Hero is not necessarily justice.~前編~
サブタイトルの意味は『ヒーローが正義だとは限らない』です。
前回とは趣が多少異なるモノになっております。気に添うかはわかりませんが、楽しんでいただけたらさいわいです。
濃い緑の衣に白の法衣を身に着けた彼女は、最後に見た半年前よりもふっくらとして血色がよく見えた。
それでも、痩せていることには変わりはないが。
「……どうして、貴方がここに居るの?」
「どうしてって。君を迎えに来たんじゃないか、シア」
息を飲む彼女に向かい一歩踏み出す。
煌めくアメシストの瞳に黒い艶やかな髪―――は、あれだけ愛おしんだ長い髪は、肩の上で綺麗に切り揃えられていた。
僅かな不快感が湧き上がってくるが、かつての生で得た知識が“短くても可愛いな”と思わせる。
それにしても、わかってはいたがこの世界の奴らは頭のおかしな奴ばかりだ。どこをとって見てもシアの方があのビッチよりも可愛いのに。比べるのも馬鹿らしい。
これからは、ずっと一緒だよ―――。
私が嬉しそうに微笑むと、炎に照らされていてもわかるほど顔を青ざめさせたシアが震えた。
◆◇◆◇◆◇
私には前世の記憶がある。
ここではない世界、日本という国で生まれ育った記憶だ。くだらない人生だった。資産家の両親を持ち頭もよく恵まれた環境だったが、愛情の欠片もない家庭だったため、『俺』は他人を愛することを知らなかった。
女も友人も、必要な時に金を見せればいくらでも寄ってきた。
そんな『俺』には幼馴染みがいた。ひとつ年下の男だ。こいつは『俺』とは正反対の善良な人間で、どこかで災害があると聞けばボランティアに向かい、誰かが困っていると聞けば無償で金を貸すような馬鹿な奴だった。
「お金はまた稼げばいいよ」「泣いている人を放っておけないんだ」
『俺』が苦言をこぼす度に奴は困ったようにそう言うと、最後は決まって嬉しそうに言った。
「心配してくれてありがとう」
そして奴は22歳の若さで死んだ。死因はボランティア先で強盗に遇い殺されたのだ。
……ああ、くだらない、本当にくだらない。善人は悪人に搾取される世の中なのに。なあ? ちょっとは考えてみればわかるだろ? 真面目な人間ほど損をする世の中なんだぜ?
どっかの病院の病室を見てみろよ、まともに働かず国に食わせてもらってきた害虫が、さらに己の命を惜しんで国の庇護にすがり付き生き長らえている。
真面目に働いて税金を納めた人間の方がストレスでボロボロなのはよくあることだ。
生気の無い顔でスーツを着たサラリーマンが営業回りをする横で、パチンコに出入りすり生活保護者がいる。『俺』はそんな光景を実際に見てきた。
だから『俺』はお前に言ったんだ、善人は早死にするぞ、と。
……それでもお前は笑ってるんだろうな、あの笑顔で。
「まあ、仕方ないよね」と。
それから10年後に『俺』は死んだ。死に方は……まあ屑に相応しい死に方だったよ。
そして気が付けば、全く異なる世界でカーゼナン・ルスリアとして新しい生を得ていた。
私の中にある『俺』の記憶はまるでどこがで読んだ物語のようで、カーゼナンと『俺』は全くの別人格であり不快な記憶でしかなかった。
だが、だからこそわかったこともある。
神の寵愛を受ける者は世界から救い出される為に早死にするのだと。死の先にある世界を知る者から見れば、肉体を持ち生きるこの世界は狭い箱庭であり、苦痛でしかないのだ。
神は常に観ている。足掻く人間の姿を。慈しみ努力を知り日々を生きる喜びに感謝する善人の姿を。また苦しみながらも業の渦に飲まれ、這い上がろうと他人を巻き込む悪人の姿を。善人も悪人も等しく神の子だから。
そして悪人の魔手から守るため善人を箱庭から救い出すのだ。『死』という救いをもって。
産まれてすぐに平民の子として育てられた私は、7歳になってすぐ父親の元へと引き取られた。強い潜在能力の片鱗を見せるようになったからだ。
私は覚めた子供だったが、けして残酷では無かったと思う。それなのに貴族社会に馴染むにつれて私はこの世界を壊したくて堪らなくなった。
私が最も嫌う『俺』の根幹にあった選民意識が、この華やかで贅沢な空間ではそこかしこで見られるのだ。というより、貴族は選民意識と虚栄心から成り立っていると言ってもいい。
―――人間なんぞ、死んでしまえば同じなのに。貴族だからと言って天国に上がれる訳でもなく、ましてや平民だからと地獄に堕ちる訳でもない。
私と同じ年齢の子供でもそれは顕著だった。その親の態度など押して知るべきだろう。
しかし貴族の子供として生きていく以上、社交は人生を左右する重要な軸だ。顔で無邪気を装い心で見下しながら、子供社会を乗り切っていくなかで私は彼女と出会った。
黒い艶やかな髪に深いアメジストの瞳。真っ直ぐに私を射抜く瞳は深い知性を感じさせた。
「初めまして、カーゼナン様。ファウゼン・アブスターが二女、アレイシア・アブスターです。どうぞよろしくお願いいたします」
およそ8歳とは思えない淑やかさで淑女の礼をとる。
その落ち着いた仕草と黒髪に惹かれ彼女と話をするうちに、すぐに心を許せる存在へと変わった。
元は平民の育ちである私を馬鹿にすることもなく、様々な話を聞きたがった。あまりに話をねだるので、前世の世界の話もしてみたが、それすらも彼女は嬉しそうに聞いてくれた。
「では、そのスマホと言う物には精霊が入っているのでしょうか?」
「うーん、精霊ねぇ。ある意味そんなものかも知れないね。沢山の知識を保有しているのだし」
「それは凄いですね、カーゼナン様。わたくしも見てみたいです。それはどこにあるのですか? 平民は皆持っているのでしょうか?」
「いや……。スマホは外国にあるんだ。ニホンと言う国にね」
「ニホン、ですか? ……申し訳ありません、わたくしの勉強不足で恥ずかしいのですが、そのような国名聞いたことが無くて。どのような所か詳しくお聞きしてもよろしいですか?」
元々が純粋で、子供らしい好奇心に満ちたアレイシアは、私の話を不信に思うこともなく受け入れた。それでけでなく、彼女は聞いた話を自分なりに分析し理解しようとしてくれた。
私の中で逢う度に彼女の存在は大きくなっていき、半年後には許嫁となっていた。
嘘も見栄もなく、知識を好み、素直に微笑むシア。
正式に婚約が整った10歳の頃には、もう彼女の存在無しでは私の人生は語れなくなっていた。
だから12歳の時、神剣の継承者に選ばれた際に彼女にも同じく神杖の継承者になるように促した。
闇魔の王はだいたい百年毎に復活すると言われているが、10年前後ずれることはよくある。復活する年は誰にもわからないのだ。
継承者となる者は独身であることが暗黙の了解としてある。私だけが継承者に選ばれた場合、彼女は違う男に嫁ぐ可能性が高くなるのだろう。それだけは阻止したかった。
「御武運をお祈りしております、ゼナン様」
そう囁いた彼女の瞳が不安そうに揺れていた。その不安を払拭させるように私は微笑む。
シアは同年代の女子に比べると背が高い方だろう。それでも私より頭半分ほど低い。
私達は14歳になっていた。今日から神剣の継承者として討伐が始まる。訓練ではない実戦が始まるのだ。
「大丈夫だよ、シア。必ず君の元に戻ってくるから。どうか笑顔で見送ってほしい」
そっと抱き締めて艶やかな黒髪に指を絡ませた。じっと動かないシアをしばらく抱き締めていたが、あまりに動かないので少しだけ体を離して顔を覗きこんだ。
上目遣いの潤んだ瞳から透明な雫が一粒転げ落ちた。丸みを残した白い頬を滑り落ちるそれを視線で追えば、赤い唇に目が止まった。
この赤味は紅を引いているのだろうか―――。
ふとそんな疑問が意識に浮かんだ。確かめてみよう、と深く考えずに唇を寄せた。
触れた唇は静かに離れた。張りはあるけれど乾いた感触に紅は引いてないな、と理解する。
真っ赤に染まったシアの顔を見て、自分のしたことも同時に理解した。
内心は焦りまくっていたが表面は取り繕って、口を開く。
「うん、何よりも強力な御守りを貰ったしね。必ず帰ってくるから心配しないで」
「……はい……」
消え入りそうな声で返事をしたシアを残して私は仲間とともに討伐へと向かった。
闇を纏った獣が無音で大地を蹴った。
一瞬交錯した視線で奴の考えが手に取るようにわかった。
私は神剣で獣の牙を受けると脇腹を蹴り上げ、背後に下がって距離を保つ。
「ゼナン! 後ろからも来てるぞ! 気を抜くなよ!」
「わかってる、ニルス! 奴の目を狙え!」
背後から襲ってきた長い手足を持つ猿のような獣を、振り向き様の一刀で地面に叩き落とす。
私のすぐ耳元を矢が翔んでいくと獣の両目に突き刺さった。断末魔の叫びを上げる獣の喉元を水平に切り裂く。
他の仲間の様子を見れば、粗方の魔物を刈り取ったようで各々が事後処理に追われている。
「ちくしょう……」
小さな声に気が付き慌ててその主を探した。木にもたれかかるようにしてニルスが地べたに座って荒い息を吐いていた。
「大丈夫か、ニルス。怪我したのか?」
よく見れば革の鎧は切り裂かれ、赤い血が地面に大量に滲み出ていた。私は息を飲んで直ぐ様治癒魔法を唱える。
「すまないな、ゼナン」
「いい、喋るな。傷は塞げるが血を補うことは出来ない。ニルスはしばらく基地に戻れ」
日に日に魔物は強くなっていく。戦える者と戦えない者と自然と選別も厳しくなる。
ニルスは13歳の時に仲間を組んでもう3年になる。彼の腕ではこれ以上の敵が出てきても足手まといになるだけだ。
弱い者は死ぬ。これはこの世界の絶対の掟だ。
私はこのニルスと言う男の中に、かつての生で失った親友の姿を重ねて見ていた。ニルスもとてもいい奴だ。朗らかで努力を知り、思いやりがありいつも笑顔で人生を謳歌していた。
そう、まさしく神が好みそうな善良さ。
私は内心の焦りを隠してニルスの肩を担いだ。ゆっくりと立ち上がると、それでも痛みにニルスの喉元からくぐもった声がもれた。
「我慢しろ、早くこの場を離れないと、血の匂いに他の魔物が寄ってくるからな」
「へへ、すまないな。―――出来れば、最後までお前に付き合いたかったんだがなぁ。本当にすまない」
ぐっと唇を噛む気配に、慰めるように背中を軽く叩く。
その怪我をきっかけにニルスは討伐隊から抜け、学生へと戻った。
私は安堵していた。これでまた親友を失わずに済むと、なぜか思い込んでいた。
けれどそれから一ヶ月後、ニルスの死を聞いた。死因は学生に戻る前に参加した一般兵のみの訓練中の事故だった。
その報せを受けたのは久し振りの学生生活を満喫している時だった。愛しいシアと昼食を済ませ中庭のベンチに腰掛けていると、ニルスの兄が声をかけてきたのだ。
涙を堪えた兄の報せに私はしばらく自失していたようで、気が付くと兄の姿はなく心配そうなシアが静かに寄り添いながら背を撫でていてくれた。
「……シア……」
思わず彼女のぬくもりにすがり付いていた。
寒い、寒い。この世界は―――いや、生きると言うことはこんなにも寒くて冷たい。
暖かくて優しいものからどんどん奪われていくのだ。
寒くて冷たい生だからこそ、人は寄り添う相手を求めると言うのに。それが全て奪われていくのなら―――。
「ゼナン様、お顔の色が……」
そっと、彼女の指先が頬に触れた。
その暖かさに安堵した瞬間。私はある可能性に気付き心臓が凍える程の恐怖を感じた。
もし神が善人を好むと言うのなら、シアもまた奪われるのではないのだろうか。
彼女を抱く腕に力を込めた。
私の人生で欲しいものはただひとつ、シアだけだった。
地位も名誉も金も、私なら身ひとつで手にいれる自信があるし、正直それらのものには魅力を感じてはいない。
初めはシアを手にいれるために、私は神杖の継承者となることを彼女に薦めた。
だが実戦を重ねる毎に現実が突き付けてくる戦場の無情さに、その考えも揺らいでいった。戦いの場において一番に狙われるのは力の弱い彼女だろう。しかも神杖は回復と付与魔法を主とするので、彼女自身の防御や攻撃は周りの人間がするしかない。
実際のところ、命の危機にシアを優先することが出来るような男は私くらいだろう。
しかも努力をする彼女が神の目に留まる可能性が出てきたのだ。
かといって、彼女の夢でもあった継承者を断念しろとは言えない。しかもそれを諦めるということは、他の男に彼女を取られるということでもある。
これらの矛盾を解消する方法はただひとつ。シアを神杖の継承者から外し、彼女の親に婚約の継続を認めさせ、多少嫁き遅れと呼ばれる歳になっても彼女を必ずめとると信じさせることだった。
とはいえ、これが非常に難しい。貴族の常識から言えばはっきり言ってありえないことだ。
たとえ時間がかかっても説得しよう。幸いなことに神杖の継承者は16歳の卒業時にも確定しなかった。
少なくとも後4年の猶予がある。
私はそう、焦る心を宥めていた。
だが、ある日状況が一変した。
異世界の少女、沢渡由姫が現れたのだ。
「……あの少女のような人を、神に愛されていると言うのでしょうね」
18歳になったシアは玲瓏な美女へと成長していた。
その控え目な笑みもしなやかな白い指先の動きも、凹凸は少ないが柳のような優美な肢体も、常に潤み真っ直ぐに見詰めてくる紫の瞳も。
全てが男の雄を刺激する色気を纏っていた。
どこか遠くを見詰める彼女の肩を抱き寄せると、そっとこめかみに唇を押し当てた。
「神に愛されているって……、あの少女がかい?」
シアは静かに瞼を閉じるとどこか自嘲気味に笑った。
彼女にしては珍しい、嫌な笑い方だと私は眉をひそめる。
「はい、そうです。ゼナン様はそう思いませんか? 誰からも愛される容姿を持ち、努力をせずともあんな強大な魔力を有しているんです。わたくしはあの少女が羨ましい」
シアの言うとおり、沢渡由姫の力は凄かった。まさしく彼女が自分でいった通り「チート」そのものだろう。
だがそれがなんだというのか。私もそうだがあの由姫という少女も『駒』なのだ。
神に愛されると言うのはそんな力のことではない。
そう。あの由姫という少女は『駒』だ。私と同じく継承者となるための。
この馬鹿らしいイベントを消化するための盤上の駒。
―――100年に一度復活するって、なぁ? まるでゲームのようじゃないか? 『俺』よ。
だが、それならそれでいい。シアが継承者でなくなるのなら、むしろ由姫の存在はありがたい。
しかも都合のよいことにあの少女は私の外見に一目惚れしたらしく、やたらと周囲を彷徨きなんとか私の気を引こうと自ら継承者へと立候補した。
好都合だと、私もそれを後押しし正式に継承者として闇魔の王の討伐隊へと参加が内定した。
それからしばらく後に闇魔の王の復活が確認された。




