26話 悪食ピグの討伐3
「ここでいったん休憩をとることにする!」
絶え間なく襲いいかかってくる豚を返り討ちにしながら、じりじりと進んでいく。
多すぎる悪食ピグを裁ききれず、けがを負う人もでてきたが、そんな時は治療院の人が杖を振りかざして呪文を詠唱する。そうするとあっという間に傷がふさがるため、多少の流血は気にせず戦うことができるみたいだ。
つまりあれって回復の魔法だよな。まるでゲームみたいだけど、既に火魔法や水魔法の存在を知っているので、そこまで驚くこともない。
だが、削られたスタミナまでは回復することはできない。最初のころに比べると目に見えてその動きが遅くなっている。
ボズもそのことは分かっているのか、休憩をとることを提言した。といっても、この状態でどうやって安全を確保し、休息をとるというのだろうか?
そんなことを考えていた時、ルーカスが少し長めの詠唱を開始する。
「生命の根源たる水よ、岩よりも硬きその形を具現化し、地表にその姿を顕現せよ。『氷棘』範囲パターン1」
ルーカスが詠唱を終えると、隊の周りに大量の氷が生えてきた。
地面から槍が生えてくるトラップみたいで、その先端に貫かれた悪食ピグも何匹かいる。
そのような氷が、隙間を埋め尽くすようにびっちりと密集した。高さは男性の胸~首ぐらいまであり、悪食ピグが越えることは不可能だろう。なるほど、これで安全地帯を確保したってわけか。
最初に出会った時のダメな子ルーカスはどこへ行ったのか。頼れるお兄さんっぷりが半端ないぞ。
一緒に閉じ込められた悪食ピグをさっさと葬り去って、つかの間の休息へと入ることにした。
「ミーナの感じた気配のもとが、悪食ピグ発生の原因であるとみて間違いないだろうな」
「そうですね。近づくにつれてどんどん悪食ピグの数が増えてきます」
歩数的には残り2~3000歩というところまで来ているらしい。歩というのがどれぐらいの距離かわからないが、だいたい100歩の距離が歩きだと1分ぐらいで済むので、気配のもとにたどり着くのにおよそ30分か。
もちろん、悪食ピグのせいで進軍はどんどん遅くなっているため、実際のところはもっと時間がかかるだろう。
ここでいわせてもらいたい。こんな危険な環境でまともにゴミ拾いできるかっつーの。ゴミがあるのに悪食ピグのせいで手出しできずに、なんとも歯がゆい思いをしたのも1度や2度ではない。
ゴミ自体は腐るほどあるのになあ……まあ、できないことに文句言っても仕方ないか。
ちなみに壁の方を見てみると、悪食ピグが何と氷棘を食べようとしていた。だが、まったくかじられている様子もない。そうでなくとも相当でかい氷だから、食いつくされるなんてことはないと思うが。
休みのない戦闘で疲れきっていたのか、多くの人は座り込んでその肉体を休めている。中には携帯食料を口の中に放り込んで、包み紙をポイ捨てする奴もいた。
「おい、疲れているのは分かるが、今回は厳禁だって言われてるだろ。ちゃんとあのポルカに渡しとけ」
「あ?……おー、任せたわ。少しでも休みたい」
騎士の一人だ。かなり疲労の色を浮かべていて、何ならそのまま眠りこけようとしている。
仕方ないな。俺は戦えないけど、団長直々に頼まれたサポート組の一人でもある。休憩環境を整えることにしよう。
とりあえず、ゴミ5kgを消費して[静音]を取得した。完全に音が消えるわけじゃないけど、寝っ転がっている人の隣でけたたましいモーター音を発するよりはいいだろう。
まずは先ほど捨てられたごみも含め、安全地帯の中に散らばっていたゴミを全部回収する。ついでに地表にいた蟻なども見つけ次第吸い込んでいった。
気分的な問題かもしれないが、ゴミや虫がたくさんある状態でリラックスできるとは思えないからな。
あらかた吸い終えたところで、気になる存在に目を向ける。
閉じ込められたうえで殺された悪食ピグだ。ロベルトさんが解体でもするんじゃないかと期待したが、実際のところは尻尾を切り落とされただけで終わってしまった。
どうやらしっぽが討伐証明になるらしい。魔法陣から生まれる魔物なんだから、死んだら跡形もなく消え去ったりするのかなーとか考えていたけど、そんなことはなかったみたいだ。
しかし、そうなると少し気になることがあるな。これ、吸い込めないかなあ?
我ながらアホな発想だってことは分かってる。なにせぱっと見で100kgはありそうな豚なのだ。それに対してこっちの吸い込み口が普通の掃除機サイズなのだから、常識的に考えて無理だろう。
だけど、これまでにも吸い込み口よりでかいものを吸い込んだ実績はあるのだ。もしかしたら……と、淡い期待をしてしまう。
なんにせよ、まずはあの豚の体に上るところからだな。
悪食ピグに向かって体当たりをしてみることにするか。
階段に向かって突撃したときは、上りたいことを分かってくれたノエルが俺を運んでくれたけど……ルーカスかミーナか、誰かが察してくれやしないかなあ。
位置について、構えて、どーん、ボロボロ……え?
悪食ピグの死体が、崩れてるんだけど。
ファンタジーっぽく、砂になって崩れるならまだしも、どちらかというとあれだ。ゾンビ映画に出てきそうな崩れ方だ。赤い見た目が少し気持ち悪い。
ほかの人も別に驚いているそぶりは見せないってことは、これがデフォルトなのか?魔物って何なんだ。生き物かどうかも怪しくなってきたぞ。
だけどそうだな、多少グロいことを無視すれば、吸い込めそうな状態になってくれたみたいだ。
バラバラ死体を片付ける掃除機とか、この世界はいつの間にミステリーに片足突っ込んでるのか。
そんなわけで。1匹目の悪食ピグから発生した肉山を全て吸い込み終えた。
ステータスを見てみると、吸い込む前に比べて110kgゴミが増えていた。お、総ゴミ量500kg超えてる。
悪食ピグが不定形になったことには特に反応しなかった人も、俺が巨大な山を吸い尽くしたことには驚きを隠すことなかった。そんなに見つめられたら照れるじゃないか。
とりあえず、ムダにでかい悪食ピグを一匹片付けたことで、安全地帯の中に新たなスペースができている。これで休憩もより効率よくできればいいな。
よし、せっかくだしほかの悪食ピグも吸い込んでいくことにしよう。
そんなわけで、安全地帯の中の悪食ピグはすべて片付きました!
吸い込むのにあまりに時間がかかるので、これってどうにかならないかなとか考えていたら[ゴミ500kgを消費して吸引力を10→20に上げますか?]って表記が出てきた。
こんなメッセージが出てきたってことは、吸引力を上げればより素早く吸い込めるのは確実だろう。
だけどなー。今は別にそんなに急いでるわけでもないしなー。
今回は保留ってことで。ゴミの消費量も無駄に多いし。
そういえばいつの間にか、『俺が悪食ピグを全部片付けたら休憩終了』みたいな話になっていたので、周りの人たちがそれじゃあ出発するかという雰囲気になる。
壁の外に集まっている大量の悪食ピグはどうするつもりなのだろうか……
「それじゃあ、槍と矢の使い手は悪食ピグを倒せ!」
その言葉を聞いて、槍を持っている人は氷の壁の上から槍を悪食ピグに刺す。弓の使い手は安全地帯内にあった木に上って、次々と矢を射り始める。
安全地帯からの一方的な虐殺。相手が魔物とはいえ、少しだけ同情せずにはいられなかった。
「おし、あらかた片付いたみたいだな」
「それでは『氷棘』を解除します」
そういうと、鉄壁のディフェンスを誇ってくれた氷の壁が、高速で溶け落ちるように消えていく。周りの悪食ピグはすべて倒れ伏していた。
これ全部吸い込んだらとんでもないごみの量になりそうだなとは思ったが、いつまでもこんなとこで立ち止まっているわけにはいかないしな。
そうして、また進み始める。ミーナの察知を頼りに、悪食ピグを退治し、謎の気配へと向かっていった。
歩くこと1時間以上、ついに謎の気配のすぐ近くまでやってくる。そこに存在したのは、1つの洞窟だった。




