28話 悪食ピグの討伐5
ええと、状況を整理しよう。
現在の自分は、真っ暗な空間の中。トンネルみたいな一本の通路の中にいます。
真っ暗なのでよくわかりませんが、いろいろなものが一方通行で流れてきます。
地面がまるで生き物のようにうねり、俺を通路の奥の方へと押し込もうとしています……ここ、食道だね!
まさか武器を構えた兵士たちを無視して俺を食うとは全く予想してなかった。エネルギーが18減ったのは噛みつかれたからだろう。
今思えばホームベース使えよと自分に突っ込みたいが、想定外な事にどうしたらいいかわからなってしまった。
で、自分でもパニック状態だったのか無意識のうちに全力で吸引をしていたのだけど、これが功を奏したみたいだ。
先ほどの死骸処理にあわせて20に上げた吸引力、この力で床……というか食道にへばりつくことができた。
食道に吸い付いた状態でいったん心を落ちつけよう。
外ではこの悪食ピグと討伐隊の戦いが繰り広げられているんだろうな。
で、これからどうしようか。胃に落ちたら間違いなく大ダメージ食らうだろうから、そのときは絶対にホームベースで帰ろう。
このまま放っておいて討伐隊が勝つようだったらそれでいいんだけど……
「いただきますっ!」
「お、俺の槍が噛み切られた!?」
「魔法まで食うとは、化け物め!」
[エネルギーが2減少]
食道にいるというのに、時々流れてくる金属片や氷塊が俺の体にダメージを与えてくる。
しかし、外から流れてくる声を聴くと、あまりいい状況とは言えないな。
「下がれ!俺が足止めする!いったん洞窟の外で体勢を立て直すぞ!」
ボボズが一時撤退の指令をだした。えっ、ちょっと待って、俺のことは無視ですか。さいですか。
「ポルカのことはどうなさるのですか!?」
「今はそれどころじゃない!未知の敵に突っ込んで全滅するわけにはいかんのだ!」
「オイ餌が逃げてんじゃねー!」
まじかこの豚、人間を食うつもりみたいだよ。
くそ、俺にできることがあるか……あ、そうだ。あれがあるか!
機能欄から[高圧水洗浄]をゴミ100kgを消費して取得。この世界に来て初めてのころは100kgのゴミをこんな気軽に消費できるようになるなんて思ってもなかったな。
水が出せることを確認した後、食道の中を流れに逆らって動き始める。
作戦というほどのものでもない。気管を見つけたら、その中に向かって水を放出するのだ。陸上ではあり得ない溺死作戦!卑怯?そんなん知るか!
結論、気管見つからなかった。
そういや、犬や猫は口呼吸ができないとか聞いたことがあるな。
食道と気管がつながっているのってほとんど人間だけなんだっけ……うん。
溺死作戦のためには、いったん口からでて、今度は鼻から侵入しなければいけないみたいだな。なにそのミッションインポッシブル。
くそ、新機能の返品ってできませんかね。できませんか。そうですか。
「壁うめぇ!」
「うおい!壁を食って穴広げてやがるぞ!」
「洞窟から出てこられる前になんとかしなければ!」
外の方は外の方でいろいろ大変みたいだ。
食道のほうでも、上流からガンガンと岩が落ちてきて、油断していると滑り落ちそうになる。胃酸に落ちたら一巻の終わりだ……胃酸?
そういえば新機能にあったよな。[塩素系漂白剤]。確かあれって注意すべきこととして……うん、ダメでもともと、試してみる価値はあるぞ!
そうと決まれば、まずは[塩素系漂白剤]を取得。そして食道の下流の方に向かって放出!
一振りじゃ物足りないだろう、リットル単位でぶち込んでやる!
「ブエッ?ブグゥ」
でかい悪食ピグがなにやら気持ち悪い声を上げる。
マルチリンガルが発動しないということは、意味のない言葉なのだろう。まるで人間のうめき声のような。
大丈夫かなブタさん?待ってて、今追加で塩素系漂白剤3リットル飲ませるから!
「ブォエエエエ!」
[エネルギーが50減少しました]
「うわっ!吐きやがったぞ!」
「く、くせえ!」
「目が染みるぅ!」
ふははは!禁呪『混ぜるな危険』炸裂!敵味方に大ダメージ!一番ダメージを喰らったのは直接胃酸を浴びせられた俺!急いで回復!
戦況がカオスなことになってきたぞ。というか、胃酸浴びただけで50ダメージとか何事だよ。どんだけ胃が強いんだよ。
キ〇チンハイターなどに代表される塩素系漂白剤と言えば、『混ぜるな危険』の文字が有名だ。特に酸性洗剤と混ぜると、有毒な塩素ガスが発生する。
強い刺激臭をもち、目に染みる塩素ガス。非常に危険なガスであり、洗剤を混ぜたせいで亡くなった人もいるぐらいだ。
今回は酸性洗剤の代わりに胃酸を混ぜてみた。胃の中で有毒ガスが大量に発生したらどうなるか……普通は死ぬはずだけどな。
「うぇ喉がヒリヒリする……」
なんで倒れないんだよ。
まあ、それならそれで次の手を打つけどな。
そんなわけでやってきました、ポルカの健康相談!
喉がヒリヒリするって?オーケー、それは胃酸が喉を刺激したからだよ。
俺に任せなさい。[強アルカリ性洗剤]で中和して上げよう!
量はこれぐらいでいいかな……おっとっと、かけすぎたみたいだ。
実は、動物の体は酸よりもアルカリに弱い。水酸化ナトリウム水で指紋を消す実験をやったことがあるだろうか?
あれも、強アルカリが指先の皮を溶かすことで起きる現象だ。アルカリ性洗剤を使うときは、ゴム手袋を忘れずに!
で、そんなアルカリ洗剤をのどの粘膜に直接ぶっかけた結果……血が出てきたよ!まずいよこれ!
さっそく、[たわし]でこすらせてもらうよ!
「ブウゥ!?ブゥゥゥン!」
「ルーカス!何が起こっているかわかるか!?」
「のどを壁にこすりつけてますね……わかりません!」
なんか激しく動き回られているけど、こっちの食道磨き作業は順調に進んでるぞ。
前世で見たとあるアニメでは、主人公やカメラマンがノドをかきむしって死亡したけど、それと同じだ。
こいつのノドの血管をたわしで掻き切ってやった。当然、大量の血が噴き出してくる。
最後の仕上げだ。たわしで作り出した傷に吸い付き、全力の吸引を!
吸血機爆誕!干からびるまで吸い尽くしてやるぜ!
「ブ……ヒ……」
「理由は分からないけどかなり弱ってますよ!」
「そうか、おまえらやっちまえぇ!」
「「「うおおおぉぉぉ!」」」
その掛け声に次いで感じられる振動。だんだんとのろくなるでかい悪食ピグの動き。
そして、次第に勢いが弱まってくる喉の出血。
数分ほど吸い続けていると、突然天地がひっくり返るように食道が回転し始めた。体を支えられなくなって倒れたのだろう。
悪食ピグが完全に動かなくなったことを確認してから、俺は外を目指して、食道の中を再び逆走し始めた。
……口が閉まっているな。これじゃ出られないわ。
「ミーナさん、化け物の気配は消えましたか?」
「はい。消え……いや、気を付けて!口の中から謎の気配を感じますわ!」
ミーナは気づいてくれたけど、謎の気配呼ばわりは傷つくぞ。
とりあえずこんな狭いところからはおさらばしよう。
「私はポルカ、床の掃除はお任せください!」
「おぉ!ポルカ、大丈夫だったのですか!」
そんな声とともに、ルーカスが悪食ピグの口を開ける。段差から転がり落ちるように……まあ実際転がり落ちたわけだが……口から飛び出して、討伐隊の人に迎えられた。
「諸君、当初の目標通り、悪食ピグの魔物陣を消すことができた。少し気が早いが、今回の遠征の成功をここに宣言する!」
「ふう~、バケモンが出てきたのには驚いたが、何とかなるもんだな」
「いきなり苦しみだしたけど、あれは何があったんだろうな?」
魔物陣が消えた洞窟の中で、休憩をとる討伐隊。先ほどの巨大悪食ピグについて話し合う声が多く聞こえる。
ルーカス含めて誰も、俺が何かしたものだとは思ってないようだ。
少し残念な気がしないでもないが、これでいいか。
ゴミ拾いと同じだ。他人に賞賛されるためにやった事ではないのだから。
ロボット掃除機の戦闘描写がここまでギャグになるとは思ってなかった。




