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暗黒と少年  作者: みんとす。
第三章 過去ノ章
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第八十三話 黒ノ若キ邂逅ノ導クモノ

 

 俺は、七歳の時に初めて青郡を訪れた。

 俺自身に特に用事はなかったが、七歳年上の兄と二人で留守番をさせられないと言う母親と共に赴くことになったのだ。俺も俺で、隣の青郡に興味はあったため、気分も天候も良い中、歩いて数分で辿り着けるそこの景色を見た。

 そこで俺は、ある一人の男の子と出会った─





「母さん、青郡で何するの?」


「ちょっとね。ある人に用があるのよ。前に数回家に来たことのある方で、今度はこちらから伺おうと思うの。何年か前に来たことあるんだけど、ラオは覚えていないかな」


 何年か前のことなら覚えていなくても無理はない。そんな記憶は、俺の頭には全く残っていなかったが、母さんは気にせずに話を続けた。その人はリーアというらしく、母さんと余程親しいのか、二人で遊んだことを短い時間でたくさん話してくれた。楽しそうな母さんの顔を見上げながら、手を繋いでひたすらついて行った。

 青郡はアーバンアングランドで主となる地域だ。俺が一歳の時、元々后郡(ごうぐん)という名の都で事件が発生した後に、青郡と光郡に分かれ今の状態になった。という話は、母さんから聞いて知っている。それを知ったのはつい最近だが、事件が起きてからどのような姿を見せているのかは、ただ単純に興味があった。



 青郡に入りしばらく歩くと、ある一階建ての家の前に止まった。母さんは優しく俺の手を離して、扉をノックする。

 家の中から小走りのような小さな足音が聞こえてくると、綺麗な青い瞳をした男の子が出てきた。


「? だれ?」


 茶髪で俺よりも年下と思える彼は、扉を開けた拍子に起きた風に柔らかそうな髪がなびいて、一瞬女の子にも見えた。母さんと俺を交互に見て、自分の知り合いではないことが分かると、扉を少し閉じてそう聞いてきた。


「びっくりした? お母さんのお友だちなの。お母さん、いらっしゃる?」


 その言葉を聞いた彼は家の中に戻り、奥の方で母親を呼ぶ声が聞こえてくる。少し経って母親であろう人を連れて戻って来た。


「あら、ルマ? わぁ、来てくれたの? その子、ラオガ君ね」


「え? 知ってるの?」


 彼は、自身の母に俺のことを尋ねた。知らない相手のことを親が知っていたら気になるだろう。

 俺も彼の母親には会ったことがあるらしいが、全く覚えていなかった。親子らしく、彼に似た色で、胸元の辺りまで伸びるまっすぐな髪。目は水色よりも少し濃いめの大きな目だった。


「うん。前にルマのお宅にお邪魔したことがあるんだけど、その時に会ったの。そうだ、ねぇルマ。ラオガ君とこの子遊ばせてもいい?」


 「遊ぶ」という言葉を聞いて、彼の目は輝いた。俺たちの年齢からしてみれば、遊ぶ時間というものはとても重要なもので、彼は俺の答えを待たずに外に出てきていた。


「遊ぶ気満々みたい。ラオの方がお兄さんだから、面倒見てあげてね」


「分かった」


 母さんたちは家へ入り、俺は「あっちへ行こう」と言う彼に連れられながら青郡の中を歩いた。しかし初対面で、何を話したらいいか分からずにいると、振り返った彼に思い切り腕を引っ張られた。


「おれザイヴ、五さい! そっちの名前は? ラオって言われてたね」


 唐突にその元気な声で、俺に名前を告げた。やんちゃそうだなあ、なんて思いながら、俺も彼に応えた。


「うん、ラオガだよ。ラオって呼んで」


「じゃあ、おれのことザイって呼んで! ラオの方がお兄ちゃん?」


「そうだね。七才」


 それから俺は、近くの遊び場に向かっているというザイの横を歩いた。段々打ち解けていって、遊び場に着いた頃には好きなものの話から始まり、自分のこと、家族の話や友人の話にまで発展していた。


「お兄ちゃんとかいるの?」


「うん、一人いる。あと、ザイと同い年の女の子の友だちがいるよ!」


「おれと? じゃあ友だちになりたい! どこに住んでるの?」


「光郡だよ。友だちも結構近くに住んでるし、隣だからすぐ来れるんだ。今度来る?」


 水分が地に充満しているおかげか、湿った土や砂で遊ぶザイは、俺の目を見てまた青い目を輝かせて頷いた。その顔は、楽しみにしているものというより、嬉しそうなものだった。ザイいわく、「青郡から出たことがない」とのこと。年齢的にはそれでもおかしくはないが、ザイ自身はいろんなところに行きたいようで、隣と言えど光郡に行くという約束は相当嬉しかったのだろう。

 そのあまり、汚れた手で拍手をしたせいで砂ぼこりが立ってしまい、自分の顔にかかったらしい。瞬きをしながら顔を歪ませていた。


「いたい」


「大丈夫?」


 汚れていない俺の手で軽く(はた)くと、再び瞬きしながらゆっくり目を開いていっていた。目の痛みが引いたようで、俺の問いかけには「うん!」という元気な声が返ってきた。その元気さが羨ましくて可愛くて、太陽みたいな子だと思った。


「鬼ごっこしよ!」


「え? 鬼ごっこ? ……いいよ、俺が鬼ね」


「おれ速いからな!」


 そう言ってザイは走り出す。確かに五歳にしては足が速く、あっという間に姿が小さくなった。十秒ほど待った俺も、ザイを追って走り出す。徐々にその姿がもとの大きさに戻って行き、ザイは屈んだり避けたりしながら、俺の手が当たらないように上手に逃げていた。

 繰り返すうちにパターンが読めてきた俺は、それから間もなくザイを捕まえることができた。


「あーつかまっちゃった! 次おれが鬼!」


「あはは、俺だって速いからね?」


 それから何度か鬼ごっこを二人で楽しんだが、ザイがもう飽きた、と言ったことで鬼ごっこは終わりになり、汗をかいた体を休めるためもう一度土で手を汚しながら座って遊んでいた。

 ザイの自由奔放な感じは嫌いではない。楽しい奴だし、ザイといることは飽きないような気もした。

 それに伴って、会って間もないこの少年と、何か近いものを感じ取っていた。家庭環境も、住んでいる環境も違うはずなのに、どうしてそう思うのか。それは分からなかった。


「ザイ、ザイは……」


 一生懸命に深く穴を掘っていくザイを手伝いながら、俺は一体何を聞こうとしていたんだろう。ザイは不思議そうに俺を見つめている。次に出てくる言葉を待っているようだが、俺は「何でもない」と適当に誤魔化して、更にその穴を深く掘って行った。ザイの腕が届かなくなってくると、今度は俺が穴の奥底に腕を入れて掘り進めていった。


「水入れようよ、こんなに深いならいっぱいにたまるよきっと!」


「え? でも吸い込まれちゃう……いや、やってみようか」


 ザイの期待に膨らんだ表情を見ていると否定できず、近くにあった水場と入れ物を使って穴に水を入れていく。吸収していく土や砂のせいでほとんど溜まらなかったが、地色が変わって固まるのをザイは真剣に眺めていた。途中、大きなバケツのようなものを見つけ、それに水を入れて持っていくと、ザイはまた喜んだ。


「入れて! 早く!」


「待って、これ重たいから……よいしょ」


 ゆっくり傾けたが、一気に流れ出た水は跳ねて、辺りに飛び散った。その水はザイにも俺にもかかり、揃って濡れてしまった。ザイは思い切り顔に水がかかってしまったようで、手で顔を拭っていた。


「げほっげほっ」


「あれ、どうかした?」


「鼻……痛、うっ、げほっ」


 顔にかかった弾みに口や鼻に水が入ってしまったのだろうか。汚い手で何度も顔を叩いていた。次第に目が潤んできて、俺もバケツに残った水で手を洗い、背中を軽く叩いてやった。


「びっくりした。鼻から水飲んじゃった」


「鼻っ……! あは、ごめんね。大丈夫?」


「うん、もう平気。ありがと」


 バケツに残った水は濁り、掘った穴に入れた水はゆっくりと吸収されていった。今度はザイがバケツを傾けようとした時、母さんの声が後ろから聞こえてきた。


「ここにいると思った。ザイはこの場所好きだもんね。ほら、汚れてるから洗っちゃうぞーっ」


「ラオも汚れたね。そろそろ帰るよー?」


 どれだけの時間遊んだかは分からないが、母さんの用事が終わったようで、俺たちを迎えに来たらしい。

 水場で手や顔など汚れた部分を洗い、ザイとその母親は俺と母さんを見送ると言ってその地域の境まで一緒に来ていた。


 ザイは俺に向かって、「今度はおれがそっちに行く!」と嬉しそうに言った。もちろん俺も悪い気はしない。またザイと遊べるというのなら、その時は光郡にいる友人を紹介して三人で一緒に遊ぼうと考えていた。


「まぁ、すっかり仲良しねぇ。連れてきてよかった」


「じゃあ、またよろしくね、ラオガ君。ルマ、今日は有難う、楽しかった」


「私も。じゃあ、またね。ザイヴ君も、また遊ぼうね」


 俺が手を振ると、彼はまた笑って手を振り返した。その顔を目に焼き付けるようにしっかり見て、俺と母さんは青郡を離れた。



 ─それから間もなく、彼は母親と共に光郡に来た。俺の光郡での友人、ウィンも一緒に、今度は三人で気が済むまで一緒に遊んだ。



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