第八十七話 黒ノ若キ精霊友
私が屋敷に入ってから三年。応用クラスに上がったガネとの試合も日課になり、変わらない日々が過ぎていっていた。そんな私は、同じ基本クラスでも特殊な能力をもつクラスに入っているある女の子と出会っていた。その子は、私と同い年で、ノーム=マカドルと名乗った。
私たちは、いつしか互いの才能を認め合っていた。
「ノームはいつからここにいるの?」
「二年前だったかな〜。その頃からソムちゃんのこと知ってたよ。ソムちゃんって、何かみんなと違うよね」
ノームは私より一年遅く屋敷に来ていたようだが、その“違う何か”を感じて私のことを知ったのだという。もちろん、私は特殊クラスではないため、ノームの存在も、彼女から声を掛けてくるまでは知らなかった。
「普通なつもりなんだけど……」
けれど、違うというのはもしかしたら、彼に剣を教わっているからかもしれない。
初めこそ冷たくて、広間で剣を振るのを見ていると「帰れ」なんて言い放っていたが、ルノ教育師のお陰もあって、私に笑いかけてくれることも増えてきた。優しくなってくれて、大きくて数年前よりもさらに頼れるようになった。その彼は今、間近に迫る教育師になるための試験に向けて大詰め中だ。だから、当初ほどは教えてもらえなくなっているけれど、きっと良い教育師になれると思って、陰ながらに応援している。
「? どうしたの」
「あっ、ううん。何でもないよ。違うと言えば、ノームだって違うよね。何だっけ、それ」
「自然魔だよ。私は風を使えるんだ」
少し手を振ると、その抵抗に沿った風を巻き起こせる彼女は、本当に凄い。自由に風を操って、その独特な能力を認められているのだろう。
「自然、かぁ……。凄いなぁ」
「前から思ってたんだけど……ソムちゃん自然魔を使えないの? 使える素質、持ってるはずだよ」
「え?」
みんなと違うというノームの言葉は、私の中でまだ結びついていなかった。
私が自然を扱うなんて考えたこともないし、そんな力を持っているともとても思えなかった。
「あ〜でも、私たち自然魔士とは別物だよ。もっと特殊な気がする」
ここまで冷静に分析するノームに対し、本当は何歳だろう、なんて変なことを考えてしまう。しかし、どこか大人びている私の友人は、だからこそ説得力があった。
「本当に、……あるのかな」
「私の自然魔は風、その場の空気にとっても敏感だし、気の流れとか読めるんだ〜。だから、ソムちゃんがその気になればきっと見つかるよ」
「……そっか」
どうにもすっきりしない気持ちのまま、私はノームと別れ、自然魔について知るために書庫に寄ってから部屋に戻った。しばらく持ち帰った書物に目を通していたが、どれもピンとくるような記述はない。説得力こそあれど、ノームの勘違いなのかもしれないと思いながら、この日の夜はガネの元に向かった。
ノームに聞いたことを、伝えるために。
部屋の扉をノックして開けると、勉強中のガネがいた。私が入ってきたことに気付くと、その手を止めて私を見る。開いている書物に印をつけながら、基礎知識や一般教養をまとめていたようだ。
「どうした?」
彼は突然訪ねてきた私を不思議そうに見てくる。その彼に、私は用件を伝えた。バカな話だと思われるかとも思ったが、逆にガネは冷静に頷いて話を受け入れていた。
「……え、分かってたの?」
「分かってたというか、これだけ毎日のように教えてればそういう気配とか、いろいろ見えてきただけ。で、お前自身はどうなんだ」
まだはっきりとは分からないし、意識したこともない。その意をもって首を横に振ると、彼は立ち上がって、私を広間に連れて行った。
「この際だから、僕の教育師の勉強も兼ねさせてもらうよ。まず、お前の周りの“自然”を動かせることに気付いて。はい」
そう言って、竹剣を渡す。彼はそれを、目の前で「回せ」と言った。それに従って、そうする。すると当然、わずかに風が生まれる。これだけでは、ただ物で風を生んだだけに過ぎないのだが、じっと私の様子を観察して、考えているようだった。
「これでどうする……の?」
「……! あ」
竹剣を振り回しながら、私は言葉を発し、ため息をついた。すると、思いがけないほどの強い風と、冷たい水滴のようなものが生まれ、驚かざるを得ない状況が作られた。
「え、何……!?」
「なるほど……助言した人が言った通り、ただの自然魔士ではありません。見た通り、息が、能力の発動に関係しているというわけです。それなら、僕よりも教育師に教えてもらった方がいい。そのノームさん、と一緒に」
普段敬語口調を聞かないため違和感が強いが、ガネはガネで教育師になるためにいろいろと大変なようだ。そんな時に相談事をもってきてしまって迷惑だっただろうかと少し申し訳なくなった。
足元を見れば、床にはわずかに水滴が零れている。身につけている衣服も、部分的に濡れていた。
「……敬語って慣れないな。でも話せないと不便だし……」
彼は既に自分の世界に入っている。これ以上協力してもらうと、邪魔かもしれない。
能力を使うきっかけは知ることができた。この先は彼の言う通り、現役教育師に聞いた方が確実性はある。それにしても、私の息で発動するとは思っていなかった。これまで気付かなかったのは、目の前で物を回す、ということがなかったからだろう。偶然そうさせたガネも、凄いと思った。
「忙しい時にありがとう」
「大したことはしてない。……見つけられると良いな、その使い方」
「うん」
ノームとガネのおかげで開かれた能力。これは、私自身の武器になる。だとしたら、この能力を自在に操れるようになって、もっともっと力をつけて、ガネと共闘できるくらいに強くなりたい。そうして私の目標は、気付いた時には“ガネと肩を並べること”になっていた。
次の日には、私は特殊クラスに編入できることになっていた。ルノ教育師の手によるものという話を聞き、きっとガネが言ってくれたんだろう、と勝手に思って、能力の向上に勤しんだ。
その後。ガネが教育師試験を受け、上位で合格したことを本人から直接聞いた。私からしてみればそれは当然のことではあるが、自分自身のことのように喜んだ。ルノ教育師にはすでに伝えてあるようで、彼は屋敷長にも伝えに行くと、一枚の書類を大事そうに持って私の前から去って行った。
その姿を見て、私もその背中に追いつこうと必死になった。そして、この能力を武器に、ノームと共に、教育師になることを決めた。
「ソムちゃん、どう?」
「うん、調子いいよ。ノームは?」
「私も快調! 一緒に講技受けられるの凄く嬉しい! で、その剣術と自然魔はどうやって伸ばしたの〜? 誰に教えてもらってたの〜?」
「ないしょー!」
二人で決めたその目標に向かって、改めて屋敷内での日々を送る。もちろん、自分のために叶えることが一番だが、先は長いけれど、教育師になって私に力を貸してくれた人たちに恩返しができれば、親孝行ならぬ、師孝行になるだろうかと考える。
─十五歳の少女は、五年をかけてそれを学び、試験基準に達したその頃。独特な能力を最大限に発揮して、大きな一歩に臨んだ。
もちろん、その力は認められ、一つのラインに立つことができたのだった。