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暗黒と少年  作者: みんとす。
第三章 過去ノ章
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第八十六話 黒ノ若キ繋ギノ行方

 

 ガネとソムが知り合い、俺のフォローがありつつもガネがようやく一歩踏み出してから、一年ほど経つだろうか。あの時は、俺もガネのためを思ってソムを利用してしまったが、結果的に良い方向に向かっている。あんな小さな女の子でもその力になれることを感じた俺は、ソムと直接関わりをもつことにし、ガネが広間にいる時間に俺もそこに赴いた。





「あれ、ルノも来たのか」


 広間では、俺の思った通りガネとソムが竹剣を持って試合(ゲーム)をしていた。ガネが手加減をしているとはいえ、ソムがそれについていっているのには俺も驚いた。俺の存在にいち早く気付いた二人は、手を止めて俺を見た。


「よう、たまには様子でも見ようと思ってな。それにしても凄いな、ソムもその年でガネと試合ができるのか」


「ガネのお陰です! 凄いんだね、この人」


「……そうだな。ガネはもともと良い素質をもっている。お前もやるじゃないか。今それだけの腕があるなら教育師になれるぞ」


 ソムの成長ぶりを見て咄嗟に提案したことだったが、ガネ自身の意志は尊重するつもりでいた。しかし、俺の思いとは裏腹に、その言葉で少々乗り気になったようで、それも悪くない、と返してきた。俺が思った以上に、ソムとの接触はガネにとって効果があったようだ。


「別にそうなるためにここに来たわけじゃないけどな……。そういえば、僕の監視はもうしてないのか」


「人聞きが悪いな。でもまあ、お前のお守りはもう必要ないだろうさ。この一年で、それだけ変われたんだ。ソムに感謝するんだな」


 俺の手から次第に離れていくことに、少しばかり寂しさを覚えるが、これは喜ぶべきことだ。ガネを、本人の意志に沿って両親から引き離し、親代わりとして寄り添ってきた俺の役目は、そろそろ終わりが近いのかもしれない。


「誰に感謝? それは嫌だね。そもそもこいつが食い気味に来たからだろ」


「間違いないですね!」


「いや、そこは否定していいぞ」


 しかし、何だかんだ言って、ガネは今でも何かあれば俺のもとにやって来る。ガネはきっと気付いていないのだろう。俺から見れば、ソムと話をしている今のその顔は、これまでの印象を払拭できるくらいには雰囲気が緩和されている。本人に言うかと思ったが、それでガネが意地を張ってもいけないと、本人が気付くのを待つことにした。


「あ、ルノタード教育師、ガネに用事ありますか?」


「いや、本当に様子を見に来ただけなんだ。あと、呼びにくいだろうしルノでいいからな」


「分かりました!」


 ソムのこの無邪気な感じが、うまい具合にガネに合っているのかもしれない。初めは軽はずみだったが、この影響は本当に大きい。ソムとの接触も図れたことで、俺がこの場にいる必要はないと踏み、ガネに「また明日」とだけ言い残して広間を離れた。





 翌日、講技が休みである一日だが、朝からガネが俺の部屋を訪ねてきていた。その理由を聞くと、「暇だったから」と言う。こうして俺の部屋に来るのは当然のことになっているため、何とも思わない。


「ルノ、昨日広間に来たの、本当は何の用だったの?」


「え? 昨日……ああ、いや本当に様子見だ」


「……それにしてはほとんど試合(ゲーム)見てなかっただろ。珍しいとは思ったんだよ」


 ガネも俺に対するそういう勘が働くようになったらしい。嬉しいような、悲しいような、複雑な心境だった。特に深く考えていたわけでもないため、事の旨を話すと、ガネは納得した。


「でも、あいつと……親しくなる気だったのか?」


「別にそんなつもりは……ん? それどっちに対するヤキモチなのか分かんねーな」


「……あいつは勝手に僕に引っ付いてるだけだろ。ルノがあいつと仲良くなる必要ない」


 そう言いながらふいと顔を逸らしたところを見ると、ソムに俺を取られると思ったようだ。この歳にしてこういう一面があるから、俺もまだ目を離せないでいるのだろう。十数年間もらえなかった保護と愛情、それをこの数年で、無意識にでも必死に埋めようとしている。俺を頼ってくれるうちは、まだ甘やかしてもいいのかもしれない。


「へえー、なるほどなるほど」


「気持ち悪いな、何だその顔。言っとくけど僕はルノ以外信用してないんだからな」


「はいはい、外部に対する警戒心はまだ薄れてねーんだな。まあ、その気持ちを無下にする気はねーから安心しろ。今日は予定ないのか?」


「僕はいつも予定ないよ。夕方あいつと広間にいるくらいだから。暇」


 この成長ぶりから、他の屋敷生とも顔を合わせられるようになっているのかと多少思っていたのだが、それは思い違いだったようだ。


「そうか……だったら、ちょっと会議あるからここの留守頼んでいいか?」


「そうだったのか。いいよ、行ってらっしゃい」


 会議ついでに、ソムのところに行ったって分かったら……どう思うだろうか。この様子だと怒るかもしれないが、これもガネのためだと思いながら静かに部屋を後にした。





 ─数時間後。

 教育師室での会議を終え、背中を伸ばしながら通路に出ると、一人の教育師に呼び止められた。その者の名は、ゲラン=ダッカー。一年ほど前の試験に現役で合格し、医療担当としてこの屋敷の教育師になった男だ。聞いたところによると、こいつは僅か三年ほどでその実力をつけたという。


「あんた、ルノタードだろ? 屋敷長が朗報があるってよ」


「そうか。……いやそれよりお前、言葉遣いに気をつけろよ。俺は別にいいけど、他の教育師にその言い方だと目ぇつけられるぞ」


「……チッ、癖になってっから今更変えらんねー。悪い」


 なるほど、性格から来ているものとなれば、それこそそこに首を突っ込むほど俺も面倒な性格はしていないつもりだ。実力があることは間違いない。屋敷長に呼ばれたということで、ゲランに礼を言って俺を呼んだ張本人の前に足を運んだ。


「すみません、遅れました」


「いや良いんだよ。それより、重要な話があるんだ。次の長期休暇があるだろう」


「ああ、もうすぐですね」


「その休暇明けから、君を応用クラス担当に昇格させようと思っている。これまで基本クラス担当だったのも、私からすれば不思議なものでな」


 その言葉は、俺にとって喜ばしいことだった。クラスの昇格というのは、屋敷生だけではなく、教育師にもある。その分、俺の信頼性や能力も認められているというわけだ。気がかりなのは残されるガネのことだが、きっとこれを機に距離をおけということなのだろう。それはそれで、俺は受け止めなければならない。


「ありがとうございます」


「それから、君のクラスのガネ=イッドだ。彼も応用クラスに上げて問題ないだろう?」


「え?」


「彼はすでに、他者に剣術を講じていると聞いている。その子の腕も確実に上がっていると報告は受けているんだ。それならば、教育師になれるよう、こちらが手を貸さねばなるまい」


 ガネとソムのことは、どうやら他の教育師、もしくは屋敷生から伝わっているらしい。誤魔化すつもりもない、そういうことならば、ガネを応用クラスに編入させても問題ないだろう。屋敷長に快諾の返事をし、俺は会議後に向かう予定にしていたソムの自室に向かった。




 目的の部屋の前まで来て、扉をノックすると間もなくソムが顔を出した。俺だと分かると部屋から出てきて、そのまま通路で軽く話をした。先程の、ガネと俺の昇格の話も、もちろん伝えた。ソムはそれを自分のことのように喜んだ。


「でも、ガネって基本クラスだったんですね。あんなに巧いのに」


「ああ、思えばおかしな話だったが……ようやく力に沿ったクラスに行けるんだから良かった。それから……お前にも礼を言いたい」


「私ですか?」


「ガネと出会った時を覚えているだろう? 冷たい目で、人に心を開かない、難しい奴だったと思う。その心を少しでも広げてくれたのはお前だ。あいつの過去が原因であんな状態だったが……まあそれは、あいつ自身から言うまで触れなくていい。それでも、救いになっていることに違いはない。保護した身として、素直に嬉しいことだ。ありがとう」


 詳しい事情も知らないままに礼を言われたソムは、少々狼狽えながらも、今のガネとのやり取りは続けていくと答えてくれた。これ以上、ソムとのことで俺が心配する必要もない。ソムに時間を取らせたことに軽く詫びを入れ、俺とガネの朗報をもって、その足を自室に向けた。





 俺の自室で待っているガネは、これを聞いてどう思うだろうか。喜ぶのか、驚くのか。それは言ってみなければ分からない。ただ、俺はまだしばらくガネを見守っていられるのだと思うと、屋敷長の判断に感謝する他ない。

 自室の扉を開け、中にいるガネが寛いでいるのを確認して、俺はすぐに報告をする。


「ガネ、知らせがある」


「何?」


 その知らせを聞いたガネの表情は、これまで見たことがないくらいに穏やかで、俺をさらに安心させた。ソムにもこのことは伝えたと言うと、その表情はすぐにもとに戻り、少し素っ気なくなってしまった。それでも俺はソムの優しさを無駄にしてほしくなくて、ガネのためだと遠回しに伝えると、少しだけ機嫌を戻してくれた。


「……休み明けもよろしく」


 そんなガネは、一言だけ俺に返して静かに自室に戻って行った。



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