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暗黒と少年  作者: みんとす。
第三章 過去ノ章
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第五十九話 黒ノ裁キノ閃光ガ落トス闇

 

 目の前の「本能残存(リーブ)」状態の怪異は、不規則な動きで暴れまわっている。ついていくのでやっとの俺は、穏慈の力を借りるためにその身の近くに立つ。この状態のままでは狙いが定まらず、遠距離での対応は不可能と誰でも分かる。直接叩くしか、確実に当てる方法はない。


「穏慈、何とか近づけないか?」


『言われなくてもそのつもりだ。ただ、あいつは本能のみで動いている。一瞬の隙で、間違いなく裂かれるぞ』


 穏慈の言うように、向かってくる泰に意志がないことは一目瞭然で分かる。しかし、それならそれで好都合でもある。怪異の本能で動いているとなれば、悟られない限り同族の穏慈に引かれて狙っていく可能性が高い。とその怪異は言った。


『いいか、悟られるなよ』


 ゆっくりと首を縦に振り、穏慈から少しずつ離れていく。その気配を少なからず感じ取ったのか、泰はこちらへの視線をそらさなかった。それを穏慈が無理矢理自らに引き寄せ、俺が焦らずに済むようにしてくれた。それは間違いなく、穏慈の気遣いだ。

 

(……こんな頼れる奴なら、ザイも思い切ったことできるだろうな)


 穏慈の対応に感心しながら、慎重に泰への距離を縮めていく。それは威嚇するように唸り、悲鳴を上げるようによじれ、一気に穏慈に襲いかかっていった。


『ふん、敵に回すとしぶとくて嫌になる。しかし相手が悪かったな!』


 穏慈に気が向いている好機を逃さず、俺の鋼槍は、確かに泰に届いた。低い声で痛みを表し、同時に倒れ込む。


『まずい、離れろ!』


「えっ、うっ!!」


 穏慈の言葉と衝撃がほとんど同時で、且つ一瞬過ぎて何が起きたか分からなかった。遅れて痛みがあり、続けて床に勢いよく落ちる鈍い音と、鈍痛で、殴り飛ばされたのだろうと推測できた。

倒れ込んだと同時の衝撃についていけなかったようだ。


「っ痛ぅ……」


 しかし、そんなことを気にしている(いとま)はない。幸い、この程度なら打撲か擦り傷だろう。出血量もわずかなため、俺は変わらず動くことができた。


『ガァアウ!!!』


『ちっ……本当に面倒臭いな……』


「なあ、俺の槍で何かできねぇか!」


 未だ俺が扱える能力は【槍の針(スラスト)】のみで、それ以上のものは発する気配すらない。しかし、俺の持つ鋼槍にだって力はあるはず。今、それを発することができれば、この場をひっくり返すことだってできるかもしれない。


『そうか……。お前はザイヴと違って初めからそれを振れたな。だったら、それに答えを聞け。〈暗黒者-デッド-〉だろう』


 鎌がザイに反応するのと同じく、鋼槍も俺に反応してくれるのだろうか。考えているだけでは仕方ないと、穏慈の言葉通りに実践する。


「わっ!? 光った!」


 穏慈が言う通り、反応があった。強く、眩しく、少しの儚さを持った光。鋼槍が光ったことに対して怯んだ泰に対し、今なら戦力を削ぐこともできるだろうという穏慈の推測の元、俺は躊躇なく振り下ろした。


「っせえや!!!」


 振り下ろしたところ、泰が受けた傷の部分と鋼槍から光と力が溢れた。目が眩むような刺激で、泰の動きも止まった。

 それを見た穏慈はやはり〈暗黒者-デッド-〉の力を把握しているようで、俺にその効果─【眩耀断(グリント)】を知らせてくれた。知っているなら初めから言ってくれてもいいものを、どうしてそうしなかったのかは……きっと穏慈の気のもち加減にあるのだろう。


『グゥゥウァアアアァア!』


『む、こうしてはおれん、ラオガ乗れ!』


 動きにくいと感じたのか、穏慈は怪異の姿を取り、俺が飛ぶようにその背に跨るとすぐに足で床を蹴りあげて宙に浮いた。それと入れ違いになるタイミングで、泰がその身を巻いて壁や床に打ち付けるように跳ねまわる。それは姿を捉えるのがやっとの速さで、穏慈の判断がなければ、あれに巻き込まれていたに違いない。


「まだだめか……!」


『……そのようだな。しかし今の能力の影響は大きいようだぞ』


 その言葉に従って泰の様子を見守っていると、あの激しい動きは次第に治まり、ついにぴたりと動きを止めた。先程俺が負わせた傷も、大きく肉を断っている。少しずつ、確実にその身を削らせることができていることは確かなようだ。


『とにかく、今ので動きを止めるのがいいだろう。できるな?』


「否定なんて聞く気ないって? 分かってる。大丈夫だ」


 そして俺と穏慈は、泰との最後の戦闘に、足を進めた。穏慈が怪異の姿になったことでこのまま調子良く運んでいけるかと思ったが、大きな誤算だった。数度【眩耀断】で泰の身を斬っても、その動きは止まらず、俺の体力ばかりが削がれていく。異常、としか言えない。


「おい、どうなってんだよ!」


『……根を摘めておらんということか。【本能残存】型でもこのタイプだったとは』


 詳しく話を聞けば、【本能残存】型怪異には二種あり、一つはただひたすらに残滅すればその本能は消え失せていく。しかしもう一つは、その根を奪わなければ死に至らない。と分かりやすく返ってきた。つまり、後者のタイプには、俺たちで言う致命傷は、痛くも痒くもないのだろう。


「じゃあどうしたらいい? そこまで知ってるってことは打開策も知ってんだろ?」


『もちろんだ、武具で頭部を貫け。それこそ〈暗黒者-デッド-〉の力が有効だ。その武具で頭を貫けば根は摘める。実際そうした事実はないし、あくまで我が聞いた情報だが、やる価値はあるだろう。火のない所に煙は立たぬというしな』


「お前実は吟並みに物知りなんじゃねーの」


『莫迦か、そんなことを言っておる暇があるなら奴を斬れ』


 そのためには、穏慈の助けが必要だ。本能のみで動くものほど、怖いものはない。

 いつ何をしてくるか、全く予想できない。したとしても、それは全く意味をなさないのだから。


『泰の気は我に向かせる。任せたぞ』


「あぁ」


『とはいっても面倒だ。【宵枷(ヨイカセ)】!』


 穏慈がそう言うと、左眼が輝いてとても不気味に揺らいだ。同時に重圧がかかるかのような空気の重さと、大きな地響きが伝わり、闇色の光の爆風が広がる。

 その揺れは、俺にとっては何ともいえないような揺れで、少々気持ち悪い感じがした。


『ギャウッ』


『ラオガ、やれ!』


 穏慈のその一声で、俺の意識は目的である泰に向かった。それからは、時が限りなく低速になったような間だった。頭を貫く鈍い音。そこから噴き出す、赤でない血。その血は流れて、場にたまる。流れ出したその液は、知らぬうちに、彼女()の命を削り取る。

 次第に消えゆく叫びは、いつしか木霊する。時の流れが元に戻ったように感じたその時、響くその根は、摘まれた。


『……泰……か。名の如く、読めん奴だ』


 落ち着いていて、何を考えているか分からない口調。そして、ホゼへの忠誠の甚だしさ。普通なら、オミのように反発してもいいところを、〈暗黒者-デッド-〉を捕らえるために身を犠牲にした行為。

 しかし、これでホゼの戦力は、一つ減ったことになる。


『お前は、それで本当に満足だったのか? ……時は遅いがな』


 消えてしまった体を、まるで目の前にあるかのように、問いかける。そんな穏慈が、どこか儚く見えたのは、気のせいだろうか。


「穏慈……」


『……もう大丈夫だろう。奴の胸くそ悪い臭いも消えた。向こうも片付いたようだ』


 俺は座り込んで、ため息をつく。一息おいたところで、地上にいる者に安全の確認をとり、ホゼも去ったということで、ウィンたちを地下から出すために、穏慈には人の姿をとってもらった。

 集まっている屋敷生に声をかけに行くと、先程の衝撃音と揺れについてしつこく聞かれた。確かに、間近にいた俺があれだけの衝撃を受けたのだから、離れている場所とはいえそれは伝わったのだろう。穏慈のものとは口が裂けても言えない。ホゼを退散させたからと押し切り、基本クラスの講技部屋に導いた。


 その後、別のところで作業をしていた教育師に伝え、残ってくれた応用剣術クラスの人たちにも知らせて、俺と穏慈は、ザイたちの元へ向かった。




△ ▼ △ ▼


 倒れている数名を、ギカ君と協力して医療室に運ぶ。最後の一人であるザイヴ君を、ギカ君がソファーに寝かせると、とりあえずその扉を閉めた。


「……ギカ君。来てくれてありがとう」


「……いや、オレも青郡壊されるのは嫌だし。ザイヴの助けになりたかっただけだから」


 気にかけてはみたが、ギカ君は心ここにあらずと言わんばかりに消沈していて、どう元気づけるか悩んだ。血に塗れる場を見た一般の少年にとっては、かなりの負担になったかもしれない。

 けれど、ギカ君が持つ壊れた武器に目をやり、助けになりたかった、と言っているだけありその意味が何となく読み取れた。


「ザイヴ君はいろんな人に支えられているのね。もしかして、役に立てなかったって思ってる?」


「えっ、や、……そう、かも」


「確かにザイヴ君は、自分のことに大切なものが巻き込まれるのを、本気で恐れてるよね。でも、違うよ。あなたがここまで強引に来たこと、彼は責めてないし、むしろ感謝してると思う。そうじゃなかったら、ああやって共闘してなかったよ。自分で気付いてるかは、分からないけどね」


「……分かんねぇぜ、そんなの。まあ、でもあいつ、お人好しだからな」


 私の言葉を聞いたギカ君は、ふと笑みをこぼしながらそう言った。


「まずは手当だね。手伝ってもらえる?」


「もちろん」


 ギカ君の止血のお陰で命が繋ぎ止められているとはいえ、最も重傷で危険な状態のゲランの手当てを最優先に、怪我の手当を始めた。







「何だこれ……」


 あの場所に到着して見たものは、こぼれた血と、擦れた血。そして、それがべったりと壁や床一面に広がっている光景に、焼け焦げた跡。そして、その場に彼らはいなかった。

 ここに溢れている血の持ち主の安否は、どうなっているのだろうか。それを考えると、鼓動が早くなるのが分かる。あれから一体、何が起きたのだろう。


『……生きてはいるだろう。少なくともザイヴは無事だ』


「そうか。……追ってくれ」


『あぁ、言われなくても行くさ』


 穏慈の鼻を頼りに辿り着いたのは医療室。そこにいる面々が、全員無事であることを願いつつも、少し焦ってその扉のノブに手をかけた。


「みんな無事か!」


「声デケーよてめぇ!」


 気持ちが昂り扉を開けて叫ぶと、ギカが瞬時に峰打ちを食らわせてきた。いつもならさらりと流せるものの、今の俺にとっては正直大きなダメージだった。


「ぐっ……おま、ちょっと……」


「あ、わりぃ反射。その様子じゃあ、てめぇは怪我程度か」


「その割に時間食ったけどな……。って何でこんな寝てんの!? 容体は!?」


 視線を向けた先には、横になっているゲランさんと、ガネさんと、オミ、そしてザイがいた。

 ザイに関して言えば、穏慈が『何があった』と真っ先に尋ねた。その問いに対して、ガネさんとゲランさんは出血、オミとザイは意識不明、とソムさんが丁寧に答えてくれた。


「……う」


「! ガネ、大丈夫!?」


 そんなタイミングで起きたのは、ガネさんだった。起こす体を見ると、腹には包帯が巻いてあるが、赤く染みていてその怪我の程度を表していた。一瞬で自分の状況を把握した様子のガネさんは、腹を押さえた。


「……医療室……ですか。自分のためとはいえやりすぎましたね。なかなか強かったです」


「自分でつけたものもそうだけど、脇腹とかその他諸々を見てよ痛々しい!」


「……あぁ、気付かない程度の怪我なんて怪我になりませんよ。僕よりも、ソムこそ怪我してたんじゃないんですか? 手当は?」


「どっちが重傷よ。怪我は怪我! でも元気なら私の手当して!」


 思ったより元気そうで何よりだ。ただ、心配なのはゲランさん。右胸を刺される重傷を負っているため、この場にいる誰よりも酷い。ただ、そんな大怪我をしている人がいる中でも、程度の軽く見えるオミとザイが意識を失っているのも気がかりだ。


「……ホゼは?」


「逃げたわ。ヤブは何とかなったけど……ホゼが回収して行ったみたいね。本当の敵はまた逃しちゃった」


「じゃあ、俺らが知ってる限りのホゼの戦力はほぼいなくなったのか」


 他に何人いるかは知らないけれど、削った力は大きい。それだけで戦果を感じていた。それにしても……と、深刻な顔をして、ソムさんが続けた。それは、ザイにとってとても悩めるものになりそうな、そんなもので。


「屋敷は完全にホゼと敵対したのよ。これ以上屋敷に直接手を下すとは思えない。それに──“使えないならそのまま抗え”。ホゼはそう言い残して行った」


 ソムさんとギカのみが聞いたというその言葉。ホゼは余裕綽々に置土産としたらしい。


『……つまり、ここはすでに眼中にない。そう言いたいのか』


「それがどういう意味なのかは、分からないんだけど。ごめんね」


「好き勝手引っかきまわしやがって……」


 ホゼの計画の変動。それは、一言でいえば「屋敷はホゼにとって不必要」になったということ。その事実に、心中穏やかでなくなったのは、言うまでもない。



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