第七話 黒ノ狭間ト屋敷
契約編
一直線に立っているそれは、〈暗黒〉で唯一の光だという。見渡す限り闇に違いない場の中に、綺麗な筋で終着点なく伸び、眩しく揺らいでいる。
この光が、俺と穏慈を俺の体の元に引っ張るということで、ここに来た一人と一体。
「うわ……想像してたよりかなりの輝度だな」
『闇に反するものでもあるせいだ、まともに見れんだろう』
言葉通り、暗い中で目に入れるそれは痛かった。黄色いような、白いような、その輝きは目に大きなダメージを与えてくる。何度か瞬きを繰り返した末、手の影を頼ってようやくまじまじと見つめることができた。
「……よし、じゃあ穏慈」
......
眠ってからしばらく経つザイの様子を何となく見ていると、その指が一瞬動いたのを目の端で捉えた。声をかけようと立ち上がると、その横から目に見える真っ黒な空気が現れ、ざわめきだした。
「うわ!」
思わず身を引いたものの、様子を見守っていると、ザイが目を覚ますのと同時に想像を絶する大きな体の怪異が現れた。その目は黄色く、鋭く輝いていて、俺たちとはまるで違う眼をしていた。
「あ、……ラオ? おーい」
『お前がラオガか』
俺の名を呼ぶ友人と怪異、その光景に、言葉を詰まらせた。
圧倒されているのか、ラオは口元を手で覆って黙っていた。何度か声をかければ、ハッとして俺と目を合わせ、今度は慌て始めた。対して俺はといえば、完全ではないが慣れたものだと、一人落ち着いていた。
「いやいやいや! こんなでかいのが横に出てきたんだよ!? びっくりするだろ!」
「いやまあ、そうだけど……説明するよ。ていうかお前も普通にこっちにいられるんだ」
『そもそもこちらに来れる怪異はそれなりにいると言っただろう』
そんなことも言っていたかもしれない。今となれば落ち着いて話ができるものの、情報処理に苛まれていた時の話は、あまり纏められていない。
「……で? 何で怪異を連れて戻ってきたの」
鎌の件を向こう側で聞いてきたことの説明を始めると、彼に相談した時と打って変わって落ち着いている様子に、逆にラオの方が何度も動揺を表していた。それでも俺の話を最後まで聞いた時には、俺の調子を見てか、彼も同様に冷静になった。
「成程。俺を引っ張った怪異に……それで一緒に来たのか」
「うん。それでなんだけど、俺の事情も経験してて隠し事しなくて良いし、協力してくれない?」
「いや、お前な。俺怪異怖いんだよ。あの時は話さなかったけど、俺その怪異に喰われかけてて」
「あー何か、それは薫もそんな事を言ってたな……そこを何とか! お兄さん!」
ラオにとっては、トラウマにも近い相手が一緒にいる。気が進まないことに関しては無理もないが、何とか説得し続けると、俺の頼みだし、と最終的には協力してもらえることになった。
「良かったー。本当は怒るんじゃないかなって思ってたけど」
「……もう、俺もお人好しだよなあ。で、何するの?」
『こちらにあるのは間違いない。ラオガ、それについて詳しいことは知らぬか』
穏慈の問いに、ラオは一瞬迷うような表情を見せた。知っているのか、そこまでは知らないのか。たっぷりと時間を遣い、まっすぐに俺を見ると、重そうな口が僅かに動いた。
「ラオ?」
「……信じられないかもしれないけど」
勿体ぶるラオに、俺はすぐに相槌を打った。何をそんなに考えているのか、その意味は、すぐに理解できた。
「鎌は、この屋敷にある」
「……っ?!」
その答えは、ラオが言った通り十分な衝撃だった。
一体、どうやって、誰が、手に入れたのか。どうやって、〈暗黒〉に行くことができたのか。人間が〈暗黒〉に存在するのは、〈暗黒者-デッド-〉を除いて不可能だと、何度も怪異に聞いている。〈暗黒〉の物でないのなら、ここまで驚くことはなかったが。
「何で……」
「俺もそこは興味があってね、色々探ってたんだよ。思い切って、気味の悪い武器のことを通りがかりの教育師に聞いたら、ヴィルス管理官じゃないかって言ってた。盗んだ理由までは分かんないけど、わざわざ向こうの鎌を持ってきてるってことは、何か考えがあったのかもね」
『……確かに、鎌がなくなったことで怪異どもが落ち着かんのは事実だな』
(ヴィルス……管理?)
俺が知っている限りでは、確か今は……その名を持つ関係者はいないはず。ラオ曰く、その管理官は既に亡くなっているという。
「だいぶん前の事だし、俺もその詳しいところは知らないんだよ」
「そっか……。でも、屋敷にはあるんだよな? 案内して」
「……うん。まあ、今もそこにあるのかは分かんないけどね」
手掛かりは減るが、ラオが持っている有力な情報を頼りに、俺と穏慈は「ついてきて」という彼の後ろを歩いた。
『何故我が化けねばならん』
「いきなりお前みたいなの歩いてたらびっくりするだろ」
渋々人の姿に化けた穏慈は不服そうだが、それはそうだ。そもそも体が大きく、人から見れば化け物以外の何物でもない穏慈が歩いていれば、どんな騒動になるやら。想像に容易い。
『ふん』
「へー、凄いな。化けられるんだ」
ラオは怪異が怖いと言いつつも、いつの間にか穏慈とは自然に会話をこなしていた。慣れたのか、それとも顔に出さないだけで俺に協力しているからなのか。俺はそこから視線を逸らして静かにため息を吐き、怒涛のような展開に疲労を覚えて歩いていた。
俺は話をしている二人の後を、ただただついて行っていた。その先、ラオたちが右に曲がったことに気づかないまま。
「あっ……」
ちょうど、その角を直線に進みかけたところで、軽くではあるが、誰かに衝突した感触があった。
「大丈夫ですか? 前見て歩かないと危ないですよ」
「あ、ごめ……考え事してて」
「いえ、僕こそ避けられなくて……あ、ねえ君。今ラオ君と歩いてましたよね? もしかして、ザイヴ君ですか?」
俺と正面からぶつかったところを見ると、俺たちが歩いて向かってきていたことは分かっていたのだろう。見る限り髪も眼も灰色で、そこまで差のない色合いの和装を身につけている。特徴的な外見だが、その佇まいから教育師だろうということは察しても、見覚えはなかった。
でも、この特徴のある眼は、どこかで見たような。とりあえず、名前に関しては首を縦に振る。
「そうだけど……誰?」
「あぁ、そうですよね。ガネ=イッド、応用クラスの教育師です」
「……何かラオのクラスの担当がそんな名前だったような……でも分かんねえ……」
「あっ、ガネ教育師! ザイもこんなところで何してるの」
後方があまりにも静かでいないことはすぐに気づいていたというが、その内ついてくるだろうと思っていたらしい。しかしその気配もなかったために、揃って引き返してきたと、穏慈が呆れていた。
「ごめん。ちょっとぼーっとしててぶつかった」
「もう……すみません」
ラオが申し訳なさそうに、軽く頭を下げて謝る。その様子を見ていて、教育師への対応は通常こんなものなのか、と違和感を覚えていた。俺は、ラオとは違って基本クラス生。まだ異動や進級を経験したことがないこともあって、一人の教育師しかまともに知らない。渋いおじさんで、友人と話すように接しているし、改めろとも言われたことがない。
「構いませんよ。それに、教育師なんて名前だけですし、この子くらい堂々としていても何とも思いません。それよりもザイ君、君のことはよく知っていますよ。ホゼ教育師から話を聞いて、周りの教育師も興味があるようですし。能力も期待できる屋敷生とね。ラオ君とも仲良いんでしょ? 思ったより生意気そうですけど」
「いや、そんな……は!?」
「僕に対しては別にいいですよ。一応立場がありますし呼び捨ては遠慮したいですけど、僕に気を負わなくて良いですからね」
「えっ、今の生意気そうってやつ流すの!?」
一瞬出たその言葉はどういうつもりで言ったのかは分からないが、これ以上はつっこむところでもないと踏みとどまり、俺はその教育師を敬称をつけて呼ぶことにした。それに関して了承した本人は、少し話したいと興味半分でついてくることになった。
「ラオ君も遠慮しないで良いですからね」
「……はぁ、そうですか」
俺たちに同行するその本当の理由はともかく、支障がないのならと放っている。俺は鎌を探しているだけで、教育師の手を煩わせる気もない。
「あ、ザイ、そこ右。鍵は開いてる?」
ラオに言われた通り右に行き、武器庫と札のある扉のノブを回してみる。回す前にガチッと、途中で止まる音がして、開かなかった。
「開かない」
「え、開きませんか? ここの武器庫は大抵開いてるんですけど。開けてあげます」
事情も知らないのに、ガネさんは持っていた鍵束で解錠してくれた。
開放されたその部屋に足を踏み入れて一通り見渡すが、その限りではそれらしいものは目に入らなかった。
「何を探しに来たんですか、こんな武器庫に」
「……鎌を探しているんです。ザイが興味あるみたいで」
「ヘぇ……」
瞬間、ぞっと背中を伝う悪寒があった。ただならぬ空気に思わず振り返り、俺に伝わって来たものの先を辿ると、灰色の髪から覗く、先程までとは違った教育師の表情から目を離せなくなった。
「ガネさん……?」
それはラオも同じだったようで、深刻な表情でガネさんを凝視している。一瞬で真逆の雰囲気がこの場を流れ、次に発せられた言葉が、俺をまた不安に陥れた。
「君、〈暗黒者-デッド-〉なんでしょ。ザイ君」
これには、嫌でも言葉を失ってしまう。どうして、ガネさんが〈暗黒者-デッド-〉の名を知っているのか。そもそも、どうしてそこまで自信をもって言うことができているのか。
しかし、この感じ。周囲の人と違う感じ。「違う」ということに気づくと、分かる。違うのは、その眼。穏慈の眼に心なしか似ている。さっき感じた見覚えのある眼は、これだろうか。
『お前、何故そう思う。確証があるような口振りだな』
「そうですね、例えば……君」
見兼ねた穏慈が威嚇の代わりか、俺とその間に立った。それにも怖じることのないガネさんは、まっすぐに穏慈に向かって一本の指を伸ばす。ぴたりと動かないその身は、精神は、本当に人間のものかとも思えた。そして、十分に間をおいて言い放った。
「あなた自身が、この世界に合った存在では無いことですかね」