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暗黒と少年  作者: みんとす。
第三章 過去ノ章
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第六十六話 黒ノ眼ヲ呼ブ者ト応ジル灰

 

 普段よりも早めに風呂から戻ると、ダイニングのテーブルを挟んで、両親とルノが向かい合う形で椅子に座っていた。ルノの横の椅子が空いていて、僕に座れと言う彼の言葉に従って、そこに座った。時間はすでに、日を跨いでいる。

 そして、僕がいない間にしていた話の続きだと言って、今までをなかったことにはできないこと、僕の警戒心はほとんど薄れないだろうということを、淡々と話した。


「ガネは今まで一人で抱え込んでたんだ。あんたたちに、その精神的負担がどんだけのものか分かるか? それでも自分たちは目を背けるつもりか?」


「……だって、どうしていいか……」


 両親に対しては丁寧な言葉を使って話していたが、今は違う。強い口調で、言葉を発していく。その間、母親とは全く目が合わなかった。

 実の子の眼が魔に類似し、そのせいで森凱中に嫌われて嫌がらせを受けている事実からは逃げられない。勝手な憶測だが、それに味方すれば自分も除け者にされる、と保身していても何ら驚きもしない。


「どうしていいかじゃねぇよ。朝も言ったが、こいつのどこがダメだってんだよ。特異的でもあんたの子ども、生きてる普通の人間じゃねぇか」


「それは……」


「ちゃんと見てみたことがあるか? こいつの眼の色が、ストレス溜め込んでる割に澄み透ってんの、知ってるか?」


 何が気に入ったのか、僕の頭は大きな手に撫でられる。ルノからしてみれば、僕の背丈はそうするのにちょうど良いかもしれないが、自然すぎて癖にも思える。


「ルノ、これ癖?」


「あぁ悪い。あんまり慣れあうことはないんだけど。子どもは可愛くて好きだからな」


「あっそ。でも僕に可愛いは言うな。そこまで子どもじゃない。あと、撫でられるのは慣れない」


「じゃあ慣れろ」


「必要ないだろ」


 まるでやめる気配がなく、次第にどうでもよくなって、放置した。それを見る両親は、言葉が出ずに目を逸らしたのを、僕の眼は捉えていた。


「……見ただろ、普通に会話もできる。今まで何してやった? 幼い子を放ってただけか?」


「そういうわけじゃ……ない」


「じゃあ何だ? 怖かったか」


 そういうわけでもない、と母は言う。何が不満かと問えば、そんなものはないと両親は言う。ならば一体なぜ、ここまで僕に構わなかったのか。


「ちっ、埒が明かねぇな」


 自分の意思でそうしたということを、まるで感じられない。特別反応すらないところを見て、何となく、頭によぎったことを口にする。


「……もしかして……他人を信じた……?」


「!!」


 それを聞いた一瞬で、母の形相が変わった。つまり、僕が魔物の一種だという、他人の言葉を信じた──その確信を得る。

 その言葉が重く刺さって、僕への接し方に迷いが生じて今に至るわけだ。その事実を目の当たりにはしたくなかったが、間違いない反応だ。


「……まじかよ。親は味方でいるべきなんじゃねーのかよ! ほんとにこいつの逃げ場潰して自分たちだけ的から外れようとしたんだな!?」


 テーブルに思い切り手を叩きつけたかと思うと、ルノは感情的になって声を荒げていた。その顔は、僕が怒鳴られた時よりも険しかった。さすがにトラブルにはしないだろうが、必死で止めると、ルノは落ち着いてテーブルに触れる手を離した。


「……いいさ。あんたたちがこいつを庇えねぇ上にこいつの傷が分かんねぇなら。俺がガネを引き取る」


 その言葉は、僕にも両親にも衝撃を与えるには十分だった。当然、それに対抗して「勝手じゃないか」と言う父だったが、ルノに両親が僕にしてきたことを考えると勝手でも何でもないと、冷ややかな視線と共に言葉を向けると返す言葉を失っていた。


「ただ、俺は明日には帰るし、そもそも責任をもてる教育師でもねぇ。だから、俺が教育師になったら、迎えに来る」


「……お前は、どうしたい、ガネ」


 父は対抗する言葉ではなく、僕に選択するように言う。対抗したものの、僕がここからいなくなるというのは願ったり叶ったりなのかもしれない。僕がいるせいで、きっと両親も息が詰まる思いをしているんだろう。謝罪と言い訳を聞かせてきたくせに、その切り替えは十分なようで、この人たちに希望を抱くのは無意味だと、間接的に分かってしまった。


「……それ、結局僕は、謝られた意味はないってことでいいの? 無責任もいいところだね」


「っ……! そ、それは」


 しかし、突然決められるわけもない。ここを出たいのは山々だが、だからといってルノについて行った先で、どうなるか分からない。もしもの時に、僕はまだ一人で何もできない。それが不安要素だった。


「……今後あんたたちに頼る気は、全くない。でも、まだ……分からない……」


 僕と両親のやりとりを見て、どう思ったかは知れないが、ルノは僕の腕を引っ張って立たせ、軽く背中を押した。もう戻れ。小さな声で、そう言って。


「俺はお前を見捨てない、絶対にだ。これだけは信じてくれ」


「……ありがとう」


 ルノに従って部屋に戻り、「ルノについて行くか否か」を、一人で悩んでいた。

 今日の一日で明確になってしまったことも、ここにいても僕を取り巻く環境は変わらないことも、すべてはそれの決断によって左右されようとしている。

 ただ、僕が本当に安寧を求めているならば。ルノが必ず僕の逃げ場になってくれるというのなら。僕が選ぶ道は、一つしかない。






 翌朝。昨日夜更かしをしたせいか、自然と起床したとはいえ、瞼の重みが通常の何倍にもなっていた。体を伸ばしたり瞼をこすったりして何とか頭を起こし、ルノの姿が部屋にはないことを確認する。あれからどうなったのか。着替えて部屋を出ると、部屋の扉の横に、ルノは座って眠っていた。


「……ル、ルノ」


 恐る恐る揺すってみる。数度首が上下した後、浅い眠りだったようで、思ったよりも簡単に目が開いた。僕と目を合わせ、大きな欠伸をする。首を押さえているあたり、こんな場所で寝たことで痛めたのだろう。


「……おぅ。あー俺変なとこで寝たなー。ちくしょー痛ってぇ」


「……ふっ」


「え」


 あ、と思って慌てて口を塞ぐが、当然遅い。漏れるような声で笑ってしまったわけだが、僕も気持ちが緩んでいた。どうしてそうなったかは、分からなくてもいい。でも、きっとルノがこうやって当然のようにいて、当然のように目を覚ましている姿を見て、心がくすぶられたのだろう。それ分かれば、今の僕には十分だった。


「今笑ったな!? うわー良いもん見た!」


「忘れろ!」


 ルノは一人で盛り上がっている。僕が多少でも笑んだことを、僕が思う以上に喜んでいた。少しばかり、僕が引いてしまうくらいに。


「飯食うか」


「うん」


 ルノが落ち着いたところで、僕たちはダイニングに向かった。







「お前からこんなこと言い出すとはな」


 ところ変わって、今僕たちがいるのは鈴屑の丘。朝食をある程度持って、ここまで来たのだ。

 さすがに一夜明かしたとはいえ、気の重い話をした後だ。両親がいる空間で食事なんてできる気がしなかった。


「あいつらと一緒にいたくない」


「まあそりゃそうか……っと」


「むぐっ」


 突然僕の頭を押して、姿勢を低くさせた。驚いた僕は、食べていたサンドウィッチを詰まらせかけて、むせてしまった。


「……あ、悪い。大丈夫か?」


「げほっ、げほっ……。いっ、いきなり何っ……」


 僕が大丈夫だと分かると、ルノは後方に目を向けていた。それに合わせて後ろを見た瞬間、ルノが今したことの理由が分かった。

 ころりと地に落ちる石は、四人の僕と同じくらいの子どもが腕に溢れんばかりに抱える石の一つで、その音を聞き分けたルノが咄嗟に反応したのだろう。


「お前! 何でここいんだよ! 早く消えろよ!」


 まさかこんな時にまで石を投げに来るとは思っていなかった。ルノがいれば大丈夫だと思っていたが、今目の前にいる子どもには関係なかったようだ。


「お前ら……どこまでもガキだな」


 ルノが立ち上がって、僕と四人の間に止まると、その背丈に圧倒された二人が後ろに下がる。

 しかし、中でも気の強い奴は、臆せずルノを僕から引き離そうとした。けれど、ルノはルノで僕の身を庇うためにそこから動くことはなかった。


「そいつといると、悪いことしか起きねーぜ。離れた方が死ななくて済むよ」


「……お前ら、眼が違うからってだけでこいつを虐めてんのか?」


「人が住むとこに来てる魔物なんだろ?」


「……ガネが関わって、死んだ奴がいんのかよ」


 四人は、その低い声に肩を震わせて硬直する。それもそのはずだ。僕が関わってそうなった人なんて、誰一人としていないのだから。むしろ僕の方が傷ついてきたというのに、そのことは棚に上げて僕を悪者扱いだ。


「自分たちを正当化する作り話だろ。楽しいか?」


「うるせえな! そこどけよ!」


「俺はお前らの(ろく)でもない大人になる様が今から楽しみだぞ? 俺も混ぜてもらおうじゃねーの、もちろんガネの味方側でな」


 拳を強く握り、その刺激で腕の筋が盛り上がる。そろりと覗いたその表情は冷酷で、背の高いルノが子どもを見下ろす視線は思わず背を凍らせる。僕は、一瞬でルノの後ろに引いた。


「そうやって結局、虐めを楽しんでるだけだろうが!!」


 前に出てきていた子どもでも、さすがに身を震わせる。背中を見ている僕でも怖い思ったくらいだ。正面から見る子どもには十分に効いたようで、期待を裏切られることなく、その場には再び、僕とルノしかいなくなった。


「……ずっと、ああなのか」


「最近は特に酷かった。ルノがいるから、その間は大丈夫だと思ってたのに」


「俺と来ること、考えたか?」


 “俺が引き取る”、そう言ってくれたこと。驚きはしたが、それが叶うなら、僕が穏やかにいられるのはきっとそこしかない。出会ってすぐの時点で、屋敷に来ないかと誘われていたことも思い出す。あの時とはまるで違うルノとの距離に浸りながら、僕の決断を答えた。


「うん。僕、ルノといたい。ここに僕の味方はいないし、それに……剣も、やってみたいから」


「おしっ、じゃあ決まりだな。俺が教育師になって一段落ついたら、絶対迎えに来る。ちょっと時間はかかるけど、待ってろよ」


「うん……待ってる」


 その後、食事を終えた僕たちは、ぶらぶらと歩き回った。昨日と違って日がある時間帯で、人の目が痛かったけれど、ルノが横にいると思うと全然怖くなかった。

 ルノが森凱を離れるまで、僅かな時間となっていることすら忘れて、僕はそのひと時を堪能していた。





 時間は恒の一時。ルノは一度、僕の家に来て、残したものはないかを確認し、両親に家に上がらせてもらったことの礼を言った。目の前から去ろうとしているルノに目を向けられずにいて、どうしたらいいのか、どんな顔で見送ったらいいのか、ぎりぎりまで悩んでいた。


「それで、ガネは……」


「あぁ、いずれ迎えに来るぜ。せいぜい可愛がることだな」


 そう言って、僕に笑顔を向けて足を踏み出そうとする。それを見て、僕の体は気持ちよりも先に動いて、ルノの服の裾を掴んでいた。


「……、待って」


「……ガネ、約束だ。必ず、また来る」


「うん、……うん、約束」


 頬を伝う熱をもつ涙に、また手を伸ばして拭ってくれる。その温かい手は、この三日間で僕に大きな安心感を与え、僕の気持ちを救ってくれた。何と言えば伝わるだろう。どんな顔をすれば、綺麗に見送れるのだろう。考えていても、時間は過ぎていくだけで。そんな僕の頭に、そっと大きな手が添えられた。


「じゃあ、またな」


「……あ、のね、ルノ」


「ん?」


「ありがとう」


 それを聞いたルノは、満足げに、笑って帰って行った。その日から、僕の心の支えは“いつか迎えに来てくれるルノ”の存在になった。

 調べて知ったことだが、教育師になるにはそこそこ大変な過程がある。次に会えるのがいつになるかも予想できないが、ルノは約束を守ってくれる。僕を助けてくれる。そのための人だと、この時の僕には確信できた。僕にとっての希望は、僕の目の前からしばらく姿を消した。



 ─それから何日も何年も待って、僕は、十六歳になっていた。



 ......


 ルノさんとガネさんの出会いを聞いていた俺の目には、薄い膜を張るように涙がたまっていた。

 一人で、助けを求める場所のなかったガネさんの辛さを思うと、何も感じずにはいられなかった。ラオも同じようで、鼻をすすりながら黙っていた。


「何で君たちが泣きそうなんですか」


「うるさいな……俺は感受性豊かなんだよ」


 人の気持ちを考えると、俺の心はかき乱される。僅かに溜まる涙を拭って、俺はガネさんを見た。

 いつものような憎たらしさは微塵も感じられず、今見えるのはルノさんとの間にある清い絆で、それに身を預けているように思えた。


「ここに来て良かったな、こんな屋敷生にも会えたんだ」


「そうですね……。いろんな人に救われているみたいです」


 俺たちを必死で庇ったり、自分が前に出て行動を起こしたり、強がっているような時や、任されようとする時。ガネさんは、いつでも自分よりも他人のために動いていたことに気付く。

 話を聞く限り、自分の殻を守ることばかりだったガネさんは、人に教える立場になり、自分ではなく周りを守るようになっていったのだろう。どういう過程があれ、ルノさんの影響は大きいようだ。


「それから、いつここに?」


 ラオは先が気になったようで、そう促しをかけた。


「確か、……十六歳の時ですね。そう考えると結構待てましたね」


「そっか、四年か。その間に俺は教育師になって、研修もしててな。行くのが遅れてしまったんだ」


 教育師試験に通って、すぐに講技を扱えるわけではないらしい。思えば、オミもまだ助手のような役割だ。それでも、すでにいくらかの講技を見て行動までできているオミに対し、ソムさんも「もう大丈夫ね」なんて言うお墨付きだ。その期間もすぐに終わるだろう。


「その話も、聞きたいですか?」


「あぁ……ここまで聞いたし、ちょっと気になる」


「……良いですよ。約束通り、ルノは僕を迎えに来ました。その頃は──」


 俺たちは、二人の再会の話を静かに聞き始めた。

 それは、俺たちにさらなる衝撃を与える話になることは、この時はまだ予想だにしていなかった。



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