9話 フローリングの掃除
ノエルに連れられて入った3号室は、外見からのイメージと違わない、ボロッちいものだった。
少し広めなのが救いかもしれないが、それでもここに泊まりたいなと思わせるのは難しそうだ。
地面がやたら汚いと思ったが、そうか。ここは土足文化か。靴を置くスペースもないし、普通に土足で部屋内を歩き回るスタイルなのだろう。
日本に住んでいるとうっかり忘れそうになるが、そういう国も結構あるのだ。
普通はその上にじゅうたんを敷くような気もするのだが……この地方にじゅうたんを敷くという文化はないのか、それともただの予算不足なのかは知らないが、床がむき出しである。
早い話がフローリングだ。
「終わったら呼んでね。迎えに行くから」
ノエルはそれだけ言うと、そそくさと戻っていってしまった。
もしかしたら、ノエルが本当はこの部屋の掃除当番だったけど、客がいないことをいいことにサボっていたのかな……
まあ、邪推はやめておこう。掃除を開始するか。
まずは普通の掃除機ポルカとして、ひたすら部屋の中を歩き回る……うわあ、ゴミが出るわ出るわ。砂、砂利、埃、火山灰。
やっぱり部屋の中には土足で上がらないほうがいいと思うんだけど、まあこの国の文化にケチをつけるのはやめておこう。つける手段もないしね。
そのまま、隅々まで掃除を続ける。
そういえば、円盤の形をしているポルカが部屋の四隅のゴミを吸い取れるのかって疑問に思う人がいるかもしれない。
結果から言うと、吸い取れる。別にそんな難しいことじゃない。
実は本体からはみ出した部分に小さなブラシがあって、そのブラシで隅のゴミを掻き出すことができるのだ。
後発品のロボット掃除機は、丸じゃなくて三角形に近い形をしたものもあるが、それも角のゴミを効率よく集めるための工夫のたまものだろう。
そんなわけで、まあ完ぺきとは言えないが、四隅のゴミもそれなりに吸い取れる。
ただ……土の汚れがフローリングの溝に入り込んでいたり、こびり付いていたりすると、掃除機の吸引力ではどうしようもないな。
これは諦めるか……?いいや、そんなわけないだろう。
わずか1kgだ。大した消費じゃない。[水拭き]取得!
その瞬間、ポルカの吸い込み口が湿った布に変化し、床に押し付けられる。なるほど、こういう風に変化するのか。
掃除機では吸い取り切れなかった汚れが、どんどん雑巾を汚していく。雑巾はその身を犠牲にして床をきれいにしてくれているのだ。
出入り口も、クローゼットの前も、ベッドの下まで。
汚れきっていた部屋の床は、だんだんとその本来の木目の美しさを取り戻していく。
あ、ちなみにふき取った汚れも、ちゃんとゴミとして加算されるようだ。ありがたい。
1時間ぐらい掃除しただろうか。最初の汚れ具合が嘘のように、きれいな床が現れていた。
……でも、何か物足りないな。なんだろう……ああ、そうか、あれが足りないんだ。
新機能中にあるかな……お、あったあった。消費も10kgか。
12kg中10kgの消費は少し痛いが、これからお世話になるかもしれないのだ。これぐらいはサービスしておこう。
10kgのゴミを消費して新機能を取得し、今一度部屋の中を走り回るのだった。
それから2時間……掃除を開始してから合計3時間後。俺は大きな音で「ピンポン♪」と音を立てた。
すぐさまノエルがこちらにやってきて、3号室の扉を開けてくれる。
「ポルカくんお疲れさま、結構時間かかってた……ね……」
扉の中を見たとたん、ノエルがポカーンと口を開ける。そして、目をゴシゴシとこすり、もう一度3号室の中を見て……
「お母さああぁぁん!3号室が!3号室の床が光ってるううぅぅ!」
俺の事を放り出して、おかみさんの方へ行ってしまった。
すぐさま二人分の足音が戻ってきて、俺が掃除をした3号室の床をのぞき込む。
「な、なにこれ。木の床がこんなに光り輝くなんて。これもポルカくんの力なの?」
「ピンポン♪」
正確には、ポルカの力というよりは、化学品の力というべきだけどな。
10kgのゴミを消費することで得た新たな新機能[床ワックス]
ただ光り輝かせるだけではない。汚れが付くのを防ぐ効果もあるのだ。
フローリングの美しさを語るうえでは欠かせない、重要な一要素だろう。
「どうなってるのこれ。何で木が大理石みたいに輝いてるのよ。これじゃあまるで高級宿みたいじゃない!」
「油をきれいに塗り広げた後で固めたのかな……どうやったらそんなことができるの?ああ、掃除してるところちゃんと見ていればよかった!」
二人とも想像以上のリアクションを取ってくれる。そのとき2号室の扉が開いて、中から出てきた宿泊客が二人に怒鳴りつけた。
「うるせえ!従業員が騒がしくするんじゃねえよ!」
「えっ、あ、すみません!でも、見てくださいよ!3号室が!こんなことになってるんです!」
「はあ?どういう意味だ……よ……?」
あ、さっきのノエルと全く同じリアクションだ。目の前に広がる光景が信じられないというように、目をゴシゴシこすっている。
そして、そのきれいな部屋の誘惑に耐えきれなかったのか、おかみさんとの交渉を仕掛ける宿泊客。
「おい……銀貨1枚払うから、こっちの部屋に移ってもいいか?」
「え?いや、構いませんが……」
「言ったな!?約束だぞ!」
そういうと宿泊客は部屋に戻って、おかみさんに銀貨一枚を支払い、てきぱきと荷物をまとめて隣の部屋に移動した。
試しに2号室の中をのぞいてみると……うーむ。掃除前の3号室よりはましだが、それでも床の汚れが目立つな。あのきれいな3号室に移りたいというのもうなずける。
おかみさんは臨時収入が入ったことでホクホク顔だったが、それとは対照的に渋い顔をしていたのがノエルである。
「今日は私があの部屋で寝たかったのに……」
そうかい。まあ、時間があったらほかの部屋もきれいにしてあげるからね。
「ポルカ、採用!」
「ポルカくん、明日からよろしくね!」
従業員用の部屋に連れていかれた俺に、採用通知が届いた。
ノエルの母親で、この宿のおかみさんでもあるこの人はベネッタさんという名前らしい。
そういえばノエルには妹がいるとか言ってた気がするけど……今はいないのかな?
尋ねることもできないけど、おいおいその辺りも知っていけたらいいな。
それと、雇われたけど、給料とかどうなるんだろう?その辺りも話し合いたい……話し合えない……
ま、まあ気にするな。明日は明日の風が吹くってな。
迷惑をかけることもあるかもしれませんが、一従業員として頑張りますんで、よろしくお願いします。
さて、もう夜遅いな。さすがにこの時間からモーター音を発していては、寝ている人たちの迷惑になるだろう。
今日の仕事はこれでおしまい。明日もまた火山灰の掃除と、もしかしたら宿屋の掃除もか、頑張ることにしよう。
これもう掃除機じゃなくね?とかいうツッコミは無しでお願いします。




