋り倒しているキアレおばさんを無視して、頭のなかでルーカスの家までの最短ルートを導き出した。そのままドアから飛び出して、タイヤを最高速で回し始める。
「ちょっとちょっと、慌てすぎだよポルカくん!私も連れてってよ!」
後ろの方からノエルの叫び声と走ってくる足音が聞こえてきたので、一応スピードを緩める。
俺としては一刻も早くルーカスの家に向かいたいところだけど、ノエルも何かしらルーカスに用事があるのかもしれない。もしくは実験とやらにノエルの協力が必要なのかな。
「ぜえ、ぜえ、あの場所にいたら絶対にキアレおばさんの長話に付き合わせられるでしょ」
「ピンポン♪」
なんてことはない、俺と全く同じ理由だった。気が合うね。
おかみさんの遺伝と接客術、ついでに天パを受け継いだノエルでも、キアレおばさんの相手をするのは大変なようだ。そう考えると、あの人と普通に対等な立場で話すことができるおかみさんの精神力がどれだけ強いんだって話だけど。
そして、偉そうなことを言っている俺自身は本当になにも喋ってないわけだけど。
普通に喋れるようになることは、この世界にきてから今までいつも願い続けていることだが、だからといって焦ってもいいことはない。ここは素直にノエルといっしょに行くことにしようか。
ルーカスの家までのそこそこ長い道のりをのんびりと行く。こうしてノエルと二人で歩くのも久々な気がするな。
「ポルカくん、いきなり足速くなったね」
機動力を30まであげた結果だね。機動力の変わる、ただひとつの掃除機ですから。
あんなスピードで走ってたらまともに掃除できないような気もするが、吸引力も30まで上がっているおかげか、わりと問題なく掃除できる。室内ではさすがにやるつもりはないけど、最近では外の掃除をするときに高速モードを発動することもある。
住人が不気味なものを見るような目で見つめてくるのは気にしないようにしないとね。
そんなくだらないことを考えていたせいだろうか。ノエルの次の質問に少々面食らってしまった。
「ポルカくんには何か目標があるの?」
いつも部屋の中で話しているときのような話し方ではない。今までノエルから何か聞かれたことはいくらでもあるけれど、ここまで真剣な顔で質問をされたことはなかった。
目標、か……
喋れるようになりたいとかいうのとは違うよな。ゴミ拾イストとしてはこの街をきれいにするのが目標といえば目標なのかもしれないけど。
どう返せばいいか悩んで、黙りこくってしまった俺に対して、ノエルが慌てたようにフォローを入れる。
「あ、そんなに思いつめてもらわなくてもいいよ。ただ私が聞きたかっただけだから」
あまり元気の無いような、少しがっかりしたような、そんな声である。ノエルらしくもない。
何か悩みがあるのかな。掃除機で良ければ相談にのるよ。口の堅さには自信があるから。
「ポルカくんだって成長しているっていうのに、私はなんでこうなんだろうなあって。」
本当にノエルらしくもないな。というよりは、家を燃やしてしまったことが、俺の思っている以上にノエルにとってトラウマになっているのかもしれない。
元気だしなよ。久々に音楽を流してあげるからさ。
落ち着いた感じの、それでいてあまり暗くない曲を頭のなかで一つ思い浮かべ、電子音でメロディを奏でてみる。ノエルは『ありがと』とだけ呟いた。
「私ね、あの遠征に参加したかったんだよ。宿屋で働くのも嫌じゃないけど、魔法使えるし、遠征ならもっとみんなの役に立てるって思ってたの」
それなのに、まさかの俺にオファーが来て、一方でノエルには全くお呼びもかからないという状況。あの時のノエルは本当に悔しそうだったもんな。
そしてこっそりと遠征に参加しようとするも、おかみさんに見つかって失敗に終わっていたこと。
悪食ピグから街を守ろうとして、逆に家を燃やしてしまったこと。
やることなすことすべてが上手く行ってないのだ、意気消沈するのも無理はない。
「ルーカスさんから聞いたよ。ポルカくん遠征で大活躍したらしいじゃん。……そうじゃなくても、いつもみんなから感謝されることをしているんだもんね。はぁー、私なんかとは大違いだよ」
自虐ぎみにそんなことをつぶやくノエルに、それは違うと言いたかった。
だけど、そんなたった数文字の言葉さえ伝えることができない。
ああ、喋れるようになりたい。だからこそいまルーカスの家に向かっているわけだけど。
真の意味で言葉をかけることができない俺だったが、ノエルは少しだけスッキリしたような顔で言葉を続ける。
「グチグチ言ってても仕方ないよね。私の目標はね、ポルカくんみたいになることだよ」
え、俺?
いや、別にそんな褒められた人物じゃないよ。最近では人間かどうかすらも怪しいよ。
「私にも、ポルカくんみたいにみんなの役に立てるようになりたいんだ。この前は大失敗だったけど、このままじゃ終われないよ」
それは俺に向けた言葉というよりは、自分に言い聞かせているようで。
何はともあれ、ノエルが前向きさを取り戻そうとしていることに、ひとまず安心することができた。
「やあ、意外と早かったですねポルカ。っと、ノエルさんも一緒ですか」
「ピンポン♪」
「おじゃましまーす」
それから歩くこと10分ほど、ルーカスの家にたどり着いた。部屋の中のゴミは……
「ルーカスさん……ゴミ箱がいっぱいになったらゴミ回収所に出したほうがいいよ……」
「わかってるんですけどねえ、なぜか捨てられないんですよね。片付けてくれるのならお願いします。」
「だってさ、ポルカくん。片付けておこうか?」
あのさ、いい加減にしてほしいんだけど?