27話 悪食ピグの討伐4
切り立った岩壁に、大きな洞穴。
俺が最初にいたと洞窟とは、雰囲気がかなり違っている。
中は暗い。光るコケが壁一面にびっしり生えているということもなく、ただただ暗い。外から覗いても中になにがあるのかさっぱりわからない。
と、中から一匹の悪食ピグが出てきた。ちなみに、今や悪食ピグの数が多すぎて、ミーナの察知は不意打ち防止に関してはほとんど役に立たなくなっている。
ただ、見た目が同じに見える魔物でも、個体によって強さに差はあるようで、気配の強さからそれを何となく読み取れるらしいミーナは、その情報をひたすら教え続けていた。大声を張り上げ続けていたせいか、声が若干枯れている。
そんな彼女の超感覚があってこそ、この洞窟にたどり着くことができた。
「かなり嫌な気配を感じるな」
「僕たちでさえそうなんでしょうから、ミーナさんは何を感じているんでしょうね」
「とりあえず、3桁を超える悪食ピグの群れがこの洞窟の中に感じられますわ」
おおう。百匹以上か。
一匹一匹の悪食ピグはさほど強くないし、統率を取った動きもしない。
だが、数の暴力というのは思った以上にこちらの負担になる。この奥に恐らく魔物陣があるのだろうが、そこまでたどり着くのに何匹の悪食ピグを退治しなければならないのだろうか。
「気配から感じる部屋数はどんな感じだ?」
「30歩ほどの長さの通路に、トスネ広場をちょっと大きくしたぐらいの部屋が一個だけ。そこまで広くはありませんわ」
「なるほど。その範囲を一気に叩くとするか。まずは俺とメラクとホルムで切り込むぞ。ルーカスにはサポート頼んでもいいか?」
「おっす」「はい」「わかりました」
2人の騎士とルーカスが、ボズとともに洞窟に入っていく。その少し後に続いてほかのメンバーが洞窟の中に入った。
周りがほとんど見えないほどの暗さの中で、ルーカスが何か呪文を唱え始めた。その言葉が終わると同時に、洞窟の中が一気に明るくなる。
討伐隊の隙間から、何とか洞窟の中を見れたのだが、そこにいたのはすさまじい数の豚である。
突然の光に驚くのもいたが、そのほとんどはやってきた侵入者を排除するため、こちらに向かって攻撃を仕掛けようとしていた。
「ふん、目つぶしはほとんど効果なしか。油断するなよ」
「この数を相手にするのはきついっすよ。ルーカスさん、強化魔法がほしいっす」
「それなら、衝撃を和らげる魔法をかけておきますね。物理的なダメージは半分以下になります」
「おお、ありがとう。これなら十分いけるだろう」
ルーカスが詠唱を終えると、これまたファンタジックな水のベールが現れる。
儚げな美しさを持つその魔法は、魔物の群れに突っ込む三人の騎士を守るように包んだ。
悪食ピグは、侵入者をかみ砕き、食いちぎることを目的とするかのように、大口を開けて騎士を迎える。
わずか3人による死闘が、幕を開けた。
「ハラすかしてんのなら、これでも喰らっとけ!」
「最終奥義・七連斬!」
「おい、マジメに戦え!」
……死闘っていうほどのもんでもなかった。戦闘中に軽口をたたきあうぐらいの余裕を見せてやがる。
衝撃緩和の魔法をかけてもらったはずだが、3人ともほとんど攻撃をもらっていないように見える。特にボズは、まるで全方向に視界があるとしか思えない動きで、あらゆる攻撃を防ぎ、かわし、確実に死ぬカウンターを叩きこんでいる。
残る2人は、お互いの背中を合わせて背後からの攻撃を相方に任せる戦闘スタイルをとっていた。流れるような連携は、まるで一つの作品のような完成度を誇っている。
変な掛け声さえなければ、非常に映える絵なんだろうけどな……
そうこうしているうちに、もともといた悪食ピグの数は半分ぐらいに減少していた。
「前衛は残った悪食ピグを討伐!後衛は入り口に陣取り、新たな悪食ピグが入らないように対処せよ!」
ボズが叫んだところで、討伐隊はその指示に従って、もはや壊滅状態の悪食ピグの群れを殲滅しにかかる。怒涛の展開を見せられ蚊帳の外でぽつんとしていた俺だったが、ふいにルーカスに話しかけられた。
「とんでもなくでかい魔物陣ですね。僕は解析作業に移るので、ポルカは消せるか試してくれませんか?」
ハッとして地面を見ると、散らばる死体の隙間から、何かしらの線が描かれているのが見える。この前の魔法陣とは違って普通に見ることができた。
そうだ。俺がここに連れてこられた最大の理由、住人の脅威となるかもしれない魔物陣を掃除し、きれいにすること。
まずはどこが頭なのかを探そう。ここで久々マッピング機能。でかすぎる絵は、こんな低い目線からじゃその全体像は捕らえられない。まずは線に沿ってマッピングすることで、豚の絵が浮かび上がる……はずだ。多分。
それにしてもでかいなこの絵。こんなものが自然発生するなんてとても信じられないんだが……うおっ!?
線に沿って進んでいると、いきなり目の前から一匹の悪食ピグが生えてくる。地面からにょきにょきって感じだった。び、びっくりした。
もちろん、近くにいた人がすぐさま倒し、悪食ピグ(享年5秒)は文字通り塵芥に帰した。ありがたや。
洞窟内の悪食ピグは全部片付けても、また新たな悪食ピグが次から次へと地面から生えてくるようだ。やはり大本の魔物陣を消さないことには、悪食ピグの発生を抑えることはできなさそうだ。
急がないと。よし、絵の全容をマッピングすることに成功した。ナスカの地上絵みたいに巨大な豚が描かれている。首の方はこっちだな。
首までたどり着くと、前と同じようにクレンザーとたわしを使って豚の首を消す作業に入る。
くっそ、相変わらず頑固な汚れだな……だけど、クレンザーの力をなめるんじゃねえぞ!
最初は何の変化もないように見えた魔物陣だったが、こすり続けるにつれてだんだんとその色が薄くなっていく。
「うおっ、なんだ!?いきなり首から血を流し始めたぞ!?」
声の方を向くと、たった今召喚された悪食ピグが、首の根元から血を流していた。よし、効果ありということだな。
だけど、オオカミ騒動の魔法陣と比べて、そもそもが大きすぎる。線が俺の直径より太いぐらいなのだ。
ただでさえ消しづらいのに、範囲まで広いとあってはなかなか時間がかかる。焦らずに確実にそれでいて手早く掃除していかなければ。
時間がたつにつれて、悪食ピグの喉元の傷はどんどん深くなっていく。
それこそ、何もしないでも、生まれた悪食ピグが放っておけば数分で死にそうなレベルにまでなってきた。
最初の方に倒された悪食ピグの体は今やボロボロに崩れ落ちており、ちょっとした血肉のカーペットができている。こんな光景を見ても平気なのは、もともとの性格なのか、掃除機になったからなのか……おや。
今、現れたばかりの悪食ピグが何もされてないのに即死したぞ。ここまでくればもう大丈夫だろう。
「お疲れ様ですポルカ、あとはこちらに任せてください」
そういって、以前も魔法陣に向かって構えていたマジックアイテムを操作するルーカス。どうやら魔物陣を解析しているようだ。
これ以上手を加える必要があるのか……もしかしたら、完全に無効化しないとそのうち魔物陣が復活するとか?
俺は別に魔物陣の専門家でも何でもないしな。おとなしく任せておくか。
その間は、ぐずぐずになった悪食ピグの死骸でも吸い込んでおくことにしよう。
死骸を吸い込むのに時間がかかりすぎるので、ちょっと悩んだけど吸引力を10→20に上げてみた。
より強力に吸い込めるようになったのは予想通りなのだが、思わぬ落とし穴があった。
地面に吸い付く力が強すぎて、移動スピードが遅くなるのだ。あと、エネルギーの消費も多くなる。
吸引力を上げるときは機動力も同時に上げないと、バランスの悪いことになりそうだな。
そんな感じで、既に終わったという雰囲気が討伐隊の中に漂っている。実際、悪食ピグは発生するそばから勝手に死んでいくので、手を出す必要もない。
ルーカスの解析も終わったようで、魔物陣を停止するための準備を進めているみたいだ。
「それじゃあ、魔物陣の停止処理を始めます。الرمالقلبالعدوالأحمر……」
何か唱え始めたけど、言語として認識できない。
マルチリンガルさんの手にも負えないってなんぞ。
どうやらルーカスは魔物陣を完全に止めるための呪文を唱えているみたいだ。これを唱え終えたら、今回の遠征における最大の目的は達成されたとみていいだろう。
解析に時間がかかっていたのと同様に、この魔物陣を止めるために必要な呪文も短くはないみたいだ。
詠唱を始めてから軽く数分は経過しているようで、その間も新たな悪食ピグが生まれては即死していく。
……これ、呪われたりしないよね?死因は俺かもしれないけど、そのことで恨んだりするのは筋違いだよ?
なんか罪悪感が出てきた。あーあ、ルーカスの詠唱早く終わってくれないかなあ……
「حلمالقطالآسيوي……えっ!?」
ルーカスが驚きの声を上げるとともに、足元の線が消えた。
何事かと思って、とりあえずルーカスを見る。何かあったのだろうか?
彼も何が起こったかわからないという顔で、解析用のマジックアイテムと地面、そしてたった今出てきた怪物をかわるがわる見つめるだけだった。
「なんだこいつは!?」
目の前に現れた怪物は、とにかく巨大だった。
今まではせいぜい騎士の腹ぐらいの高さしかなかったのが、ボズ2人分の高さを持つ巨体になっている。大型トラックにも引けを取らない巨体の悪食ピグ。
首からはダラダラと血が流れだしているが、それを意に介する様子もなく低いうなり声をあげる。
「おなかすいたー!」
生身の体だったらずっこけていたかもしれない。
悪食ピグらしいといえば悪食ピグらしいが。
一方で、なんて言っているのか聞き取れない人間組は、そのうなり声の主から視線を外すことはない。
「構えよ!敵は手負いだが油断するな!何としてでも倒すぞ!」
想定外だろうに、乱れた群を統制するボズの一喝が隊に落ち着きを取り戻させる。
後衛も、必要最低限の人を残したうえで、戦闘員のほとんどがこの巨大悪食ピグに各々の武器を向けた。
だが、このでかい悪食ピグは、そのような武器には目もくれない。
「ボクの飯を盗むなぁ!」
「なっ!?」
「ペポン!?」
鈍重な体からは想像もできない俊敏な動きでこちらにやってくると、そのでかい口を開ける。
口が閉じる音が聞こえ、俺の視界は一瞬にして真っ黒に塗りつぶされた。
[エネルギーが18減少しました]