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暗黒と少年  作者: みんとす。
第一章 出逢イノ章
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第三話 黒ノ渦ヲ待ツ仲

 

 ─アァ、煩わシぃ……煩ワしい煩ワシイ煩ワシい煩ワシイ

 “我が”空間ニ異物ガイル……コノ異物ハ何ダ……!




「分かんねえよ……! こんな世界もその変な異質も俺は知らない!」


 訳が分からないのだから仕方がない。先程から俺の中では、とんでもない膨らみを持つ濁った欠片が鼓動していた。それは、俺自身には自覚したくない、不安の塊だ。


『本来人間の存在できぬ場所ではない故に、お前の存在は異例だ。だからかも知れん、ここに威圧が詰まっている』


 俺は、俺に何が起こっているのか知りたいだけなのに、夢かと思えばそうではなく、実感するには難しすぎる。一度怪異から目線を外し、深呼吸をして、無理矢理にでも動揺を鎮めようと意識する。そして、目の前の契約を迫る存在を、改めて目視した。


「デッド、って言ったよな。……具体的には何だよ」


『そうだな……まあ良いだろう。教えてやる。その肩書きは、この〈暗黒〉に存在できるたった一人の人間であることが大前提だ。つまりお前以外に、人間は存せぬ』


 契約をせがんでいる身はその本体だろうに、随分と偉そうに答える怪異だ。

 しかし、確かにこいつの言う通り、俺とこいつ以外は今のところ見かけない。これだけ先の見えない空間にいれば、待っていなくてもいずれ『何者』かには出会うことだろう。


『ユエニ』


 有無を言わさないような沼のような声に、背筋が凍った。本能的にその先を聞きたくないと、思わず耳を塞ぐ。ただ、頭の中を鷲掴みにされて、直接脳内に伝導するような不快感に見舞われた。


『主ガコノ空間ニ存スルコトデ主ハ主デ主ハ主デナイ……。狂ッタ空間デ……コノ〈暗黒〉デ重要ナ人材……〈暗黒〉ノ操者デアリ〈暗黒〉ノ餌−!』


 そこまで頭に届くと、一気に解放され、体が浮きそうな程の不思議な感覚になった。


『おまえは怪異の主人(あるじ)となり、〈暗黒〉の頂点に立つ者だ。その存在の通りの〈暗黒者-デッド-〉は、この場においてそれほど強力な力の持ち主だ』


 あの目まぐるしい感覚は、嘘のように感じない。あの一瞬、何かの影響を受けたのだろうか。いや、それよりも、突然目の前に現れた〈暗黒〉。突然俺に訪れた〈暗黒〉は、俺を壊そうとしている。俺もまた、現実逃避という形で〈暗黒〉を(こわ)そうとしている。


 〈暗黒者-デッド-〉。それは〈暗黒〉に唯一存する人間の称号のようなもので、〈暗黒〉は俺自身であるとも取れる。『俺』でしかない、力を持つ魔の人間。例え俺が拒んでも、闇は何度でも俺を迎えにくるだろう。


『“ザイヴ”か……。ふむ、大まかな理解はできたようだな』


「何で俺の名前……!」


『見くびるな。我は、〈暗黒〉で自由に生きる怪異だ。我くらいの力があれば容易い』


 勝手に俺を読み取るなとは失礼な奴だと思いながら平然としている怪異に、俺たちにはない力を持つ、という意味で不思議と魅力を感じ始めていた。だからと言って俺がすんなりと契約を受け入れることにはならないが、怪異は魔物とは性質の異なる魔なのだろう。


 ─イ!


「……?」


 どこからか聞こえる声は、俺と親しい間柄にある者の声だ。ここに在る俺に聞こえてくる理由までは分からない。答えられない俺をよそに、その声の主は、何度も何度も必死な声で俺を呼ぶ。それは怪異の耳にも届いたようで、素直に身を引いていった。


『長い時間が経ったようだ。我は一度引くとしよう。次は逃がさぬぞ、ザイヴ』


 あぁ、まただ。怪異が遠ざかっていくのに並行して、俺の意識が遠のく。その怪異。今になって知りたいと思うお前の名は……怪異の言う「次」で、知ることになるのだろうか。



 ......


 俺が意識を手放してから、本当にほぼ一日閉じこもっていたらしい。日も変わって初の四時、俺の様子を見に来たラオが、呼びかけても揺すっても全く反応がなかった俺を必要以上に心配していた。その手は血の気が引いていたのか、冷たかった。その顔はあまりに不安げで、俺のせいではないとはいえ申し訳ない気持ちになった。

 俺が目を覚ましたのは、今から二時間ほど前。今は、気分転換のために通路を歩いている。


「心配かけたみたいだな……。ごめん」


「……ううん、起きてくれて良かったよ」


 やはり、こうして日常に触れていると、〈暗黒〉のことはより分からなくなる。

 俺が〈暗黒〉で唯一の存在であり、その〈暗黒者-デッド-〉は、〈暗黒〉で強い力を持つ人間である……ということだけが分かっただけだ。何故その存在が俺であったのか、これまで何の異変もなかったために納得はできていない。

 結局、俺と契約しようとしている怪異のことも未だに解らない上、そもそもあの空間だって理解し難い。この世界と、どう関係しているのだろうか。


「なぁ、ザイ。明日も休みなんだし、どっか行かない? 気晴らしにウィンも誘ってさ」


「……えっ?! あ、あぁ……うん」


 難しいことばかり考えていたからだろうか。頭が働かず、曖昧な返事になってしまった。

 そうして気晴らしをしたところで、あの闇は俺から離れてはくれない。それだけは分かり切っている。そのことで病む気はない。ただ、「分からない」から不安に思うだけで。受け入れられないから、困惑しているんだ。そう考えれば、今の状況と気持ちに少しだけ整理がついた。


「何だよ、ボーッとしちゃって。まぁ、決まりな。明日初の四時に、ここにウィンも連れて来るから」


 その約束を快諾した俺は、もしまた〈暗黒〉に行ったとして、その時間に戻って来られるだろうかと、冷静な思考に落ち着いていた。どうせ逃げられないのなら、いっそ、一度呼吸をおいて落ち着いてみれば良いのかもしれない。柔軟に、それに向き合ってみたら、何か変わるだろうか。



 ......


 〈暗黒〉で何かが蠢いている。何かがやたらと大きな力を発している。


 ─キエタキエタ。イブツガキエタ。

 シカシ死ンデナイ。ドコダ。


 黒い世界に、ひとつの不気味な音が、声が、聞こえる。それに気づいたのは、〈暗黒者-デッド-〉と共にいた怪異。別れてそう時間も経たない時。不気味な音に、自ら近づいた。


『やはりお前か、(イン)。何が気に食わない』


『……アア、オマエカ。シッテルカ? イブツガイタ……デモキエタ……。オカシイ……イブツノニオイ……オマエイッショニイタナ……!? ドコダ、ドコヘヤッタ!』


 この怪異は、〈暗黒〉にとっては間違いなく異物であるモノがいたことに、そしてそれが消えたことに気づいている。そう察した怪異は、陰という名の怪異の気から、その目的を読み取った。『少年を喰うつもりだ』と。


『陰、我はヤツの正体が分かった。喰うことは許さんし、不可能だ』


 瞬間、陰の空気が変わった。異様だった空気が、更に穢れを増していく。ざわざわと広がっていくその気に、その怪異も身構える。陰の表情は険しくなり、飢えているかのような液が口元からぼたぼたと垂れた。


『オノレ“(オウ)”! ジャマヲスルカ!』


『その名……、我には要らぬ!!!』



 旺と呼ばれた怪異もまた、異様な妖気を纏い、陰に噛みついた。その結果、当然のように体内を巡る液体が流れ出る。それは黄色く濁った液体で、飛び散らしながらもがく陰は牙を剥いた。その怪異からは黒い液体が散ったものの、気にも止めずに振り払った。


『我が見つけ、我が捕らえた。ヤツはこの〈暗黒〉を操する〈暗黒者-デッド-〉。お前の好き勝手に付き合うつもりは毛頭ない!』



 ......


 ─異様な感じがした。同時に、これまで以上に気分が悪くなった。俺は、どうすれば良くて、どうしなければならないのだろう。

 どれだけ考えても。怪異の言葉を考えても。俺はあの怪異から、逃れられない。その選択しか、用意されていないのだろうか。


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