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暗黒と少年  作者: みんとす。
第三章 過去ノ章
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第五十八話 黒ノ討ツ身ガ現ス血ノ名残

 

「ちっ、ガキが!」


 三人に向けていた戟を、一本持ち替えてラオの鋼槍と交えさせる。鉄の絡む音が、耳に障るほどの衝撃音が響き、ラオがホゼの動きを自らに向け、力いっぱい押している。

 しかし、ホゼは余裕を見せてその槍を受け止めていた。


「ぐっ……」


 その意識がラオに向いている今の好機は逃すべきではない。そう思い、もう一度【潰傷鎌(ディストラクション)】でホゼを崩そうと試みた。その軌道は先程と同じようにまっすぐにホゼに向かっていく。ただ、違うことが一つだけあった。向かっていっているはずの、ホゼの表情だ。


「ザイヴ、軌道はどうやってできる? 風と同じだ。切ればそこに軌道はできる」


「!! やばっ……!」


 それは間違いなく勝算のある顔で、放たれた言葉で、すぐに軌道を他に逸らそうとしていることに気付く。ホゼはラオを吹っ飛ばす程の勢いで戟を振り、動きがとれるようになった身で俺が作った見えない軌道を無理やり変え、俺とラリーをしているかのようにまっすぐに俺の方に返してきた。


「少年!」


 オミは俺を庇って、前に立って大剣を構える。もちろん、ホゼと同じことを行えばその軌道は他方に向かうため、オミが行おうとしていることは一目瞭然だった。俺は大丈夫だと、オミの横に並んで鎌を振ろうとし、軌道が直前に来る時をじっと待っていた。

 そして鎌を握る手に力を加えようとした時、突然俺の鎌が一瞬、強い光を放った。すぐにその光は鎮まり、向かってきていたそれの気配はまるでなくなっていた。少しの間しんとするその場に、何の前触れもなかったことから動揺を隠せないでいた。


「何だ……まさか、打ち消した?」


 その光の中、ゲランさんは意識が向いてない間にと思ったのか、ホゼに莫刀(イノーマスナイフ)の刃をホゼを狙って振り切り、そこから二人のしのぎの削りあいになっていた。


「一瞬を狙ってくるとは……な」


「後になって許されると思うなよ。手配されてる身で派手じゃねーか?」


「まあな、こそこそ動くのは私には向いていない。貴様に私の相手は務まり切らないようだ」


「ああ?」


 その後方に、確かに人の姿を確認する。それは、味方の者ではない。名を呼んで注意喚起をするも、反応は間に合わず、その手に持っている武器がゲランさんに思い切り当てられようとした。その直後に、ガンッ、とゲランさんの背後で音が鳴る。そこには、トンファーを扱う者と交戦していた教育師が庇うように背中を合わせていた。


「ぐっ……」


 ヤブが、ゲランさんの意表を突くべく狙いを変えたらしい。その動きを察知したガネさんが、しっかり対応していた。

 しかし、ガネさんの腹からの出血は酷く、じわじわと衣服までもを染めていく。すでに当ててある布の意味は成されなくなっていた。


「ガネ止めとけ! 死にてーのか!」


「はっ、僕がその忠告を聞くとでも? ゲランは注意力が、ないですね……っは……」


「ざけんな、お前は自分の心配をしろ!」


 その声が響いたとき、俺の足はホゼに向かった。しかし、それでは遅かった。俺がその戟を止める前に、刃はゲランさんの右胸を貫き、刃を赤く染めた。


「……っ!!」


 刺さった戟はすぐに引き抜かれ、そのショックで血は大量に噴き出す。ゲランさんはその場に倒れこんで動かなくなってしまった。息をしているかも分からない。ただ、あの血の噴き出し方からしてすぐにでも血を止めなければ、命がないことだけは確かだ。ホゼに向かおうとした足で、そのままゲランさんへの応急処置をするために向かう。その後ろから、俺が動きやすいようにオミが動き、ホゼの手を止めてくれていた。


「せっかく、庇ったんですから……っ、死なないで、くださいよ……!」


 それを分かってか、ガネさんはヤブを押し退け、再びその場から遠ざかった。

 ゲランさんの力は完全に抜けていて、俺が一人で引きずるには相当の力が必要だった。ラオも俺に手を貸してくれたことで、何とか通路が入り込んだところに体を寝かせ、ゲランさんが着ていた上着を引っ張って圧迫止血をしようと、ラオが力の限り押さえつける。それでも血は出てくるばかりで、ラオの手も赤く染まり始めた。


「てめぇ……! 【纏縛化(クリンギング)廻斬(まわしぎ)り】!」


 その声が聞こえてきたため、ラオに任せて出ていくと、オミが声をきっかけに手を緩めて避け、ギカの持つ細い刃は元の紐状になったかと思うと、小さな刃が連なるように形を取り、うねってホゼの体を取り巻いた。

 そんなものを扱っているギカには、正直驚かされる。


「それ……!」


「今の細刃は、これが精一杯だけどよ。何とかなんだろ!?」


 細刃を持つ手を引くと、連なる刃は肉体に食い込みながら締まり、ホゼを切り裂いていく──かと思ったが、僅かに触れるところで止まった。これはギカも想定していなかったようで、そこから引っ張ることができなくなった細刃を見て唾を飲み込んだ。


「こんなもの、恐れるほどではない」


「!! 下がれ少年!」


 すると、逆に刃は弾け、四方八方に散る。ギカの方には、大量の刃が跳ね返ってきていたため、庇うために、鎌で防ぐつもりだった。しかし、俺よりも早く反応を見せたオミが、俺とギカの前に立ち、大剣で飛んできた刃を防ぐも、こぼした刃はオミの額や腕、足を傷付けた。


「っ……!」


 その衝撃からか、目の前で膝を着く。

 ギカも、自分の刃が砕けて返ってくるとは思っていなかったために、とても気にして、心配していた。人を傷つけたのだから、それは当然の心理だろう。俺たちの心配をよそに、思ったよりも大事に至っていないオミは、俺たちの身を案じてくれた。


「俺たちは大丈夫だけど、何で……!」


「これで、少年には恩を返したぞ」


「そんなために動かなくていいから! 大丈夫か!?」


「あぁ、大したことじゃない」


 それを見たホゼは、微笑を浮かべた。俺たちを捕らえる目は、相変わらずの切れ長で、最初とは違う恐怖を感じさせた。


「……貴様私が怖くないのか。以前は私の手下だった者が刃向かうとは」


「恐怖を感じる暇など勿体無い。お前をここから追い出す策を練るさ」


「そうか……くくっ、面白い。さすが資格を持つだけあって頭は働くんだなぁ?」


 頭から流れた血を拭い、オミは剣を構え直した。今の状況から考えるに、ギカの細刃はもう使えない。ここにいると危険であることは、言わずとも知れている。


「少年、ギカの行動はお前に任せるぞ」


 オミは大剣を肩に担ぐと床を蹴ってホゼに斬りかかっていった。ホゼを()しながら何度も何度もあらゆる方向から大剣を振り回す。ホゼのことはしばらくオミに任せ、俺はギカの身の安全のためを思い、身を引かせることにした。


「ザイヴ、どーすんだよ」


「……決まってんだろ。お前にはゲランさんの止血を頼みたい。ラオと一緒に近くの部屋にゲランさんを移動させて、ラオと代わってきてくれ。頼みたいことがある」


 ギカも状況を判断し、俺の言葉に頷いて走ってくれた。しばらくすると、両手を真っ赤に染めたラオが俺の横に戻って来た。一見するとラオがその手で誰かを殺めたようにも見えるそれは、ゲランさんの容体を表すには十分だった。


「ゲランさんは?」


「とりあえず、ぎりぎりだけどまだ生きてる。心配すんな」


「ありがとう。あと、一つ頼みがある。この状況で必要な戦力を残したままとなると、ラオにしか頼めない」


 俺がこの場でこれ以上の被害を広めないこと。それは、俺が今やるべきものだと判断した。もう一つ気がかりなことを確かめた上で解決するには、ラオの手が必要だ。俺の考えをラオに伝えると、確証があるわけでもない俺の“嫌な予感”というもののためにラオは動いてくれ、その場から立ち去った。


「オミ、もう大丈夫だ、俺もやれる!」


「分かった。……ホゼ、私も少年も、貴様の思惑にはまるつもりはない。侮られては困る」


「それはそれで楽しみだ……どう向かってくるか見物だな」


 何度か鎌を振ったが、屋敷内の通路で振り回すには適さないことは把握済みだ。かといって、剣を持っているわけでもない。つまり、鎌を何とかうまく扱わなければならない。もしかしたら、ホゼがこんな通路で待ち伏せていたのも、そんな策があったかもしれない。

 そう考えると、無理やりにでも鎌でホゼを追い返したいとムキになる俺がいた。







 ホゼに鎌を振り続けながら、ザイ君はこちらの様子も気にかけているようだった。ホゼを相手にしながらのそれは感心しないが、ザイ君らしいといえばそうかもしれない。こっちはこっちでなかなか決着がつかず、僕に限らずヤブの方も苛つきを見せ始めていた。


「くっ、しつこいですね!」


「テメェもだよ! くそっ!」


 長引く状態を懸念しているソムは、どうにかこのあたりで収拾をつけようと僕に言う。さすがにこの状態で動きすぎた僕も、視界が霞む気がする。痛みを無理に我慢しているために、変な庇い方をして体が痛い。


「はあっ、はあっ、ひゃはは! そろそろ楽にしてやるぜえええ!!」


「はっ何を言っているんですか? 楽になるのは僕じゃなくて、あなたの方じゃないですか?」


「いつまでも減らねえ口でいやがって……げほっ」


 そう言ってトンファーを乱暴に、しかし、確実に僕たちを狙って振り回す。僕たちは避けながら、反撃もしていた。

 トンファーだから貫かれない、等と、固定概念は信用してはいけない。相手が相手である上、何か仕込んでいる可能性も考えられるのだから。


「ガネ!」


「任せた!」


 ソムがその動きを何とか止め、その間に僕が剣を振るう。その一瞬でソムは僕の後方に下がり、言ったとおりの援助を全うしようとしている。その剣は一本のトンファーを砕き、ヤブの胸元を斬った。


「がっ!!!!」


 それに対抗して、僕が負傷している腹を分かった上で蹴りつける。さすがに力が抜けて膝をつくが、それと入れ替わるようにソムが杖を回して息を強く吹きかけ、炎を生じさせた。


「あっ……!? チィッ!」


「【炎華(えんが)】!」


 炎を纏う小さな華が現れ、棘のような形に変化しヤブに迫る。一度浴びせた炎とは違った形のそれは、一つしかないトンファーでは全てを防ぎきれず体に突き刺さり、その部位を溶かしていた。


「ガネ、死んでないよね!?」


「っ……、失礼ですね……! 勝手に殺さないでください……!」


 立ち上がり、痛みに耐えながら、剣をヤブに投げる。皮膚が溶ける痛みで動きをとれないヤブは、その剣を防ぐこともなく、剣は素直に心臓に突き刺さっていった。


「がふっ!!! てめ……ら……ぁあ゛っ!!」


「【雷煌(らいこう)】!」


「がぁぁぁあああああぁあ!」


 その体に雷が突き刺さり、目や耳などから遠慮なく飛沫を上げて噴き出す血液は、僕たちを多少なりとも不快にする。僕よりも近くにいたソムは、その血を浴びた。


「あぐっ……」


「はあっ……はっ……」


 その息は徐々に失せていき、最終的には全く動かなくなった。それを確認し、僕はその体に刺さる剣を抜く。その返り血を浴びたところで、僕の体にかかる負担も限界を迎えたようだった。


「……ほら、あなたの方が……楽になった……」


 その瞬間に、僕の視界は暗転した。


「ガネ!」





 ヤブが動けなくなったことに気付いたホゼは、舌打ちをすると俺たちから距離を取った。あれだけゲランさんが止めようとしていた大技というのも結局出さずじまいで、すでに戟を黒靄ヘイズの姿に戻し、去ろうとする様子を見せた。


「もう少し楽しみたかったが……どうやらそうもいかんらしい」


「だったら、私の腸が煮えくり返って始末がつかなくなる前に早く退け」


 しかし、突如黒靄を腕に纏わせて振り回し、またそこに充満させ始めた。吸ってはいけない。その意識から鼻と口を塞ぐが、今回は何かが違うようで、すぐに体がふらつき始めた。


「!! ザイヴ!」


「オ、ミ……」


 いつものような、「少年」とは呼ばない。俺の名前を叫ぶオミは、俺に覆い被さった。


「別れの挨拶だ、丁重に受け取れ」


「私から離れるなよ」


 ほぼ同時ともいえる二人の言葉を聞いた直後。俺たちを包み込んだ黒靄が視界を不自由にしていく。それから、俺の体の力は抜け、僅かに意識が残る中、落ちるように倒れこんだ。


「ザイヴ君! オミ! 大丈夫!?」


 力が抜けているのはオミも同じようで、その後しばらくのことは、俺には分からない。ソムさんの声も、音も、途中から聞こえなかった。

 

「──」


「……え?」


 その場の黒靄が晴れたとき、ホゼも、ヤブの体も、そこには残っておらず、あったのは倒れている屋敷の者の体だった。




△ ▼ △ ▼


 ─時は遡り、ヤブが討たれる少し前のこと。


 突如変化した泰は、ぐねぐねとうねりながら飛びかかってくる。多量の出血のショックで動けなくなるはずの体が、迷いなく我に向かって牙を剥く。

 これは、稀に怪異に引き起こされる特異例。我々の中ではこのような怪異を「本能残存(リーブ)」と呼ぶ。生命は確かに途絶えているにもかかわらず、その身が備え持つ本能が勝手に暴走する面倒なタイプだ。


『ぐっ……』


「ギイイイイイイ…………!!」


『……我の血を見て疼いたか……。やはり失ったとは言えど、怪異か』


 様子から察するに、怪異を失ったとはいってもこの反応は間違いない。どうやら、同族の血を前に反応を起こし、体内から本来持っていたはずの怪異の力の反発が起こって、変化したらしい。


『はっ……、面白い!』


 鈍い音を響かせながら、我の足は泰の横腹を蹴った。すると、泰は簡単に蹴られた方向に飛んでいき、べたりと床に這った。のそりと体が起き上がると、揺らめきながら再度我に狙いを定めている。


『……我も暴れたいものだ……泰』


「キキキキ……ギギッ……ヴァァアア!!」


 泰が大きな声で啼く。それに警戒心を高めていたところ、突然荒い音が上方で響き、人が一人こちらへ向かってきた。その姿を確認して、我はその目を疑った。


『!? 何……!』


「ザイ大正解!」


 そう言いながら鋼槍で「本能残存」状態の泰に斬りかかり、その先の壁にふっ飛ばした。床に足を落ち着け、肩に鋼槍を担いで、飛んで行った泰の様子を窺っている。


『何故来た! 奴らはどうした!?』


「ザイに頼まれたんだよ、嫌な予感がするって。泰のこと、気になってたんじゃない?」


 ザイヴが、感覚でこのことを悟り、ラオガをこちらの戦力として使おうとしたというならば、我はそれ以上言う必要はない。ここは、片割れのこいつの力を頼るべきだということだろうと、無理に納得した。





 泰の姿を見て、ぞわりとした。俺の知っている姿ではない。存在自体が不確定で、そこにいることが信じられない気配を纏っていた。

 それが、俺に一つの考えを生ませた。そして、二つとして在る価値が、頭によぎる。

 〈暗黒〉や怪異は、俺たちの恐怖を上回るほど狂い、それがなおかつアーバンアングランドに必要な存在。もともと、何故そんなものがここと繋がっているのか、検討さえつかなかったが。

 きっと、「繋目(つなぎめ)」が生んだ二つの世界は、真逆の世界だからこそ、お互いを壊さずに、存在していられるのだろう。


「俺思うんだけどさ、怪異って何か弱点ないの?」


『……さあ、知らんな。どうかしたか』


「いや……やっぱとんでもねえなって思っただけだよ」


 怪異は強いということ、それは分かっている。

 それでも、今までだって何とかしてきた。ザイが俺に託してくれたなら、穏慈の力を借りてこの場を乗り切るしか道はない。


「グググ……ククケケケケ……マタ、キタ……ヒヒヒヒヒ」


『こいつは今、“本能残存リーブ”と言う本能が剥き出しになった特異例を起こしている。〈暗黒者-デッド-〉の武器を使えば、何とかなるかもしれん』


「なるほど。ザイじゃなくて悪いな」


『何を言う。お前も立派な〈暗黒者-デッド-〉だ』


「そりゃどうも」


 ゆらめくそれが向かってくるのを目で捉え、俺は穏慈の横で鋼槍を構えた。本能のみで俺たちを討とうとする怪異、いや、泰の前に、穏慈も強い警戒を示していた。



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