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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第九十五話 黒ノ恐レガモタラスモノ

 

「ガネさん! 何で……」


「ホゼの動きが進んで、青精珀を狙っている可能性が高まりました。同時に君たちも狙われるということで、ついでに加勢に来ました」


 屋敷に残ったはずのガネさんが、俺たちの元にいる。わざわざガネさんが俺たちを追ってきたというが、時間も空いたはずで、よくこの場所を特定できたものだ。限られた時間でこの行動を可能にできたことは、“凄い”の域を超えている。


「……へぇ、守りに来たってことか。なるほどね、これは確かに一筋縄じゃいかなさそうだ」


 どうやら、ホゼの身内とあれば俺たちの情報は伝わっているようで、ガネさんをじっくりと見てそう言った。

 加勢に来てくれたガネさんに、シンマは二つに分裂している状況を説明。さすがに一瞬驚いた様子を見せていた。


「一応片方(こっち)は押さえたんだけど、問題はルデの方の……」


「すまんが邪魔はしてくれるなよ」


 ガネさんが割って入ってきたことで冷静さを取り戻したのか、シンマをじっと見ていた。俺たち自身もどうすべきか考えるも、やはりルデが決断を下さないことには手を出せない。もちろん、無駄な争いは避けるべきだと思う。


「別に邪魔をする気はありませんが……ただ、僕たちに話したことが全てなら、伝わらないことはないはずです。殺したくないなら、最後まで貫いてください」


 ガネさんから発せられた言葉は、確かにルデに伝わったようで、俺たちが抑えているシンマのことも、そのままにしていてほしいと頼んできた。俺たちが反抗する理由はない。穏慈には悪いが、しばらくそのままでいるよう言った。


「……貴様の言う通りじゃ。そうすることにしよう」




 ─ダチになろうぜ!


 そういわれた日から、吾は少しばかり変わってしまっていたのかも知れん。ただ、不思議に思いながらも、純粋に嬉しかったのだ。独りだった吾には、少なからず救いだった。

 内心は動揺していた。こんな知りもしない、ましてや正体が魔物である吾を知ったら、どうなるのかと。


「シンマよ。今貴様は何を望むか」


「……っは、希望なんてその辺の埃と同じだ。オレにはいらねぇ」




 会話を耳に挟みながら、穏慈の足元に異変を感じた。徐々に、小刻みに揺れ始めた片割れの頭が、カタカタと不気味な音を放ち大きく揺れた。しきりに向きを変え、頭はついに一回転するほどまでにぐらついていた。


「……セイ、……マエノ……」


 震えながら、それは言葉を繋いでいく。何度も呟くその言葉は、数を重ねるうちにはっきりと聞こえてきた。薫がシンマに近づき、状況を間近で見ようとした時だった。


「お前のせい……? うわっ!」


「!! うっ、ザイ、見ない方がいい……」


 それは、放たれる言葉が分かった瞬間でもあった。それの頭はもがれ、ごろりと頭だけが転がった。頭は未だに小刻みに動くままで、俺たちは気分を害した。


「穏慈……何かした?」


『いや。気味の悪い……もう放すぞ』


 怪異の口から“気味が悪い”と出るとは、やはり普通ではない。勝手に頭だけが外れたらしく、体が動く気配はないが、あの音はまだ聞こえていた。もう一方のシンマはといえば、未だに不穏な空気のまま、ルデと話を続けていた。

 向き直り、再び地に伏すそれを目にすると、体の方の首から、だらりと大量に血が流れ始めた。流れる血が、転がって止まっている頭の下をたどる。その血のせいか、偶然なのか、突拍子もなく目を開き、ぎょろぎょろと眼球を動かした。


「……!」


 この現実に恐怖しないわけがない。頭がおかしくなりそうだ。俺やラオの様子を見かねたガネさんは、見ないようにした方がいいと、その間に入って来た。

 穏慈と薫も、そこから少し距離を取る。


「ご、ごめん。こんなことのために呼んで……戻って、大丈夫……」


『……そんな状態のお前たちを放ったまま戻れるか。何もせずとも、ここにいてやるくらいどうということはない』


『まさか、貴様までそんな莫迦げたことを言うつもりではないだろうな、ラオガ』


 むしろ、そんなことを言う薫の顔の方が恐ろしい。ラオは黙って首を横に振った。怪異の姿の二体は、ガネさんと同じように、見る必要のないものが俺たちの目に触れないように、壁になってくれた。






「……お前は、オレが何で記憶を見るか。分かるか?」


 そんなこと考えたくもない。と、そこで口を閉ざしていると、シンマは一か所熱で曲がったままの爪の武器を構えて言った。


「この状態で記憶とられちゃ死んだも同じだろ。そんなの、嫌だったんだよ!!」


 爪先が吾の鼻先に触れるか触れないかというところに置かれる。

 シンマの言う“死”は、確かに吾も恐れるもの。いや、生ける者は間違いなく最後にはそこに辿り着く。すべての生をもつ者は、きっと皆恐れるはずだ。己を失うことを。己が消えてしまうことを。


「……それは、分からぬわけがない。吾も然りじゃ。しかし、貴様の肉体は死にながらも、融合という形で今生きておる。それは、世の理に反することじゃ。それでも、貴様が生きていたことは、吾にとって予想外でありながら、向き合わねばならん時ということじゃろう」


「オレを見て怖くなったか」


「昔のこととはいえ、吾は貴様の肉体を滅ぼしてしもうた。守れず苦しめた事実は、思い返せば怖くもなろう」


 また失うのは、傷つけるのは、ご免だと。そう思う。あの時のことが謝罪一つで許されるとは到底思わない。だから、吾も苦しくて仕方ない。


「じゃあ詫びて死ねよ」


 シンマの爪は上を向き、勢いよく降り下ろされた。風を切り裂く音と、皮膚が切り裂かれる音が同時に聞こえ、次の瞬間には、吾の両腕は真っ赤に染まっていた。痛みを堪えながら、零下の炎を出すが、思うように腕が動かない。


「チッ、こうも通じぬとは……全く、口惜しいものじゃな……」


 無理矢理に笑むが、余裕などは微塵もなかった。






 ルデが大きな怪我を負ったのを目にし、思わず俺もラオも武具を構えたが、それはガネさんに制止された。

 確かにあの二人の問題に俺たちが入っていくことは野暮なことかもしれないが、無意識に俺たちの体は動こうとする。


「……はあー」


 止められて一呼吸おいて、もう一度顔を上げようとした時だ。崩れた方のシンマが、また大きく、カタカタ音を上げて動き出したことに気付いた。加え、今度は切り離された体も動いた。四つん這いで立ち、その首からはまだ血をボタボタと垂らしながら、ゆっくり、ゆっくりと俺たちの方へ向かってきているようだった。


「……っ!」


『少し下がれ』


「……不愉快極まりないですね……二人とも、少し距離を取りなさい」


 後退りながら、その血で濡れた手足が地に着くたび、ぺたりぺたりと嫌な音が耳につく。血の気が引くのが分かる。まるで人食いの霊から息を潜めて隠れているような、いや、確かにその通りの状況になっていた。ラオはガネさんたちと俺の間に入り、極力俺を遠ざけようと立ってくれている。俺の心臓の音が、呼吸よりも大きく聞こえてきた。足がすくみ、思わず手で口元を抑えた直後。それは、血を辺りに撒き散らせながら、俺たちに向かって飛びかかる。恐怖で、声が喉もとで引っかかった。


「……!!」


『チッ、いい気になるな!!!』


 穏慈が腕で薙ぎ払う。次いで、ガネさんが針術を放ってその体に数本の針が刺さる。同時に唸り、まだこちらに敵意を向けるも、薫が思い切りそれを踏みつけて、それは動きを止めた。

 薫が離れると、腕が落ち、潰れるように体が崩れていく。内臓なんて構うことなく、体内のあらゆるものを外に出していた。


「……もう保たねぇか。仕方ねぇな」


 シンマは爪を持つ逆の手を上に広げ、グッと力を入れる。すると、崩れた肉体が浮き上がり、そのシンマに吸収された。残されたのは、流れ出た体液のみだった。


「変だな、ほんとは()()()()()()んだが……お前らか? ただの魔物じゃねーだろ」


 この段階で、シンマとしては予定が多少でも狂ったようだ。怪異の影響も考えられるが、その存在をわざわざ口に出す必要はない。話題を変えるのが適切だろう。


「さっきの、あいつは……」


「ああ、あれ? 感情の一部、ってとこかもな?」


 にやりと笑って見せるシンマからは、何とも言い難い邪気のようなものが溢れているように思えた。先程吸収されたシンマも、あるものをすべて吐き出すかのように流した末に、もとのシンマに戻っていった。

 それはもはや、死を恐れるシンマが融合して記憶を繋ぎ、どうしようもない感情を抱えている、そんな心の中を覗いたに等しいとも言える。

 そんな感情を視覚的に見て、やけに耳に残る音と、妙にうねる肉塊が頭から離れず、気分が優れないままだった。


「まーいっか。そんなに言うなら本気で勝負しようぜ。お前が勝ったら、話を聞いてやる」


「はっ、結局そうなるか。すまんな、この勝負受けるぞ」


「……まあ、それは予定の範囲内です。ただ、ザイ君とラオ君も戦闘態勢ですし、あなただけが相手にするとは限りませんよ」


 俺とラオは、武具を構えてルデに並んだ。気分はよくないけれど、関わってしまった以上、ルデを放っておけない。

 驚くルデを余所に、ラオはシンマに戦いを挑んだ。





△ ▼ △ ▼


 青郡付近。ホゼの教育師資格を剝奪するために出てきた俺は、すでに青郡の目の前まで来ていた。時間からして、ホゼと連れの女は青郡の中にいるはず。早いうちに確保しなければ、青郡で被害が出てしまいかねない。


「……役目は果たさなければな」


 そしてもう一つの目的。青精珀を守るために、速く進める足を、さらに速めた。俺が屋敷に来た一番の目的が、今やっと目の前に現れようとしているのだ。

 青郡に足を踏み入れかけたと同時に、人の気配というものを感じ取った。殺気と呼ぶようなものは感じられないが、念のために足音を立てないように近づき、様子が見える場所まで入ったところで、少し乱雑な物陰に隠れた。



「あれはどうやって運ぶんだ」


 ゲランが言っていた女だろうか。ザイヴ君と同じくらいの年頃と思われる少年が、問い詰められている。可哀相だが、ここで俺が出て行けば相手を刺激し、状況の悪化も考えられる。威勢よく場を凌ごうとする姿勢に、手を差し伸べてやりたいのを堪えて続けてその会話を聞いた。


「オレが知るかよ!」


「教えろ、知っているんだろう?」


「触ったこともねぇもんの運び方なんか知らねえって! いいから出ていけ、ホゼってやつのこたぁ知ってんだよ!」


「……どうして」


「銘郡の屋敷の奴に聞いたからだ!」


 互いに引かず、話は全く進展を見せない。あの女は時間でも稼いでいるのだろうか。それに、青郡にいるはずのホゼが姿を見せないことが気になる。


「……だったら、野放しにはできない」


「ざけんな、てめーらの勝手で振り回されてたまるかよ、出てけって言ってんだろ!」


 話が逸れ始めた。それと同時に、なんとも言えない気配が、女がいるところに近づいてきた。状況的にホゼの可能性が極めて高い。少年への危害が想定されたため、俺は静かにその場から離れた。




「ぐっ……!」


 皮膚を叩く音が、耳に障る。次いで、現れた男は少年の胸ぐらを掴み、足が着くかつかないかというところまで持ち上げた。


「吐け。お前は知ってんだろーが」


「知ら、ねぇ……って、言ってん、だろ……っ!」


 そんな状態になりながらも抵抗を続ける少年を助けるべく、俺は素早くホゼのその腕を強く握った。

 横にいた女は俺に気付かなかったのか、目を丸くして動きを止めていた。そして、ホゼの顔色もまた、変わった。


「なっ……お前!!」


「ちょっと、さすがにやりすぎだよな。ホゼ=ジート」


 少年から手を離し、そのまま俺の手を払おうと思い切り腕を横に振った。そこまでして掴んでやる腕でもない。払われるがままに手を離し、少年との間に立った。元教育師ともあれば、さすがに本部長のことは知っているだろう。


「手間取らせてくれたな。ホゼ=ジート。通報の通りの行動を確認。本部長の名の許、教育師資格を剥奪し、今後屋敷に近づくことを固く禁止する。破った場合……分かっているな」


 本部長のこの言葉は、教育師にとっては重い。そして、本部長による剥奪は、口頭のみで可能となる。緊急性の高い場合に面倒な書面がないことは幸いだ。


「あんた……本部長って、屋敷のか……?」


「無事か。名前は?」


「ギカ。……ザイヴから話聞いてる。あいつらのダチだ」


 その少年は、俺が味方だと察したのか、俺の問いに何の疑いもなく応じた。屋敷のことや、ホゼのことは知っていると言っていたところを見ると、大体の事態は把握しているのだろう。


「俺はルノタード、聞いた通り本部長だ。いいか、奴らは青精珀を狙っている。ザイヴ君のことも狙っているはずだ。止めるぞ、戦えるか」


 ザイヴ君に関連することのみを伝えると、ギカ君はさらりと受け取った。ここまで飲み込みが早いとなると、ザイヴ君の身のことも分かっているということだ。ザイヴ君が早めに手を回していたことで、面倒な説明が省けて助かった。


「また邪魔をするか!」


 俺が出てきたことで焦ったのか、ホゼは声を荒げて腰の大剣を構えた。ギカ君がホゼの相手をすることが無謀であることは明白。女の方がどれほどの戦力を持っているかは定かではないが、ホゼよりは荷が軽いはずだ。


「女の方を頼めるか、ギカ君」


「あ、おぅ……」


 あとは、青郡に来たはずの教育師も探さなければならない。こちらは姿を見せる気配もないため、不安を煽らせる。とにかくホゼを抑えてからにはなるが、どうにか無事でいてほしい。

 目の前のホゼは大剣を振りあげ、そう考える俺に一直線に向かってくる。


「その命、失くす覚悟でいろ」


「はっ、てめぇだろーが!」


 俺は手に持つ、剣と銃の二つの武器が備わる剣銃(レードガン)と呼ばれる武器で弾く。ホゼが離れた瞬間に、鋭利な刃先を奴に向けた。


「っと、さすがは本部長。戦闘はお手の物か」


「いや? 実戦は久々でな。体は鈍る一方だ」


 カーブを描くようにホゼの横腹に刃を置こうとするが、ホゼもホゼで巧みにそれを弾いて大剣を両手で振り上げる。上から来るかと思いきや、横振りで逆に俺の横腹を狙ってきた。もちろん、俺が反応できないわけがない。


「お前の剣は大きすぎる」


 空いている足で大剣の側面を思い切り蹴ると、簡単にそれを落とす。やはり大きな分、その重さは相応にあるようだ。


「ちっ、怖ぇ怖ぇ」


 黒靄ヘイズを放ち、大剣を包む。それはどういう原理でか宙に浮き、勢いをもって俺に襲いかかってきた。剣銃で止めることは可能だが、衝撃が大きすぎて後ろに押されてしまう。加えて、ホゼが黒靄で作り上げたらしい頑丈そうな刃のようなものは、俺を目がけて飛んできていた。


「っ……次から次へと」


 咄嗟に剣銃で防ごうとするが、その瞬間を見逃さないホゼは、大剣にかかる圧を変え、俺の意識を再度剣銃に集中させてきた。そのせいで、飛んできていた刃は俺の足─左腿に深く刺さった。


「痛ぅ……っ」


 血の量はそれなりで、痛みで足が震えてくる。刺さったままでは動きにくいということもあって刃を抜いたが、反動で余計に出血を促してしまう。それでも、気力だけで足を動かす。

 この傷を塞ぐ手立て(のうりょく)をもつものがいれば塞ぐこともできるが、この場ではどうしようもない。


「……まあ、とにかく早く終わらせよう。俺も責務が残っているからな」


「上等だ……」


 互いに譲らぬ状態で、場に静寂が訪れた。



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