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暗黒と少年  作者: みんとす。
第二章 〈暗黒〉ノ章
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第三十八話 黒ノ見ヌ最期ト方ノ力

方舟(ハコ)ノ編

 

 時間を確認すると、再の一時過ぎ。

 俺の過去話で随分時間をとってしまったが、ゲランさんは今から話してくれるという。その場にいる全員が、ゲランさんの言葉に耳を傾けた。


「お前の母親が俺の前に現れた時。お前が大怪我して帰ってきた次の日だ。控えめに言ってもありゃあ人間とは言えねぇ状態だった」


方舟(ハコ)のせい?」


「当事者じゃねーし何とも言えねーけどな。奴がわざわざこの屋敷に来た時も、お前はここのベッドで眠ってたな」


 今ではその傷すら残ってないが、意識を失うほどだ。相当な傷だっただろう。しかし気にかかるのは、そんな大きな怪我をしたにもかかわらず、傷が残っていないということ。比較して、最近できた肩や足の傷は、今も形を残している。そこに関して、何か理由があるはずだ。

 もしかしたら、その傷も残っていないために、この過去を思い出すことには至らなかったのかもしれない。


「……奴は衰弱していた。方舟ハコのせいじゃねーとは言っていたが、方舟によって正気を失い、犯した事態への罪悪感と、実の子を傷つけてしまったことへの絶望感。まー俺の仮定でしかねーけど、そういう負が重なってそうなってたんだろうよ」


「人間は、想像より簡単にショック状態に陥りますからね」


「ああ。……俺や眠っているお前の目の前で、奴は何て言ったと思う」


 想像もつかないことから、俺は首を横に振った。そんな俺を見て、ゲランさんは一度目を瞑りひと呼吸おいた。


「……“ザイヴをよろしく”」


「……!」


瞼を開けば、まっすぐに俺を捉えてその言葉をぶつけてきた。


「まーでも、その直後には目が黒くなっちまって、俺と重体のザイヴを襲ってきた。どこに仕舞い込んでたのか、ノコギリで殺そうとしてきやがった」



 ..◁..◁..


 ──クレ、ザイ……リョウ……チカラ、ヨコセ……


「チッ、マジ化物じゃねぇか……!」


 目を覚まさない少年を抱えて、取り敢えず部屋を出る。走っている途中、ホゼに出くわした。


「何かあったか!」


 聞けば、屋敷に“何者か”が入ってきた時点で探りを入れていたらしい。抱えている少年が無関係でないことから、警戒はしていたという。


「このガキの母親だとよ。つっても、もう人間じゃねぇぞ」


「分かった、私が何とかする。そいつ逃してやれ」


「悪い」


 俺は走った。今は少年の様子を見るためにも、誰かに預けた方がいい。そこで思い立ったのはラオガという少年だった。昨日さくじつ、青郡にも一緒に行っていたのを知っている。彼の部屋に向かった。


「はい……! えっ!? ど、どうしたんですか!?」


「方舟だよ。ちと厄介なことになってな。悪いが見といてくれ。万が一目が覚めても部屋から出すなよ」


 言われるままに少年を引き取り、目を覚していない友人を見て、思わず─というべきか─顔が引きつっていた。方舟に手を出した人間。これほどの大怪我を負わせた方舟。その存在そのものが、どういう成り行きでそうなったのか。俺だって不可解に思う。


「何が起きてんの……」


「そりゃあ俺には分かんねーな。じゃ、頼んだぜ、片してくるからよ」


 そう言い残し、医療室の方へ向かう足は駆けていた。

 その途中、ホゼが屋敷の外に向かって走っているのを見つけた俺は、ホゼが使う武具を持った。ホゼを追っている奴を確認して、その後ろについて走った。

 屋敷の外に出るとホゼは向き直り、俺の存在に気付いているらしく右手を上に伸ばした。それに応えるように、俺はホゼに武器を投げる。

 正直、俺が投げるのは辛いほど大きな剣だ。ホゼの足先から肩ほどまでの長さはあり、太さは辞書が何冊か分はある。それを片手で受け取り、肩で抱え、腰を落として体勢を整える。


「おら、来いよ。方舟はどーにもできねぇが、テメーだけなら解放してやる」



 ..▷..▷..


「その後、お前の母親はホゼの手によって跡形もなく消えた。言った通り、解放させたんだ。見るに耐えないホゼの剣のキレの良さは、多少なり恐かったもんだ」


 そう、ホゼは基本剣術を受け持つ教育師だったが、腕はいい。型をそのまま写したような綺麗な裁きを見せ、多くのことを俺たちに教えてくれていた。そんな奴が、今、俺たちの味方ではなくなってしまっている。そう考えると、嫌な奴とぶつかりあうことになってしまったことになる。

 ただ、そのお陰で母さんが解放されたのだと思うと、複雑に思えた。


「お前の親に関して分かってんのはこれくらいか。現実、結果だけ言えば、方舟に乗っ取られたお前の母親は、ホゼによって殺された。ってことになる」


「ああ……そうだな。でも、それで母さんが解放されたっていうなら、母さんにとっては、良かったんじゃないの。別に恨む奴はいないよ」


 俺がその場を見ていたとしたら、状況は変わっていたかもしれないが、俺はこの記憶を閉ざしていた期間、親のしたことを本当に覚えていなかった。俺が救えたわけでもない人を、代わって救ってくれたんだと、今さら事を荒げないように落ち着けていた。


「そうか、そう思ってくれるなら、お前の母親は救われるだろうな。あとな、お前も気になってるだろうが、そん時の怪我が残ってねーのは、奴が持ってきた薬だ。母親なりに、傷を残したくなかったんだろうな。乗っ取られたりしなけりゃ、自分で塗ってやるつもりだったんだろう。壊された後、その残骸に交ざって落ちてたんだ」


「薬? そんな高性能な薬があんのか」


「俺も見たことねーやつだったぜ。その薬のお陰でお前は回復。数日後には目を覚まして、落ち着いたら普通にしてたんじゃねーの? で、お前の姓が分からねえってやつ。名をお前に伝えなかった理由は知らねーけど、お前を産む前から、方舟のことは計画されていたようだ。そのせいで、何らかの影響を受けて蝕まれていたんじゃないかっていう話だ」


 俺の姓を、俺の口から語れないのは、俺がそれを知らないせい。でも、それに母さんと方舟が関わったせいかもしれない、なんて聞いたら、動揺しないわけがない。

 計画の段階で方舟に蝕まれたというのか。あるいは、今俺たちが関わっている怪異が蝕んだのか。または、それ以外に語れなくなった理由があるのか。それはもう定かではないし、突き止めるにも無理があるのかもしれない。ただ、「俺がそれを伝えられていない」という事実だけが残った。


「……だとしても、元々姓はあった筈です。それに父親の姓はどうするんです?」


「何とも言えねーけど、その父親が母親に影響を与えていたとしたら。そもそも姓は一族の存在を表すもんだろ」


「そんなの言われなくても分かっています。バカにしてるんですか」


 ニヤニヤと笑うゲランさんを前にし、気に食わなかったらしいガネさんは、数本の針を投げ飛ばした。

 ゲランさんはものともせずに全てを(かわ)して平然としていた。ゲランさん以上に驚いていたのはソムさんだった。


「びっくりした! ガネの悪い癖だよ」


「ゲランに言われると腹が立って体が勝手に動くんですよね、何でですかね」


「ほー……ずばり嫉妬だろ!」


 それを聞いて再度飛ぶ無数の針。先ほどよりも癪に障ったようだ。触れてはいけない気がして、何もフォローせずにただ見守った。そんな中で、俺の姓についてゲランさんに言われたことから考えていると、ある一つの可能性にたどり着いていた。ただ、それは俺にとって考えたくない可能性だった。


「……待って、じゃあ俺は何? 父さんの方が、人じゃない何かだったってこと? 俺は……人間だよな?」


「まあ、今のだとそういう考えに至るよな。お前は正真正銘人間だから、安心しろ。あくまでも俺の例えだしな。けど、父親は一族を脱していたようだし、母親は……まあ話した通りの末路だ」


「……何でこう、俺の周りに起こることって……」


 ここまでくると、不謹慎ながらもむしろ面白くなってしまう。母さんが方舟に乗っ取られたというものも、方舟に自我がついたように聞こえてならないし、俺はそうできるような存在を知っている。

 調べたら、また違った事実が分かるかもしれない。


「はあ、何かどっと疲れた……ていうかここにいる全員に聞かれちゃったなー。もう今さらだけど」


「俺もザイが忘れたままならそれがいいかもって思って、掘り返さなかったからな。時間空いたとはいえ、思い出さない方が良かった?」


 ラオは俺を気遣って、そう聞いてくる。ラオだって相当怖い思いをしたのに、俺が封じたせいで苦しんだ時もあったのかもしれないのに、ラオは優しい言葉をかけてくれる。


「ううん、思い出せて良かった。ラオにも迷惑かけたな」


 七年越しになってしまったが、あの時青郡についてきてくれたラオに礼を言うと、今さら過ぎて少し恥ずかしくなった。でも、思い出すことで、見えてきたこともある。その当時、方舟がどういう状態に陥り暴走し、人を喰うようになってしまったのか。

 関連性は否定できない。そう直感で感じた俺は、俺の存在、裏の存在のことを話した方がいいと判断した。


「ゲランさん。後一つ、この際だから言わないといけないことがある。聞いてくれる?」


「あぁ、どの道問い詰めるつもりだったしな。ガネに」


「何で僕なんですか」


「あ? テメー俺に隠し事すんの下手くそだろーが」


 図星のようで、ガネさんは目を逸らした。数秒間をおいて舌打ちをすると、頭をかきながらため息を吐く。


「僕が分かりやすいんじゃなくて、あなたがストーカー並みなんでしょう……そうに違いないです」


「ガネさんの弱点だ」


「何と言いましたか、ザイ君。聞いてましたよ」


「聞こえるように言ったんだから聞こえるだろうよ! もういいじゃん俺が言うんだから!」


「そこはありがたく甘えます」


 そのことに関しては面倒にならなくて済んだと、ガネさんは肩の荷を下ろすように笑顔を浮かべた。

 ゲランさんによる問い詰めを回避し、嬉しそうなガネさんを横に、ゲランさんに俺たちのことを話した。〈暗黒〉のことも、穏慈たちのことも。

 話しがある程度終わると、ゲランさんはすぐに口を開いた。


「だったら話は早い。方舟には、その怪異が関係している可能性がある。方舟暴走の真相は解明されてないが、お前が言う〈暗黒〉が直接的に関係しているかもしれん」


「えっ、やっぱり?」


『確かに、人が造ったものにそんな膨大な力がつくとは思えんしな』


 穏慈もその考えに賛同していた。外れている可能性だって大いにあるし、神の使徒が造った方舟を真似て造ったのならば、そういう線で自然に、生き物を救う力ではなく、災いをもたらす力がついたということも考えられるが、いくら仮説を立てても想像でしかない。

 百聞は一見に如かずと言うし、どちらにしても〈暗黒〉が関わっているかもしれないというならば、青郡に行ってみる必要がある。それに、ホゼの計画に青郡を堕とすことが組み込まれていることも知っているのだから、警戒を促しておいてもいいはずだ。


「じゃあ……」


 静かに立ち上がり、ゆっくりと歩を進めると、ガネさんやソムさん、ゲランさんなどその場にいる全員が俺を目で追った。扉の前まで行くと、一度振り返り、右手で敬礼のポーズをとった。


「グッドラック!」


「ちょっ、ザイ君!? 巻き込むのは僕くらいにしとくとか言ってたじゃないですか! 待ちなさい!」


 その場を追われないように走って部屋を出ていくが、すぐにガネさんが追ってきていることは分かった。

 医療室の扉が閉まる音は聞こえない上に、俺の足音とは別の足音が騒音のように聞こえてきていた。





「ザイが行くなら俺も」


『意識が戻るのは予想に反して早かったな。さすが〈暗黒者-デッド-〉だ。しかし貴様はまだ目が見えておらんだろうが』


「ち……」


 ベッドから降りようとしたのをすかさず止められ、思わず舌打ちをしてしまう。

 穏慈や薫は、もう少し寝込むと思っていたようで、その点には驚いたらしい。しかし、俺の視界は相変わらず黒色にジャックされている。起きているはずなのに、気味の悪い感じだ。

 ザイが走って行った音と、ガネさんがザイを追う声が聞こえたため、そこから二人いなくなった分の静寂を感じ取っていた。


『しょうがない主だ。薫、こっちは頼むぞ』


『あぁ、主は任せろ』


『お前は我の(げん)を聞け。こっちでの異変は対処しろと言ってるんだ』


 少しだけ声色が低くなった穏慈は、薫の返しを待たずにザイを追って出て行った。

 そのすぐ後で、誰かが横に来た気配がする。ぼそりと、俺にも聞き取れないほどの言葉を発した声で、それが薫だということはすぐにわかった。


「あんな話した後なのに元気がいいよねー。ガネは怪我大丈夫なのかしら」


「あっ、あいつ逃げやがったな!」


「……忘れてたでしょう、ゲラン」


「生意気なヤローだよなあ」


 そう言うゲランさんの声は落ち着いていて、まあいいか、と見逃すと、ソムさんと他愛もない話を始めた。同時に、小さく“シュッ”と音が聞こえる。続けて煙草の臭いが漂ってきた。小型点火器ライターのスイッチを押した音だったのだろう。

 暗い話の後、ゲランさんなりのフォローなのか。その会話を聞きながら、俺はザイたちがまた何事もなく戻ってくるように、願った。




△ ▼ △ ▼


「ザイ、君」


「ぐぇっ」


 襟を引っ張られ、首が締まりそうになってしまった俺は、ガネさんに捕まっていた。

 わけの分からないセリフを吐いて医療室を飛び出したが、すでに再の四時を回るところだ。これから外出するのは無理があるため、明日を待って青郡に向かうことを決めた。


「というよりも、一人で行動しないでくださいって言ったでしょう! ちょっと隙があるとすぐこれです!」


「分かった分かった。穏慈もしっかりついてきてるから、このメンバーでいいよね。必要最小限の人数だと思わない?」


『我々を試したのか……ガキが。まあ良い、〈暗黒(むこう)〉も調べる必要があるだろう、一度戻る。必要なら呼べ』


 試したくて試したわけではないが、追ってきた顔ぶれでこれ以上は動きづらいだけだという判断で、俺の過去の件に巻き込む面々は以上だ。穏慈は俺が頷くとすぐに姿を消し、そこにはガネさんと俺だけが残った。


「はぁ、全くどうしてそうなんですか」


「良いところじゃない?」


「それは……分かりました。もういいです」


「何を諦めたんだよ」


 どういう過去であれ、今がどういう状態であれ、懐かしい青郡。

 七年ぶりともなれば、あの時見たものとはいやでも変わっているかもしれない。良い意味で変わっていてほしいのが俺の願いだけれど、そこは明日の楽しみにしておこう。

 ガネさんは明日の外出の手続きをするために屋敷長室に向かうことを俺に伝え、俺の横を通ってその場を離れた。俺も俺で、自室に戻ろうと足を進める。

 あの頃の友人は、元気にしているだろうか。音沙汰のなかった俺が戻って行って、迎えてくれるだろうか。

 いろんな思いが渦巻きながら、自室に戻ってシャワーを浴び、ベッドに潜り込んだ。

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