23話 ゴミを拾えば住人が助かる?
宿屋に、部屋の香りを指定できるサービスなるものが登場した。
この前ちょっとだけ登場した新機能[消臭剤]は、ラベンダー、レモン、ミントの3種類が選べるタイプだった。トイレ掃除のたびに日替わりで選んで撒いているのだが、ある日おかみさんから「部屋に撒くことはできるのかい?」と聞かれたので、試しに撒いてみたところこれがなかなか好評だった。
チェックインの時に『花の香り』『果実の香り』『スッとする香り』の中から好きなものを選ぶと、夕方に俺が部屋に入って消臭剤を振りまき、そのまま出ていく……元の世界の常識で考えると、とんでもなく失礼な気がするが、お客さんが喜んでいるようだったらいいか。
俺も便利な存在になったもんだなあと、複雑な思いに浸ることもしばしばである。
この前だって、近いところで宿屋を経営している人が、隙を見て俺を盗んでったこともあった……路地を歩いてたらいきなりつかまれて宿屋に引きずり込まれたのはなかなかの恐怖体験だった。俺、男なのに。
まあ、ホームベースがあるから全く問題はなかったんだけどね。
むかついたから、去り際にぬるま湯を2リットルぐらいぶちまけといた。本当はもっと出したかったけど、どうやらそれが限界みたいだったし、嫌がらせにはなっただろうからよしとしよう。
で、今は宿屋の掃除を終えて宿屋のドアから出てきたところだけど……なんかこちらに向かってくるひとがいるぞ。
おっさんだ。かなりでかい。今まで出会った人の中では間違いなくトップクラスの大きさだろう。2mに届くかもしれない。
紫色の鎧が鍛え上げられた体を覆っており、腰には長剣が携えられている。もしかしなくても、命のやり取りをする類の人物だろうと予想できた。
あと、こういっちゃなんだが……頭のあたりがものすごく神々しいですね。後光に満ち溢れています。
マッチョで大男でスキンヘッドかよ。恐怖しか感じられないんだが。全力で関わらないようにしないと。
「おっ、ちょうど出てきたところとは、俺の運も捨てたもんじゃないな!」
なんかこっちを見て不思議なことをつぶやいているけど、俺には関係ないよな。俺はいつも通り街の掃除をするので、さようなら。
「ちょっと待てよ。ポルカ、お前に依頼があるんだ。報酬も用意してある」
仁王立ちで俺の進行方向をふさがれてしまった。
ここまでくるとさすがに無視するわけにはいかないなと考えていた矢先、大男の後ろから知ったる顔がヒョイと覗き見えた。
「こんにちはポルカ。議会の方で何だかポルカの利用が禁止されそうな感じですからね。その前に僕の家を片付けにきてくれると嬉しいんですけど」
「ペポー」
はいはい、ルーカスルーカス。
自分でゴミを片付けるぐらいできるようになれ。俺はおまえのおかんじゃねえんだぞ。
それはそうとして、ルーカスが宿屋に来るとは、何かあるのだろうか。この筋骨隆々なスキンヘッドがルーカスの知り合いっぽいことには少し安心するが、何だか厄介ごとの予感がするな。
その予想を裏付けるかのように、スキンヘッドは俺に向かって口を開いた。
「ポルカの持ち主と話をしたいのだが、この宿屋の責任者はいるだろうか?」
「ピンポン♪」
おかみさんならまだ朝食の片づけをしているところだ。
「そうか、入らせてもらうぞ。ポルカもついてきてくれ」
そういうと、スキンヘッドとルーカスは宿屋の中に入っていく。あらくれって感じはしないし、多分大丈夫だとは思うが……とりあえず、俺もその後に続いて宿屋に戻り、おかみさんを見つけて従業員ルームに集合した。
「ボボボ・ボ・ボズさんはなんでこの宿屋に!?」
ちゃっかりノエルまで従業員ルームにやってきて、スキンヘッドの人に握手を求めている。
あの天パり……間違えた。テンパりっぷりから見るに、相当なお偉いさんか有名人かなにかなのだろうか。名前は、ボボボ・ボ・ボズさん?変な名前だな。
「ボズだ。俺にそんな変なミドルネームはねえよ」
「失礼しました!あの、サイン貰えますか?」
「別にいいけど、後にしてくれ。今はこのおかみさんとポルカに話があるんだ」
おかみさんだけじゃなくて俺もか。
まあ、今やこの宿屋の最大の強みが、俺を抱えていることだといっても過言ではない気がする。
この宿屋に泊まる人の中には、わざわざ俺が部屋の中を掃除する様子を見たいと注文する客までいる始末だ。
だから、俺に何か依頼があるって言っても、別段驚くことはなかった。
スキンヘッドは改めて俺たちに向かいなおし、まずは自己紹介から始めた。
「奥さんや娘さんはともかく、ポルカは俺のことを知らないだろうから、まずは自己紹介しておくな。俺はこの街の騎士団長を務めるボズだ」
騎士団長さんですか。この街に騎士団なんてものがあったこと自体初めて知りました。
軍部の上の方に務める人って、みんなこんな感じにいかつい風貌をしているのだろうか。頼もしいけど、なんか嫌だな……
それで何の依頼だろうか。とはいっても、俺に依頼するなんて掃除のこと以外にはあり得ないのだが。兵士詰所の掃除とか依頼されるのかな。
「ポルカには、近々行われる『悪食ピグの討伐』に、ぜひとも同行していただきたい」
「ペポン!?♪!」
「ど、どういうこと!?」
「こら、ノエル!おとなしくしてなさい!」
思わず今までにないヘンテコな音を出してしまったけど、え、本当にどういうことだ!?
ノエルも状況が分かってないし、おかみさんはノエルをたしなめるものの、同じく混乱中だ。
だけど、なんだって俺がそんなファンタジーの冒険に巻きこまれそうになってんだ?興味ないといえばウソになるけど、俺って掃除機だぞ?戦力になるわけねーだろ。
くそ、言葉を自由に操れないこの体が憎い!頼むノエル、俺の代わりにいろいろ聞いてくれ!
そんな俺の願いが通じてか、ノエルはストレートに質問をぶつけてくれた。
「何でポルカ君にスカウトが来るのに、私には何もないんですか!?」
……願いは届いてなかったようだ。
というか、ノエルが本当に悔しそうにしているのが怖いんだが。
果てには、「見くびらないでください!これでも上級魔法ぐらい使えるんですから!」といって、立ち上がったところで、おかみさんのゲンコツを喰らって沈黙した。
ノエル、放っておいたら上級魔法使ってたよな……室内で。
ノエルにスカウトが来ないのは、自爆するからじゃないだろうか。
「戦力として必要なわけじゃない。その辺りはこのルーカスが説明してくれるだろう。よろしく頼んだ」
「わかりました。まず、今回の討伐対象である『悪食ピグ』について説明します」
そういうと、ルーカスはなにやら資料を広げて、いろいろ解説をしてくれた。
資料といっても俺は文字が読めないのだが。挿絵があったので見てみると、まんま豚である。
口がちょっと大きい気もするが、丸いコンセントのような鼻にずんぐりむっくりの体、くるんと丸まったしっぽは間違いなく豚だ。
「悪食ピグは、なんでも食べることで有名な魔物です。以前も、とあるダンジョンで悪食ピグが発生しまして、冒険者が捨てたゴミに味を占めた結果、近くの街に大群で突撃するという事件がありました」
なんでも食べる割には、なぜか人間の匂いがするゴミをよく好み、ゴミを求めて大群で街に突撃する事件が、まれにあるらしい。
対処に遅れると、豚にまるかじりされた犠牲者が出ることもあるだとか。
「最近、この街の北にある森で悪食ピグが発生しているのが確認されました。北の森は冒険者たちの狩場としてよく利用されており、ゴミが多く捨てられています。しかも、この街との距離もそれほどない。放っておくと大惨事が起こるかもしれません」
その前に何とかしようとして組まれたのが、今回の依頼ってわけか。
いろんな意味で人間の自業自得って感じがするが……でも、この街の人は悪くないよな。
損をするのはゴミを捨てた人ではなく、いつだってその周辺にいる人である。
「今回の遠征では、悪食ピグを絶滅させることが目的となります」
え?悪食ピグを絶滅させる?
前世のだと、レッドリストみたいに絶滅はできるだけ防ごうって感じだったよな。この世界にはそういう思想がないのかな。
考え込んでいると、ルーカスが補足説明をしてくれた。
「悪食ピグが発生する魔物陣を停止できるかどうかが、遠征の成功に大きくかかわってきます」
まものじん?この前のオオカミ騒ぎで登場した魔法陣とは違うのか?
だめだ、新しい情報が多すぎてだんだん整理がつかなくなってくる。
一旦落ち着こう。そうだ、新しく習得した音を披露しようか。
「プゥン?」
「あ、ポルカ君は魔物陣がなんなのかわからないのかな?」
「ピンポン♪」
はい いいえ だけじゃあボキャブラリーが少なすぎるので、疑問を表す音を作ってみた。
この世界でも、何かをたずねるときは語尾を上げる。それを電子音でむりやり再現してみたのだ。
できたものは某配管工のジャンプ音になった……通じるので良しとしよう。
ルーカスは先ほど出てきた魔物陣についての説明をしてくれる。
どうもこの世界の魔物は、魔物陣、もしくは魔法陣から生まれるらしい。このまえのオオカミ騒ぎで出てきた魔法陣は、人の手で書かれて、1匹の魔物を生み出すもののようだ。
それに対して魔物陣は、信じられないことに自然に発生するらしい。しかも、1匹しか生み出せない魔法陣とは違って、1種類の魔物を無限に生み出すことができるようだ。
天然の魔物陣をまねることで、魔法陣ができたというが……なぜ一匹しか生まれないのかは、まだまだ分からないらしい。
そして、停止する手段は同じ。決まったワードを唱えるか、莫大な魔力をぶち込んで破壊するか。
物理的に破壊することはできないはずだったが……
「もしかしたらポルカなら魔物陣もあっさりと止められるんじゃないかって睨んでましてね。話をつけさせていただきました」
あの魔法陣を消したのと同じような事をしろって感じか。
ぶっちゃけ、クレンザーで削ってペンキの欠片を吸い込んだだけなんだけどな。
「まあ、もしできなくても大丈夫です。ほかにもやってほしいことがありましてね」
「プゥン?」
魔物陣を消す以外に、俺にできることか、なんだろうな。
「先ほども言った通り、森の中には冒険者が捨てて言ったごみが多くありましてね、ゴミを一掃してほしいんです!」
「ペポー!」
一掃なんてできるわけねーだろ!
そんな俺の全身全霊の拒絶を、普通に受け流して、ルーカスは話を続けてくれた。
「まあ、さすがに一掃してほしいってのは冗談ですけど。ある程度減らしてもらうだけでも、人を襲う悪食ピグを少なくできそうなので。それで、同行していただけますか?」
どうやらルーカスからの話は終わったようだ。
話の方はとりあえず理解できた。つまり、森の中で床の掃除とゴミ拾いをしろってことか。
まさかこの世界のゴミ拾いが住人の安全に直結するとまでは予想してなかったが……
「ポルカ、どうするの?この依頼、受けるのかい?」
頭の中で逡巡する。そして電子音を鳴らした。
「ピンポン♪」
「そうかい。ボズさんたちについていくなら滅多なことはないと思うけど、危なくなったらすぐに帰ってくるんだよ」
「ピンポン♪」
なんで受けたのか、いろいろ理由があるけど、やはり住民の生活がかかっているとなると協力しなければという気になったのが大きい。
なんだかんだ言って、俺もこの街を気に入っているのだ。もしこの依頼を断った未来で、この街が豚に蹂躙されるようなことがあったら、俺は悔やんでも悔やみきれないだろう。
「おお、受けてくれるってか。前金と報酬金は奥さんに渡しとけばいいか?」
「ピンポン♪」
おかみさんが何か言おうとしたのに先じて電子音を鳴らす。
「これが前金の銀貨50枚だ。よろしく」
「いや、これはポルカ、あなたのお金だって前々から言ってるんだけどねえ」
そういわれても、俺には金の使い道なんてないんだもんな……
あと、ノエルは遠征についていけないことにむくれていた。そんな嫉妬の目で俺を見つめんじゃない。
遠征は3日後に行われるらしい。森の中を探索するうえでの便利な新機能とかないかな。いろいろ調べておくか。