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30話 悪食ピグの討伐7

 信じがたい報告に、ボズが思わず聞き返した。


「それは確かなのか!?」


「はい!ゲホッ、町の中で豚が大量に発生しています!今は出てきた豚をひたすら叩いてますが、魔物陣を消さないことにはジリ貧です!」


「くそっ!おいルーカス!護衛を何人かつけるから急いでトスネに戻れ!」


「魔物陣が町の中に現れるってだけでも珍しいのに、このタイミングってなんなんですか!」


 魔物が街の中に入ってこないための討伐だったはずなのに、とんでもない事になってきた。

 状況はどうなっているのか?ノエルやおかみさん、キアレおばさん、孤児院のみんな、町に住んでいる人たちは無事なのか?

 一刻も早く確かめたい。ルーカスだけに任せるなんて選択肢は、俺の頭の中にはなかった。

 遠征組の皆さんすみません!俺はこの遠征を早退します!

 心の中で一言謝ってから、まだ検証していなかった最後のLv2スキルを発動させる。


「おい!?今、ポルカが消え……」




 ホームベースLv2、発動したはいいがどこが成長したのかよくわからなかった[エネルギーが5減少しました]。もしかしたら従業員ルームの中ではエネルギーが自然回復するとか[エネルギーが5減少しました]、そんな感じの一見わかりづらい進化なのだろうか[エネルギーが5減少しました]。


 って、えええっ!?何でおれ火あぶりの刑に処されているんだ!?どこだここ!?

 ええと、おかみさんの寝床(焦げてる)発見!机といす(焦げてる)発見!扉(焦げてる)発見!

 やっぱり従業員ルームのようだ。え、ちょっと待って。もしかしなくても火事ですか!?ひゃ、110番!違う!119番!いやこの世界に電話なんてねえよ!

[エネルギーが5減少しました]

 一人コントしている場合じゃねえ!急いで逃げるか、消すかしないと!高圧水噴射でどうにかなるか!?

 極悪食ピグとの戦いでは全く役に立たなかった[高圧水噴射]を、大慌てで発動。火の元がどこかわからないけど、とにかく発射だ!

 ボヤとかいうレベルじゃなく、部屋が炎に包まれている。生身だったら間違いなく焼死してた。この体でも、ほっといたら1分くらいでエネルギーの枯渇まったなしだ。

 ざっと見渡した感じ、焼死体がないことには少しだけ安心するが、逆に言えばノエルとおかみさんの安否がわからない。


 炎を消すのが無理そうだったら、潔く諦めよう。悪食ピグのこともあるしな……そうだよ!悪食ピグ!

 ノエルたちのことが心配で、急いで[ホームベース]で帰ってきたのに、それに勝るとも劣らない事件に完全に気を取られてしまった。

 え、でもどうしよう。今ここで俺が放水を止めたらこの宿屋全焼するんじゃ?

 俺の職場であり、ノエルの家であり、おかみさんの生きがいでもあるこの宿屋が無くなるのを、指をくわえて見ているだけでいいのか?

 心なしか火が弱まってる気がするし、あと数十分ぐらい放水すれば鎮火できそうだけど……

 そんな俺の思考を遮るかのように、外から激しい戦闘音が聞こえてくる。


「ブヒーー!」「ブブー!?」「ブブビブブー!」「オインゴオインゴ!」


「はぁ、はぁ……魔物陣を消せるやつはまだ戻ってこないのか……」


「この戦力で無限湧きする魔物を倒し続けろとか、どんな悪夢だよ……ぜやあっっ……!」


 近場で聞こえる悲痛な声から、意識をそらすことができなかった。

 ルーカスがまだあの森の近くにいるとしたら、どれだけ頑張ってもここまで来るのに2~3時間はかかるだろう。

 おそらく、今この町で魔物陣を消せるのは俺だけだ。

 でも、魔物陣を消しに向かうと宿屋は……ああ、何を悩んでるんだろうな!

 従業員ルームのドアは開けっ放しにしてあることを確認し、部屋を燃やし尽くす炎から目を背ける。

 心の中でノエルとおかみさんに土下座して、宿屋を飛び出し外へと向かった。



 豚だらけだ。

 町を埋め尽くすというレベルではないが、ざっと見ただけで二桁に届く豚が、街をわがもの顔で歩いている。

 道端に落ちたゴミを食う豚がいれば、騎士に向かって体当たりをしかける豚や、家の壁をかじる豚までいる。放っておくと間違いなくトスネの街にかなりの被害が出るだろう。

 一般人はすでに避難済みなのか、道路にいるのはそのほとんどが騎士団の鎧を着た戦士たちである。

 とっくに日は沈んでいるはずだが、視界は割と明るい。不幸中の幸いというか、燃え盛る宿屋が光源になっているみたいだ。

 魔物陣はどこだ。人口密度ならぬ、豚口密度が高い方へと向かっていけばたどり着けるだろうか。


「も、もう限界……」


「しっかりしろ!あと少し耐えれば援軍が来るはずだ!」


「くそがぁ……!魔物が生まれるペースが上がってやがる!ここで抑え込むには人数が足りねえぞ!手の空いてるやつここまで来てくれぇ!」


 ところどころで聞こえてくる叫び声に混ざって、それっぽい言葉が流れてきた。あっちか!

 モーターを全開にして移動……早歩きのスピードじゃ遅すぎるわ!ええい、[機動力]上昇!


[ゴミを500kg消費 機動力が20に上昇しました]


 数字通り、早歩きの2倍ぐらいのスピードになったが、まだ遅い!もう1段階上げられないか!?

 ええと、機動力を20→30にするためには、2000kg必要だと……足元みやがって!構わん、やれ!


[ゴミを2000kg消費 機動力が30に上昇しました]


 おし!相当速くなった!

 体感的には自転車ぐらいのスピードを得て、声がした方向へと向かう。

 俺に向かって口を開く悪食ピグもいたが、華麗なるドライビングテクニックを駆使してその噛みつきをかわす。

 自転車並みの速度で豚をかわしながら進むロボット掃除機……想像したらすごいシュールな図しか思い浮かばないな。ってそんなこと考えてる暇があったらその余力を移動に費やせよ!

 戦闘音の方向に向かって走ることわずかに30秒ほど。

 宿屋からさほど離れていない場所にて、豚と人との乱戦を見つけた。


「ぐ、何かと思えばポルカか……あれ、なんでポルカがこんなところに?」


 ボキャブラリーは増えたけど、やはりここはいつもの定型句の出番だ。


「私はポルカ、床の掃除はお任せください!」


「いや、掃除なんていいから、とにかくここから離れろ!」


 至極まっとうな返答をされた。まあ無視するけど。

 魔物が生まれ出る地面に向かって進む。

 周りの人たちが止めようとするが、構わないで進む。

 今の自分にできる唯一の事、すなわち『掃除』をするために。



 攻撃力も20に上昇させて、地面そのものをこそぎ落とすように力を込めて足元の線をこすりにかかる。

[エネルギーが3減少しました]

 って、噛みついてくるんじゃない!じゃまだ!

 高圧水噴射を迫りくる豚の目に向かって発射し、噛みついてきた悪食ピグを追い払った。

 床の掃除と豚の対処、並行して行っているとエネルギーの消費もバカにならないが、そんなこと気にしている場合か!

 出し惜しみなんてしない。住人の生活を守るために、何としてでもこの魔物陣を消すぞ!



「やべえ、視界がかすんできた……」


「倒れるんじゃねえっ!ここで死んだらこの豚どもに食いちらかされるぞ!そんな死に様、お前の家族に伝えられるかってんだ!」


「すまねえぇ……後は頼……」


 人間サイドで一人脱落者が出てしまった。死んでるかどうかは不明だが、残った者たちの負担が大きくなるのは間違いない。

 今の状況は最悪といってもいい。ベテランの騎士は多くが遠征に向かってしまい、今ここにいる騎士だけでは生まれてくる悪食ピグの半数を相手取るのが精いっぱいである。

 そんな状況でも、騎士たちはこの街を守るため、逃げ出すことなく魔物に立ち向かっている。

 俺は戦えないが、戦いやすいようにサポートすることはできるはずだ。

 周りの人が活動しやすい環境を作ることが、掃除の目的なのだから!


「ん!?急に足から血が流れ始めたぞ!」


「豚どもの動きがのろくなったなっ!」


 ちっ。慌てすぎてどこを消すか確認せずに床掃除をしていた。

 俺がダメージを与えたのは左後脚のようだ。肉が裂け、それをかばうように悪食ピグの動きは悪くなっている。

 致命傷でこそないものの、相手に痛手を与えたのは確かだ。これが逆転への一手になってくれるように願うしかない。

 人間サイドと魔物サイドの双方に被害を出しつつ、トスネの街の悪食ピグ騒動は佳境を迎えていった。

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