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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第九十六話 黒ノ通ウ愁イノ心

 

 屋敷の本部長という男が現れ、ザイヴたちの敵である男の仲間である女の方を任されたオレは、以前屋敷でもらった武器を両手に衝突していた。戦闘面で指導を受けているわけではないオレにとっては、変にやりにくい部位を狙われ、動きにくい。


「お前、なかなかやるな?」


 互いに距離を保ちながら、また繰り返し武器を交える。女はその身なりからは想像できないような動きで、オレの動きを抑えている。こうして剣を交えることで分かるが、相当な手練れだ。


(強ぇ……)


 魔物と戦った時とは大違いだ。一つ一つの動きが繊細で、オレに自由を与えない。今は女に誘導されるがままに振っているだけだ。


「けど気にくわない」


「オレからしたらテメェらだ! よくも棚に上げられたもんだな!」


 勝手ばかりをこちらに要求する、何て強欲な奴らだろう。ザイヴが言った通り、敵勢力が青郡に来てしまった。運が良かったのは、オレ以外は地下にいるということくらいだ。偶々食事時だったのが幸いした。

 しかし、この状況。屋敷がどうなっているのかは分からないが、本部長という立場の人間が動いているのを考えれば良くない事態にあることは明確だった。


「このっ……ガキが!」


「ガキで悪かったな! 女は失せとけよ!」


 力及ばずとも、青郡を守らなければ。ザイヴと約束したのはもちろん、オレ自身にそうしたい気持ちがある。


「【辻斬り】!」


 前に木で試した時に、細刃よりもよく切れることに気付いた。同じ技を、違う武器で操れることがあるのかと思いながら、刃を女の周りに巻き付かせる。ホゼには(かえ)されたが、この女になら効くかもしれない。しかし、女は一向に動かない。


「それで動きを止めたつもり?」


 つまり、女はそう捉えたということだ。これは、動きを封じるためのものじゃないということを、直々に分からせればいい。驚くか、その瞬間に逃げるか。


「粉々になっても知らねぇぞ!」


 グッと力を入れて、一気に腕を引く。すると、やはり簡単に、女の体を切り刻んだ。体全身、どこもかしこも傷だらけになった。相手が女だというだけあって多少の罪悪感は感じたが、敵である以上無理矢理目を瞑る。


「あああぁぁああ!!」


「……っ、去れよ。殺したくはねぇんだ」


 残る刃は女の首元。引けば首にある動脈をぶつりと切ってしまえるが、オレが簡単に奪える命は存在しない。だからこそここで手を止めたが、同時にオレの手は僅かに震えていた。


「ホゼ……、話が、違う!」


「怖じ気づいたか、元殺し屋のくせに。帰りたければ帰れ」


 手練れだと思えば、どうやら殺し屋の職をしていたらしい。その腕に納得がいったが、そんな奴にこれだけの傷を負わせただけ、オレの成果は残したのではないかと、心の隅で感じていた。


「っ……!」


 女は、巻き付いている刃を自ら弾き飛ばし、姿を消した。首を左右に振って姿を見つけようとするが、一瞬のことで目が追い付かなかった。

 逃した、そう思った直後。俺は、ひとつの方向にその姿を捉えた。


「! 危ねぇ!」


 オレは、ホゼを相手にする師公に、そう叫んだ。






 足に怪我を負ったところで、俺がすることは変わらない。大剣はあの後、俺の付近に落ちていたため思い切り遠くへ蹴とばした。黒靄ヘイズをそこに近づけないようにしながら、俺は剣銃レードガンでホゼに対抗していた。


「っ面倒な……! 本部長が何で……!」


「お前の行動については、すでに全屋敷が知っている」


 そう、本部からの伝達は東西南北、すべての屋敷に行き届いている。これ以上の自由は不可能なはずだ。

 ここまで追い詰められていると思っていなかったのだろうか、その顔には、今までにない焦りが表れていた。そろそろ終わらせようと、剣銃に弾を装填し、ホゼに向け引き金を引こうと指を曲げかけた時。


「危ねえ! 上だ!」


 ギカ君の声が、嫌でも耳に入った。やばい、と言いたそうな顔で、俺に駆け寄って来る。上を見ると、ギカ君が使用していた刃が降ってきていた。


「ったく……あれでどうにかしようって考えるのは勝手だが甘すぎるだろ」


「ふん、あれで元殺し屋だぞ。ただで引くものか」


「当然だろ」


 上方から女の声が降ってくる。ギカ君の刃がある程度落ちたところで、自身が届く限りの上空で刃を持ち、一直線に俺の方に落ちてきていた。なるほど、確かに殺し屋を名乗っていただけのことはある。

 落ちてくる刃を持つ女の腕を掴み、思い切り引いて背後に投げる。女を投げた先に向いたその直後、背を向けたホゼに動きがあるのは分かる。低く姿勢を保ち、剣銃をホゼの胸の辺りに突き付ける。


「ちっ……」


「……面倒だ」


 躊躇うことなどない。剣銃を上に振り上げると、ホゼの上半身に傷が入りその体は地面に叩きつけられた。出てくる血の量から、結構深く入ったことを確認できる。そのまま間髪入れず、赤く染まった剣銃を少し上に放ち、逆手に持つ。


「づっ……っ」


 俺は前を向いていながらも、後ろを向いた刃は、立ち上がった女の喉もとを正確に捕らえた。我ながら、その正確さは完璧だ。ついでに、女が持つギカ君の刃を返してもらわなければ。


「ギカ君、細牙を取れ」


「細牙? あぁ、あれか。細牙ってーの?」


「まあ、屋敷にあった武器だからな。……俺が適当に言いやすくつけただけだが」


「えっ、もしかしてそれ今すか? まあいいや、使わせてもらうぜ」


 女が弾いた刃をその手から抜き取り、再び元の細牙の姿に戻した。ギカ君が無事、細牙を取り戻したところで、倒れていたホゼが立った。そしてまるでこれだけでは終わらないと言うようにニタリと笑んで、一言放った。


「……向こうにいるのは、シンマだけじゃねぇぞ」




△ ▼ △ ▼


 零下の炎が揺れる。ルデは本気だった。黒く怪しく散らす火が、それを表していた。目の前で見るのは初めてだが、本当に真っ黒で、炎かどうかも分からない。ただ、近づくと確かに熱を感じた。そして、同時に極度の冷たさも。


「でたらめな動きだな、くそっ」


「体の柔らかさがありえねー、何だよその動き……」


 ラオと俺は、武具を振って、できるだけシンマを一定の位置に留めさせようとしていた。ガネさんは、俺たちの援護ができるよう、後方から針術をかけてくれている。穏慈も薫も何とか動きを止めることに徹しているが、かなりの柔軟さをもった体に、苦戦させられている。


「どうしたよビルデ、動きが悪ぃぜ」


「貴様から見ればそうやも知れぬが……それで勝っているつもりか?」


 いかにも一瞬で灰にしてしまいそうな豪炎が、ルデの手から発せられた。そこからは、紛うことなき確かな冷気を感じた。


「氷火よ、貴様の動きを止めるには充分じゃ」


 両手指を合わせ、中指だけを折り畳んでいるのが見えた。何かの能力を発生させようとしていると踏み、シンマから少しだけ距離をとった。


「氷火、て!」


 そこから発せられた零下の炎は、意思を持つようにシンマを捕らえた。そのままシンマを地面に叩きつけたことで、痛々しい音が聞こえてきた。


「いっでえ……!」


「氷火、()せ!」


 今度は人差し指だけを折り畳んで、そう言った。すると、火の色が白に変わり、蒸気のようなものが出始める。冷気なんかではない、むしろ、途轍もなく熱そうで、皮膚が焼けるような音と臭いがする。


「がぁぁあああ!!」


いたいじゃろうて。のぉ、シンマ」


「てめえぇえっ!」


 焼けた腕と背中は、直視するにはあまりに酷で、思わず目を逸らしたが、シンマはその状態で、ルデに掴みかかる。何をするかと思えば──直後、えぐい音を響かせた。


「ルデ!」


「ぐ……っ、ぎっ……」


 シンマの指は、ルデの右目を容赦なく突いていた。流れてくる血の量と、捕らえられた目に、足先からピリッとした感覚を覚えたのと同時に背筋が凍った。


「シン、マ……!!」


 いくらなんでも、苦い顔になる。痛みを通り越しているだろう。合わせた手を離したことで、シンマにかけていたものが外れたらしい。ルデの手元には、炎はなかった。


「このまま眼球くり貫いてやる!」


「穏慈!!」


 思わず、穏慈にルデを助けるように声を上げた。あまりに見ていられない仲違いに、俺よりも早く力を貸せる穏慈に助けを求めた。





 吾を案じてくれておるのか。本当に、人は解らぬものよ。吾とシンマの問題に、半ば無理やり首を突っ込ませたにも関わらず、必死に吾を庇おうとしている。

 せめてそれに応えられるよう、掠れる意識の中、また指を合わせ、親指を折る。今度は、直に与えてやろうぞ。


「氷火、()て!」


 バリッと剝がれるような音と共に氷が張られ、それはシンマの腹と胸を突き刺した。


「……っ、往生際が、わりぃな」


 我の目玉が潰れる音と、爪で吾の首を刺す音が、聞こえた。その直後に、吾の体は大きな魔物によって宙に浮いた。吾の意識はほとんどはっきりしないまま、ただただ血の流れる脈音が、頭に、体に、響いていた。


「……やっ、ぱ……強ぇ、よ」


 遠くから声が聞こえる。あの深手で、まだ生きているようだ。生命力が強いのか、魔物としっかりと融合しているのか。いや、やはり弱点となる繋ぎ目を断っていないからか。途中から、その目的を忘れていた。どこかでシンマが生きていてほしいと。そう思っておったのかもしれない。


 ─死が怖くないのかと聞かれると、誰しも否定するものだ。吾が何もできずに、シンマがバラバラにされたこと。恐怖したことだろう。いや、そんな感覚すら味わっておらんかも分からん。唯一の、友人だった。吾に関わったせいで死に行くならば、吾がこの身をもってして、終わらせてくれよう。とにかく、このままではいけない。シンマを、解放してやりたい。




「ごほっ……」


 吾の口から出るのは、生温く、妙にどろっとした、赤い液体。大きな魔にシンマから引き離され、横に寝かせられて落ち着いているからか、先程よりは意識がある。しかし、この空気が抜けていくような音は、どこから聞こえるのじゃろう。


「……おい……っ、ルデ……」


 あぁ、久しい。奴の口から、また昔のように名を呼ばようとは。この呼び名をつけたのも、シンマであったことを思い出した。


「……っ約束、だ……。話……聞かせろ……」


 這いずって近づいてきたのだろう。吾が見た先には、血を擦った道ができていた。シンマも全身血だらけで、息も絶え絶えに必死で口を動かしている。本来なら、この状態では互いにあまり喋らぬ方がよいが、その約束は吾が出したものだ。


「おぉ……そ……じゃ、げほっ」


 首を刺された時に、声帯まで傷ついたのかもしれない。うまく言葉を発せないことに気付き、どうしようものかと考えた。


(無理か。仕方ない……)


 言を発する魔物を喚び出し、代弁してもらおうと、心のうちから魔物に伝えた。すべて抜けなく、シンマに伝わるように。


『……謝りたいのじゃ。あの時のことを。吾は貴様を守れなかった。力も心も、強くはなかった吾を、許してほしいんじゃ』


「はっ……笑わ、せんな……。もう一人の、里人……融合不立で、血飛沫上げて死んだんだぜ……今更……っ」


『全ては、人に関わった吾の過ち。貴様を朽ちさせたかったが、無理じゃ。シンマだと知った上で、吾は殺せぬ。謝りたかっただけなんじゃ。……すまん、本当に、死んでも詫びきれぬ……』


 わらわらと、喚んでもいない魔物も出てきた。こう見ると、吾も大層な魔を従えているものだ。血塗れの吾を見て、勝手に出てきた魔物たちは慌てふためく。吾の力が薄れているせいで消失していく魔物を、何体か見た。


「……くそっ、てめぇは……関係ねぇだろ……。奴らだ、全部……!」


『……シンマよ。死に向かうならば、共に朽ちても構わぬ。独りでは死なせぬ。しかしもしも生きた時は、また共に生きようぞ』


 吾の言は、もう止まる。体力的にも限界じゃ。魔物を出すのも、相当力を絞らなければ維持できない。

 あぁ、死とはこのことをいうのか。本当に、恐ろしい。覚悟をしていたとしても、覆すことができるのであればそうしてほしいと。僅かでも願う己がいる。


「……ルデ、お前……が、必死だったの、オレ、分かって……げほっ、がっ……で、も、……悔じくて、何かに、当だらねー……と、いられなかっ……がはっ」


 言葉を発しながら、どうにも吾を泣かせようとしているようにしか思えん。そうか、そうだろう。酷な目に遭って、なお別の存在として記憶もって生きていて、動揺しただろう。苦しかっただろう。そうしてしまったのは、助けられなかった吾だ。


 ─シンマよ。吾があの事件から目を背けようとしたことも、どうか許してくれ。お前の無残な姿など、初めてできた友の無念さなど、考えるのも、思い出すのも悍ましく。忘れたくて、仕方がなかったのだ。





「こんな思い、誰かがしないといけなかったのかな」


 ルデとシンマは、本当は互いに分かりあっていた。それなのに、事件の結末はこんなに時間が経った今、こんな形で伝わりあって。それは、本当に避けることはできなかったのだろうか。


『……さあな』


 事件を起こした集団が、今何をしているのかは分からない。ただ、こうした苦しみを与えてまで実行したかった融合と、融合したモノの使い道は、一体何だったのか。それは、必要悪だったとでも、いうのだろうか。

 それは、認められない必要悪だと、俺は思う。


「俺は、自分に置き換えたら、多分耐えられない。……そういうことだと、思うよ。こんな結果にはなったけど、やっと通じたんだ。だったら、俺たちは首を突っ込まないで、二人が決めたらいいんじゃない?」


「……うん。そうだね。ルデに、シンマ。ちょっと、休んだらいいよ」


 これまで抱えてきた苦しさと、出し切れない重苦しさからも、解放されていいのだから。




「……! ザイ君ラオ君、伏せて!」


 ルデとシンマが、二人で並んで休息をとるように、消えそうな呼吸をしているのを横目に立ち去ろうとした。

 しかし、何かを察知したガネさんの叫び声で、このやりきれない心のもやつきは、一瞬で抹消された。



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