表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒と少年  作者: みんとす。
第三章 過去ノ章
82/172

第八十一話 黒ノ閉ザシタ思イト生贄

 

「良かろう。吾が相手になる」


 吾の周囲を囲うようにいる魔物も、吾の両手を包み込む黒い炎も、今この場では己のために使うものではない。友人であるシンマを、初めて会った吾に親切に関わった里人を、どうにか守るために戦おう。


「へえー、魔族でもこんな奴がいるんだね。まぁあたしには関係ないけどな」


「どうすんだこれから」


 吾一人と対峙する相手方一行。己の心を諭されぬよう、動かず、互いに相手を観察する。それはつまり、相手との駆け引きとも言える。この人間どもがしようとしている吾とは逆の“生贄造り”に全く興味がないと言えば嘘になる。しかし、同じような経験をしている吾にとってみれば、それは明らかな愚行であり、人がして良いものでは到底ない。

 人型魔界妖物(マノイド)は、魔族に()()()()()であるために造られるもの……人を魔物と同様に扱って良いはずがない。


「……ふぅ、全く嫌になるねぇ。あんたみたいなの、どっから来たんだ」


「さぁな。教える義理もなかろう」


「まぁそうだ。じゃああたしらにも義理はないな。あいつらを使え」


 くいっと顎で吾の後方を示す。ぞっとしたが、その先にいる者は吾が黒い炎の隔ての向こうにいる。今この状況では、その向こうに行くことは叶わないはず。どうしようというのか。


「なぁ生贄。交換しないか」


「吾は貴様らの要望を聞く気は更々持ち合わせておらん」


「あんたを使って実験しても?」


「……吾はすでに生贄じゃ。吾で成功型はできんじゃろう」


 女の言葉にやや動揺したが、顔に出してはまずい。

 しかし、生贄から生贄を作るだと。そんなこと、できるはずがない。人と魔物が融合している身に、今の吾が魔物と融合することは不可能な話である。吾の身を犠牲にするか、シンマを犠牲にするか。そういった選択肢を提供したつもりなのだろう。


「何も失敗が分かってることをしようとするほど暇じゃないんでね……」


 女が指音(スナップ)をすると、その後ろにいた二、三人の男は、吾に向かって突進してくる。吾に対してガタイの良い男どもだ。こんな体格の男とまともに格闘しても勝てないことくらい分かっている。だからこそ、ある程度躱しながら魔物を使って寄せ付けないように、そして黒い炎を舞わせて応じていた。しかし、あるタイミングで魔物が取りそこなった男が吾の首を掴んでくると、一瞬で吾の体を地に押さえつけ、もう一人が吾の足を踏みつけた。


「ぐふっ……。なっ……」


「既にオレたちの仲間が成功しててな。一度体を開いて融合させるんだよ、そんならお前の身の事情など関係ない」


「人の癖に、笑えん戯言もあったものじゃ……っ!」


 その方法はあまりに惨く、人が編み出したにしては物騒にもほどがあった。その手は、一度存在を消し去ることと変わらない。

 奴らの言い分は、その条件を呑まなければシンマは死ぬ。しかしつまらん吾の身など、この場で滅んでも何も生むものはないと、シンマを逃がすことを決断した瞬間であった。ご丁寧にその返事を待っている女どもだったが、拳を握り炎を纏った瞬間、突然「やれ」と指示が聞こえ、男が吾の背に鋭く尖る物を突き刺してきた。


「があっ!」


 力が急激に抜ける。吾の答えを聞かぬうちに背に刺されたそれは抜かれ、生暖かいどろりとした液が横腹を伝って流れ出るのを感じた。恐らくそのせいだ、隔てにしていた零下の黒い炎が消え失せ、喚び出していた魔物も姿を消した。吾は、その現状を視界の端で捉えながらも、その場に突っ伏すことしかできなかった。


「ル、……デ……おい、起きろよ……」


 自身も怪我をしているにも関わらず、シンマは尚も吾を心配しているようだ。何と善い心を持った者だ。羨ましい。隔てが無くなったことにより、「連れていけ」と指示を出す女。そして、吾の横を通る奴ら。吾の身にはほとんど力が入らず、できることなら、この状況から助けたいと願うも、体は素直にいうことを聞いてはくれなかった。


「大人しくしな」


 そう言って、満足に動けないシンマを大砲のようなものの中に突っ込むのを、吾は見た。そして、近くにいた里人も、別の砲に入れられた。それが起動する音がし、それから行われることは予想できていた。

 ─一度体を開いて融合させる。

 耳に届くのは、人の体が引き裂かれる音。切り刻まれる音。押し潰されているようなぐしゃぐしゃという乱雑な音。中ではきっと、粉々にすらなっている死体があることだろう。そして、今まさに魔物と融合しようとしているはずだ。

 吾は、己よりも力のない者を守ることもままならない。できなかった。何と悔しいことか。


「……っくそ……!」


「さぁ、後は成功を待つだけだ。帰るぞ」


 そいつらは目的を果たすと潔く、一斉に場を後にする。吾は、吾が立ったこの足は。吾が解放したこの黒い炎は。一度の深い傷で一瞬にして意味を失った。


「くそぉぉぉおおおぁああああああ!!!!!!」


 吾のせいだ。初めて、吾と親しくなった者が、あんな無惨な最期になってしまうなどと、誰が予想しただろうか。

 このような結末を迎えずとも良かったものを、魔族と関わってしまったがために、吾を気遣ったせいで、その犠牲となってしまった。


「あああああああああああああああ!!!!!」


 二度と、人と親しくなってはならない。吾の隙が、その者の死となる。今動けずとも、命がある吾は、そう心に決める。これから、吾はこの情を抱えて生きねばならん。いっそ死んでも良いだろう。

 それでもシンマを犠牲にしてしまったこと、そしていつか、あの女どもに復讐ができる機会が訪れるかもしれないことを考えると、その分の生きる義務を課せられた気分だ。

 ただ、吾はその考えを覆すつもりはない。人と関わるのは、金輪際やめねばならない。


 ─善良な“人間(シンマ)”が壊れていく姿を、吾はこの目で見てしまったのだから。



 ..▷..▷..


「……っ酷い」


「そんな非道な人間がいたとは……魔族(あなた)の方がよっぽど人らしい。命を何だと思ってるんでしょうか」


 ビルデの話を聞き終わり、当然、俺は気分を害した。人を平気でぞんざいに扱う奴が、この世に平然と生きている。そのこと自体が受け入れ難かった。


「成功も失敗もあり得る話じゃ。しかし、吾は希望も持たず死んだと思っておったんじゃが……生きていた。あれは、厄介じゃ」


「……どういう経緯(いきさつ)でホゼに付いたかは分かんないけど、止めないとな」


「そいつに非はないけど、このままだと不憫だよね」


 シンマが抱えるもの、ビルデが抱えるもの。それは、想像を超える過酷な問題だった。とはいえ、二人の問題であるとともに、今のシンマは俺たちの敵、という立ち位置に違いはない。俺たちは俺たちの視点から、シンマと向き合わなければならないはずだ。


「私も協力した方が良いか?」


「状況を読む限り、大人数は動きにくいだろう……多少不安だが、二人に任せよう。教育師も出払ってるしな」


「ルノ、さすがに厳しいんじゃないですか?」


「いざとなれば穏慈くんたちもいるんじゃないの? ね、ザイヴ君」


 それは最もだ。圧されそうな時は怪異の力を借りることができる。俺たちの、ではないが、そのような場においては十分すぎる武器になる。ソムさんの言葉に頷くと、ガネさんが俺たちをじっと見て、その眼で何かを訴えるような仕草を見せた。それが何を意味しているのかは、読み取れなかった。ガネさんもガネさんで、「何でもないです」と言って目を逸らした。


「……すまん、助かる。吾が盾になろう。今度こそな」


「貸し借りなし、ってわけか」


 今の自分は、今まで生きてきた記録を引き継いでいる。どんな酷い過去でも、どんなに忘れたい過去でも、それは絡みついて解かれることはない。生きている限り、それらは呪いのように死ぬまでついてくる。受け入れて、前進することしかできない命の経歴は、己の形成に最も重要な要素として、俺たちにも備わっているはずなのだから。

 ビルデの話を聞いた俺は、ふとそう思った。





 ビルデの話が終わった頃、屋敷内は落ち着きを取り戻し、しかし作戦体制を怠ることなく、程よい緊張感に包まれていた。


「そうじゃ。吾のことが呼びにくいなら、ルデで構わぬ。あいつもそう呼んでおったからな」


 それは俺も以前から思っていたことだが、俺としてはルノさんの次に呼びにくい名前だ。その言葉に、素直に乗せてもらうことになった。


「それにしても、シンマをどう落ち着かせるかですね。今のままだと、確実に死人がでますよ。あなたとか」


「吾は死ぬつもりはないが、死ぬ予定になっておるのか。何という運命さだめよ」


 変わらずルデをあまりよく思っていないガネさんからそのような言葉が出てくるのは仕方がないが、言った通り、ルデの話からしてシンマは手強い。無闇に目の前に出て行けば返り討ちにあうことが想定される。


魔妖系人体生物(ミスティノイド)、と言ってのぉ。一度解体した人体を魔物が侵蝕して成しておる。とどのつまり半魔じゃ。吾々、人型魔界妖物マノイドとの差といえば、魔か人か、その土台の差。加えて、絶対的隙が一つだけある」


「隙? そんなの何で知ってんの?」


「それはまぁ吾もそれなりの存在じゃからな。吾には通用せんがな……結局、奴は切り開いて()()()()()の物体じゃ。つまり、その繋いだ部分を断てば、分離し、死した体に戻る、というわけじゃ」


「なるほど。ということは本能的にかばう可能性があるってことだな」


「……でもさ、ラオ。俺たちじゃ多分シンマについて知らなさすぎるからちょっとリスク高いよ。だから、ルデ、任せた」


 ルデにかなり訝しい顔をされたが、これは互いに関わる問題。ならば、俺たちよりも“生贄”というものに詳しいルデが主に担ってもらわなければ効率は悪くなるだろう。


「あれ、でも人と関わらないんじゃなかったんですか?」


「今回ばかりは特例、一時の凌ぎじゃ。最終的に目的を穫れれば良い。それに、吾は未だ貴様らへ向けた宣戦布告を解いておらん。まさか忘れたわけではなかろう」


 青郡で遭遇した時も俺を殺すつもりはなく、その件での戦は先延ばしだと言っていた。そのことに偽りはなく、今の状況では殺し合うことには発展しない。だから今回、もともとしていた協力の要請を再度直々にしにきたということらしい。

 正直に言えば、その宣戦布告された実感もほとんどないわけだが。ルデはどこか威張った調子でしてやったりな顔だ。


「大体分かりました。……でも、ザイ君とラオ君の命、もしものことがあったら僕があなたを許しませんからね」


「良い、決まりじゃ。早く屋敷を離れて森に出るぞ。時機に吾を探して追って来るはずじゃ」


 ルデに続いて部屋を出ようとすると、ガネさんに止められた。その顔は俯き加減で、深いため息を吐いた。その口から発せられる言葉を待っているが、なかなかそれが出てこない。ルデは先に部屋を出たし、早めに行かないとおいて行かれてしまう。


「あの、ガネさん……何?」


「……もしも、()()()()()()危ないと思ったら、ここに逃げてきても構いません。だから、無事に帰って来てください。約束ですよ」


 今回のガネさんは、先程の話を聞いて何を思ったのか、何とも言えない表情を見せていた。どうやら、ホゼについているシンマと会おうとしていることを心配してくれていただけのようだが、他者のトラブルに巻き込まれないかと、素直に見送れなくなってしまったと言う。


「大丈夫だよ。ガネさんの講技受けてんだから、死ねないよ」


「それは良かった。ラオ君も、約束ですよ?」


「……俺はもうずっとガネさんの厳しい講技受けてきてんだ、ザイに同じだね」


 それを聞くと、ガネさんは順に俺たちに目を合わせて、気をつけて、とだけ言うと、部屋にいる人たちとともに、俺たちが部屋を出て行くのを見ていた。




 ─もしも、ほんの少しでも憎しみを感じているのであれば、吾はそれを取り払い、シンマを取り戻す。もしも、シンマの心が残され、記憶されているのであれば、また共に生きることもできるのではないかと。淡く期待を抱く。どのような結末になろうと、シンマを助けたかったその事実だけは、伝えてやらねばならない。それが、吾に課せられた使命─義務─に加わった一つだ。


「行くぞ、ガキども」


「言っとくけど、俺たちの敵でもあるんだからな」


「心得ておる」


 屋敷を後にする俺たちは、ルデが最後にシンマと遭遇した森の方面へと向かうことになった。




〈暗黒〉編 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ