22話 ポルカとゴミ税
「おや、ポルカじゃないかい」
「ピンポン♪」
道を歩いていると、いきなり俺に話しかける声が聞こえた。
俺もすっかりこの街の一員みたいな感じになっており、もはや俺を見て驚くような人はほとんどいなくなってしまった。少し寂しい。
まあ、時として別の街からここトスネの街にやってきた冒険者もいるようだ。俺を見て「なんだこれ?」という疑問を浮かべるのがよそ者。わかりやすい基準だ。
で、俺に話しかけてきた人、このおばちゃんは誰だっけ。見覚えはあるんだけどなあ。
「この前は驚いたよ、あんたみたいなチッポケなマジックアイテムが本当にあのゴミ屋敷をきれいにしてくれるなんて誰が信じられるっていうんだね。おかげで悪臭もなくなったしねえ。あ、それと火山灰を掃除してくれてるみたいだけど、大体片付いたじゃないか。これで久々に洗濯物を外に干せるってものよ。荷車も引きやすくなったし、家の中が灰だらけになることもなくなったし。それに」
あ、思い出した。俺をルーカスのゴミ屋敷まで案内してくれたおばちゃんじゃないか。相変わらず話が長いな。
このおばちゃんが2人いたら、24時間耐久会議が始まるに違いない。
放っておけば延々と語り続けるんじゃないだろうか、その前に逃げようかなと考えていたそのとき、後ろから予期せぬ声が聞こえてくる。
「あら、キアレさんじゃありませんこと?」
「あら~、ベネッタちゃんかね。相変わらずきれいな髪をしているね」
やってきたのは、宿屋を経営するおかみさんだ。髪を褒められてまんざらでもない様子である。同じ髪型のノエルは、天パを直そうと四苦八苦するたびにその結果に落ち込んでいるが、この人はそういった様子もないな。
このおばちゃんはキアレって名前なのか。おかみさんをベネッタちゃん呼ばわりしているってことは、キアレさんのほうが年が少し上みたいだな。旧知の仲という奴だろうか?
「ノエルちゃんは元気かね?」
「ええもう、ワタシとしてはもっと女の子らしくおしとやかに成長してほしかったですけどねえ。この前も勝手に洞窟に行ってペンダントを無くすわ、私の目を盗んで探しに行くついでにクエストをこなすわ、ちょっとわんぱくが過ぎません?」
「ふふっ、そりゃノエルちゃんらしいね。でも、ノエルちゃんがそうしたいならそれでいいんじゃないかい?」
「あの子を好きにさせたら、何をしでかすかわかったもんじゃないですから。私が見張ってないと」
まあ、それはちょっと同感だな。ノエルは自由奔放すぎて、見ているとハラハラすることばっかりだ。
オオカミが出たぞー!って言われたら、家から飛び出してオオカミを探すタイプの人間かもしれない。
そんなことを考えていると、キアレおばちゃんが少し難しそうな顔をして、おかみさんにちょっとした助言をする。
「うーん、心配って気持ちはわからんでもないけどね。子どもは親のものじゃないよ。そのところ間違えないようにね」
「そうですかね……」
「そうだよ。それにさあ、あの年で上級魔法が使えるっていうんだろ?立派だと思うけどね」
へーえ、ノエルって上級魔法が使えるんだ……
は?え、ノエルが?まじで?
普段の生活で魔法使ってるところ見ないからわからないんだが。上級魔法なんて使えたんだ。知らなかった。
俺は上級魔法がどんなものかも知らないけど、言い方から察するに簡単に習得できるものではなさそうだ。
「だから心配なんですよ!目を離したすきに街の近くに出た魔物に戦いを挑んでボロボロになって帰ってきたこともあったし!」
「ああ、あの事件ね……でも、あれだって近所の子どもを守るためにやったことだろう?」
「確かにそうかもしれませんけど……冷たいかもしれませんが、私はノエルのほうが大事なので」
「まあ、そりゃそうか。……うん、この話はおしまいにしよう。そういえばこの前ウチの近くに新しいお菓子屋ができたんだけど、そこのプディングが絶品でねえ。もしよかったら今度……」
強引に話題は切り替えられたものの、二人の立ち話はまだまだ終わりそうにない。
俺はそそくさと退散させてもらうことにするか……
「おや、こんにちは。ちょっとお話いいですか?」
む?おばちゃんとおかみさんの立ち話に誰か割り込んできたぞ。
この人は、いつもゴミを回収している役人さんか……って、ああ!!
これはまずい。もしかしなくても、この前の「おかみさんゴミポイ捨て疑惑」の話だろう。
俺も当事者だし、逃げるわけにはいかない。
「なんでしょう?」という二人に対して、役人の口からは俺の思ったとおりの言葉が発せられた。
「宿屋の奥さん。最近、あなたがゴミをこちらに出されないのですが、どうやって処分しているか、説明いただけませんか?」
「ゴミを出してないんだから、金を払う必要はないんでしょう?」
「えっと……いや、しかしですね……」
「この際言わせてもらうわよ。ゴミ税、高すぎるのよ!なによ、あのサイズの桶一杯分捨てるだけでで銅貨25枚とかふざけてるの!?そりゃあ川にごみを捨てる人も増えるでしょうよ!」
おかみさんは特に動揺することもなく、俺がゴミを吸っていると返答した。
役人は最初こそ「くだらない嘘をつかないでください」と言っていたが、俺が道端に落ちていた紙パックを吸ったところで、その言葉が事実であると認めざるを得なかったのだろう。
現在、形勢は圧倒的であり、おばさん2人がかりの(一方的な)舌戦が繰り広げられている。
役人さんについては少しだけ不憫に思った。口喧嘩でおばちゃんに勝てる男なんて、この世にはいない。
不法投棄の証拠をつかもうとして、おかみさんに絡んだのが運の尽きだったな。
「ていうか、ベネッタちゃん。すごいマジックアイテムを持ってるのね。それさえあれば一月で銀貨数枚が浮くわよ。あたしにも使わせてよ」
「えっと……ウチのポルカが大丈夫なら、私は構いませんが」
俺としても、ちゃんとまとめてくれたゴミを吸い取るだけの仕事なら、断る理由はない。
肯定の意味も込めて電子音を鳴らすと、役人が動揺したように声をかけてくる。
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
「なんでしょう?何か問題でも?」
「ありますよ!ゴミ税はこの街の収入の一角を担っているのに、そんなわけわからない方法でゴミを消滅させられては、トスネの運営が難しくなります!」
「それはそっちの都合じゃないの?むしろそれだけで運営できなくなるようなトスネだったのかい?」
それを聞いた役人は、グッと言葉に詰まった。
実際、ゴミを捨てていないのだから、税金を払う義務は発生していない。
だけど、仮に俺が街で発生するごみをすべて吸い取ったとしたら……かなりの税収が消滅することは、何となく予想できた。
脳内にちらりと浮かんだのは、トスネ孤児院の風景である。あの孤児院の収入にもゴミが関わっていた。
そのゴミを、俺が勝手に減らしていたのだとすれば、それは必ずしも正しい行為ではないのだろうか?
うーん。俺はただゴミ拾いしていただけなのに、なんでこんなにいろいろ考えなきゃいけないんだろう。
最初こそ強気に出ていた役人だったが、もはや分が悪いと感じたのか、おばさん二人組から少し距離を取り、「議会で話し合いますんで、よろしく」とだけいい、来た道を戻っていってしまった。
「はあ、盛り下がっちゃったわねえ。それじゃあまたね」
「そうですね、よい一日を」
それに続いて、おばちゃんとおかみさんの二人も別れる。
俺は……何をすればいいのだろうか?
考えても仕方ないな……いつも通り風に乗ってきた火山灰を掃除するとともに、落ちているゴミを拾うことにしよう……最近こればっかりだな。
数日経って、今度は宿屋の方に役人が来た。
役人、おかみさん、俺の2人と1台が従業員ルームに集い、話し合いが始まる。
「先日はすみませんでした」
「いえ、こちらこそ。それで、何の御用でしょう?」
「あなたが所持するマジックアイテムのポルカについてですが……こちらで買い取らせてはいただけないでしょうか?」
「お断りします」
「ペポー」
声を出せるならふざけるなって言いたかったが、これが限界である。
まあ、断る意思は伝わったようなので、よしとしよう。
「そうですか……ではせめて、ゴミをポルカに吸わせるのではなく、普通にこちらの方へ捨てにきていただけないでしょうか?」
「お断りします」
最初に到底受け入れられない条件を出して、だんだんハードルを下げていく手法はこちらにもあるみたいだ。
二人と一台の交渉は20分ぐらいにわたって繰り広げられ、最終的にはこのような結論に落ち着いた。
・ポルカは、宿屋以外で発生した家庭ごみの吸い取り禁止
・地面に落ちているゴミは吸い取ってもいい
・住人がポルカにゴミを吸わせることは、ポイ捨てするのと同じとみなす。
・役所からは、ポルカがいるからという理由でゴミがポイ捨てされることのないよう、監視を強化する
今の俺の生活と照らし合わせると、そんなに問題のないように思えるが……そこまでしてゴミ税が欲しいのか?
ゴミ税自体がうまくいってないみたいだし、もっと違う税制を作った方がいい気がするけれどな。
だが、意見を言おうにも電子音を鳴らすだけで伝えられることなどない。甘んじて受け入れるしかなさそうだ。
「貴重な時間をありがとうございました。制度はこちらで作りますので、よろしくお願いします」
そういうと、役人は宿屋から出て行って、役所へと向かっていった。これからこの街の新しいルールを作るのだろうか。
どうなるにせよ、この街がよりよくなるためのルールであってほしいと願うしかなかった。
ルンバ→ポルカへの変更を行いました。(2016.10.04)
次話の更新日は未定です。
話のストックもほとんど使いきっちゃったし、自分の実力で毎日更新は厳しいということがわかりました。
今後は自分のペースで更新していくことにします。




