36話 コトラとモモ 前編
「自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う」無事に完結したようで、年末に少し寂しい気分になっているところです。
決してクリスマスだと言うのに誰とも会う予定がなく、黙々と小説を書いてることに寂しさを感じているわけではありません。
「おう、値段の割にいい宿屋だったよ。悪い点?そうだな……強いて言えばベッドの毛布があんまりあったかくなかったから、もうちょっといいものを使ってくれると嬉しいかな」
「意見ありがとうございます、今後の参考にさせていただきます」
次の日の早朝から、おかみさんはノエルを引き連れてドグ主人の宿屋に出勤する。
キアレおばさんの家から新しい職場まではさほど距離が離れているわけでもないのに、相当早く起きたうえで早歩きで職場へ向かい、チェックアウトするお客さんの対応を始めた。
ここまでくるとワーカーホリックなんじゃないかと思ってきたが、顔は生き生きしているようだしいいとしよう。
ドグ主人はというと、すさまじい手際の良さで宿泊客をさばいていくおかみさんとノエルに対してひきつった笑みを浮かべている。いや、働けよ。
チェックアウトしていった部屋の床を掃除していくのは俺の仕事だ。カーペットのシミとか気になるには気になるけど、今それに着手しようとするとそれ以外の仕事を邪魔しそうだからな。
一通り掃除機をかけたら、おとなしく一時退散しますか。
ちなみに仕事のシフトだけど、朝と夕方にしか仕事はない。朝はチェックアウトの処理と部屋の掃除、ベッドの洗濯などをして終了。夕方はチェックインの対応と夕食の提供などをして、夕食で使った食器を洗ったら終わり。
当然ながら、ロボット掃除機である俺にできることなんて掃除しかないので、勤務時間はかなり短い。時間的に換算するとおかみさんの1/3ぐらいしか働いていないような気もする。
あれ?俺、働いてるんだよな。いまさらだが給料とかどうなってんだ?
お金もらってもどうせ使えないんだけど、タダ働きじゃないよな?。
まあ、俺の働きはおそらくおかみさんの給料として返ってきていると信じよう。その稼ぎで以前の宿屋が建て直せるとなったら、俺にとってもうれしいことだしな。
とにかく、今日の朝の仕事がひとまず終わったので、夕方までどのように過ごすかを考えてみる。
まだ川とか用水路を調べきっていない。夕方になる前に一通り調べておこう。
この2日間いろいろ大変でゴミ拾いもできてなかったし、落ちているゴミも拾わなければな。
そうして街の中をしばらくさまよい、落ちているゴミを吸いこみつつ、水が流れているところをしらみつぶしに調べ続ける。
調べてはいるものの、本当に何も異変らしき異変は見当たらない。まだ何も起こってないのか、目には見えない変化なのか、それともあの豚が俺をからかっただけなのか。
悪食ピグ騒動がおきた二日後とは思えないほどに、街の中は平和である。このあたりは現場から距離も離れているし、騒動の影響をほとんど受けていないってのもあるけど。
まあ、平和なのはいいことだ。天気もいいし、こんな気持ちのいい日に将来の不安要素について考えるのもバカらしくなってきたな。
うん、いつもの俺らしく明るくいこうじゃないか。座右の銘は元気溌剌!
暗い顔をしているより、明るい顔をしていた方が、いい結果になることが多いと思う!顔はないけど!
あの曲がり角を曲がった先でいいことがあるかな?そーれっ。
「コトラさんですよね?」
「あれ、何か用?」
ほら、ちょうどコトラを発見。コトラは自分にとってラッキーシンボルだからな。思い返せばヘビに襲われた時に助けてくれた恩人……もとい、恩猫でもあるし。
それと、もう一匹別の猫がいるぞ。なにやらコトラに用事があって話しかけたみたいだ。
「あ、あの時は本当にありがとうございました」
「別に、雄として当然だよ」
ああ、そういやこの前の騒動でコトラが一匹の猫を悪食ピグから守っていたな。
話しかけてきたのはそのときの猫だ。足を怪我しているようだけど、どうやら無事に生き延びることができたみたいだね。よかったよかった。
その時のお礼に来たという感じかな。ネコは恩をすぐに忘れるというけど、あれはどうやらガセみたいだな。
そして、そっけない態度でをするコトラ。くっ、イケメンめ!かっこいいぞ!
「そ、それでですね……」
何やら歯切れの悪そうに言葉を続けようとするネコちゃん。
「わたし、ついこないだ捨てられたばかりで……」
モジモジしながら、ときおりチラチラとコトラの方を向いて話をすすめる。どことなく緊張しているようだ。
おぉ?これはまさか、助けられて思わず恋に落ちてしまったやつか?やるじゃんコトラ。
もしかしてコトラに彼女ができるのかな。俺より先に春が来るなんて……許せんる!末代まで祝ってやる!
「このまま死ぬのかなあって思ったのに、」
「話長い」
ってオイ、バカ野郎コトラ!この雰囲気どう考えても攻略ルートに入ったそれだろうが!なに『ニャア』で一蹴してんだ!
言われた方も「にゃっ、ニャ……」って面食らっているし。
だがそんなことでへこたれるネコではなかったらしい。半ばヤケクソになった感じで、コトラに向かって声を荒げる。
「とにかく、助けてもらったときにアナタにときめ!」
「あ、ポルカ。今日も掃除か?」
ちょうど俺を見つけたらしいコトラが声をかけてきた。いや、俺のことなんかどうでもいいだろ!女の子が一世一代の大勝負に出てるんだぞ!無視してんじゃねえ!
「ミ……ミャーーーー!!」
コトラに告白しようとしていたネコはと言うと、二匹っきりだと思っていたのに、俺がいてびっくりしたのだろうか。話半ばにして逃げ出してしまった。足を怪我していたはずだが、そんなことは瑣末なことだとでも言わんばかりの全力疾走である。
……俺は悪くないぞ!ていうかコトラ!ええと、女の子に対してはもうちょっと誠実な対応をだな!
「ゴロゴロ、いつも温かポルカ」
なんと、俺の体によじ登って気持ちよさそうにくつろがれた!これでは怒ろうにも怒れない!
く……今回は見逃しとくけど、次にあの子に出会ったときはちゃんと話聞いてやれよ。って伝えたい。
コトラはと言うと、そのまま昼寝を始めてしまった。のんびりとしたものだ。
俺もずっとここにいるわけにもいかないし、とりあえず動くことにしよう。
(以下、作者が面倒くさくなったので鳴き声ルビを省略します)
そんな感じで、今の俺は熟睡中のコトラをおぶった状態で町中を走っている。
目的もなく走り回っているわけではない。さっき逃げ出したネコを探しているところだ。
不可抗力かもしれないけど、俺があの場にいたせいでネコの告白がうまく行かなかったとしたら、ちょっとだけ申し訳ない気分にもなる。幸いにしてコトラは俺の上にいることだし、あとはあのネコがどこにいるかわかんないだろうか。
ノラネコの溜まり場みたいなものが街の中にいくつかあるし、とりあえずはそのあたりを回ってみるか。
「バカバカバカ、バカ!」
と、1発目でいきなり発見した。
見つけたのは草むらの中にいるさっきのネコだ。何やら悶え転げている。落ち着け。
草の上を走るのはあまり得意ではないのだけど、それくらいは我慢しよう。
道の端から草むらの中に入っていき、ネコのもとへゆっくりと近づいていく。
……こうなったのも半分はコトラのせいだしな、ささやかな復讐をしてやろうじゃないか。
ここで突然の急発進!そして、右方向へ急カーブしまーす!
「痛った! ……あれ、なんでこんなところで寝てるんだっけ?」
「うあぁ!なんでコトラさんここに!?」
「いや、オレが知りたいんだけど」
見事に振り落とされて、女の子ネコの近くに転がっていったコトラ。俺は急いで近くの灌木の影に身を潜めてみる。
コトラは寝ぼけまなこといった感じで、渋々立ち上がった。
「思い返してみればポルカの上で寝てたような……」
そういうと、影に隠れた俺を睨みつけてくるコトラ。てへ、バレバレですか。
「まあいいか」
「いいんですか……いや、ホント大丈夫ですか?痛くないですか?」
「平気平気、てか、君の方も足怪我してるし」
「はい……今更ながら痛くなってきました。歩くのもつらいです」
じゃあさっきの全力疾走はなんだ……っていいたいけど、あのせいで足痛めたんかな。だとしたらスマン。
でも、強制的に二人をエンカウントさせてみたけど、雰囲気は悪くないぞ。イケイケゴーゴー!
「名前なんだったっけ?」
「モモです!」
「ああ、ついこないだまで飼いネコだったモモか。ノラになったばかりなのに足を怪我するとか」
「治るまではゴミを漁る生活ですね、最近ゴミがやたらと少ないけど、負けずに頑張ります」
「そうだよな。最近ホント道端に落ちてるゴミが少なくなったよな」
そーかそーか、ネコの餌を奪うなんてひどいやつもいたもんだなあ。見かけたら懲らしめてやるー。
……うん、どう考えても俺のせいだよな。道端に落ちている鳥の死骸とかも、見かけ次第吸い込んでいたけど、あれってネコの餌でもあったのか。
うーん、人にとっての住みやすい環境ってのは、野良犬や野良ネコにとっては住みにくい環境でもあるのか……ネコ好きの俺にとってはちょっとしたジレンマだな。あんまり気にしないほうがいいのかもしれないけど。
「歩くのも大変なのか。ちょっと待ってて」
そういうと、コトラはまっすぐに俺の方に走ってきて、草むらを分け入り、俺の体に跳び乗った。そしてモモちゃんの方へ行くように指示を出す。
はいはい、ネコバスならぬネコタクシーの仕事ですね。
言われるがままにモモちゃんのもとへと向かい、すぐとなりで停まる。
「これに乗ってみなよ」
「は、はい」
恐る恐ると言った感じでモモちゃんが上ってくる。
「ちょっと詰めて」
コトラに言われるがままに少し端の方に寄ったモモちゃん。
そして、その空いたスペースに、コトラが乗り込んでくる。
「えぅっ、えっ!?」
「よしポルカ、オレを落とした恨みは重いぞ。罰としてこのまま走れ!」
望むところよ!
1話に収まりきらなかった……