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24話 悪食ピグの討伐1

 遠征の日がやってきた。

 ちゃっちゃと部屋の掃除を終わらして、街の外へと通じる門に向かう。

 門の前には、3日前に宿屋にきて、俺に依頼をしてきたボズ、ルーカスの二人組がいた。

 片や屈強な武人、片やイケメンな研究者。

 この遠征の計画を任されているのがこの二人のようだ。集合時刻の20分前だというのにすでに待っているのか。


「お?まさかのポルカが一番乗りか。騎士団のヤツら、マジックアイテムに後れを取ってんじゃねえか」


「まあまあ、まだ時間はあるんですし、のんびりと待ちましょう」


 そうそう、この遠征は別に少数精鋭ってわけでもなく、割と多くの騎士や魔術師を集めて行われるようだ。

 この街の近くで悪食ピグが大量発生するのは初めてだというが、過去には討伐隊の規模をケチったせいで全滅しかけ、荷物を捨てて逃げた結果、悪食ピグが人の荷物の味を気に入って、街にやってきたなんて事件があるらしい。

 そんな結果が許されるはずもないので、十分かつ入念な準備が求められていた。戦える人だけじゃない。俺のように、戦闘面ではまったく期待されなくても、他のことで役立ちそうな人がいればどんどん打診をしているみたいだ。俺は人じゃないけど。

 数分後に、遠征に参加する人がまた一人やってきた。


「こんにちは!今日はよろしくお願いいたしますわ!」


「ミーナか、お前さんの[察知]にはいつも助けられているからな。今日も期待しているぞ」


「任せてくださいませ!一匹残らず見つけてあげますわよ!」


 言葉遣いとテンションがかみ合ってないぞ。

 察知ってこの人の能力なのかな?もしかして敵の居場所がわかったりするのだろうか。

 こんな人が今回の遠征に参加するとは少し意外だ。レースで飾られた服装はかなりおしゃれなのだが、動きやすさという面では明らかに遠征向けではない。

 見た目も強くなさそうだし、俺みたいに非戦闘面での活躍を期待されているのだろう。なんにせよ、あの自信満々っぷりは見習いたいところだ。

 会話を交わした後は、門の前で「よし、絶好調ですわ」とか呟いている。少し頼もしく感じた。


 そんなわけで、10分も待っていれば、ぞろぞろと人が集まってくる。見るからにボズさんの部下と思われる人や、普段は治療院で働いている人、フードを目深にかぶったどこかしら見覚えのある少女……


「……」


 ちらりと目線があったけど、すぐに目を背けられた。

 俺がこの世界で初めて見た服を着ており、フードからは天パがはみ出している。

 あれノエルだよな?

 いかにもおかみさんに黙ってこっそり参加しようとしている風にしか見えないんだが。

 幸いにして、俺が気づいたことはバレていないようだ。で、これどうしよう。

 ボズもルーカスも、特に気付いてる様子はない。他の人はそもそもノエルを知らない可能性が高い。

 えーっと……ノエルは遠征についてこさせたらダメだよな。普通に宿屋のお仕事あるはずだし、多分呼ばれてないし。

 だけど、例えばノエルに近づいて電子音を鳴らしたところで、ノエルが素直に帰るとも思えないよな……

 気付かなかったことにしよう。あれはノエルのそっくりさんだ。ノエルがこんなところにいるわけないじゃないか。

 その後も何人かやってきたところで時間が来たらしく、ボズさんが声を張り上げる。


「今回の遠征への参加を承諾してくれた諸君には感謝する!聞いての通りだと思うが、今回の遠征の目的は悪食ピグの討伐だ。もちろん討伐数に応じた報酬も出す。一方でこの目的の遂行に失敗した場合、この街が魔物に襲われる可能性もある。そのことを忘れずにいてくれ」


「それでは隊列について説明します。前衛は騎士団のメンバーが務め……」


 すぐに出発するかと思ったが、何か長ったらしい説明と、注意事項などが流れ始めた。

 知ってるよみたいな感じでリラックスして聞いているのはベテランさんっぽいな。一字一句聞き逃すまいと真剣に耳を傾けているのは、新人だろうか?

 その中で、一人だけ落ち着きがないようにチラチラと後ろを振り返っている。あれはノエルのそっくりさんか。まるでおかみさんが来るのを恐れているみたいな様子だけど、俺の考えすぎだよな。あれは緊張しているだけだ。うん。

 ていうか、俺も新人っちゃあ新人だよ。こういうのはちゃんと聞いてなきゃマズいだろ。

 えーと……お、ちょうど俺の名前が出てきた。俺は後衛、ほぼ中央にいて守られる感じか。戦闘にはまったく期待してないらしい……知ってた。



「えー、それでは質問もないようですので、説明を終わります。それでは遠征を開始するので、よろしくお願いします」


 ボズとルーカスの挨拶も済み、いよいよこの街の外へ出る。

 そういえば、外は火山灰もまだかなり残ってるはずだよな。進むついでに吸っておくことにするか……


「ノエルウウゥゥゥ!!!」


 門を出ようとしたところで、後ろの方からすさまじい叫び声が聞こえる。

 振り返るまでもなく、おかみさんの声だ。

 ノエルのそっくりさん……いや、この言い方もうやめよう。ノエルは、後ろを一瞬だけ振り向くと、全力で門に向かって猛ダッシュをかました。

 が、状況はよくわからんがとりあえずつかまえとけみたいな空気が一瞬でひろがり、数十人もの遠征組の前にあっさりと捕まるノエル。

 すぐさま、おかみさんがノエルのもとまでたどり着いて、お説教が始まる。予想通りの展開に、思わずため息を漏らした。


「いやああ!私だってポルカと一緒に遠征行きたいいいぃぃ!」


「馬鹿なこと言ってんじゃないよ!ほら、帰るよ!!」


「助けてええええぇぇぇぇ……」


 おかみさんに引きずられるようにしてこの場から離れていくノエル。さようなら、君のことは忘れないよ。

 そんなアクシデントがあったものの、北の森へ向かう遠征は予定通り始まった。



 久しぶりに大量の火山灰を吸いこみながら、自分の中にゴミがたまっていくのを感じる。

 前衛は、8割方が鍛え上げられた男なのに対して、後衛はどうやら魔術師、非戦闘員、護衛と、いろいろな人が集められているようだ。他にも矢を背中に担いでいる人や、荷台を引いている馬もいる。周りの人の様子を見ながら歩いているが、なかなか飽きない。

 あ、さっきのやたらと元気のいい女の子だ。確かミーナだったっけ。ん?こっちに近づいてくるぞ。


「初めましてポルカ。私はミーナと申しますわ!ぜひ気軽にミーナって呼んでくださいませ!」


「ピンポン♪」


 呼べるわけがないんだけどな。

 ミーナもそのことには気づいたのか、コホンと咳ばらいをする。


「失礼しましたわ。何だか面白い気配を感じたので、ついついテンションが上がってしまいまして」


「プゥン?」


 この前習得したこの疑問音だが、何に疑問を示しているのかまでは表現できないのだ。そこは相手の読解力にゆだねるしかない。


「ええ、何だかポルカからは不思議な気配を感じますわ。まるでマジックアイテムなのに生きているかのような……それでいて温かな気配を」


 興味津々といったように俺をのぞき込むミーナ。気配ねえ……掃除機の気配って、どんな気配だよ。

 しかし、俺のことを「生きているかのよう」と表現したことに感心するとともに、少しほっとした。掃除機になってしまったけれど、自分の中には確かに人の魂が生きているみたいだ。

 俺のことをただのマジックアイテムとしてしか見ない人もいる中で、内面にある人間性まで感じ取ってくれる人に出会えたことは純粋に嬉しく思った。


「へえ、察知を持っていると、そんなことまでできるんですね。魔法とは違うみたいですけど、研究してみるのも面白そうです」


 横からいきなりルーカスが話しかけてくる。こいつ色々と補佐をするとか言ってた気がするが、こんなところにいていいのか?

 同じことを思ったらしいミーナが、ルーカスに問いかける。


「あら!ルーカス様ではありませんか。ボズ様のサポートはよろしいのでしょうか?」


「今はまだ大丈夫です。それで、暇を持て余してうろついてたら、何か面白い話が聞こえてきましたのでね」


「ええ、このポルカ、まるで中に人間がいるかのように感じられるんですの」


「確かにこのポルカの中には人の魂が宿っているようなので、そのような気配を感じても不思議ではないでしょうね」


「それって本当ですの!?」


 当の俺を無視して、大いに盛り上がる二人。別に寂しくなんかないんだからね。

 他に俺に話しかけてくるような人もいなかったため、しばらくはひたすら火山灰を吸い込みながら移動することになる。



 昼も過ぎようかというときに、休憩に入った。みんな持参してきた食料に手をつけている……パンとか、荷台に積まれていた携帯食料などを手早く口に放る参加者たち。中には料理をふるまっている人までいる。よく見ると巣ごもり亭のロベルトさんじゃないか。

 こんな遠征も商売のチャンスか、たくましいコックさんだな。だけどその提供スタイルがちょっと気になる。

 紙皿に紙スプーン、木の串を使って食事を提供していた。なるほど、ゴミが増えるわけだ。

 ロベルトさんだけじゃなく、パンの包み紙とか紙パック飲料とか、ざっと見渡しただけで結構な紙ごみが発生しそうである。

 普通だったら遠征先で発生したゴミは、ポイ捨てするかせいぜいたき火の燃料にするかのどちらかのようだ。ちょっと間違えれば命の危険につながる仕事で、ゴミの事に気を割く余裕なんてないのかもしれない。

 だが今回に関しては話が別だ。悪食ピグは灰だって構わずに食いつくすような豚らしく、ゴミの痕跡すら一切残してはいけない。

 そのことは事前に十分注意されていたようで、料理を堪能した人たちはそのほとんどが俺にゴミを差し出した。ムダな荷物を増やすことなくゴミを片付けるための俺か。いいように使われてる気がしないでもないが、吸い込むことはこちらの利益にもなるので、ありがたく吸い込ませてもらおう。

 そんな感じで、ロベルトさんの出張食堂はそこそこの盛況を納め、発生したゴミは俺が全部吸い取るのだった。

 


 本命である北の森に到着したのは、そこからまた1時間ほど歩いてからになる。

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