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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第九十三話 黒ノ陰掛カル者ノ動向

泡影編

 

 屋敷を訪ねてきた、魔族の人型魔界妖物(マノイド)であるビルデが抱える事情を耳にした俺たちは、その本人と共に行動を始めた。ビルデの目的の者が、俺たちの敵の立場であるホゼと行動を共にしていることが分かっているためだ。俺とラオはホゼの行動の阻止、ビルデはその者の阻止。互いにそれをフォローしあうということで、今に至っている。



 ─そんな俺とラオは、ほぼ無言でいた。前を歩きながら、自分のことを「ルデと呼べ」と言う魔族の男に、何を語ることがあるだろうか。

 宣戦布告をされた上で行動を共にしているのも変な話ではあるが、俺からすれば、今回の行動に関してはともかく、いつ戦になってもおかしくない状態に全く警戒心をもたないでいることは不可能だった。


「……貴様ら、つまらん。何かあるじゃろう、語れ」


 今の空気に痺れを切らせたルデは、俺たちに話題を振れと言い放つ。それはこちらのセリフでもあるが、初めて会った時のことを思い返すと反論する気も失せた。


「何を語れって言うんだよ」


「まぁそう言われれば何とも返せぬが……」


「じゃあ宣戦布告取り消してよ。お前と戦いたくないし」


「……貴様へくれてやったやつか。考えてやらんでもないのぉ」


 方舟の件を今回の件で相殺できるなら願ったり叶ったりだが、つまり、それほど今回の件はルデにとって荷が重いということなのだろう。


「お前何でザイに宣戦布告とかしたんだよ」


「いや何、吾も色々と若かったんじゃ」


「あれ結構最近だぞ」


 こうして話していても、ルデの考えはあまり読めない。気の迷いだったのか、今回の件の重みが関係しているのか。どちらにせよ、シンマがいつ俺たちを追って来るか分からないならば、ルデとは別に、警戒を解くわけにはいかない。

 互いに口数が増えないまま、ひたすら歩くしかなかった。ただ一つ、森の中を歩くルデは、四方八方を頻繁に気にしていた。


「……薄暗くなってきおったな」


 不気味に雲が流れてきて、光が遮られた。しかし、それは天候のせいとは言い難い。どこか、ただならぬ気配を抱えて流れてきているような気がして、余計に落ち着かない。


「近そうじゃ。心しておけ」


「分かってる」


 生暖かく奇妙な風が、俺たちの皮膚を掠って過ぎていく。強くもない風は、穏やかさを忘れたかのように、じっとりと沁みついてくる。


「幕開けまでしばしのよ……。仕えし魔物モノども、出でて時を待て」


 その場で魔物を喚んで、周りをうろつかせる。

 そんな森の中で、草木が揺れて鳴る音が、妙に止まった。同時に、動きの止まった草木を踏み潰しながら、影が一つ目の前に迫って来た。


「逃げるどころか、味方を付けて戻ってきたか。ビルデ」


 やけに不気味に、静かに。




 ......


『薫、最近ラオガについておらんな』


『……呼ばれぬ。貴様はそれなりのようだな』


 〈暗黒〉で一時の休息を取っている怪異たちは、その(イトマ)をもてあそんでいた。少年たちが〈暗黒〉の持ち直しを図った事で、怪異に起きていた変容はほとんど元に戻り、〈暗黒〉としての平穏がしばらく訪れていた。

 しかし、そう思われた瞬間、近くから血しぶきの音、断末魔と思われる叫び声が怪異たちの耳に届く。


『……』


『……薫、訂正しよう』


『あぁ、相変わらず争いは耐えぬようだ』


 何事かその目で確認するために、聞こえてきた方に少しばかり歩んだ後に見たものは、濁った黄色の液体と、裂かれた体だった。その体は粉々に近く、見る限りではその正体に辿り着かなかったものの、彼らはその色に、覚えがあった。それを悟った瞬間、彼らの顔色は豹変した。


『……これは……』


『チッ、一応世話になった奴だったんだが……(ダン)だな』


 ラオガの鋼槍が〈暗黒〉で紛失した際には、彼が持っていたことで、鋼槍は空間に溶け込まずに済み、無事に持ち主の手に戻った。灘が【無効化】の能力を持っていたことが幸いしたことは記憶に新しい。


『……安らかに』


『何故、死んだ? さすがにこの様は怪しい』


 死に様は語る。また、〈暗黒〉に少しばかりの悪風が流れてきていることを。



 ......


「小魔からの報告だ。ホゼに動きがみられたぞ」


 ゲランのその報告を受け、僕がルノにそのことを伝えると、屋敷内はすぐにざわつき始めた。屋敷生たちも恐れているようで、ほとんどの姿は見えなかった。

 教育師に関しては、ホゼの動きを最小限に抑えるために、崚泉に向かった者や、青郡に向かった者もいる。時間は稼ぐことができるが、相手はホゼ。その強さを知らない者はいない。加えて、仲間も連れているという。


「小魔によると、一人の連れがいる。けどさっきの話からすれば、もう一人別行動のやつがいるだろうな。そいつは“ザイヴたちが何とかする”だろうとして……できるだけ銘郡手前で止めたいな……」


「でも、ホゼの標的はザイ君に変わりありませんよね。それに、このタイミングというのも……もしかしたら青精珀のことに気付いたのかもしれませんよ」


「あぁ。……ん? だとしたら……」


 ザイ君が狙われている上での今の状況。ラオ君とビルデと一緒とは言え、師の目が届かない場所で外で行動している。


「ルノ!!」


「悪い、青精珀に気付かれてることまでは。……まあでも、今残ってる中での適材は……お前か。頼めるか?」


「えっ、僕ですか? 顔が知れてるからって残しましたよね? しかもどこに行ったか分からないんですよ? ていうかルノは」


「俺は指揮を執る上でホゼの除職に動く。俺が動く時はゲランにでも頼むさ」


 指揮を要請したのは自分だが、すでに屋敷から離れてしまっている彼らを追って見つけ出すというのはいくら何でも難しい。しかし、ルノの指揮は重要で、その本人が軽率に動いてしまうことはなるべく控えた方がいい。


「……行ってきます」


 確かに外に出ている師の中に、ザイ君たちの事情を知る者はいない。結局僕が行くべきかと、部屋を後にする。

 ザイ君たちはどこに向かったのだろうか。離れたとはいえ、そこまで遠くに行けるほどの時間は経っていない。近くを探してみれば、案外早く見つかるかもしれない。もしすでに接触していれば、戦闘になっていてもおかしくはない。耳を頼りに行ければと少しだけ期待して、僕は屋敷を出た。





△ ▼ △ ▼


「お前の仕事、分かってるな?」


「大丈夫だって。あの魔石は厄介だからね」


 動き始めた元教育師は、長い黒髪を一つに束ねた女を一人連れていた。その髪は、動く度に左右に揺れる。


「お前は今回戦闘要員じゃねぇ。仕事が済んだらさっさと帰れよ。失敗したら、あいつを連れていけねーからな……」


 ─既に策略は決行中。ただ、崚泉を出る際に必ず通らなければならない豊泉には、屋敷の人間が待っている。それは、まだ知られていない。しかし、それを知られたが最後、豊泉では混乱が起きることになる。






 目の前で、裂けんばかりの笑みを浮かべる男性。その者は、確かに人とは異なる気配を纏っていた。ルデの表情は落ち着きを見せようとしているものの、反対にそれが冷静さを欠いているようにも見えた。


「……貴様ら、間違っても死ぬなよ」


「勿論」


 鎌を、鋼槍を解化させ、俺たちもシンマの前に立つ。シンマはそもそもの標的である俺を解っているのか、ルデの後ろにいる俺たちに気付くと、少し険しい顔をした。


「そうか……へぇ。やりごたえありそうじゃん?」


「以前持っていた武器はないようじゃが……良いか、一瞬の隙が命取りじゃ。慎重に探れ」


 シンマのどこか、魔物と人体が繋がっているところを見つければ、彼の動きを抑えることができるとルデは言っていた。慎重に、悟られないように、それを探らなければならない。


「加減なしだあ!!」


 シンマは両掌を横に出して広げ、ぐっと握る。それを勢いよく胸の前に戻し、力強い音を鳴らして合わせる。

 その瞬間、思わず酔いそうな揺れが襲い掛かってきた。あまりに突然のことに、思わず体がふらつく。


「うわっ!」


 しかし、ルデが俺とラオの肩に手を添えると、その衝撃はすぐに収まった。今の一瞬に何が起きたのか、当然のように堂々と立つルデを見上げると、その目は俺とラオを交互に捉えた。


「惑わされるな。揺れてはおらん。幻覚じゃ」


「幻覚……でも今、凄い揺れを感じたけど……」


「平衡感覚を宿す器官に直接衝撃を伝えたのじゃろう。魔族の吾には効かんが、人間にはきつかったかもしれんな。ザイヴも平気か」


「ああ、うん大丈夫」


 まだ少しだけ変な感覚が残っているが、ルデのお陰で幻覚から逃れることができた。ルデはすでに戦闘態勢に入っていて、手帯をしたままではあるが、ゴッと纏わりつく炎を手に携え、シンマを掴もうと飛びかかっていった。

 しかし、そう簡単にいくものでもなかったようで、俺たちはルデの血が吹き出るのを見た。


「!!」


「っ……」


 先程その手を見たが、シンマは武器を持っていなかった。どうしてルデから血が出るのか、全くわからず、驚きを前面に出した俺たちに、シンマは言を放った。


「まずは一回、()()()()


「掛かった……? ル、ルデ、大丈夫か!?」


 ルデは血が出た脇腹を押さえて、顔を歪ませた。出血が止まらず、ルデの手は炎とは別に赤く染まっていた。


「シンマ……っ」


 手を貸した方がいい。そう判断した俺は、横にいるラオに呼びかける。ラオはすぐに応じ、二人でシンマに向かって武器を構えて振り上げる。


「隙を見せるな! 斬られるぞ!」


 俺たちの動きを見てか、ルデがそう声を上げたことに驚いて、咄嗟に足を止めて後方に下がりながら武器を振る。当たらないのは承知の上だが、ルデの鋭い言葉は本能的に俺たちを動かすのには十分だった。


「っ痛……」


 その俺の横で、ラオがそう呟いたのが聞こえた。まさかと思ってラオを見ると、ラオは左腕を斬られ、怪我を負っていた。斬れる武器を持っていることには違いない。ただ、今見てもやはりその武器の姿は俺の目には触れない。一体、何を持っているというのだろうか。


「あいつ、速いよ。振り上げた隙を確実についてくる……」


「一体……どうやって……」


「あ、許可されてたんだった。じゃー()()させてもらうぜ」


「!?」


 分離する。そう宣言すると、幽体離脱をするかのように、シンマは二人になった。一人は左目が、一人は右目が濁った赤に変色しているが、それ以外は全く同じものが二つある。


「言ったじゃろ。奴は吾の逆の存在と。つまり融合した魔がそれを可能とした奴だったんじゃろう。吾らも分かれるぞ、貴様らはそちを頼む!」


「分かった!」


 一つを確実に壊した方がいい。手分けをすることにした俺たちは、右目の色が濁ったシンマを任された。どちらが本体かなどは考えている暇はない。


「葬ってやるよ……てめぇら全員なぁ!!」


 二つのシンマは、同時に動き出した。




△ ▼ △ ▼


 少年たちを追って、屋敷から離れたガネ。それを認めたは良いが、屋敷での戦力が薄れたのもまた事実。しかし、こんな状況で狙われているのなら、援助するのも教育師の仕事のうちだ。現在のこちらの状況はというと、医療室でホゼの動きを観察する小魔とやり取りを続けるゲランからの報告を待ちながら、残っている教育師はそわそわと落ち着かないでいた。屋敷生には、必要外の外出や単独行動を控えさせているため、屋敷内はそう活発ではなかった。


「……ゲラン、どうだ」


「小魔も疲れてきてるからな……。代わりの小魔を送るか」


 そう言うと、ゲランは開いてある(バン)の上に指でなぞりながら文字を書き始めた。ソムがそれに興味をもったようで、じっと覗き込んでゲランの様子を窺っていたが、俺ももちろん見ただけでは何をしているのか全く分からない。


「何書いてるの?」


「しっ、小魔と話してんだ。わりぃな」


 書いている間は静かにするようにと注意を促されると、ソムは素直に従ってそこから一歩身を引いた。沈黙が続き、ゲランは板に文字を書き終わると、両手でそれを軽く叩いた。その音に周囲は驚愕したが、ゲランは一人、にやりと笑んでいた。


「どうしたの?」


「あぁ、小魔を入れ替えたんだ。お陰で明瞭になったぜ。ホゼは女を一人連れている。……こりゃあ分かんねーな。戦闘要員かもしれねーし、回収要員かもしれねー。まあ目的はある程度絞れてんだろ?」


「考えられるのは……魔石、シンマ、そしてザイヴ君のいずれかだな」


 ゲランの言う通り、ホゼの狙いは大体掴めている。そこから考えると、この三択になった。少年であるとしても、その友人や、ビルデ、ガネも合流するため、あまり心配する必要もないだろう。シンマと戦闘になったとしても、ホゼと行動を共にしていない点において俺たちにとっては都合がいい。

 しかし、魔石─青精珀だとすれば、〈暗黒者-デッド-〉でなければ、触れられない。そうなれば、自然とザイヴ君のことも標的にするはずだ。

 俺の中で纏まった結論から言えば、魔石の保護にも手を回したい。そうすれば、自ずと多面的に対応ができるはずだ。


「……ただ魔石を守ったところで、あいつら以外じゃどうもできねーんだし……どーすっかな……」


 頭が重たくなってきた。対処すべきことが多すぎて、解決への糸口の少なさに苛立ちさえも覚えてしまう。しかし、ここで冷静に指示ができなければ、ホゼの思うがままだ。焦りを抑え、練り直しを行おうとした時だった。ゲランが机を思い切り叩いて立ち上がった。


「どうした?」


「……ちょっとやべぇぞ。ホゼは今豊泉を通過したらしい」


「つまり、突破されたの?」


「ちっ、オミ。屋敷内の教育師に伝えてこい。頼むぞ」


 オミはただ頷いて、医療室を出て行った。豊泉を通り過ぎた、ということは、もうしばらくすれば青郡か銘郡に入ってくるだろう。突破された、つまり教育師たちで歯が立たなかったということ。ホゼに余計な争いを避ける意思があるのならば、命までは取っていないと考えられるが、どうも落ち着かない。


「……誰も死んでねぇといいけどな」


 俺の願いは、いやに脆いもので、その落ち着かなさの原因である気がかりな点において。淡く抱くそれは、裏切られようとしていた。

 その事実を知るのに、そう時間は要さなかった。




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