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暗黒と少年  作者: みんとす。
第三章 過去ノ章
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第六十九話 黒ノ道ヲ歩ム力ト炎ノ手

〈暗黒〉編

 

 医療室でオミに渡されたお茶を飲み干し、一息ついたところで、ルノさんに俺たちの身に起きていることを説明した。不思議と何も驚くことのない本部長に、俺たちの方が調子を狂わされている感覚になりながら、オミのことも話した。

 元々ホゼについていたことも、教育師の資格を持っていることも、すべて。もちろん、オミが席を外していた間にしたガネさんとルノさんの関係についての話も、オミに伝わった。


「オミ=ルーブか。そういえばガネが教育師になれた時にそんな名前を聞いたな。ガネより成績は良かったんだろ? そんな優秀な奴がなぜそんなことに」


「なろうと思ったことに変わりはない。資格を取った後、ある日突然出張命令が出たと思ったら、出先で知らぬ男に崚泉のあの塔に連れていかれてな。戦力が欲しかったんだろうが、そのせいで屋敷に戻って来られなくなっていただけだ」


「……それがホゼだったんだね」


 ホゼの思惑はいつから働き、いつから崚泉で策を練っていたのだろうか。ヤブや泰だって、どういう成り行きであいつに味方するようになったのか。それを知るタイミングもなく、討ってしまった。

 結局、ホゼの企みは止まらないまま、今も野放しのままだ。早いうちに手を打たなければ、ホゼに先手を取られれば俺たちの手も届かなくなってしまうかもしれない。


「……とにかくだ。まず、青精珀については現地で直接解決しろ。百聞は一見に如かず、っていうからな」


「それはザイ君が行きますよ。ね?」


「……え、良いけど一人で? さっきの話の理由で俺が行けって言うならラオも連れて行くから」


 聞く限り、〈暗黒者-デッド-〉が青精珀に関係している、という可能性が無きにしも非ず、という話だ。俺だけが行くよりも、同じ境遇のラオも一緒に行くべきだろう。


「え、マジで?」


「行かないって言うならそれでもいいけど、ラオにくそほど心配かけるような怪我して帰って来てやるよ」


「何で!? それは困るって! そもそも行く気ないわけじゃないし行くよ!?」


 ラオの性格は重々承知している。ラオに手を借りるなら、この文句が最も効果的。もっとも、今回は強要する気もさらさらなかったが。


「ホゼ=ジートの件は俺と、……せっかくだし、オミとでやってみる。ガネとソムは明日からちゃんと講技するんだぞ。怪我も大したことなさそうだからな、ソム?」


 何故かガネさんではなくソムさんに尋ねる。もちろんソムさんはかすり傷のため、頷かないわけにはいかない。ガネさんの怪我が酷いのは目に見えている上で、という点で、それを見越してのことだろう。


「普通ソムより怪我の酷い僕に言いませんか?」


「お前がこの程度で休むとは思ってないが、この状況的に拒否しそうだろ。まあ勘だ」


「勘ですか」


 兎にも角にも、明日からは別行動。

 青郡に行く頻度が増えたことは幸いなことではあるが、やはり不安もある。ホゼがいつ行動を起こすか、検討がつかない。加え、〈暗黒〉もまた、予測不能で掴めない。

 次に身に降りかかることに定めがないため、神経をすり減らすばかりだ。


 ─それでも俺たちには、支えてくれる仲間がいる。ならばできる限り構えて、前だけ見よう。


「じゃあ……とりあえずそろそろ寝ようかな……」


「私も戻るとしよう。少年、あまり無理するなよ」


「うん、大丈夫。ありがとう」


 過去を振り返ることが必要なこともあるけれど、それを越えて、今がある。

 どんなに苦しかったとしても。そうしていつしか大人になって、大切な今を形成する、思い出にもなり得る。

 全て受け入れる覚悟に、再度腹を固めた。


「ラオ、また明日な」


「うん。おやすみ」





△ ▼ △ ▼


 夜が明け、重い瞼を開けた俺が身支度を整えてラオの部屋を訪ねた時には、ルノさんとオミはホゼの調査を始め、ガネさんとソムさん、ゲランさんは、本職を再開させていた。

 そんな屋敷の本来の姿を徐々に取り戻していっているのを目にとめた俺とラオは、穏慈を呼び出して青郡に向かった。


『何かと思えば、また青郡に行くのか』


「うるさいなー、色々あるんだってば」


「なぁ、今〈暗黒そっち〉は大丈夫なのか?」


 ラオが穏慈に尋ねるのも無理はない。大抵〈暗黒〉から出てきた時に『何かが起きた』、と聞くのだが、今回はなかった。

 俺たちの心配をよそに、俺たちが屋敷でごたごたしている間に、確かに小さな問題は起きたが吟をはじめとして(クン)深火(ミビ)顔擬(ガンギ)秀蛾(ヒイガ)が手を尽くしているとのことだった。

 どうしたらそんな展開になったのか知りたいが、後の二体がいるのは、恐らく興味本位だろう。前もラオの槍を探している時も、強い興味で同行していたくらいだ。


『しかし、応急的に対応しているだけだ。近いうちに来てもらうことになるだろうな』


「……怪異ってほんと気分屋だな。読めない」






 しばらくして、穏慈のお陰で大幅に移動時間が短縮でき、昨日の今日で来る青郡に足をつけると、穏慈は早々に〈暗黒〉に戻るという。


「忙しかった? ありがとな」


『いや。進捗が気になるだけだ。また何かあれば、構わん。呼ぶといい』


 慌ただしく目の前から消える穏慈は、どうやら先程言っていた『小さな問題』とやらの対応に向かうようだった。怪異が数体がかりで応じているということは、そこそこのことが起きているのかもしれない。

 それでも『すぐに来い』と言わないところを見ると、事態は悪化してはいないと思って良さそうだ。しかし、何もしないわけにはいかない。


「一段落したら行ってみた方が良いな」


「うん。俺もそう思ってた。大変そうだからな。取り敢えず、行くか」


「ギカもまさか翌日に来るとは思わないだろうなぁ。俺も来ることになると思ってなかった」


 昨日案内してもらったばかりの青精珀の場所に向かう俺たちは、途中でギカに出会い、案の定驚かれた。そのままギカも同行し、青精珀を前に足を止める。

 昨日、俺は触れられないとされていたものに触れることができた。確認のために人差し指で触れると、やはりそれは色を変えて輝いた。


(……どうして俺が、触れるんだろう。〈暗黒者-デッド-〉だから……?)


 もしそれが理由だとしたら、ラオも触れられるはず。ふと脳裏を掠めたことがきっかけで、ラオの腕を引っ張った。青精珀に触ってみてほしいと頼むと、俺が触れたのを見ていても、“触れない”と聞いているために、少し抵抗を見せた。


「多分大丈夫だって。もし弾かれても俺避けるし!」


「え!? そこは支えてくれよ!」


「吹っ飛んで来たらオレも避けるからな」


「全く安心して触れないんだけど……って待って待って!」


 ギカがラオの背中を押し、俺が続けてラオを引っ張って、その手を青精珀に触れさせる。すると、思った通り、ラオも触れることは可能だった。それを確認したラオは、俺と同じく悟ったようだ。

 それをギカに説明すると、なるほど、と納得してくれた。そうとなれば、この青精珀は〈暗黒〉に関係があるものだと推測される。


「結構重要なことが分かったな……。ちょっとザイが強引だったけど」


「あんな尻込みするとは思ってなくて。まあでも、これでガネさんたちも動きを決めやすくなりそうだね」


「ギカ、青精珀のこともう少し詳しく分かんないか?」


「んー……、お前らと違ってオレらはまじで触れねぇからな。でも、長い間青郡にあるんだ。ヒントくれぇは探せばあるだろ」


 広い青郡をどうやって散策するかはおいておくとして、俺たち三人はそれぞれで散らばった。青精珀について何か知れることがないかと探り、一時間後に青精珀前に集まることになった。




△ ▼ △ ▼


 ザイ君たちが青郡に向かい、通常であれば僕たちの講技が行われている時間。

 今日の講技は全体的に休みの予定をソムに入れてもらっていたが、自由参加の招集で屋敷生も広間に集まっていた。もちろん、使う広間は襲撃の現場となった場所から離れた広間。そこで、基本クラスと応用クラスの合同簡易講技が行われようとしていた。


「……そこまでは良しとしましょう。この状態ではそれが限度ですからね」


「あぁ、そうだな」


 それに無表情で答える、黒髪の教育師。この本人はオミとホゼのことを調査すると昨日の段階では言っていたはず。僕の聞き間違いだったのだろうか。あたかもここにいることが自然なことだと言わんばかりに立っている。

 手分けをしたはずだし事実オミは今調査しているはずだ。その人物を目に止め、指摘せずにはいられなくなった。


「やっぱりおかしい。何故ここにいるんですか? ホゼの調査は?」


「落ち着け、……落ち着け」


「二回言わなくても、僕は冷静に今の状況を見て言ってます。オミに任せた訳じゃないですよね?」


「何故分かった」


「無責任ですか!」


 それでもルノは動く気配を見せない。オミには言ってあるのかと確認すれば、もちろんだ、と返って来た。その点は抜かりなく、僕も否定する理由がなくなってしまった。


「この際だから講技を見せてもらいたい。そう言ったらオミは了承してくれた」


「強引なところあるよね。まあ、簡易なんだからすぐ終わるし、やっちゃおうよ。そうそうルノ、この子ザイヴ君たちと幼馴染のウィンちゃん」


「よろしくな」


「えっ、あの、はい」


 どこか乗り気なソムは、ウィンさんまでもルノに紹介した。また、僕がその後押しの言葉に渋々頷いたのを確認したルノは、満足げに端の方に移動し、腕を組んで立っていた。

 それを見た屋敷生たちは、あれが本部長か、と目を向け、少し圧倒されているようだった。

 無駄に力んで怪我に繋がってもいけないと、気負わずいつも通りでいるように伝え、応用クラスは講技に入った。基本クラスはソムが指導するため、一つの広間の中で二か所に別れ、その時間を過ごした。







 講技を見たいと言って来た本部長がいない中、私は一人書庫で、この屋敷の史乗(しじょう)についての本を読んでいた。そこにホゼのことが記されている可能性は極めて低かったが、それでも屋敷の過去を調べることは無駄にはならないだろう。

 しかし、やはりそんな(しるし)が残っているはずもなく。諦めて別の本を探そうかと思った矢先。ある人物の名前が、目に入った。


「……ヴィルス=ザガル、元屋敷管理官? 確か……そうか、こいつを調べれば……」


 確かに聞いたことのある名前だ。管理官と記述されてはいるが、間違いなく、ここの長だったことは私の記憶にはしっかりと残っている。しかし、それだけではない。()()()()()()()で、この名は私の頭に残されていた。

 必要な情報、そう判断し、また別の史乗が記された書物を手に取り、ヴィルスという名を探し始めた。





△ ▼ △ ▼


 青郡内を調べている俺たちは、それぞれが違う場所で捜査を続けていた。俺はというと、以前魔物が大量に出た辺りを歩いている。木々を横目にここを歩いていると、あの特徴的な人物のことが思い返されるが、今はそんな者のことを思い出している場合ではない。


「んん……取っ掛かりも何もないなぁ……」


 歩いているだけではヒントは見つかるわけもないが、もともとは俺が住んでいた場所だ。歩き回ることで思い返されることもあるかもしれないと思っての策だったが、これ以上続けても、ただ散歩をしただけになってしまう。


(ラオたちと全然遭遇しないし、一回戻ってみるか……)


 踵を返し、人がいる方に向かおうとした時だった。


「……おい」


 俺は、俺に対するその言葉を聞き逃さなかった。その声の主は、以前会ったことがある、ついさっき僅かであっても思い返した人物が、木の合間を縫い、姿を見せた。


「!! ビ、ルデ……!?」


「おぉ、覚えておったか。久しいのぉ、今日は何故なにゆえ?」


「……お前には関係ない」


 このタイミングで、嫌な奴と出会ってしまった。前に宣戦布告をされたことは、忘れていない。最悪だ。構う暇もないため、さっさとこんな場所去ってしまおうと進行方向へ体を向けた。


「つれないのぉ。全くつまらぬ」


「忙しいんだよ。用があるならまたにしてくれ」


「……そうもいくまい」


 歩いているところ、突然右腕を掴まれたかと思うと、近くの木に押しつけられた。勿論、痛くないわけがない。折られてこそいないが、絶妙に腕が変な方向に捻られ、身動きが取れなくなった。


「吾は貴様が来ると思って、ここにおったのじゃ。逃がす理由もない。少し吾に付き合え。殺しはせん」


「俺には、逃げる理由があるだろ……! い、痛い……っ!」


 そう答えると、腕を掴む力は強くなり、痛みが増した。更につねられているように握られ、ピリピリとした感覚が、体中を伝う。どうにか、この状況からだけでも脱しなければ。しかし利き腕はビルデによって塞がれている。とにかく、鎌を解化だけでもさせて離れてもらおうと考えたが、そんな内にもその力はこれでもかという程に増してくる。


「ぐっ……や゛、め……」


()()()()()()


「な、にっ……!」


 行動とは裏腹に紡がれた言葉に意表を突かれる。瞼から覗く層のある眼に、悪意は感じられない。その不釣り合いな言動に違和感はありながらも、一方的に強まる痛みで思考は遮られる。そこに、力強く土を踏む音が近づく。


「離れろ!」


 地を踏み、風を切り、槍を振り下ろしながら、俺とビルデの間に入るように来たのはラオだった。その一瞬前に俺の腕は解放され、ビルデは大きく距離をとった。


「ザイ、大丈夫!?」


「ありがと……何とか大丈夫。何でここに……?」


「勘、かな。とにかく何もなくて良かった」


 これだからラオは頼もしい。良い場で現れてくれたラオに感謝し、少し痛む腕を押さえながらビルデを見ると、その状況であるためか、ビルデの顔は人間とは思えないようなものになっていた。


「ちっ……。まあいい、また貴様に会いに来るとしよう」


「あ……っ!」


 そんな彼は、不服そうではあったものの、素直にその場から姿を消した。

 俺が来ると思って青郡にいたと言っていたところを見れば、すぐにまた会うことになるということは想像できた。




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