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暗黒と少年  作者: みんとす。
第三章 過去ノ章
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第七十八話 黒ノ歪ナ傷跡ノ成ス導


 初の四時、自室の内通線から教育師の緊急招集がかかった。部屋にいないためか知らせが届けられていないというソムを探すために回っていると、食堂でウィンさんと二人でいるところが目に入った。真剣な話をしているようだったが、招集がかかっていることだけは伝えようと、声を掛けた。

 ソムは「すぐに行く」と答えたが、ウィンさんはどこか不安そうにしている様子が窺える。僕も、少しだけ話を聞くことにした。


「……ホゼ教育師は、今もまだここを狙っている、んですか? 私、自分にできることを探してはいるけれど怖くて……」


 大いに理解できる心の負荷。僕たちですら、あの屋敷を見送るような捨て台詞を聞いた上でなお、それを感じているのだから。

 ウィンさんに確実な答えを返すことができず、かと言って安易に安心してくれと言えるわけもなく、調査を進めているところだということを正直に伝えた。


「ごめんね、ウィンちゃん。怖いよね」


「いえ、そんな……最前線に立っている教育師やザイたちと比べたら私なんて……」


「そう自分を卑下しないでください。ウィンさんは良い素質を持っているんです。自信を失くすのも、その力を秘めておくのも惜しいほどですよ。……とりあえず、友人のところにでもお邪魔して、気分を変えてみてはどうですか?」


「うん、そうね。招集もかかってることだし、私も行かないと。ウィンちゃん、ガネの言う通り、あなたは自信をもっていいの。きっと、その努力は報われるから。ね?」


 話を切り上げ、ソムはウィンさんを一度部屋まで送り届けると言い食堂を出て行った。

 僕は先に招集がかけられた場所、教育師室に向かった。






 目的の場に到着すると、ルノはもちろんオミも含めた教育師の面々が既にほとんど揃っていた。残りの数名を待つ間、結論に至るはずもないホゼの動向についてを考察してみたものの、すでに出ている疑問点ばかりが思考を固めてしまい、前進することはなかった。

 そのうち、一番最後になってしまったソムが速足で到着し、一言詫びを入れて僕の隣に並んだ。


「遅かったじゃないか」


 詫びたにも関わらず、その理由を詳しく聞こうとするその教育師。正直なところ、周囲からもあまり良い評判をもたない、イムジ=ヘルメスという名の基本クラス補助の男性。僕より年下だということしか知らない。


「別室で屋敷生の悩みを聞いていて、招集がかかったから部屋まで送っただけよ。こんな不安が溢れている中で一人で帰せませんよねぇ、本部長」


「そうだな。状況から責任を果たしただけのことだ」


「それで? イムジ教育師は意味をなさないことに時間を割く余裕があるんですか?」


 屋敷生を優先するのは悪いことではない。僕やルノの反論に数名の教育師もソムの肩を持つと、本人は咳払いをした。


「……何やら、ゲラン教育師の調査からホゼ元教育師の居場所は明るみになったそうですね。が、明らかに策中だ。私たちが下手に手を出せない状況にある。極めて危険だと」


「ちょっと一言失礼します」


「話の途中ですが、ガネ教育師」


 せかせかと進めるものの、ホゼを動かすもの自体を明確に知らない者が仕切る意味はない。その話に割って入れば、僕に対し、じろりと睨みを利かせてくる。それを相手にする時間も惜しい。


「危険があることは重々分かっていると思いますが、この招集を何だと思ってるんですか? 発言したい者が勝手に発言する場ではありません。最も妥当な立場の人間がいることですし、あなたではなく、ルノタード本部長からの進捗報告と今後の指揮を要請します」


「……様子見て潰そうと思ってたんだが、お前の腹の中の虫をどうにかした方がいいか?」


「いえ、時間の無駄です」


 僕とルノの会話に挟まれたイムジ教育師は、すっかり黙ってしまった。


「そういうわけでお前はそのまま黙っていろ」


 ルノの低く響く声は余るほどの圧力があったようで、彼はすぐに視線を逸らした。さすが、こういう場ではその立場が優位に立てるだけはあり、一瞬で空気は更に張り詰めた。


「まず教育師たちは屋敷生の保護に当たる上で、ホゼを止める。最終的には俺が資格剥奪を下し、本部に連行する。それと、調査に当たる班を作る。青郡と豊泉、銘郡もだ。屋敷には最低十名は残す。ただし、ソムとガネ、オミも十二分に顔が知れているから外には出ない方がいい。標的にされる可能性はある。それを踏まえた上で、崚泉と、隣接する豊泉に五名、銘郡に四名。青郡に五名……突破されたらどんどん合流しろ。それで対応すればいくら何でも止められるはずだ」


 教育師たちは、その場で北側に位置する豊泉、南下して銘郡、青郡の三箇所にそれぞれ配置され、対応をとることになった。

 やはり状況が状況なだけに、いつもよりも的確に言葉を発し、場を取りまとめるルノの姿は、普段を知っている僕から見れば違和感の塊だった。正直、良い意味では裏切ってくれている。


「何か、変ですね」


「あ? 大丈夫だ、俺だぞ」


 きっと僕がそう思う程、ルノが本気を出さざるを得ない状況ということ。提示された振り分けに従うことを教育師たちは承諾し、緊急召集は解散となった。


「ソムちゃん、私青郡に行くことになったから、屋敷はよろしくね」


「うん、気をつけてね」


 今この場にルノがいてくれて助かった。緊急を要する場ほど、このような大役を持つ存在は大きな意味を成してくれる。

 あの一喝以降黙っていたイムジ教育師もそそくさと教育師室から去っており、残る理由もない僕たちも各部屋に戻ることにした。



 ......

 

 目の前に現れた怪異の雰囲気は、俺たちにとって良くないことが手に取るように分かる。十分な警戒心を煽らせていた。

 荒い息と、怪しく揺らめく眼の輝きに、穏慈も薫も臨戦態勢をとる。よくよく見ると、その怪異は吟と同じようにはっきりとした形をもたず、もやりとしたその身で宙を舞いながらより一層その(まなこ)を印象付けていた。


『グクク……コンナ所デ見ルコトガ出来ルトハナ……』


(ガク)だな……また面倒な奴が来たものだ』


「穏慈……?」


『確かに気性は荒いが、危害は加えないはずだ……。いや、今は自信をもてんな。周りを見ろ、()()()()()


 穏慈のその言葉で、周囲に張り巡らされた嶽という怪異の気配に気付く。

 手に取るように、という表現はあながち間違っていない。何と言っても、辺りに気配が充満していて、その気配自体に囲まれてしまっているのだ。


『……そうか、そうだったな。嶽は糸舵(ドール)の能力を持つ怪異だ。一体、何体操っているんだ』


『クク……コレダケイル……』


「何だ、この数……!」


 ここぞとばかりに、ゆらりと姿を見せる怪異の群れ。気配だけではない、その数も、ざっと見て俺たちを囲めるくらいの数で、俺が感じる散らばった気配にも納得する。

 ラオも同様に数に圧され一歩足を引いていたが、一つ深く呼吸をおいて鋼槍を持つ手に力を加えた。


「操られているのは……場の影響を受けた奴か? まさかそれに漬け込んだか……!」


『ソウ……利用シテヤロウト思ッタマデ……』


 この怪異にとって、操って生まれる利益がどんなものかは不明だが、利益があれば誰彼構わずに利用することを厭わない性分のようだ。これだけの怪異を能力で操り、俺たちを囲うということは、目的はおそらく、俺たちの存在。そこまでは想定できたが、目的に至る理由は定かではない。


「……何で、そうまでして俺たちの動きを止めるんだ」


『ソンナモノ、決マッテイル……喰ウタメダ!』


 もちろん、怪異の中には俺たちを喰おうとする奴らもいることは穏慈からもよく聞いているために知っている。それでも、嶽には違う理由があるように思えてならない。

 そう感じつつも、背筋にはぞわりと冷気が走った。それは、怪異独特の妖気というのか、はたまた、ただの狂気というのか。その違いは俺たちには分からなかった。


「俺たちを喰って、どうなるんだ。怪異は〈暗黒者-デッド-〉を喰えないはずだ」


『……コノ人形ドモガ喰ラエバ問題デハナイ』


「自分の手は汚さない、ってタイプか。ザイ、ちょっと厄介かもしれないね」


 ラオの言う通り、こういった怪異はもっとも面倒そうだ。しかし、そもそも怪異は気まぐれに行動する者も多い。

 ならばと穏慈に交渉を頼み、快諾した穏慈は嶽と俺たちとの間に入り、それに臨んだ。


『お前の腹の足しにはならぬ。主らは既に癒しの能力を発動している。そいつらもすぐに解放されるぞ。糸舵(ドール)を解け、我々も殺めたくはない』


『ダカラ……ナンダ! デッドハ所詮異物! 消シテ悪イコトナドナイ!』


 あまりに必死なその言葉に、一つの可能性を浮かべた。これまで〈暗黒者-デッド-〉を喰おうとしていた怪異とは確実に違って、ただ己の力にしようとしているわけではないことに、操った怪異を使って喰えば良いという言葉で繋がっていた。


「……確かに、この状況を作ったのは俺たちかもしれない。だから、止めに来たんだよ」


『嘘ヲツクナ!!!』


「嘘を言ったつもりはないし、お前は穏慈の話だって聞いてただろ! 何かの衝動で動いて俺たちを試しているようにしか思えない!」


『異物ヲ信ジル程、ワタシハ甘クナイ!』


 ラオも打つ手がないと言わんばかりに頭を押さえる。どうしても俺たちを敵視しているため、事がなかなか進まない。こうしている間にも、苦しんでいる怪異は増えていっているというのに、この状況すら打破できない俺に苛立ちすら覚える。それを嶽に当てるわけにもいかないため、ひとまず呼吸をおいて、もう一度穏慈たちの出方を見てみることにした。


『だったら私や穏慈を信じれば良い』


 〈暗黒者-デッド-〉と契約をしている身である薫がそう言ってみるが、それも無駄に終わってしまった。どうすればいいものかと悩んでいると、ラオが糸舵(ドール)で操られている怪異の一体の前に足を運び、その鋼槍を振りかぶった。


『! オノレ異物!』


「言ってだめなら、これをよく見てろ」


 ラオは、斬った怪異の前に立つ。しばらくして、その怪異は、ゆっくりと目を覚ました。その姿は、操られてはいない。また魔石に侵されてもいない。正常な怪異の姿だった。


『……デッ、ド? アア……カラダガ、カルイ……タスカッタ』


 そう言いながら場を去っていく怪異を見て、ようやく少し落ち着きを取り戻したようで、周囲にいた険しい怪異の気配は一瞬にして消え去った。同時に、苦しみに耐え兼ねて虫の息になってしまった数体の怪異を解放するべく、俺たちはすぐにその能力を纏う武具で怪異たちの身を救っていった。最後の一体も解放でき、場には嶽と俺たちだけが残った。


『お前も莫迦な奴だな』


『……死ヌト思ウト、耐エラレナカッタノダ……死ハ……マダ味ワイタクハナイ……。……本当ニ、救ッテクレルノカ』


「最善を尽くすよ。今それだけ能力を使えるなら、お前はまだ大丈夫だ。もう少しだけ辛抱してくれ」


 落ち着いたのを確認した俺たちは、それぞれ契約を交わした怪異の背に跨り、武具を封化させてから本来の目的に再度向かう。嶽はもうそれ以上何も言わず、追っても来なかった。

 それでも、〈暗黒〉内を移動している最中に見る、少し濁った空気に、これが狂気だろうかとゾッとする。

 偶に、やはり影響下にあったようで身が潰れてしまった怪異を見てしまい、罪悪感を感じていた。


「大丈夫か?」


「まぁ……それなりには」


 もちろん大丈夫かそうでないか、と問われれば、間違いなく後者。それでも苦しむ怪異のためだ。導きを与え、何とかしたい。その思いに違いはない。


『ここだな。降りろ』


 薫の嗅覚でその場所を突き止めたようで、俺とラオはそれに従って怪異から降りた。見たところは変わらないが、穏慈がその部位に触れると、軽くパンッといって波紋が広がっていった。確かに歪が作られた場の様だ。

 それを目にした俺とラオは、武具を再び解化させ、二人でその先を怪異が示した場所に向けて深呼吸をする。


『……二人でタイミングを合わせろ。強すぎず軽すぎずな。我々もフォローはするし、お前らならできる!』


「そういうのプレッシャーって言うんだよ、知ってる?」


 悪気はないのだろうが、追い打ちをかけてくる穏慈に冷ややかな視線を送る。穏慈は知らん顔だ。ここまで来て、表裏の世界の存在がかかっているからと腰を引くわけにはいかない。


「……穏慈、信じてんだからな」


『あぁ。守ってやる』


「その言葉忘れんなよ、薫もな」


『私を何だと思っておるのだ、無礼者め』


 俺は鎌を構えて、ラオの鋼槍と共に白い輝きで空間を斬る。そこにできた歪は怪しく(ゆが)み、穏慈と薫の援護の下。一本の(いざな)いが整った。



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