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暗黒と少年  作者: みんとす。
第一章 出逢イノ章
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第六話 黒ノ秘ハ彼ノ中

 

 あれは、二月(ふたつき)ほど前のことだった。

 いつものように、ザイに試合(ゲーム)を頼みに行こうとした矢先。突然、何かが俺の意識そのものを鷲掴んで、強引に引っ張ったのか。()()()()()()()、俺のそれはある場所へ飛んだ。



 ..◁..◁..


「え……っここ……何だ」


 暗すぎて、何がなんだか理解ができない。分からない。そんな狼狽えている俺の前に、一体の化け物が姿を現した。現した、とはいえ、暗闇に溶け込んでいるのかはっきりとはその姿を捉えられない。


『ほう、なかなかの人間ダ』


 そう言って、俺を見下ろす。暗順応によって確認できたのは、相当大きな、長い尾を持つ化け物だということ。その赤っぽい目が、必要以上に俺を睨みつけている、それだけで、恐怖以外の何物でもない。


「何だ、お前……!?」


 唐突に巨体を目の当たりにして、引けを取らない奴なんているだろうか。こんな、本当に体が動かなくなってしまうほどの威圧感と恐怖感は、初めてだった。


『私は〈暗黒〉に存スる怪異。お前を見つケたのも私だ』


 〈暗黒者-デッド-〉の存在と、その価値。それを知らされたのも、その時だった。

 一度に大量の〈暗黒〉の情報を聞かされた俺は、一通りの整理を何とかこなしたものの、腑に落ちないことばかりでどうすることもできなかった。


 その怪異は話を進めたいのか、混乱する俺を放って名乗った。


『私は薫。お前と契約をすル怪異』


「意味分かんねえ……契約って何」


 怪異は〈暗黒者-デッド-〉との契約をしたがる。自らの力が上がる上、価値が高まるからだそうだ。ただ、そこに〈暗黒者-デッド-〉側にある利点は伝えられなかった。


『 』


「……?」


 ここにきて、口元は動いているものの、その言葉を全く聞き取れなくなった。聴覚がそれをシャットアウトしただけなのか、それともこの怪異が何か仕掛けているのか。想像できる限りの事をそれとなく並べてみていると、ぶつぶつと音のような声が次第に聞こえてくるようになった。


『 暗 ノ』


 やっと聞き取れたその言葉も、次の瞬間突然切り替わった怪異の異様さによって、闇にかき消された。


『お前……! 〈暗黒者-デッド-〉ではナイナ! ナゼ存在デキル!』


「はあ?!」


 引っ張り込んでおいて、違うと言い出した怪異の勝手さには程がある。そう思う俺だったが、嫌な「何か」を感じてたまらず後ずさりをする。


 ─ナニモノダ、ナニモノダ!

 ワタシヲタブラカストハ、ユルセヌ!


 背筋が、ピリピリと張り詰める。全身に走る恐怖のせいで何もできないでいると、さらに恐ろしい言葉が吐き捨てられた。同時に、鋭い牙が視界に入った。


 ─キサマナドヨウズミダ、タッタイマクッテヤル!


「ひっ……! うわあああああああああ!!!」


 ─ラオ!



 何者かの声が響く。少年と思われるような声だった。その声と呼び方に覚えのある俺は、思わず声の方向を探した。


「ザ……!」


『! グウウ……、ナんダ、コレハ!!』


 俺の意識は次第に薄れていき、怪異は目の前から消えていった。同時に、声が近くなったような気がした。





「ラオっ!」


「……あれ?」


 目を開けると、そこにはあの声の主がいた。間違いなく、あの場から解放されている。ここは見間違えるはずがない、確かな自室だ。周りを見ると、俺はその床に倒れていたことに気付いた。


「何でこんなところで倒れてんだ!」


「……はは……、何で泣いてんの」


 その目の前に屈みこんでいるザイが、静かに泣いていたことは、見逃さなかった。


「うるせえな! 泣いてねーよびっくりして焦っただけだバーカ!」


 俺のことを、よほど心配したんだろう。その呼びかけのお陰で、俺は助かった。とは、言わなかった。いや、こんな恐怖体験なんて……言えるはずがなかった─



 ..▷..▷..


 鎌を探す前に、穏慈がある怪異の元に連れて行ってくれた。

 俺が〈暗黒者-デッド-〉のことをより知りたがっていることから、寄り道も時には、という理由らしい。その話をしてすぐに、その目的と思われるの怪異の目の前で止まり、その怪異が(ギン)という名であることを教えてくれた。その姿は、澄んだ色と僅かな光に包まれていた。体の縁が、ぼやけていると言った方が的確だろうか。穏慈曰く、怪異の中ではかなり有能で知識が豊富らしい。


『……穏慈……ソイツハ、デッドカ』


『ああ、話を聞いてやってくれ』


 ラオは実際に存在できて、俺は実際に存在している。それならば、以前存在したラオは、一体どんな経緯で〈暗黒者-デッド-〉では無いのにも関わらず、何故。


「さっき穏慈にも聞いたけど……俺じゃない人間が、ここに来てるんだよな? 何でその人は、一回でもここに来ることができたのか知りたくて。……俺の身近な人なんだ」


『確カニ、ソウダ。デッドハ一人ノ筈……。ソウカ、アノ時ノ人間ハ、オ前ノ知リ合イか。ナラバ、穏慈。先ニ(クン)ヲ……訪ネタ方ガ、ヨイ。奴ハ、ソノ身デ異例ヲ、得タ……』


 吟はは自身よりも、それを目の当たりにした怪異の方が適材だと判断したようで、その当事者との接触を図ることになった。穏慈はその嗅覚を頼りに、迷いなく駆け出した。





 しばらくすると、その本体を察知したと、その速度を緩めて俺を下ろした。視線で俺にその方向を知らせ、どんな姿かも分からない相手に、俺は恐る恐る接近した。


「お前が、薫?」


 ある程度の距離で見えたその体は、大きな龍のようで、また違った形の例えがたいものだった。穏慈と並べば、大きさだけだといい勝負をしている。


『何だ、お前……、小僧……! 〈暗黒者-デッド-〉カ!?』


 薫は俺が人間だとすぐに気付いて、眼を見開いた。一瞬で間を詰めて来たかと思えば、俺はその腕で地に叩きつけられていた。


「ぐえっ……」


『腕を離せ薫。我のものだ』


『……チッ、もう契約しておるのか』


 穏慈のフォローがあって、すでに契約をしていることが分かると、薫は素直に腕を離した。しかしふらつきながら立ち上がった俺はというと、あまりの衝撃に咳き込んで吐血する。こんな暗闇にも関わらず赤色と判断できるそれが、口を覆った自分の手にこびりついていた。


「げほっ……。いきなり何すんだよ……っ」


『以前〈暗黒者-デッド-〉だろうガキを引き込んだが、違ってな。条件反射というもノだ』


「……穏慈は薫と知り合い?」


『ああ。昔から知っている。ちなみにお前の知り合いを連れ込んだのがこいつだと言うことも知っていた』


「何でそれ言わねえの……」


 穏慈の発言もあって、吟が言っていたことは間違いなかったようで、俺を潰しかけたこの怪異がラオと接触しているらしい。穏慈がそれを言わなかったのは、単に吟に聞けば早いと思っていたからだ、ということだった。


『む、そうイえばあの時何処からか聞こえた声に似てイるナ』


「あの時?」


『あぁ……私がガキを見つけた時ダ』


『あいつが変に倒れていたことがなかったか?』


 ─ラオ!



「! ……? ……あんまり覚えてないな」


『お前の頭は未稼働か』


「お前失礼だな……ん? 待って、だったら……」


 ラオも、薫が話したことは、〈暗黒〉のことは、粗方覚えているはずだ。少なくとも、俺よりも頭は切れる友人だから。


「薫、その時ラオに……鎌のことを何か言った?」


 これは偶然ではない。ラオも、絶対に無関係ではない。薫が起こした過去の話があって、ラオは、鎌の事まで知っていたんだと、断言できるまでに確信へ変わった。


『そうか、お前アノガキの知り合イか』


「……そうだよ」


『ふん、教エてやってモよイが、良いのカ?』


 不気味なのはこの場ではなく、薫自身。薫という存在の不気味さを、今改めて感じる。教えたとしても、その先についてはどうなっても保証はしない。そう言われているようだった。


「良いから、教えてくれ」


 今は不思議と、不気味だとは思いながらも、()()()()()


『一度しか言わヌぞ、小僧。順を追っテ話そう』



 ─あれは、幾年か前ノこと。

 〈暗黒〉の鎌は、元々ここにあったものだった。



 ..◁..◁..


『鎌 エタ 空 』


『 盗 』


 四方八方から聞こえる不気味な声。怪異たちがざわついていた。何事か、事件が起きたらしい。


『 人 憎 イ 』


 集まる怪異の目は、赤く、また鋭く、変色している。相当の怒りが、手に取るように見える。その場には、薫も穏慈もいた。その場にいる他の怪異とは別格らしく、人が聞き取れる言を発していた。

 怒りに満ちる怪異からは、とんでもない言葉が吐かれている。


『鎌 盗 人間 ノレ オノ !』


 怒り狂う怪異たちは、一斉に言葉を発し、途切れ途切れになりながら、その言葉は二体に響いた。

 鎌が盗まれた……と。



 ..▷..▷..


 入れないはずの普通の人間が、〈暗黒〉の鎌を盗んだ。それからは、ある一筋の光が、一カ所にだけ存在するようになった、という。

 穏慈も間で口を挟みながら、俺が鎌を手に入れることの必要性を説いていた。


「つまり、契約と同時に鎌を〈暗黒〉に持って来いってことか? 単純に返せって言ってんのか」


『未だに鎌がこちらにないということは、そういうことだな』


 〈暗黒〉にないなら、俺たちが普通に存在する世界にあるということが自動的に定まる。そこに戻る方法として、他にもやり方はあれど、その一筋の光を通すことでも可能だと言う。


「その筋ってどこ?」


『ここから向こう側だ』


 俺から見て、左側を示して言った。簡単に礼を伝えると、穏慈は薫に対して背を向け、俺を呼んだ。

 ここまで来たら、ラオがここに来ることができた理由も、突き止めたい。それが叶えば、ラオにも少しくらい成果を伝えられると思う。


 あと少しだけ、頑張ってみよう。




 ......


(そういえば……あの時怪異は、何て言ってたかな。ザイがそうなら、俺と同じ話を聞くはず)


 暗闇で、一歩間違えれば命を落としていたかもしれなかったあの時のこと。トラウマに近いのか、意外とよく覚えているものだ。


(鎌を探しに行く、とは言ってたけど。確か怪異は……そうだ)


「……こっちって、言ってたっけ……」


 そして、且つ。恐怖の中に僅かな興味があった俺は、何となくあらゆる武器庫という武器庫を回ったからこそ分かる。知っている。


 他の武器とは明らかに違う、異質な鎌が、この屋敷内に隠されるように保管されていることを。

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