11話 この家、ゴミ屋敷につき
町中の火山灰を掃除するのは大仕事すぎて、ぶっちゃけ終わりが見えない。
だからというわけではないが、合間合間にゴミ屋敷の掃除みたいな小さな仕事もやっていきたい。
話すことができなくても、他人の役には立てるのだから。
そんなわけで、騒いでいるおばちゃんのの近くによって、話の内容を盗み聞かせてもらう。
「生ごみも放置しているみたいでひどい匂いよ。この気持ちがアンタにわかるかい?えぇ?」
「心中お察ししますが、こちらとしてはその家の持ち主の方に忠告するぐらいしかできませんのでして……」
「ふざけないでよ!大体ねえ、あんたら何のためにあたしらかよわい住民からお金を巻き上げてると思っているのよ。ゴミ税だって安くはないんだからその払った金に見合うサービスをしなさいよ。この前だって監視員の目を逃れて川にゴミを捨ててたやつがいたよ。監視員が直接発見しないと罰則がないってのはあまりにも制度としてザル過ぎやしないかい!?それと、この前勝手にゴミを燃やしてはいけないって決まりができたみたいだけれどさあ、あれって」
おばちゃん、話長い。
おばちゃんがおしゃべり好きというのはどの世界でも共通なのだろうか。
このまま放っておくとどんどんゴミ屋敷から話が離れていきそうだ。今のうちに突撃しよう。
「私はポルカ、床の掃除はまかせてください」
「えぇ?なんだねこの珍妙な生き物は。あんたらにはこんなへんてこなペットを飼ってる余裕があるっていうのかい?」
「いえ、ペットではないですし、たぶん生き物でもないと思います」
「じゃあなんだっていうんだい!?」
「私はポルカ、床の掃除はまかせてください」
何とか自分のアピールをしていると、後ろの方から思わぬ助けが入る。
「オイそこのお二人さん、そいつは昨日からいきなり現れて、火山灰を掃除しているマジックアイテムだ」
ふりかえると、先ほどすれ違ったときに剣を抜きかけた戦士風の男だ。
非常にざっくりとした解説だが、ナイスフォローだ。ありがとうございます。
よし、これで話が通じたんじゃないか?
「それがどうしたよ。こちとら職員に文句を言うので忙しいんだ。とっととどっか行ってくれない?」
えー。もうちょっと頭働かせよーよおばちゃん。
そんな俺を見かねたのか、戦士さんが通訳してくれた。
「だから、こいつがそのゴミ屋敷を掃除するって言ってるんじゃないのか?俺もあの周辺の臭さには困っているし、頼んでもいいと思うが」
「ピンポン♪」
この戦士さんもゴミ屋敷の事を知っているのか。ていうか、どれだけ臭いんだよ。
そういえば、この姿になってから「臭い」って思ったことがないな?嗅覚が退化しているみたいだ。まあ、ゴミを吸うのに嗅覚なんて邪魔でしかないだろうから、これで構わない。
一方でおばちゃんは、疑うような目でこちらを見つめていた。
「ほんとにこんなのがあのゴミ屋敷を片付けられるのかい?まあ、やらせるのはタダだしね。ついてきな」
そういうと、おばちゃんは火山灰降り積もる外へと向かい、ゴミ屋敷へと案内してくれた。
「捨てるゴミの量に応じて税金を払うってシステムは確かに平等に見えるけどさあ、税金を逃れようとして不法投棄する奴が後を絶たないんだよね。見つかったら罰金なんだから、みんな素直に捨ててくれればいいのに」
「ピンポン♪」
「捨てる前に燃やして軽くするなんて裏ワザもあったみたいだけどねえ、どっかのバカが変なもん燃やして毒ガス発生させやがって、全面禁止になっただろ?あれ、お前は昨日来たばっかりだから知らないか」
「ピンポン♪」
このおばちゃん、話し相手ならだれでもいいのだろうか?
こちとら自己紹介と電子音しか発することができないロボット掃除機だぞ?
まあ、こちらとしてはひたすら「ピンポン♪」と鳴らし続けるだけでいいので、楽といえば楽だが。
それと、このおばちゃん、やたらとこの街のゴミ事情について文句言ってくる。そんなにこの街のゴミ処理のシステムが不満なのだろうか。
まあ実際、火山灰を吸ってる最中も、串とか、金属片とか、紙キレなどが散乱している場所がそれなりにあった。
パッと見はきれいな街でも、よく目を凝らしてみると汚い箇所が多い……日本も変わらないな。比喩でも何でもなく。
テレビやネットとかで「日本人のマナーはこんなにも素晴らしい!」みたいなトピックを見るたび、ゴミ拾イストとしてはなんだかやるせない気持ちになったものだ。
そうこうしているうちに、件のゴミ屋敷に到着する。うわ……これは……
嗅覚が鈍くてよかった。視覚情報だけで鼻が180度曲がりそうだ。鼻なんてないけど。
既に家の中はゴミでいっぱいなのだろうか、窓から鉄くずや魚の骨やよくわからないガラクタがあふれ、黒い虫がその周りをぶんぶんと飛び回っている。帰りたくなってきた。
おばちゃんは鼻をつまみながらゴミ屋敷のドアをコンコンと叩く。中から「どなたですかー?」って声が聞こえた……まじかよ、よくこんな家に住んでられるな。
「地区長のキアレよ!ルーカスくんいるんでしょ!?今日という今日こそはゴミを片付けてもらうからね!」
片付けるの俺の仕事になりそうですけどね。
しばらくして、鍵の開く音がし、ドアが開く……そして、目に入った光景に絶句した。
床どころか壁も見えないほど、ゴミが家の中を埋め尽くしている。あの真っ黒な果物はなんだ?あのガラクタからは茶色い液がしみだしているけど、大丈夫なのか?
かろうじて部屋の真ん中の方は周りよりゴミが少ないが、それでも人が生活する環境としては下の下、いや、下下下の下だ。
俺は今、人間は部屋をここまで汚せるということに逆に感動している。
そんな中、家から出てきた男は悪びれもせずにこういった。
「むしろあなたが片付けてくださいよ。僕はもうあきらめましたからね」
ひらきなおってんじゃねーよ!
家の中から出てきたのは、ルーカスという名前のわりと若い男性である。俺と同じ大学生ぐらいかな?この世界に大学なんてものがあるかはともかく。
こんなだらしない生活していて彼女とかできるのだろうか?
……前世で彼女いなかった俺が心配することじゃないな。
で、だ。火山灰の掃除に時間がかかりそうだから、簡単な掃除も時にはやっておこうときてみたが、これどう考えても簡単じゃない。パパッと終わらせて火山灰の掃除を再開しようという考えはものすごく甘かったな。
「ポルカだっけ?あんた、これをどうにかできるの?」
「……ピンポン」
「自信なさげだねえ」
「おや?そのマジックアイテム……へえ、意思があるマジックアイテムの噂がちょっと流れてましたけど、本当だったんですか」
あれ?なんか今、ルーカスの目が怪しく光らなかったか?
まるで俺を値踏みするかのような目で見つめてくる。
……不安だ。ホームベースをいつでも発動できるように準備しておこう。
「それじゃあ。こんな臭いところにこれ以上いられるかってんだ。あたしゃ家に戻るよ」
おばちゃんはミステリーの死亡フラグが混ざったような捨てゼリフを吐いて、逃げるようにドアから離れていった。なんなら俺も捨てゼリフ吐いて帰りたい。
けど、そういうわけにはいかないよなあ。
俺はルーカスの腕に掴みあげられて、部屋の真ん中の方へと運ばれていった。
「お手並み拝見とさせていただきますよ。がんばってください」
こいつは何で掃除してもらう立場でこんなに偉そうなんだよ。
とりあえず、あのゴミの山を登って、上のほうから掃除することにするか。
意外と掃除はスムーズに進む。
ゴミの山に登るまでが一苦労だとおもったが、途中で何をしたいのか察したルーカスが俺をてっぺんまで運んでくれた。
下の方から掃除して、ゴミが崩れて埋もれて窒息死とか、悲惨すぎる死に方の一つだろう。まあ、俺が窒息で死ぬかどうかはわからないが。
そんなわけで、山の頂上で吸引を始めれば、一気に大量のゴミが俺の体内に入っていく。ルーカスも驚いたような目でこちらを見つめた。
こんな片付けもできないような男の世話をするのは癪だが、効率よくゴミがもらえるのはおいしい。遠慮なく吸い込ませてもらうとするか。




