12話 ゴミ屋敷の掃除
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
順調に掃除を進めていく俺に、ルーカスがいきなり水を差す。
「まさか全部捨てる気ですか?あの中にまだ使えるものがあったらもったいないじゃないですか」
それね、正論に聞こえるけどね、ゴミの山に囲まれて暮らしているお前がいっても説得力はないね。
俺としてはむしろ、家ごと焼き討ちされなかっただけで感謝してほしいレベルだと思うんだ、このゴミの量は。
そのとき、ゴミの山の中から本が出てきた。タイトルは読めないが。
「ああ!その本は今まで探していたものなのでこちらに……」
知るか。
ゴミの山に埋もれていたらゴミだ。吸い込む以外の選択肢は存在しない。
大体、本当に本気で探さなきゃいけないほど重要なものなら、ゴミの山の中に埋もれているわけがないのだ。有象無象の中に放り込んだ時点で、ルーカスにとってのその本の価値なんて知れたものである。
あと、表紙が腐ってたからね。BLとかそういう意味じゃなく、科学的に腐ってたから。黒く変色していたから。
こんな奴がワンガリ・マータイさんのもったいない精神を語るとか、片腹痛いわ。
ルーカスも、ちょっとポカーンとしていたけど、「うう……まあ最近読んでなかったし仕方ないか」って感じで諦めてくれた。
掃除を開始してから9時間後、ようやく終わりが見えてきたという頃か。
俺はかなり精神的に疲れていたが、ルーカスも結構ぐったりしている。
ゴミの山は全部吸い込んで大丈夫だったが、平地部分はゴミと必要なものが入り混じっている分、むしろ山より厄介だ。
強制的にルーカスを働かせてゴミと必要なものを分別させていたが、かなりお疲れのようだ。その手が止まってしまっている。
まあ、容赦なんてしないけどな。
「ああ!その辺はまだ分別してないんですよ!急いでやりますから、どうか今しばらく待ってください!」
おう、早く分けろや。こちとら暇じゃねえんだぞ。
いつの間にか立場が逆転しているような気もするが、実際ルーカスのゴミ判断が遅いせいで掃除が滞っているのは確かだ。
これで俺が喋れたら、いろいろとアドバイスもできるだろうに。
とりあえず俺は、どう見てもゴミなものを選んで吸い取っていくか。ええと、布切れはゴミ、この金属の皿みたいなのは保留、鳥の羽……は、羽ペンっぽいし保留、空のビンはゴミ、なんか薄汚れたひもはゴミ……
「ウ゛アアア!?い、今そのマジックケーブル!マジックケーブルがあああ!か、返せ!僕のマジックケーブルを返せええええ!」
な、なんだ?ルーカスがいきなり取り乱し始めたぞ?
俺を持ち上げて、ガクガクと揺さぶってくる。もしや吸い取ってはいけないものを吸ってしまったのだろうか。
「僕の研究に欠かせないものなんだああ!そのケーブルを使いこなすことで、やっと一人前の研究者になったんですううう。魔道プログラムの研究で世の中を変えたいんや変えたいんやと思ってえええ!うああああん!うっ、ぐすっ……あなたにはわからないでしょうねええ!」
おい、どこの兵庫県議会議員だよ。
とにかくマジックケーブルなるものを間違えて吸い込んでしまったみたいだ。ええと……ケーブルっていうことはこれかな?
俺は[ゴミ箱]からさっき吸い込んだひもを取り出し、吸い込み口からペッと吐き出す。その途端に、号泣していたはずのルーカスがぴたりと泣き止んで、それを奪い去った。
ふうう、保険をかけといて正解だったな。
間違えて大事なものを吸ってしまった時のために、吸い取ったゴミはまずは[ゴミ箱]に入れるようにしていた。ルーカスがノーリアクションならそのままゴミ、返却を求めてきたときも少し時間を置くと、「でも考えてみればいらないかな」ってなってくれるので、そのままゴミ。
だけど、今回のマジックケーブルに関しては毛色が違った。ただならぬ雰囲気を感じたので、とりあえず返却。様子を見るに相当大事なもののようだ……あのひもが?
詳細を話してくれると嬉しいのだが、ルーカスは満足したのか安心したのか、マジックケーブルを胸に抱えるとまた泣き始めた……そんな大事なものを床の上に放っておくんじゃねえよ。
ルーカスが泣き止んで、掃除が再開されるのはそれから10分経ってからだった。
そんなこんなで、掃除を開始してから合計12時間後。
「よっっっしゃーーーー!ゴミ全部片付いたーーーー!」
「ピンポン♪」
窓からあふれていたゴミまですべて吸い取った後、床に軽く掃除機をかけて、ゴミ屋敷の掃除が完了した。
「まともに捨ててたらいくら金とられたかわかったもんじゃないからな。本当に助かった!ありがとう!」
「……ピンポン」
今回吸い取ったゴミの量、なんと114kgである。ゴミ屋敷やばい。自分としてはおいしかったけどね。
だけど、少し引っかかることを言ったな。金をとられる?
そういえばさっきのおばちゃんも、捨てるゴミの量に応じて税金を払うという説明をしていた。
俺、知らず知らずのうちにルーカスの脱税の手助けをしてるんじゃないだろうか?
……気にしないことにしよう。
とにかく、これで100kgのゴミがたまったので、高圧水噴射とかブロワーとか取得できる……ヘビと戦えるぞ!
まあ、それは後でじっくりと考えるか。もう外はすっかり暗くなっているし、とっとと帰ろう。
ドアの方へ向かう俺に向かって、ルーカスが話しかけてくる。
「ポルカだっけ?こんなマジックアイテムに出会う機会なんてなかなかないし、いろいろ質問させてもらってもいい?」
「ペポー」
「……まさか拒否されるなんて」
ゴミを全て吸い終わったこの家に用はないからな。
スピードを落とすことすらせずに、そのままドアへと進む。
「手厳しいね。まあ、機会があったらいろいろ聞かせてくれよ」
「ピンポン♪」
これくらいの約束ならいいだろう。機会を作らなければいいだけの話だ。
ルーカスが空けてくれた扉から外に出て、周りに誰もいないことを確認してから(ホームベース)と頭の中でつぶやく……なんで見つからないようにしているかって?気分の問題。
周囲の景色が暗転し、すぐに明るくなる。
宿屋の従業員ルームだ。その部屋の中央には、よく知ってる人物が立っている。
「……おかえり、ポルカくん。初日から仕事すっぽかすとか、いい度胸してるじゃん」
あ。そうだった。
宿泊客がチェックアウトしたら、昼までに宿の部屋の掃除を終わらせるって約束だった。
ノエルが部屋の中央で仁王立ちして、俺に向かって微笑んでいる。
「どーいうことかなー?」
え、笑顔が逆に怖い。
すみませんでした。明日は今日の分まで働きますんで。
「えい」
ぎゃああ!汚れた雑巾で人を掴むんじゃありません!
逃げるぞ!ホームベース!ホームベース!
…………発動しない!従業員ルームではホームベース使えないのね!くそ、こんな欠点があったとは!いやよく考えたら当たり前だけど!
その後、ノエルからたっぷり1時間ぐらい説教された。部屋の掃除はノエルが代わりにやってくれたらしい。いやマジすみませんでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
彼が自分の部屋の床を見たのはいつ以来だろうか。
どこからともなく現れて、部屋中のゴミを吸い取って去っていったマジックアイテム『ポルカ』
その威力を間近で眺めていた青年ルーカスは、部屋の中で一人、かの円盤について思考を巡らしていた。
「明らかにあの円盤には意思と思考能力があったよな。あれほど複雑な魔道プログラムを組める技師がこの世にいたなんて、思いもしなかった」
その体積を超えてゴミを吸い込んだことにも驚いたが、今彼の頭の中にあるのは、そのことについての考察ではない。
ひとえに、その思考能力の存在についてである。
ルーカスも魔法の研究者であり、マジックアイテムについての一通りの知識は持ち合わせているが、思考能力を持ったものなんて聞いたこともなかった。
「でも、存在した。ということは、僕の仮説は間違ってなかったということだ……うん。誰だかわからないけど、僕と同じ研究をしている人がいるのかな」
何年ぶりだろうか。
彼がこんなすっきりした部屋で、床に寝っ転がっているのは。
彼は天井を見つめ、もう一度だけ独りごちた。
「部屋もきれいになったし、ポルカとのかかわりも持てた。明日の研究ははかどりそうだな」
大掃除をした疲れもあるのだろう。
それだけつぶやくと、彼はそのまま目を閉じ、深い眠りへといざなわれていった。




