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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第九十四話 黒ノ映ス期待ト崩壊

 

 ルノにザイ君たちの支援に向かわされてしばらく経つが、未だに彼らの居場所を突き止められず、森の近くを歩き回る。時間的にはさほど距離を取られてはいないはずだが、一体どこまで行ったのだろうか。そもそも、連絡の手段もなく一方的に探すのも高難度な話。あんなに簡単に託されるとは思わなかった。

 すぐそこには、茂りきれていない森がある。もしもここでシンマと遭遇したとしても、周りに被害が少なそうな場所だった。そういう理由で彼らがこの森に潜んでいるとは考えにくいが、この付近にはいるはずだ。どれだけの時間が経っているのかは定かでないが、彼らとの時差を考えても妥当な場所ではある。


「賭けてみるか……この森に」


 何となく、この付近のみ薄暗い。ただの森にしては、嫌な風、空気、とにかく僕が感じる中でも、良くはないと思えるものが漂っている。ここに居なかったとしても、彼らだって力はある。また探せばいい。

 ここに居てくれたら、幸いだ。



「……針術、【針境(アンビット)】」


 森で騒ぎが起きている場合を想定しての策。【針境】は、針で境界を作ることで術者を含む区域と周囲を遮断できる能力だ。つまり、空間を閉じ、森への途絶を行ったというわけだ。

 針術が成功していることを確認し、僕は森の中に入っていった。







 ─ビルデが相手をするシンマの片割れは、少し余裕を見せている。二つになったからか、少し鈍っているようでもあったが、それでも十分に速かった。少年たちが足止めしている方のシンマはというと、少年たちをじっとりと観察し、互いに動きを取れないままでいる。

 




「時が経っても変わってねーな」


「はっ、貴様は昔の姿を全く留めておらんな」


 シンマは、吾を覚えておるらしい。一度バラバラになった身で、尚も記憶は残る。幸か、あるいは不幸か。吾にとっては、記憶がない方が良かったかもしれない。その方が、互いに干渉しなくても済んだだろう。


「……吾は貴様を殺しに来たわけではない。貴様と話をつけに来たのだ」


「あぁ? 話?」


「そうじゃ。吾らは今や、真逆の存在であり、また似た存在である。そして、敵対する者であることが事実じゃ」


 それがどうした、と。シンマは吾に突っかかる。気に食わないのか、事実を的確に言われたからか。吾には判断しかねるが、ここは少し、冷静にいくべきだ。


「シンマ、吾を覚えておるのじゃな?」


「……だから、なんだってんだぁっ!!!!」


 瞬間的に間を詰めて、また吾を殴ろうとした。吾は寸前でかわし、逆にシンマの足を払った。元々魔物の質が高い吾にとって、魔物を融合した()()の動きは、それほど苦ではない。それでも、今のシンマの能力が高いことは事実だが。

 足を払われたシンマは、一度は倒れかかかったものの、体勢を崩すまいと腕の力ですぐに起き上がった。その流れのまま、再び拳を振るってくる。

 先程までは目視できなかったものが、今度は見えた。その手にあるのは、爪型の武器だ。それが、不気味に光って吾の前を掠めた。


「……はっ、それじゃったか。どうも胸くそ悪いのぉ。貴様、まだ何かあるじゃろう。野生の勘は結構頼れるぞ」


「ちっ、見えちまったか。まぁいい。遊びは終わりだ」


「なるほどのぉ。……吾とて、これまでも遊びではないわ。吾が言、聞いて貰うぞ」


 余裕をかましているシンマを前に、ある程度動きを抑えてから話をしようと冷静な吾がいる。無抵抗と言うわけにもいかず少々てこずったが、一度その爪を炎を纏った手で弾き、一本だけ熱で歪ませることができた。一瞬ではあるが動揺した隙を逃さず、峰打ちを当てると、シンマは咳き込んで膝をついた。


「……正直に言ってくれシンマ。吾を、恨んでおるか?」





 一段落した様子のルデを見て少し安心するが、こちらも厄介だった。双方に動きがなかった間に目の前のシンマが何をどう感じ取ったか知れないが、動き始めたと思ったらでたらめに暴れ、どうにも動きを止めることができないでいた。


「くそっ、ラオ、どうしよ」 


「はぁ……っ。どうしようもねぇよ。取っ掛かりも何も……くっそ」


 それどころか、動きを読み切れずただ避けることに精いっぱいで、鎌は空振り、鋼槍も掠る程度にしか当たらず、どうも思い通りにならない歯がゆさを感じていた。こんな動きの読めない奴、どうすれば止められるだろうか。


「あっ、そうだ!」


 戦闘向きの、頼れる者は俺の近くにいる。動きを止める以上の働きもしてくれるはずだ。

 穏慈の名を呼ぶと、次いでラオも薫を呼んだ。すると、場に風が生じていつものように怪異がその姿のままそこに現れた。


『……何だこれは』


 怪異なら、俺たちができない点を補うことなど朝飯前だろう。状況を説明すると、穏慈も薫も快い承諾を見せた。

 シンマはというと、先程まで暴れまわっていたのが噓のように動きがぴたりと止まっていた。それまでいなかった魔が突然現れたことに驚いたのだろうか。しかし、すぐに雄叫びをあげると、再び荒れ狂い始めた。


『……動きを止めろ、か。ふ、造作もない! 薫!』


『指示を出すな』


 ぐわっと場を離れたかと思えば、薫の龍のような体がシンマの行く手を阻み、その怯んだ一瞬で穏慈が体を押さえ付けていた。穏慈の足の下にいながら、どうにか抜け出そうとしている。それでも穏慈の足はびくとも動かなかった。


「……力の差を思い知らされるね。とりあえず、動きは止めたけど、ザイどうする?」


『何、決めていないのか』


 今のシンマの原動力になっているのは、ルデが関わった事件であり、俺たちではない。つまり、ルデの方で決着が着いてくれなければ、命を絶つわけにも解放するわけにもいかない。


「とりあえず、動きを止めたんだ。話をつけてみよう」


『そうか』


 怪異に囲まれているシンマはついに抵抗を止め、睨むように俺たちを見た。俺もラオも武具を仕舞い、そのシンマに近づいた。


「答えてくれないか? 俺たちは殺しに来たんじゃない。お前は、ルデのこと……」






「っは! 恨む恨まないの問題かよ。オレはこれで満足してんだ。そんなもん持ち合わせちゃいねぇ。まあ……過去の自分が棄てられたことは憎んでるぜ」


 憎い、か。そうなるのは無理もあるまい。吾は、力不足であったにしてもシンマを救えなかったに等しくある。そしてそのせいで、人とは違った存在になってしまったことも、代えがたい事実だ。


「……貴様は、何故奴に従う。それを聞かせてもらおうではないか」


「オレは融合体なのに、過去を聞きもせずに、強さを認めてくれた。あれからオレは独りになったってのにだ」


 孤独は、吾にもよく分かる。それが実につまらないもので、思いのままに向かった先でシンマと出会い、今の状態を作ってしまったことは、これまでにない自責の念をもつことになっている。

 いやしかし、今この場についてきてくれたあの少年たちと出逢えたことは、少なからずの救いになっているかもしれん。吾の言を聞き、なおも力を貸してくれる彼らは、もしかしたら、吾よりも強いのではないかと。過去を繰り返すことにはならないのではないかと。期待している己がいる。


「貴様のその気持ちを否定するつもりはない。……しかしその関わりは許す訳にはいかん。地を壊しかねん奴じゃ」


「だったら? オレを殺すか?」


「そんなつもりはない……ただ、貴様はそのつもりなんじゃな」


 吾に対する殺意と、その問いにニヤリと冷ややかな顔で答える、吾の昔の友。もう、昔を見ることは叶わぬ様。

 事は思い通りにはいかないもので、胸が苦しい。少しでも期待をしていた吾が悪いのだろうが、それでも、こうして届かないものが目に見えてしまえば、遺憾で仕方ない。


「……ならば、吾も容赦せん」


 償いきれぬ吾の行いを、心の底から謝りたい。それなのに、まるで聞く気のない目の前の存在は、吾にとって痛手でしかなかった。それならば、いっそ消してしまった方が楽になれる。そして、吾自身も消えてしまえば、それで良いのかもしれない。


「貴様ら構わぬ、()れ!」


「えっ!?」


 吾の言葉に驚きながら、吾を見る少年たち。その目と合わせる吾の目は熱くなり、力が入る。堪えているものが出てこないように。それを察したのか、彼らもまた、困ったような顔をした。


「お前……」


「早くしろ、向き合わねばならん」


 顔を逸らし、シンマを散らすために、炎の能力を解放する。真っ黒な炎は、冷ややかに、酷な現実を突き付けてくる。それは、昔吾が友を救えなかった時と、重なったのだった。


 しかし、あの時とは違う別の勢力が、この時、吾らの元に歩み寄って来た。


「……諦めるつもりですか?」


 不適な笑みの儚い存在がひとつ。ゆっくりと腰にかけた剣を抜き、吾を指した。その眼は独特に光り、その笑みはすっと消えた。




△ ▼ △ ▼


 ホゼの動きを追うゲラン。彼の顔は、苦しいものになっていた。舌打ちをしたゲランは「クソッ」と吐き捨てた。

 私も私で、ゲランの様子に声を掛けずにいられなくなり、その背をとんとんと叩いた。


「まずいの?」


「……もう青郡の前だとよ。何か進行速くねぇか? そんな近い距離でもねぇぞ。教育師は何やってんだ……」


黒靄ヘイズを使ってるのかもしれない。とにかく、青精珀が目的ってことね」


「まあ、そうだろうぜ」


 屋敷が狙いならまっすぐに銘郡に来るはず。しかし、本部のある朱郡しゅぐんに入り、双方隣接しているが、銘郡方面でなく青郡方面に向かっているなら、ほぼ間違いはない。そして、青精珀が狙いなら、〈暗黒〉を知っているホゼは必ず()なら触れることに気付くはず。ガネが向かったから、心配いらないだろう。けれど、その()と同じ存在は、もう一人いる。


「……ああもう、今何もできないなんて」


「全くだな……」


「ゲラン、大丈夫か」


 扉が開く音と同時に、医療室に入ってきたのは、屋敷内の状態を確認してくると言って席を外していたルノだった。今分かったことを説明すると、途端に向きを変えて部屋を出ていこうとした。


「え、ちょっと、ルノ?」


「俺が出る。ガネたちもことが収まれば戻ってくるだろ。ゲラン、屋敷こっちは頼むぞ」


 何をするのかと思えば、ホゼのもとに向かうという。その目は真剣そのもので、私はそれに返すことができなかった。それでもルノに返すのは、ゲランくらいだろう。


「あ!? マジで俺に投げてくんのかよ!」


「ホゼには教育師資格の剥奪をしてやらんとな。俺が直に行く。すぐ着く、大丈夫だ。汚い手は出させない」


 その動きが、発言が違う。この状況で余裕を見せる彼は、だから凄いと思う。誰よりも強く、誰よりも機転が利く。


「チッ。……頼んだぜ、本部長」


「任せな」


 柔らかく、安心感をもたせる笑みを浮かべたルノは、そのまま扉の向こうに姿を消した。

 ルノなら何とかしてくれる。ホゼの自由を奪ってくれる。そう確信できるから、すべて頼ってしまいそうになる。


「……あいつを、止めてくれ」


 そう願って、私もゲランも、しばらく扉から目を逸らせなかった。



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