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暗黒と少年  作者: みんとす。
第三章 過去ノ章
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第六十二話 黒ノ魔石ニ触レル手ト紫眼ノ師

過去編

 

 目を覚ました俺の視界には、見慣れたメンバーが並んでいた。オミも戻って来たことに安堵する中、当の本人はゆっくりと体を起こした。


「ザイ! 良かった! ほんと良かったあああああ!」


「うわっ! わ、あ、ラオ、揺れる、元気そう」


「ピンピンしてるよ俺はあああああ!」


 俺の肩は掴まれ、思い切り前後に揺らされる。頭がぐわんぐわんと揺れる感覚に抵抗しようと目を瞑ったが、ラオのその行動はなかなか止まらなかった。

 ぴたりとその動きが止まり、目を開けるとギカの姿が見え、その手に作られた拳はラオの右肩を目がけて飛んで行った。


「せやっ!」


「あでっ!」


 ギカのそれが強かったのか、怪我をしているのかはともかく、ラオは殴られてふらついていた。その肩をさすりながら、「痛いなあ」なんて言って、再度その足でしっかりと立った。


「どこがピンピンだよ」


「まあ、それなりに泰は手強かったしね。それより、ザイは大丈夫?」


 俺がいた心霊幻界のことを話すと、穏慈は分かっていたようで、特別驚くこともなく俺の身を案じていた。オミがいたことで俺はそこまで混乱しなかったし、何事もなくここに戻ってくることができている。隣のベッドで座っているオミに、改めて礼を言うも、大したことはしてない、と一言返ってきた。

 穏慈によると、心霊幻界は〈暗黒者-デッド-〉にとって不相応な場所だと言う。俺の体の力が抜けて、しばらく動けなくなったことにも納得がいった。


「そのせいだったんだ」


『まさか我がおらん()にそんなことになっていたとはな。やはりあいつは始末せねば気が済まん……』


「おい、今殺気立つなよ? 一段落したんだから」


 事態が収束したことで、俺の意識がない間にあった話─ヤブと泰を討つことができたこと、ホゼが屋敷から手を引くと言ったこと─を耳にする。

 俺たちにとってはホゼの動きが変わることほど焦るものはない。次に向かうのは、青郡のはずだ。俺たちの対処も変わってくる。


「あいつ何なんだよ!」


「問題でしょう?」


「ちっ、そうか……。また面倒なことを……」


 もともとホゼの味方の立場だったオミも、顔を渋くして俯いた。

 今の青郡の人たちは、戦には慣れていない。加えて復興の途中であるのに、そんな時にホゼが足を踏み入れたら、確実に堕ちるだろう。


「……まあ、しばらく青郡のことは任せな。オレも他の奴らも、根性はあるしな。向かってくる敵が強えのははっきりしてるしよ」


「ギカ……でも、細刃は」


「ああ、ここのを貰っていけることになったから心配すんな」


 この目で細刃が粉々になったのを見た俺の心配をよそに、ギカは屋敷にある武器を持って帰れることを自慢げに俺に言ってきた。こんな場所にある武器を手にできるのは喜ばしいことかもしれないが、現状それで打破できるものではない。


「屋敷の武器だからって最強なわけじゃないよ。何でそれさえあれば大丈夫みたいになってんのか聞いてもいい?」


「オレの気持ちの問題だろ、そうでも思わねーとやってらんねーよ」


「あぁ……じゃあ取りあえず武器庫に寄ろうか。青郡まで送るよ」


 のそりと立ち上がり、穏慈についてくるよう頼めば、快く了承してくれる。

 いや、快く、とは俺が勝手に思っているだけなのかもしれない。その顔は俺に対しては笑みをこぼしているようにこそ見えたが、ふいと顔を逸らした後に聞こえてきた舌打ち。怪異は運び屋ではないとでも言いたげな様子が窺えた。


「それなら、僕たちはザイ君たちが戻ってくるまで休養していましょう」


「それなら、私はノームと合流して屋敷生を帰してくる。明日も休みにしておいていいよね」


「お願いします」


 ガネさんの答えを聞くと、ソムさんはウィンを連れて部屋を出て行った。それを見届けてから、俺たちもギカを青郡に帰すべく、医療室を後にした。






 穏慈の背に乗り、青郡への道を颯爽と駆ける。

 ギカはといえば、気に入ったものを持って行っていいと言うガネさんの言葉で、細刃に似た、細い鞘に入った刀を二本、腰に携えていた。

 ガネさんが許可を出したというし、誰も何も言わなかったところを見ると、本当に譲って良いものなのだろう。

 二本の刀─鞘がぶつかり合う音を耳にしながら、既に青郡が見えてくる場所にまで来ていた。


「穏慈がいたら速いな」


『当然だ』


「おっ、やってるやってる」


 ギカが送る視線の先では、青郡の住者たちが動き回っている様子があった。せっかくだから顔を出しておこうと、穏慈の背から降り、それが人の姿をとるのを待ってから、俺たちの足は青郡の地を踏んだ。


「結局お前らに迷惑かけたな。世話になった上に、送ってもらって」


「良いよ。俺も最初はびっくりしたけど、結果的にあいつの意表をつけたわけだし、助かった」


 そう言ったものの、ギカは勝手に屋敷に来たことを俺がどう思っているかと気にしていたらしく、そのことに関して俺の本音を尋ねてきた。ソムさんにもフォローしてもらったと言っているが、どうやら俺から聞きたいらしい。


「……で、怒ったか?」


「んー、連れてきた穏慈たちにはまあ……ちょっと、いや結構ふざけんなって思ったけど。来るにしても止めてくれればいいのにって。でも、助かったのは本当だよ。細刃が粉々になって逆に申し訳ないくらい」


 それを建前と取られてしまったらどうしようもないが、俺は本音で返した。ギカがそう聞いてきたのなら、誠意をもって答えなければ、友人であれ失礼な話だ。


「そうかよ。まあ勝手に来たオレもオレだから、細刃のことは気にしてねーよ。貰った武器もあるしな! いろいろありがとな、顔なんか出さねーでいいから、早く帰って休めよ」


「そうは言っても……」


『……ザイヴ、ついでだ。青精珀を見せてもらったらどうだ』


 穏慈のその一言で、そういうことならとギカはその青精珀がある場所まで案内してくれた。

 そこは、どこか知った風景。青郡出身だから知っていて当然だが、ここは、()()()の場所だった。


『……どうした?』


「七年前、……母さんを見た場所。間違いない……ここ、だったんだ」


 方舟(ハコ)に体を乗っ取られた母さんがいた。つまり、方舟もそこにあったことになる。

 今思えば、それが青精珀を隠すようにあったようにも思える。あの時のことを思えば、という意味で。


「そうか、あれお前の母さんだったんだな」


「……七年前も青精珀を認識できなかったのは、方舟があったから、か」


『……深火(ミビ)が何か知ってそうだな』


 方舟を吸収した怪異、深火。それは長い間方舟を持ち歩いていたことから、俺も穏慈の考えに乗り、また深火に会いに行くことになった。

 それはまた屋敷に戻って、落ち着いてからでもいいと、目の前にある青精珀に手を伸ばしてみた。触れないとは聞いていたが、どんな反応になるのか、それが純粋に気になっている。いわば興味本位だ。


「おいやめとけ、触れねー……」


 ギカには止められたが、俺はそれを聞かずに続けた。


「あっ……!」


 その手は吸い寄せられるように、俺の期待とは裏腹に、難なく触れることができた。それだけでなく、青精珀が強く光り始めたのだ。それに唖然とし、咄嗟に手を離せずにいたが、その事実に意識だけは戻り、目も離せなくなった。


「何これっ……」


『青精珀が、ザイヴを受け入れた……ということか?』


 俺が触ることができる。聞いていたことと異なった状況に驚きを隠せないでいた。一方で、大きな収穫でもある。ハッとして慎重に手を離すと、青精珀の強さは消え、また元の光を放ち始めた。


「何か、まだ知られてねーことが奥底にありそうだな」


『あぁ……また探らねばならんことが増えた』


 青精珀に触れた手を見ながら、俺はそれの不思議さに心を揺れ動かしていた。ギカも黙り込んで何かを考えているようだったが、遂に、別れの言葉を発した。


「また来いよ。答え見つけてな。オレもやれることはやっとくからよ」


「あ……うん。また無茶するなよ。……でも今回は、本当にありがとう」


「あぁ、お互いにな」


 そして、俺と穏慈はギカに見送られながら、屋敷で待つ皆のもとへ帰った。






 ザイがギカを青郡まで送るために屋敷を離れてから数時間。屋敷では、全員がそれぞれくつろいでいた。傷を癒やす者や、疲れを取るべく睡眠をとる者。屋敷に住む屋敷生の中には鍛錬をする者もいた。


「それで、屋敷長は何と?」


 今回の騒動の件を屋敷長に伝えに行き、戻ってきたソムさんに、ガネさんはそう聞いた。元屋敷の教育師が起こした騒動に、屋敷自体も警戒態勢が敷かれ、ソムさんが言う前に多くの教育師から報告を受けていたという。


「屋敷長に貰った小瓶使わなかったの? 使えば、被害はもっと少なかったかもしれないって言ってたよ」


 その言葉で、以前屋敷長室を訪ねた時に、確かに気休め程度でという言葉とともに小瓶を貰っていたことを思い出した。それは、ガネさんもザイも貰っていたものだ。

 言われるまで忘れていたが、気休めとして貰ったものが力になるということだろう。そんなものが気休めと言う言葉で預けられていたのだろうかと、その小瓶のものの力に興味が湧く。


「……僕は使えますが、ザイ君やラオ君には教えないといけません。そんな暇なかったし、それに気を取られて死んでしまうと元も子もないでしょう」


「すぐに教えておけばよかったのに」


「どちらかといえばソムこそ知っておいて損はないものなんですけど。ちなみに知ってます?」


「知らないけど」


 それを聞いたガネさんは黙り込み、腕を組んで何か考え始めた。問うても、返答はない。

 しばらく静かな時間が続き、その小瓶についてガネさんに尋ねてみようと口を開いた瞬間、医療室の扉が開いた。


「ただいま」


「あ、ザイ。早かったなー」


『当然だ。我がいるのだからな』


 自信満々にそう言う穏慈に、俺は適当に答えてから、ザイが青郡で見てきた青精珀の話を聞くことにした。




△ ▼ △ ▼


 少年が怪異とともに屋敷に戻って来たそんな頃。屋敷長室にはその長とは別に、ソファーに座って向き合う形で対話をする者─黒い髪、紫の眼、左の眉の上には雷のような痣を着けた、背の高い男性の存在があった。


「変わらないな、ここは。屋敷長」


「騒ぎが起こるようになったことくらいかのぉ。姿形は変わっとらんわ」


 その言葉に口角を上げて返す。その者は机に置かれた茶入りのマグに手を伸ばし、一口喉に通した。

 再度元の位置にそれを戻すと、そういえば、というように話を続けた。


「あいつはどうしている」


「……おぉ、ガネ教育師か? 今や応用剣術を担当しておるよ。トップクラスの教育師じゃ。今回のことにもかなり尽力してくれておる」


「そうか……元気にしているようだな」


 どうやら、少年に力を貸すガネの知り合いらしい。マグに残ったままの茶から上る湯気を見つめ、屋敷長から大体の近況を聞いたその男性は立ち上がり、部屋を出ようと屋敷長から遠のいていく。目の前に迫る扉を開けるため、ノブに手をかけ、振り返った。


「今は?」


「ソム教育師によれば、医療室におるそうだ。行ってみるかい? 本部長」


「あぁ」


 居場所を知ったその男性は、扉を静かに閉め、部屋を後にした。

 残された屋敷長は、やれやれと言いながら立ち上がり、残ったマグを片付けるために二つのそれを手に持った。


「……若くして本部長、か。ガネ教育師も驚くじゃろうな」


 その双方の関係性をを知る屋敷長は、騒動があったことを忘れさせるかのような穏やかな表情を見せた。





△ ▼ △ ▼


 俺がここに戻ってきてすぐに、穏慈は一度〈暗黒〉に戻りたいと言い、姿を消した。穏慈にも、俺には分からない事情はあるだろうと特に気にはしていない。とにかく、穏慈がこの場にいないことにはそういう理由があった。

 青精珀の話を俺一人で伝える形にはなるが、もちろん問題なく触れたことも隠さずに言った。


「青精珀に触れたの!?」


 俺の言葉を聞いたラオの驚愕を表す言葉は、部屋中に大きく響いた。それも無理はないだろうが、オーバーリアクションとは()く言ったものだ。


「声がでかい!」


「鼓膜引きちぎれます」


「すいません。でも、触れないって聞いてたんだけ……」


「うん、だから俺もびっくりした」


 一番驚いたのは、興味本位でとはいえ手を伸ばして触れた俺自身。大声を出したラオは勿論、聞いていた話と違った青精珀の反応があったことに、その場にいる者全員が驚いていた。

 もちろん、俺が収穫だと思ったのと同様に、それは使えるかもしれないとガネさんは言った。


「……青精珀たぁ、また面倒そうな代物だな」


「あれ、起きていたんですか」


「あんなでけぇ声聞こえたら、起きるだろ」


 ラオの大声で起きてしまったようで、怠そうに起き上がったゲランさんも言葉を発した。その顔はまだ本調子ではなく、怪我の重さを物語っていた。身を起こすのもやっとという様子で、今回ばかりは動きたくないと、起こしたばかりの体を再び倒して布団を被った。


「まー策がねーよりいいだろ。青精珀のことなら、書庫に少しだけある。おめーらで何とか調べろ」


 心臓部には届いていないとはいえ、呼吸に必要な臓器を持つ胸を貫かれたら苦しいも何もない。止血をして延命したのは俺たちだが、生きているのが不思議なほどだ。きっと肋骨も何本か折れているだろう。


「……仕方ありませんね。じゃあ、僕が行ってきますよ」


「あ、俺も行く」


 青精珀を一番知らないといけないのは、俺だ。以前ガネさんと書庫に行った時もそうだが、その存在自体に苦手意識があるものの、この際それは捨てて、自分で何とかしなければ。


「だったらさっさと行きましょうか」


 ガネさんがノブを回して、医療室の扉を開ける。すると、それを同時に行おうとしていたであろう体勢をした長身の男性が、目の前にいた。


「!!」


 ガネさんも俺も驚いて、体が少し跳ねたのは言うまでもない。しかしその姿を見て、ソムさんは立ち上がってその男性を凝視していた。ガネさんはというと、驚いたのも束の間、その姿を再確認すると、普段めったに見ないくらいに目を開き、その男性の目をじっと捉えて離さなかった。


「だっ、誰……?」


「……確かに元気そうだな。ガネ」


 その声と顔を確認したガネさんは、その名を呼んだ。


「─ルノ……」


 その呼び方と、ガネさんの表情。そして、そう呼ばれた男性の優しそうな表情。それは、その男性がガネさんの知り合いらしい、ということをすぐに俺に分からせた。



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